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06.臆病者



 ミライアとジョシュアは、彼等の提案に乗る形でしばらく行動を共にするという話になる。流れからまるで二人が同意したように見せたが、二人には同行する気など更々無いのだが。
 相手は丁度いい位の若者のパーティ、ある程度の危険は伴うものの、血を頂戴するには悪くない条件である。彼らの警戒を解いた上で情報も血も頂戴しようという訳だ。
 わざわざ危険度の高いハンターを食事にと狙うのは、戦闘狂と名高い吸血鬼の特徴でもあろう。殺す訳ではない。しかし、モンスターの専門家でもあるハンターを襲うなど、一歩間違えれば袋の鼠である。討伐されても文句は言えないのである。
 そもそもそんな危険を犯すのは、吸血鬼位のものだ。元来強力な魔族であるが故にか、ハンターを数多く狙うのだ。多くの吸血鬼がハンターによって殺された所為か、それとも吸血鬼がハンターにちょっかいをかけるというスリルを好むためか、理由は分からない。恐らく後者であろうが。ミライアも例に漏れずその傾向がある。

 そもそも人間側からすれば、吸血鬼に出会ったら高ランクのハンターですら戦わずに逃げろと言われる程恐れられているのだが。結局、本当の所は、人間が吸血鬼と接触したとしても気付かれない、というのが正解である。それ程に、吸血鬼は身近であり魔族なのである。人間側が知らないだけで。


 人間のパーティとの交流はもっぱらミライアに任せ、ジョシュアはとっとと隅の方で寝る事にするのである。別に拗ねている訳では無い。危険にも嬉々として突っ込んでいけるミライアとは違って、ジョシュアは保守的な小心者であるのだ。
 そもそも、死んだと思われたハンターがひょっこりハンターの目の前に現れればどうなるか、想像に難くない。誰かジョシュアの顔を知る者が現れるなどしたら目も当てられない。ジョシュアは、ハンター達から追われる未来を想像してはブランケットの中で微かに震えたのだった。

 ジョシュアの横で、ミライアもハンター達も、静かに言葉を交わす。流石と言うべきか、ジョシュアとは違いミライアのコミュニケーション能力は卓越していた。

「とっとと寝おってからに……、勝手な奴で済まないな。人付き合いの出来ん奴でな。……後で仕置きだ」
「まぁまぁ、そういう人はウチにもいるから、気にしないでくれ」
「そうそう、私達ももう寝るのでお気になさらず」

 そんな事を言われている事にも気付かず、ジョシュアはぐるぐると考えながら悪い予想を延々と想像し震えていたのであった。

 彼等との交流の中、自ら見張りを買って出たミライアは、彼等のリーダーだというレオンと共に談笑を続けていた。話題は勿論、ハンター生活についての諸々である。いついつにどういった獲物を狩っただとか、失敗談だとか、そんな取り留めのない話だ。実際にハンターとして暮らした経験もあるミライアにとって、その手の話の話題が尽きる事はない。適当に相手のレベルに合った話をすれば、事足りる。
 ハンター達も、不審な女が高ランクが狩るようなハンターだったなどと聞かされれば、あっという間に警戒心も吹き飛んでしまう。次から次へと、話題は尽きる事はなかった。

「なるほど、貴女の話からすると、かなり出来る人のようだ。心配無用か」
「ああそうだぞ。でなければこんな夜に出歩きなぞせん。今はそこの未熟者のお守りといった所か。だがお前らも中々……確かこの辺りに出るようなのは、退治にも実力がないと厳しいと聞いたぞ?」
「はは、貴女のような方に評価頂けるとは有難い。確かに指名依頼だ。【A】ランクの端くれとしては当然のーーーー」

 そんな、社交辞令のような白々しい文句を聞きながら、ジョシュアはフリを続けていた。だがここで彼は違和感を感じる事になる。
 妙に、神経が昂ぶっているのだ。落ち着かない。夜行性の彼が眠ったフリをしても眠くならないのは仕方ないとして、それだけではない。嫌な予感に、気が休まらないのだ。まるで、任務前の待機時間のようだ。ジョシュアは眠るフリを続けながらも、布団の中ではナイフをいつでも抜けるように体勢を整えているのだった。
 神経を研ぎ澄ませ、昂る気持ちを抑え、彼等の話に全神経を集中する。

「ーーでな。そうそう、その依頼先でな、ちょっと気になる話を聞いて」
「ほう……」
「消えたハンターの話。何やら街で忽然と姿を消したっていうんだ。死体もない、タグを見つからない、消息も不明。ギルドも事態を重く見ていて、なーー?」

 リーダーレオンのその言葉を聞いた途端、ジョシュアは息が止まる程の衝撃を受ける。ジョシュアには少なくとも、彼の言い方はどうしても人でない事がバレているかのように聞こえるのだ。
 戦闘になればこれっぽちも役に立てる気のしない彼は、ミライアから何か合図があればいつでも逃げ出せるように神経を張り巡らせた。
 この時実は、本人ですら気付いて居なかったのだが、ジョシュアは周囲100m程に渡り索敵用の魔力帯を張り巡らしたらしいのだ。後に聞かされ、彼が呆気にとられるのはまた別の話であるが。そして、つくづく臆病な男である、とミライアは評価する事になる。
 ジョシュアは人一倍臆病である。だからこその万年【C】ランクであるのだが、戦闘のセンスもないハンターが長年生き延びられてきた理由がそこにあったりする。索敵、隠密(、逃走)、そこにはジョシュアの特技が詰まっていた。盛大なやらかしを除けば、ジョシュアは十分使える。

 それを分かって居なさそうなジョシュアを他所に、ミライアは突き進む。例え下僕が心底怯えていようが、彼女には知った事では無い。場合によっては本当に見捨てて逃げてやろう、なんて思っている程には、度胸がある。

「それは一体……ソイツに何が起こった?」
「そこなんだ。その男、別に依頼受注をした訳ではなかったらしいんだが……嫌になって逃げ出したにしても事情が不明すぎるし、襲われたにしても死体がない、生きているかも判らないし。ーー一体何だってんだか。俺らからしても無視出来ない」
「ふむ。人攫い、するにもハンターじゃあな……抵抗されるしリスクも高いし。ーー例えば、そのハンターが拐いたくなる程に唆る女だったとか?」
「ははっ、貴女程の女性にそれを言われると何だかな……だがその線はない、男性だという話だ」
「ソイツのランクは?」
「【C】ランクだそうだが、ハンター歴は長いと聞く。貴女は【A】ランクだったとしてーーゲオルグって、ランクいくつになるんだ?」 
「確か、【C】だったか?本人に聞いてみんと分からんが。叩き起こしてやろうか?」
「否、いいさ。確認しなくても、これからーー」

 そこで突然、会話が途切れた。何が、とビクつくジョシュアが毛布の中で震える中、ドサリと重たいものが倒れる音がする。それっきり会話はピタリと止み、周囲が静まり返る。
 暫くの間、パチパチという焚き火の音だけが聞こえてきた。それからすぐに、音もなく耳元で気配が動くのをジョシュアは感じた。それが誰かなんて、確認するまでも無い。

『起きているだろう?予定を変える。血は諦める。音を立てるな、ズラかるぞ』

 もちろんミライアである。声なき声ーーテレパシー、とジョシュアは言うことにしたーーで告げられ、ジョシュアは身体中の力を総動員して物音ひとつたてることなく、その場から瞬く間に消え失せたのだった。

 それから数分後、二人の姿はおよそ数十キロも先の所にあった。

「なあおい、さっきの奴らそのままにしてきたけど、大丈夫なのか?」

 見通せぬ暗がりの中、およそ人の見えぬような速度で走りながらもしかしその息は露程に乱れる事なく、ジョシュアはミライアへと問うた。

「この私が抜かる訳なかろう、記憶は改竄してある。心配無用だ」
「いや、まあ、それもあるが……あんな所に放置して、あいつら大丈夫なのか?食われたり、しないか?」

 そんなジョシュアの問いに、ミライアは噴き出した。先程まで、襲われやしまいかとぶるぶる震えていた男が、安全な所まで来た途端、ハンター達の身を案じている。意味が分からない。しかし、当の本人には全くその自覚が無いようで、ミライアはどうしてやろうかと少々イラっとしたのはここだけの話。
 不服そうなジョシュアは、そのまま無言で彼女の反応を待った。ミライアはそれに一頻り笑ったかと思うと、ジョシュアをチラリとも見もせず口を開いたのだった。その時の言いようは、人のそれとは明かに違う、凄味をもつようなものだった。

「お前、それで人間のつもりか?それより自分の心配でもしろ、今の話聞いたろうに。疑われていたのだぞ。奴ら、正体も知らない癖、私を追っていると暗にほざいた。この先ぶつかるのは明白だ。お前も魔族とわかれば狩られるか嬲られるに決まっていように何故、そんな奴らに情をかけるかな……お前な、前にも言ったが足手纏いは捨てていくからな」

 ジョシュアはその言葉に黙り込む。確かにミライアの言う通りで。頭では分かっていても、未だに理解はしたく無いのかも知れない。ジョシュアは未だ、人間を捨て切れずにいる。例え、既に主食がヒトの血であろうとも、同じハンターとして他者の助けになろうとする事は当然義務だと思っているのだ。例えそれがライバルチームであったとしても、出来る事は少なくとも、死地に在れば当然のように助けに入ってしまう。それがこのジョシュアという男なのだった。

 そんなジョシュアという男の人間性をまざまざと見せつけられ、実のところミライアは少しばかり面食らっていた。ヒトとの関わりなぞ家畜と話しているようなものであって、情が移るなぞ天地がひっくり返っても無いと、そう言い切っているミライアなのだ。ジョシュアという奇妙な男の言い草は奇妙にも思えた。
 だからこそ、ミライアはこの男の事が気になったのかも知れなかった。あの時、ジョシュアと出会った時。自分の身を賭してまで他人の事を護ろうとした人間が、どうしてもミライアには奇妙に映った。吸血鬼を貶すでもなく逃げるでも無く、目の前の死に向かって突撃してくる人間。それがどうしてだか気に掛かった。臆病な癖にとんでもない事をやらかして、怯えて、みっともない人間に、興味を持ってしまった。それが、全ての始まりだった。ミライアともあろう者がこんな事になるなんてと、それが可笑しくて楽しくて、ミライアは内心でも笑っていた。
 気を取り直し、取り繕って、ミライアは偉ぶって言った。

「安心せい。我らの気配は残ったはずだ。下手な下級中級は近寄らんさ。ま、それで運悪く食われるような連中ならーーそれまでだ」

 ジョシュアの方も見ずに付け足すように言ったミライアは、いかにも面倒そうな顔付きであったが。しかし、その配慮にはジョシュアも胸を撫で下ろすのであった。
 そしてジョシュアは考える。
 彼女も人間だった時があったのであろうか、と。だとすれば、たった一人で暗闇を生きるために駆け続けなければならないなんて、何て酷く長い悪夢なのだろうかと。まるで自分のこれからを示しているような気がして、ジョシュアは小さく身震いした。


 それから平野を数十キロは走ったであろうか。ミライアはジョシュアに目で合図を送ると、スピードを落とし、最終的に人間が走る程のペースにまでなった。二人はそのまま、多少ゆっくりとした足取りで平野を走る。果てしない平野のその先には、暗い闇を湛えた森が見える。彼ら吸血鬼のような種族にとって、このような森は貴重だった。深い深い森は昼でも薄暗く、吸血鬼にとっても活動はし易い。加えて人間の出入りのある森ならば尚の事、絶好の棲家である。

 人間が魔族と呼ぶそれは、ヒトでもモンスターでも無い。理性的でかつ傲慢な人型の化物の事を指す。そのいくつかの種族は主に夜、活動する。日光を浴びれぬ、或いは苦手とする種も多い。そんな魔族が何故ヒトと諍いになるか。それは、彼等魔族に多い性分による所が大きい。
 魔族の多くが理性的でかつ傲慢。ヒトを襲う事を歯牙にも掛けず、争い事を好む。そんな荒くれ者達が、平穏な生活を望む人間と相入れる筈もない。
 そして、魔族の中にも気性の穏やかな者も居る事を、ヒトは理解していない。区別もしない。故に、暴れ狂うその個体を見て、ヒトは吸血鬼も夢魔も人狼も等しく同じ魔族、と捉えてしまうのだ。故に誤解が生じる。
 そういう事情故に、吸血鬼達はヒトの前に姿を現さなくなった。軋轢を産まぬために、諍いを生まない為に。彼等の多くは、ヒトに紛れる事を選んだのだ。吸血鬼はそこら中に紛れている。ヒトが知らないだけで。

 と、言う事でつまり、吸血鬼とはそれ程危険な種族ではない。ただ、数百年前だかに各地を震撼させたという吸血鬼が恐ろしく凶暴で有名で、人間がそれを踏まえて出会ったら死ぬと勝手に勘違いしているだけに過ぎない。吸血鬼自体はそこまで珍しくもなく、凶悪な存在でもない。出会っても眠らされ記憶を消され、少しばかり血液を盗まれるだけなのだ。
 そんじょそこらのハンターやらエクソシストやらの専門家が襲い掛かろうが大抵は生き残れるし、勝手に記憶を改竄して二度と追えないようにする事も可能であるからして。ほとんどの吸血鬼は人間の中に紛れ、時に森の奥で身体を休め、ヒトにはバレる事なく安穏と生活しているのだ。
 だからこそ、その傍迷惑でしかも無駄にしぶとい吸血鬼のせいで、その他大多数は大変な大迷惑を被った。おまけに、命知らずの馬鹿者というのは、いつの時代も一定数必ずいるので。不運にも、そんな吸血鬼の餌食となってしまったヒトの骸やら挑んでしまったハンターの話が勝手に噂を呼び、吸血鬼に出会ったらすぐに逃げろ、なんて常識が出来上がってしまったのだった。
 そして、そんな馬鹿が再び現れないように抑え管理するのがミライアの役目であったりもするのだが。ジョシュアはそれを、今はまだ知らない。

「街では決してフードを外すなよ。本来ならば森に数十年籠りたい位なのだが……そんな無駄に付き合うつもりはない。お前、二度と死にたくなければ、決してバレるでないぞ」

 森の手前、走りながら言ってくるミライアに、ジョシュアはただ、黙って首を縦に振るだけだった。





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