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一心同体



 エドヴァルドはその日、城内がいやに騒がしい事に気が付いた。いつものようにベルに連れられ、あの庭へ向かおうとしていた時。謁見の間から、怒鳴るような声が聞こえてくるのだ。ここ半年程をこの城で過ごしていたが、このような騒ぎは初めてのことだった。
 エドヴァルドは少しだけ考えた後、ベルに止められるのも構わずに真っ直ぐにそちらへ向かって行った。

「ーー!……ーー、それがいかんと言うのです!何故あのようなモノを城内に入れたのか!」

 声を荒げているのは、如何にも軍人である、と言った風体の魔人であった。体格は魔王のそれと変わらぬ程に大きく、白髪に紫色の三白眼でギョロリと睨みを利かせている。黒い衣服とローブを身に纏う魔王と同じように、黒い鎧に黒いマントに身を包んでいた。

「アスタロト、それは貴公にも説明したはずだが……最早アレは、あの頃のような敵対心など無い。無害だと」
「ですからそれがいかんと言うのです!まだ、半年なのです!我等の軍の傷は根深い。これ以上、何かあれば我とて対応致しかねますぞ」
「魔王様の決定に、貴公は歯向かうというのか?将軍アスタロト公」
「イェレ、好い。私の役目だ。……アスタロト、それは勿論承知の上でのーー」

 アスタロトと呼ばれた軍人が、臆する事なく魔王に忠言している。その話の内容を聞かずとも、エドヴァルドには分かっている。今こんな時、こんなになってまで内部で言い争う原因なぞ一つしか思いつかない。エドヴァルドは真っ直ぐに、騒ぎの中心へと突き進んでいった。
 野次馬達を掻き分ける中、近付く彼に気付いた魔人達は次々と押し黙っていく。そしてとうとう現場へと辿り着くと、エドヴァルドは遮る様に渦中へと飛び込んでいった。

「ーー、さりとてこのーー」
「アレクシス、そのお方の言う事は最もだ。部下の忠言を無碍にしてはいけない」
「ッ!?」
「エドヴァルドッ……」

 近付く彼に気付いていなかった二人は、突如現れた当人に言葉も出ない。しかも、魔王が庇っていた筈のエドヴァルドが、己を扱き下ろす将軍アスタロトの肩を持とうと言うのだ。これでは最早、2人が言い争っている意味がまるで無い。

「国を引っ掻きまわした人間を警戒するのは当然の事。それなのに、一度死んだからってこんな易々と受け入れてしまうなんて……余りにも、御人好し過ぎるんだ。だからーー貴方のような人が必要だと、俺は思うんだが。アスタロト、殿?」

 最早、素より厳しい口許を不満そうに真一文字に引き結んで、アスタロトはエドヴァルドを見返している。目付きは相変わらず鋭くて、今にも飛びかかって斬り殺してやると言わんばかり。だがそれでも、今し方のエドヴァルドの言葉に思う所があるのか、それ以上の言葉を発する事はなかった。

「だから貴方のような人には、そのままで居てもらって。俺がまた、妙な真似をしたら、その時には、貴方のような人に、俺を殺して欲しいんだ。俺がまた、間違う前に」
「エドヴァルド!」

 彼がそんな事を言ってしまえば、周りは驚愕の余り絶句するばかりで。指名されたアスタロトなんかは、最早目をまん丸に見開いている。外でも内でも、感情など表に出さぬよう気を付けているアスタロトにしてみれば、全くもって酷い失態なのであるが。この時ばかりは取り繕えなかった。

「だって……アレクシスとかは出来そうにないしーーダメかな?」

 そう言って、伺うような不安げな顔をしてみせたエドヴァルドには、誰も彼も口を出す事が出来なかった。
 この男は、国を破壊してみせたこの男が、今度同じ様な事があれば、己を殺せとお願いしているのだ。余りに馬鹿げたお願いに、開いた口が塞がらない。

「貴様、……一体どんな教育をされてきたのだ小僧め」
「いやいや、俺は至って普通の平民ーー」
「普通の平民がそのような巫山戯た事を抜かすか馬鹿者!全く、阿呆の所為で興が削がれたわ……魔王様、私めは絶対に此奴から目を離しませんからな、覚えておかれよ」

 すっかり毒気を抜かれてしまったアスタロトは、顔を顰めそう捨て台詞を吐くと、マントを翻しながらさっさとその場から去って行ってしまった。其処に残されたのは、何とも言えない微妙な空気と、一人図ったかのように笑うエドヴァルドのしてやったりの顔だけだった。

「エドヴァルド、お前という奴は……」
「エドヴァルド様!ホント、貴方様信じられませんわ!せっかく、魔王様が頑張っていらしたのに……この空気ッ!」
「えっ、ちょ、ベル……そんな怒らなくても」
「五月蝿いですわこのっーー!」
「べ、ベル殿……魔王様の御前になりますので、その、余り騒がれるのは……」
「あらヤだわイェレ様ッ……大変失礼を致しました。このエドヴァルド様が余りにアレなものでしたので、つい」
「いや……言いたい事は、解るが」

 そんなベルの普段通りの言葉で一気に空気が緩む。そのままその場は解散となり、各自自分達の持ち場へと戻って行くのだった。
 その流れで、魔王はエドヴァルドを執務室へ来るように命じる。誰も反対はしなかったし、ベルなんかはもう、分かる人には分かるくらいニヨニヨとしていて。ついにあの魔王様が決定的行動にっ、だなんて城内の侍女達が一部盛り上がったり何だりして。そんな、何処か妙に落ち着かないソワソワとした雰囲気の中、魔王アレクシスはエドヴァルドを執務室へと誘う。2人共が部屋に入った後、それを確認すると、アレクシスは己の執務室の扉をバタンッと閉じたのだった。

 二人きりの空間で、向かい合ったまましばし沈黙が流れる。先に口を開いたのは、魔王の方だった。

「エドヴァルド、お前と言う奴はーーッ」
「!」

 そう言い切るが早いか、アレクシスは今までに無いくらい顔を哀しげに歪めて、エドヴァルドに突然抱き締めたのだった。予想だにしなかった行動に、エドヴァルドはただただ驚くばかりで声も出せない。
 魔人達の王ともあって、アレクシスはエドヴァルドよりも頭二つ分、上に顔がある。エドヴァルドも決して体格は小さい方では無いのだが、アレクシスと並ぶと小さく見えてしまう。そんなだから、エドヴァルドは完全に、アレクシスの身体にすっぽりと抱き込まれてしまう。その逞しい胸の中で、エドヴァルドは何かを考える暇もなく、絞り出した様な声を聞いた。

「何故、あんな事を……、全部思い出したのか?」

 耳元で囁く様に告げられる。その声の弱々しさににかなり驚きながら、エドヴァルドは言った。

「大体の事は、な。……俺、アレクシスを、殺したんだよな。その他も、大勢ーー……そりゃあ、怨まれても憎まれても仕方ない。俺だってきっとーー……だから、俺の所為で何か諍いが起こるのであれば、俺は喜んで此処を出て行くし、例えここで殺されたってーー」
「駄目だ!それは、駄目だ」

 突然声を荒げたアレクシスに、エドヴァルドは困惑する。己の仇であるはずのエドヴァルドに、何故そこまで言うのか、本当に理解出来なかったから。

「アレクシス……何故だ?」
「分からない。けれど、それは駄目だ。私が、嫌だ。お前がまた居なくなるのは、私が嫌なんだ」
「…………」
「だから、頼む、私の為に居て欲しい。私の所為にして好いから、此処に居てくれ」
「っ、なん、で……おれが……、おれのーー」
「私が殺される間際のーー私にとどめを刺す時のお前の顔が、目に焼き付いて離れない。あんな顔をさせるくらいならば、別の何かが出来たのではないかと、思うのだ」
「ッう、」
「国を護りたいと言う気持ちは誰しにもある。……私も、やり過ぎた自覚はあるのだ。それが、お前のような者をそこまで苦しめるとは思わなんだ。ーーだから、次くらいはと、お前に本当の笑顔をと、そう思ったらもう、抑えられん」

 思わず流れた涙を止める事が出来ず、エドヴァルドはアレクシスの胸に顔を押し付けて、漏れそうになる声を押し殺した。
 エドヴァルドは旅の間、いつでも苦しかったのだ。護らなければと、自分は決して倒れてはいけないのだというプレッシャーに、押し潰されそうになった。相談など出来ない。弱味を零せば、絶望的な状況に、不安がそのまま仲間に伝染する。だから、勝つ為に一人で抱えるしかなかった。それが自分を壊したとしても、皆が、全員が助かるならばと。

「頼むから今度こそ、心から笑っていてくれ。繕わなくて好い。それがこの国の、私の為に出来る事だと思って欲しいーー」

 そんな言葉のひとつひとつが、じんわりと心に滲みる。自分に寄り添い、共に歩いてくれる人が居る。それだけで、エドヴァルドは生きてーー生き返って良かったと、心からそう思えるのだ。だからこれが、自分が欲しかったものなのだと。取り戻したかったものなのだと。


 それからしばらく。
 エドヴァルドはアレクシスの胸の中で、幸福な時間を甘受した。独りで抱えなくて良いと言うだけで、ここまで心が楽に成れるとは。彼の覚えている人生の中で、彼は今程幸福だと思った事はなかった。だからこそ、この人の為に生きたいと、エドヴァルドは初めてそう、思えたのだった。


 だが一つだけ、エドヴァルドは誰にも告げずに隠している事がある。
 彼が思い出していない最期の記憶。
 それだけは、絶対に思い出してはいけないと、蓋をして考えないようにしている記憶。
 それを思い出したが最期。エドヴァルドは二度と、このような幸せな日々を送る事が出来なくなるのでは無いかと、恐れているーーーー



* * *




「あらぁ、わたくし、今日は戻って来なくて良いと言いましたのに」
「……ベル、君は一体どうしてそう、いつでも明け透けに言えるんだ。ちょっと羨ましいよ」
「お褒めに預かり、こうえいでございますわ。ではエドヴァルド様、魔王様にこれを渡して来てくださるかしら?」
「今、そのアレクシスの所から戻ってきた俺にそんな頼み事をするなんてさ、絶対図ってるようにしか思えないんだよなぁ」
「分かってらっしゃるなら、アタクシの為にとっとと行ってらっしゃいましー」
「……駄目だ、ベルには全く勝てる気がしない」

 全くもって敬う気も丁寧に扱う気も無いベルの言葉を聞きながら、その日もエドヴァルドは所謂使いっ走りをさせられていた。パシリと言っても、それは魔王アレクシスに関わる事限定なのは言うまでもなくて。今や誰もが知る所となった2人の仲にかこつけて、城中がそういうものとして扱う事になってしまっている。
 驚くべきなのが、それを企むのは最早ベルや侍女達だけではない、と言う所で。

「おい、其処なチビ小僧。アレクシス陛下へコレを持って行け。キビキビ動けよ。さもなくば、お前の部屋をめちゃくちゃに破壊してやろうぞ」
「アスタロト……アンタまで……もう、敵も何もあったもんじゃあ無い」
「おや、エドヴァルド様丁度良い所にーー私からも此方を、魔王様へ必ずお願い致しますよ」
「あ、はい」

 そうやって行く人行く人に頼み事をされて、自室に戻った筈のエドヴァルドは、再びアレクシスの部屋へとトンボ帰りをする事になるのだ。寝室と執務室と、別の部屋ではあるのだが。

「ん?ああ、エドヴァルドか、……また色々と押し付けられたな」
「うん……何だかなぁ。アレクシスの為に手伝えるのは、別に良いんだけど……ワザと仕事作ってるようにしか、思えなくて」

 つい先程見送った筈のエドヴァルドがやってきて、アレクシスはそれにクスリと笑みを浮かべる。そんな様子がもう最近ではすっかり定着してきてしまって、エドヴァルドもアレクシスも、側に互いがいる事が当然のようになってきている。
 もうそろそろ部屋を同じにしても良いかなぁ、なんてアレクシスが考えているなんて、エドヴァルドは全く思っても居ないのだ。そうやって、2人は最早、離れ難い程に互いを認め合っているのである。



 そしてそんな中で。事件は起こってしまう。

 その日も、朝はいつものような始まりだったのだ。自室のベッドで起き上がり、ベルに用意してもらった服に着替え、着させてもらい、ここ最近で習慣となった読書をする。魔人の国に関する知見を高めようと、彼自ら始めたものだ。
 今手元にある本で三冊目程になるのだが、専門書の類いは流石に難しくて、一般的な人間側の平民の知識しかない彼は苦労している。数時間程読み進めた所で、彼は気分転換にと立ち上がった。
 肩の凝りを解すような気持ちで、両手を上に、うんと伸びをしようとした。
 だが、腕を伸ばしたその時だ。
 ゾワリと、背筋に嫌なものが走る。瞬間、彼は直感した。何か、良くない事が起こっている。アレクシスの身に、何か。そう思った瞬間、彼の頭は一気に覚醒した。彼の、勇者の嫌な予感というのは、馬鹿に出来ないのだ。


 以前の生を思い出すかのように、エドヴァルドは部屋を飛び出した。城中の気配を極々当たり前のように探りながら、全力疾走する。彼の余りの剣幕に、すれ違う人々が皆、息を呑みながら道を譲って行く。
 上階から平然と飛び降りながら、エドヴァルドは城外へと向かう。城門へと続く道の途中、何人かの軍服が、拙い、といった体でエドヴァルドを行かすまいと立ち塞がるのだが、彼はいとも簡単にいなし、すり抜けてしまう。誰かが後ろから叫ぶ声も聞かず、エドヴァルドは、そこへと辿り着く。辿り着いてしまった。見てしまった。


 昔、感じたような気配と匂いに、全身が殺気立つ。思い出すべきでは無いと閉じ込めておいた記憶が、無理矢理こじ開けられてしまう。

 其処には、聖魔道士ヨアキムと、聖騎士ウリヤスが武器を持って並び立ち。
 その目の前で、額と脇腹から血を流し、膝を突いているアレクシスの姿が、あちこちで倒れている魔人達の姿が、目に映った。

「きっ、貴様ーーーー!」

 その瞬間に、ぶわりと腹の底から湧き上がるそれに、エドヴァルドは呑まれてしまった。よくも、よくも、またしてもーー。そう思ったのを最後に。そこから、エドヴァルドの意識はプッツリと途切れてしまったーーーー




* * *




「陛下ぁ!」

 アレクシスはその時、悲鳴のような声を聞いた。いつも冷静沈着で、いつだって頼りになる彼の友人。それがそこまで、声を張り上げている。原因は、分かっている。

「ふふ、ハハハハッ!そうだ!奴が居なくとも、我等だけで、弱り切った魔王の首なぞ再び落としてくれよう!」

 見慣れた顔。いつかの聖魔道士と、聖騎士が、揃って自分に武器を突き付けているのだ。軍を引き連れ、城下の様子を見ようと出発した所を不意打ちされた。
 真っ直ぐに魔王目掛けて飛んできた人間達に、流石のアレクシスもいくらか攻撃を受けてしまったのだ。聖魔法は魔人の力を弱体化する。よく知られたこの世の常識だった。魔王とは言え、人間達の頂点に立つ者のそれは毒に等しい。体を巡る毒物の気配に、彼とあろう者が膝をついてしまったのだ。とんだ失態である。それを恥じる間も無く、目の前の血走った目をしたその人間は、両手をアレクシスに向けている。
 これは流石に拙いとそう思えども、アレクシスの身体は鈍っているのかロクに動かない。せっかくここまで来たと云うのに。アレクシスは、エドヴァルドの事を思い浮かべながら、二度目になろうその死を、覚悟した。
 その時の事だ。有り得ない叫びを、アレクシスは聞いてしまった。

「止めろエドヴァルド!」
「ッ!?」

 その叫び声を耳にして、アレクシスは即座に振り返る。アスタロトの声だった。それは、聖魔道士達も同じで、名前を聞いた瞬間、ビクリと体を大きく震わせた。
 信じられない事に、其処には右手に見慣れぬ真っ黒い剣を握りしめたエドヴァルドの姿があった。だが、そんな彼の気配は、全くの別人のそれだった。真っ黒い怖気がするような悍ましい気配を纏って、禍々しい黒い剣を構えるその姿は。

 まるで、この世を破壊し尽くす存在であるかのような。
 さしものアレクシスも、その姿に恐れを抱いた。

「ーーなはず……そんな筈は無いのだ!奴は、死んだ、死んだのだーーッ!」

 発狂でもしてしまったかのように、聖魔道士は叫び声を上げる。アレクシスに向けていたその両手を、エドヴァルドへと向けた瞬間。聖魔道士達の姿はアレクシスの目の前から消えた。彼等は、たったの一撃で、城門へと叩き付けられたのだ。
 そして、それをアレクシスが認識した次の瞬間には、目の前にエドヴァルドの姿があった。その後ろ姿から立ち登る黒々とした気配に、アレクシスですら声を掛けるのを躊躇う。だが、それもほんの僅かな間だった。
 再び姿を消したエドヴァルドは、驚くべき力でもって、次々と人間達を斬っていった。軍の一個中隊程でやってきた彼等を、皆一様に、一撃で、図ったかのように、その首を飛ばしていったのだ。それは余りにもな光景で、魔人達ですら誰もが絶句した。
 その恐ろしさの余り逃げ惑う人間達も、逃す事なく、その首を飛ばす。其処ら中に、人間達の首がゴロゴロ転がるそこは、まるで地獄のような光景だった。

 だがアレクシスは、それを放って置く訳にはいかなかった。いくら人間達とは言え、その光景を、エドヴァルド本人が見て悲しまない筈がない。
 アレクシスは恐怖すらも忘れて、思うように動かない体を動かして、力を振り絞って、目にも止まらぬ速さで暴走するエドヴァルドに、近接した。

 背後から逃すまいと、アレクシスはその背を、捕まえた。暴走している割には簡単にその腕に収まったその背は、アレクシスの中で微かに震えてた。ギュッと更に力を込めると、その震えは更に大きくなる。下に俯いているせいでその顔は確認できない。けれどなぜだか、彼がーーエドヴァルドが泣いている気がして、アレクシスは哀しくなる。そっとその耳元に顔を近付けると、アレクシスは言った。

「エドヴァルド。もう、止めよう。お前がこんなことをして、傷付いていないはずがない。自分の為にも、私の為にもな。帰ろう」
「ッ……」
「そして、私といつものように一緒に眠ろう。私がそれを望んでいる」
「そんな言い方ーー、ズルいじゃないか……」
「ああそうさ。私はいつだって、私の思うように動くだけなのだ」
「アレクシス……俺、アイツらに、皆……、俺のせいでーーっ、憎くて、みんな無くなってしまえばって……」
「ああ……分かっている、エドヴァルド。私は、そう云う所を含めて優しいと言ってるんだ。さぁ、帰ろう?お前が何をしようがどうなろうが、私はそれも含めてお前だと思うのだよ。ほら。前を向いて」

 そんな風に優しく宥めすかしながら。血塗れの勇者エドヴァルドを、魔王アレクシスは連れ出す。戦いの時でしか使わないはずの空間転移を使って、その場からあっという間に、2人は姿を消した。


 そしてその後。いとも簡単に彼等を制圧して見せた魔人軍は、後始末に追われる事になる。エドヴァルドによって、殆どの戦力が殺され尽くしてしまったのだから、彼等に最早抵抗する力などなかったのだ。
 そしてーー

「グッーー貴様らぁ!離せっ、その汚い足を退けろぉオ!」
「おやおやまぁまぁ、下品だ事。このお人らですってねぇ?わたくしのエドヴァルド様を、散々虐めてくれたというのは……」
「貴女のエドヴァルド様では、無いと思うのだが……」
「あら、細かい事は気にしてはいけませんよイェレ様」

 その後始末係の筆頭は、自らそれを申し出たまさかのベルと、それに付き合わされているイェレだった。時折場違いな会話を繰り広げながら、魔力で拘束した2人の人間を足で踏みつけにしている。ギャンギャン騒ぐ聖魔道士も、諦めたような顔で力を抜く聖騎士も歯牙にかけず、ベル達はいつもの調子だ。

「ふふふ、イェレ様?こういう傲慢チキな自信過剰野郎と言うのは、その力を過信している節があるとは思いません事?ーーその、薄汚い力を二度と使えなくしてやれば、このお人らにとっては、死ぬよりも辛い余生を過ごす事になると思うのですよ」
「ああ、成る程。それは良い考えだ」
「ええ、そうですとも。ーーゾクゾクしますわぁ」
「なっ貴様ら、……一体、何をーー」
「何をって……決まっているではありませんかーー」

 そして、その次の瞬間。その場には、信じられない程の絶叫が響き渡る事になった。


 所変わって、その頃の魔王の寝室はと言えば。まるで子供のように泣き腫らした様子のエドヴァルドを抱き寄せながら、ベッドに潜るアレクシスが其処には居る。遠慮なく顔のあちこちに口付けを贈るその様子は、何処か幸せそうである。もちろん、それは眠りについたエドヴァルドも同様の事で。

 そんな一件で、2人の仲は更に一層深まって行く事になった。
 エドヴァルドには、それ以上に隠すことなど何も無いし、それすらも易々と受け入れてしまったアレクシスは無論、エドヴァルドが離れて行く事など望んでは居ない。
 例えこの先また、エドヴァルドがそれに呑まれてしまったとしても、そんな2人であれば乗り越えられる気がするのだ。

「エドヴァルド様、今日は帰って来ないでくださいませ」
「ベル……君ホント、益々酷くなってるよそれ」
「妙な勘繰りは辞めてくださいまし。私今日、イェレ様と約束があるんですの!」
「おお、君の方はやっとーー」
「鈍感野郎は調子に乗らないでくださいましッ」
「…………」
「ははは、仲が良いのはいい事だが、少し妬ける」
「!」
「あらあら、魔王様までーーどう料理してやりましょうかしら」

 そんなやり取りが、彼等の間ではいつまでも延々と続いていく。辛い事も苦しい事もあるけれども、確かに彼等は共に在るだけで、何だって乗り越えていけるとそう、信じているのだ。





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