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05.思いがけず邂逅



「街を出るぞ」

 またしても突如そんな事を言い出したミライアに、ジョシュアは一瞬呆けた。別段準備する事は何もないのだが、それなりに心構えをしておきたいというのが本当の所だった。

「また突然な……今日中にか?まだ日も高いぞ」

 一週間程滞在し、ようやく街にも慣れたところで先の言葉を聞き、ジョシュアは少しばかりがっかりしていたのだ。随分昔には各地を転々としていた時期もあったが、かの町に定住して久しい。街に慣れ始めた頃を思い出し、思い出に浸ったりなんだりしていた所だった。それをほんの少しだけ寂しく思う気持ちがあった

「日の高いうちでないと不審に思われるだろうが。普通の人間なら夜間移動など自殺行為も良いところだ。わざわざ怪しまれる行動をする必要もあるまい」

 成る程、と納得すると同時に、ジョシュアは多少の不安に見舞われる。夜の街道や森と言うのは、昼間に比べて危険度が数段上がるのだ。
 日の光を苦手とするモンスターが多く、昼と夜とでは街と街とを繋ぐ街道を通り抜ける難易度が大きく変わるのだ。ハンターですら、大多数が夜の移動を出来るだけ避けるのだ。夜の移動も苦にしないのは、魔力結界を張れる者や、索敵や察知に関するスキルを習得している者に限られる。しかし、敢えて危険を冒す人間もそうそうおらず、日中の移動が原則。それが、人間の常識だった。だが最早、ジョシュアは人間ではない。故に、ミライアの行う夜の移動にも慣れなければならないのだ。

 そんなミライアは宣言して早々、全く手慣れた様子で荷物を纏めている。この街に惹かれることもなくあっさりとしている。自分よりもよっぽどハンターらしい、とジョシュアはこっそりごちた。

「日が落ちるまではどうするんだ?」
「心配いらん。少し先に森があるらしい、完全に日が落ちるまではそこで引っ込んでいよう」

 吸血鬼ならではの悩みに少しだけ面倒くささを感じながら、ジョシュアはミライアの提案に素直に頷いたのだった。同時に、日中の地獄を想像しては大きく溜息を吐いた。ローブを羽織るとは言え、無事では済まない事をこの数日で学んだ。火傷に効く薬を荷物から探し出し、ローブに潜ませる。ミライアのように、ジョシュアもまた荷造りを始めるのだった。



* * *




 ジョシュアとミライアが森に潜む事数時間。漸く日が暮れ始めた所で、彼らは活動を再開したのだった。薄暗い森を抜け、人通りのない街道に出る。火傷に薬を塗りながら、ジョシュアは問うた。

「毎回、留まるのは1週間くらいか?」
「大概はな。目的は探しモノと言ったろう、無ければ去るまでさ。ーーさて、夜のうちに次の街に着かないと、日中の地獄を歩かないといけなくなる。走るぞ下僕。遅れれば置いてくからな」
「待っーー!」

 そう言ったミライアは、ジョシュアが次の言葉を発する前に姿を消してしまった。それは本当に一瞬の間で、気付けば彼女の背は10メートル近くも先にある。ジョシュアはそれを慌てて追った。必死でそのスピードに食らいつきながら数分。漸くミライアのすぐ側まで追いついたところで、ジョシュアははたと気付く。先刻目撃したミライアの走りに、ジョシュアは追いついたではないかと。追い付くのに必死で気付けもしなかったが、ジョシュアはミライアと同等の、人間には出来ない芸当を行なえているのだ。嗚呼やはり最早自分は人間ではないのだなぁとしみじみ思いつつ、ジョシュアは無言で彼女の背を追った。

 それから一時間程、彼らは少しばかり速度を落としながらも道を駆け抜けた。人気のない街道を延々と、何者にも邪魔をされずに。目的地までは、馬車で向かっても丸2日かかる道のりであったが、当然、彼等はたったの数時間で行程の三分の一程まで来てしまっていたのだった。ミライアはその事に気付いたのか、気付けば段々と速度を落とし、力の温存に気を配るようになっていった。
 ミライアそこで呟くように言った。

「ここから先は少し出る。戦えるよう用意しておくんだな」
「出るって……モンスターか?」
「そうだ。我ら吸血鬼を襲うような、馬鹿で自信過剰なのが出る。……まさかとはと思うが、獲られるなよ?」

 ジョシュアを横目で見ながら、ミライアはニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。それを目撃してしまって、たちまち背筋がぞわりとして、ジョシュアはサッと顔を青くした。無意識に、手がホルダーのナイフを触る。いつでも戦えるように、そして再度殺されぬようにと。

 それから10分程は走っただろうか。ミライアは何か気掛かりな事でもあったのか、突然ブレーキを掛けながらザッと立ち止まった。
 ジョシュアはそれに少しばかり反応が遅れ、ミライアを少々追い越した所でようやく止まる事ができた。何事かと、ジョシュアがミライアに恐る恐る近寄った所で、彼女は静かな声で言い放った。

「何か居るな。……人間と、何かが戦ってる」

 ミライアの、確信した物言いにジョシュアは言葉に詰まる。絶対に巻き込まれたくない、そう思うのは何もジョシュアばかりではないはずだ。当のミライアも、何処と無く嫌そうな顔で道の先を睨んでいた。

「大回りに避けて通れないのか?」
「幾ら私達でも気付かれるさ。どちらも相当なランクの者共だ」
「何だってこんな夜に……」
「ランクが高いからこそだろう。人間は臆病な動物だ。普通の感覚のハンターなぞ出歩く訳がない、奴らはリスクを嫌う。夜に荒野に繰り出す愚か者は、自信過剰の高ランクと相場が決まっている」
「そりゃそうだ」

 緊張しつつジョシュアはミライアの視線の先に目を凝らしてみる。しかし、ジョシュアには数キロ先の戦いの気配は察知する事な出来ず、無駄に不安を煽られる。ミライアならまだしも吸血鬼になりたての自分が敵うのか、そんな不安を抱えつつも、ジョシュアはミライアの判断を仰ぐしかなかった。ゴクリと生唾を呑む音が、静かな夜闇に溶けていく。

「だからと言って、私等が馬鹿共に合わせる必要もないのだがな……行くぞ下僕、もしヤられたら置いてくからな」

 普段と変わらぬ調子で言い放ったミライアはゆっくりと、人間と同じスピードで歩き出したのだった。それに合わせるように、ジョシュアもゆっくりと足を踏み出す。じわりじわりと危険に少しずつ、しかし確実に近付いて行っている事を意識してしまう。あっという間に現場に到達するならばまだしも、その戦闘を認識してから随分と歩いているのだからジョシュアには溜まったものではない。緊張感に心臓が張ちきれそうだった。それは、徐々に体を蝕んでいく毒のようなもので、段々と自身の鼓動が大きくなっていくのを自覚した。

「群れを相手によくやる」

 突然呟いたミライアの声にすらビビり倒して、ジョシュアはミライアから方時も離れぬよう一層側に寄った。それをミライアに『気持ち悪い、寄るな』などと冷たく吐き捨てられるなどしたが、ジョシュアは傷付きながらも諦める事はなかった。

「ーーーー!ーーー」
「ーー、ーーーー」

 ようやく戦闘の激しさがジョシュア達の耳にも届くようになってくる。ジョシュアにも、彼らの戦闘の様子が見えるようになってきた。数キロ程先、暗闇の中大きな十数体程のモンスターと複数名の人間達が戦っているのが分かる。シャドーウルフだろうか。代わる代わる人間のパーティに攻撃を加えながら、じっくりと観察し好機をうかがっている。群れから少々離れた位置に居るのは、群れのリーダーだろうか。暗闇ながら、月の明かりだけでジョシュアにはハッキリと見えていた。

 互角のようにも見えるが、一体どちらが勝つだろうか。ジョシュアがハラハラとしながらそんな事を考えていた所、事態は突如一変した。件のウルフのリーダー個体が、ジョシュア達に気付いたのだ。目前の戦いから目を離し、ギラリと二人を睨み付けている、とジョシュアは感じた。
 ビビり倒しながら、ジョシュアはこのまま自分たちも襲い掛かられるのだろうかなんて震えていた。そんなジョシュアの横で、ミライアは呆れるように言った。

「お前、その気弱さはどうにかしろ、鬱陶しくてかなわん。そもそも、私にとっては奴らなどペットに過ぎん。覚えておけ?我らは、ウルフと名のつくモンスターと相性が良いのだぞ。非常に、な」

 そう諭すようにジョシュアに言い聞かせてから、ミライアは突然、その場で命令するかのように言い放った。吠えるような唸り声のような、他者を威圧する声なき声だった。

『去ね、その人間達は我らの獲物だ。我らが相手をする』

 語りかけるように、しかし高圧的に、ミライアは言い放った。するとどうだろうか。
 狼達は突如、ピタリと動きを止めたかと思うと、素早くハンター達から離れ始めたのだ。そのままリーダー個体の周囲をウロウロとしだす。そんなモンスターの様子にジョシュアが驚いている内に、彼等のリーダー格の個体が一頻り遠吠えをしたかと思うと、それらは瞬く間に闇へと消えて行ってしまったのだった。

 その光景に、ポカンと呆気に取られていたのはジョシュアばかりでなかった。奴らと戦っていた高ランクと思わしきハンター達もまた、突然退却したモンスター達に面食らったようだ。構えも解かず、キョロキョロと辺りを見回している。
 それからしばらく、彼等はそろりそろりと警戒を解いたかと思うと、一箇所に集合して何かを話し合っているのだった。何かの依頼だったのだろう、とジョシュアは当たりをつける。任務の邪魔をされた彼等を気の毒に思いつつ、ジョシュアは行動を確認すべくミライアを見上げた。ミライアはといえば、いつも通りの彼女だった。

「見たろ?奴らは我らと相性が良くてな、他のモンスターとは違い融通が効くのさ。覚えときな。ーーそれはそうと、あのハンター達は我々に気付くかどうか……お前、どう思う?」

 ジョシュアの首に腕を掛けて引き寄せると、ミライアは小声で問いかけてきた。ジョシュアはその問いに、思ったことをそのまま吐き出す。

「……俺達に気付くような連中なら、もうとっくに気付いてるんじゃないのかーー?」

 ビビるジョシュアとは正反対に、ミライアはやけに楽しそうだった。

「ま、そりゃそうだ。我等の気配は人間には辿りにくいから、獣の方がよっぽど敏感だ。例外も少なからずあるがな」
「……そんなアイツらの所、行くのか?」
「万が一気付かれていて、下手にコソコソしてたら変に思われるだろうが。あれだけ騒いで人が寄って行かないなんて、何かやましい事があると取られ兼ねん。厄介ごとは私も御免だ」

 そう言って、ミライアはジョシュアは従え、サッサと歩き出したのだった。ゆっくりと歩きつつ、彼等ハンターの下へと向かう。緊張感に震えながら、ジョシュアはローブのフードを何度も深く被り直した。


「群れで襲われるなんて災難だったな」

 偶々通り掛かりました、なんていう体を装い、ミライアは彼等に語りかけた。話しかけられた人間たちは、明らかに怪しんでいた。ジョシュアはミライアの背後に隠れながら、文字通り震えた。

「ああ、奴らの討伐依頼だったんだが……何故か逃げられた。全く手の掛かる奴らだよ、あんなに育った群はここいらでは珍しい」

 ミライアの問いに声を返したのは、彼等のリーダー格の男だった。先の戦いでも、仲間に指示を飛ばしている様子をジョシュアは見ていた。背はミライアと同じ程、背には小振りのランスを背負っていた。腰には短剣を差し、一般的なハンターの装いをしている。しかし、装備品は見るからに一級品。そこいらの【B】ランクや、ましてや【C】ランクのハンターの手の届くような装備ではあるまい。少なくとも【A】ランク、下手すれば【S】ランクという可能性もある。ジョシュアの緊張は更に増すばかりだった。

「それはそうと……あんたら、こんな夜更けにこんな所へ何をしに?たった二人で」

 怪訝に腹を探るような彼等の問いかけに、きた、とジョシュアは戦慄した。人付き合いを極力避けていた事もあって、こういう腹の探り合いは得意ではないし縁もないのだ。寧ろ、腹を探られるどころか相手の腹を吐き出させてしまう。つまりは馬鹿正直すぎて相手を怒らせてしまうのだ。故に人付き合いでは上手く人に溶け込めないタチで、顔が恐いと野郎にガンをつけられ子供には泣かれ、正直な癖言葉を知らない所為で他者には誤解ばかり与えてしまう。ジョシュアは不器用な男であった。そんなジョシュアの不安とは裏腹に、ミライアと男の話はどんどん進んでいく。

「イヤ何、旅をしているのだが……道中馬を逃してしまってな。留まるよりは良いかと仕方無しに歩いている次第だ」
「そうだったか。ーーだが、二人で大丈夫かい?先程のような高ランクのモンスターの報告が近頃上がっているぞ」
「私もハンターの端くれ故、それなりに戦いの心得位はある。ーーだが、確かに心細くはあるな」

 チラリと意味有りげにミライアが男を見ている。その背後で人知れず震えるジョシュア。

「ならば我々が力になろうか?不幸にも討伐のチャンスを逃してしまったからな。補給に一度何処かの街へ寄る必要があるーーなあ皆、良いだろう?」

 男の問い掛けに、渋々ではあるが彼等は頷いた。こうして、彼等五人のハンターと、ジョシュアとミライアは行動を共にする事になったのだ。
 一体何を考えているんだ、そんな事を考えるジョシュアとは裏腹に、ミライアは笑顔で彼等の提案に謝意を示したのだった。

『適当に話を合わせ、奴等を眠らせその隙にズラかるぞ。幸運にも美味そうな食事も目の前にぶら下がっている』

 言葉も無くそうジョシュアに伝えると、ミライアは人好きのする笑みで彼等に馴れ馴れしく話し掛けるのだった。そんなミライアの目はもう、ジョシュアから見れば爛々と輝いているように見えた。





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