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侍女ベルの活躍



 エドヴァルドがベルと話してから、更に2ヶ月程が経過した。あのやり取りのお陰だろう、エドヴァルドの態度は随分と改善した。きちんと出された食事は食べるようになったし、侍女のベルが言わずとも、身の回りの事も身体の事も、自分で面倒を見るようになった。
 そして何よりも、最もまともになったのは、彼がきちんと感情を表に出すようになった事だろうか。

「あの……ベル、もうちゃんとするからさ、着替える時位は外に出ないか?」

 朝。差し出された本日の衣服を手にかけながら、エドヴァルドはその日、おずおずとベルに申し出た。

「何をおっしゃいますか。エドヴァルド様、お持ちするお召し物をお一人でまともに着られたことが無いじゃぁありませんか」
……それを言われると……」
「魔王様にお会いする時は特に、まともに着ていただかないとベルの名前に傷が付きますわ」

 そう言われると弱いエドヴァルドで、結局その日も次の日も、しばらくの間着替えを甲斐甲斐しく手伝われるのであった。

「俺も元々は平民なんだから、もっとこう、雑なのでーー」
「何をおっしゃるのか理解しかねますわ。仮にも一国の主人である魔王様の客人ですから、そんなもの着させる訳にはいきませんもの」
「…………」

 なる程、こと魔王城での生活においてはこの侍女には一生敵わないのだろうなと、エドヴァルドは認識を新たにする。

 そんな毎度のやり取りを飽きもせずに行いながら、エドヴァルドはいつものようにめかしこまされる。こういう、お小言を言われながら念入りにチェックされる日は、決まって魔王アレクシスと行動を共にする事になっている。
 その傾向に、いつしか気付いてしまったエドヴァルドは、そうだろうなと分かる日、どうしてだかソワソワとしてしまう。別に嫌な訳では無い。寧ろ好いとさえ思うと言うか何というか。エドヴァルドはかの魔王アレクシスを前にすると、平静では居られなかった。

「どうなさったので?いつにも増して挙動不審ですよ」

 そんなベルの声がかかるのは、ある種当然の流れであった。エドヴァルド本人でさえ、その自覚があるのだから。それはいつものようにめかし込み、最後のベルチェックを受けていた時の事だ。

「いや、何と言うか……緊張して」
「何を今更。そんなに魔王様にお会いになるのが嫌なので?」
「いや!そんな、滅相もない。何と言うか……嫌な訳ではないんだ。俺にもよく分からないんだが……、あの人に見つめられると緊張してしまって。見た事無いくらい、綺麗だしーー」

 言葉の最後の方は、本当に呟くような声だったのだが。耳聡くその声を拾ったベルは次の瞬間、驚くくらいの速度で顔をガバッと勢い良く持ち上げた。その形相は何故だか、カッと目を見開くようなもので。エドヴァルドはその瞬間、酷くたじろいだ。

「緊張されるので?」
「えっーーうん」

 顔をこれでもかとにじり寄せながら、問い詰めるかのような姿勢で持って問うてくるベルに、エドヴァルドは上半身を中心に逃げを打つ。しかしすかさず、ベルは両手でエドヴァルドの二の腕をガッシリと掴みかかりながら、更に言葉を続けた。ある種の迫力のようなものがあって、エドヴァルドは内心で悲鳴を上げる。

「魔王様をお綺麗だと思われるので?」
「そりゃぁ……あんなに美しい人、俺見た事なくって。平民なんて皆野暮ったい感じだし……俺の周りなんて剣ばっか振るようなガサツな連中ばっかだったし。あんなさ、まるっきり貴族というか王族というか……そんなオーラ放ってて……何と言うか、雰囲気なんかも、美しいなぁって。俺なんかが触れちゃいけないんじゃないかってーー」
「エドヴァルド様!」
「はっ、はい!」
「魔人とお付き合いされたり、そういうのに抵抗は?」
「え、えっ……?お付き合い……?何でまた」
「いいから、今おっしゃって!」
「はいっ!べっ、別に、俺だって今はもうそういう存在だろうし、魔人に元々悪い印象なんてなーー」
「エドヴァルド様、今日はお部屋に帰ってこなくて良いです」
「は!?んなっ、……さっきから一体、何なんだ」
「いえ、こちらの事情でございますのでお気になさらず!オホホホホホッでは失礼致します!」

 ベルはまるで嵐のように、聞きたいことだけを聞くと、次の瞬間には無表情に口だけの笑い声を上げながら、そそくさと部屋から出て行ってしまったのだった。突然の豹変にエドヴァルドは一人唖然とする。しかも、その理由が全く分からなくて、エドヴァルドは混乱の極み。こんな意味の分からない雑な扱いは、この城に来てからは初めての事で。ベルは一体何をしに部屋から出て行ってしまったのかと首を捻るばかりだ。いつもならば、ベルの服装チェックが終われば、そのまま部屋で待機するよう伝えられ、他の侍女の伝言を一緒に待つ事になるのだが。
 ベル程の侍女が職務を放り出してまで一体何をしに部屋から出て行ったのか、気になる所ではある。でもきっと、ベルは決してその理由をエドヴァルドには教えないだろう。ここ数ヶ月で、エドヴァルドは彼女がどう言う人かは判るつもりでいた。判るつもりで、いたのだが。


「さあエドヴァルド様!年貢の納め時でございます!」

 侍女にあるまじき、なんとも興奮した調子で、ベル自身がエドヴァルドを迎えに来たのだった。薄ら頬が上気していて、柔らかな笑みを浮かべて、普段の淑女の美しさに人間味が加わる。するとベルは、瞬く間に愛らしい女性へと変貌してしまって、エドヴァルドはほんの一瞬見惚れる。だがそれも、部屋に入ったその次の瞬間には終わった。

「エドヴァルド様、魔王様の元へ参りますよ」
「年貢の納め時って……」
「いじらしい態度を取られて、可愛いのは少年までですよ。ハッキリとおっしゃられたら好いではないですか。魔王様もその言葉をきっとお待ちですわよ」
「だから君は、一体、何の話をしてるんだ?さっきから訳の分からないことを……」

 本当に訳が分からなくて、エドヴァルドは思いっきり困惑した様子でベルを見返す。そんなエドヴァルドの思いが伝わったのか、ベルはようやくその意味を察した。そして同時に、彼女はしばし絶句する。

「…………なんと、もしやエドヴァルド様は、鈍感クソ野郎でございましたか」
「ちょっとベル、君、俺が慣れて来たからって随分と遠慮が無くなったんじゃないかい」
「いやはや、もしやと思っておりましたが。良い歳をした大人がまさかコレとは……」
「なぁコレ、流石に怒っても好いよな?」
「申し訳ございません。ベルたる者がそんな事にも気付けなかったとは……世界は何とも広ぉございます」
「…………」
「いえ、失礼、余りにもアレでしたので興奮してしまいましたわ。さぁ、張り切って魔王様の元へ参りましょう」

 そんな、妙に張り切ったベルに連れられ、エドヴァルドは何とも言えない表情で歩いた。このやり取りの中でベルに散々煽られた事もあって、一歩一歩魔王の元へ向かっている事を妙に意識してしまって。近付くにつれ、胸の高鳴りが抑えられなくなっていくのを自覚する。

 彼自身、妙に甘やかされているなぁという自覚位はあるのだ。どうしたって、他の魔人に対するソレと、自分に対する接し方の違いには嫌でも気付いてしまう。それがどうしてなのか、エドヴァルドには皆目検討もつかない。ただ一つ言えるのは、自分は魔王アレクシスの特別であると言う事。それだけは確かなのだ。

「魔王様、失礼致します。エドヴァルド様をお連れ致しました」

 エドヴァルドがハッとした時には、ベルは既に扉をノックしている所だった。まだ心の準備が、だなんて、彼がそんなふざけた事を考えていると、中から入るように指示が出る。ベルはすかさず、扉を静かに開けて入って行ってしまった。ぐずぐずしている彼をベルは引っ張って行ってしまって、気付けば魔王アレクシスの目の前に連れ出されてしまう。
 彼の真紅色の眼に見つめられ、エドヴァルドは自分の胸が大きく跳ねるのを自覚した。

「どうぞ、ごゆるりと」

 そう言いながら、ベルは扉の外へと出て行ってしまって、エドヴァルドはそちらの方を名残惜しそうに見やってしまう。魔王と会えるのは正直なところ嬉しいのだが、落ち着かない気分はどうしてたって慣れそうになかった。子供の頃のように、剣(木刀)を振り回している方がよっぽど性に合っている。エドヴァルドは心細さを誤魔化すように何とか我慢して、今度こそ真っ直ぐに魔王と向き合った。

「随分、仲が良くなったのだな」

 部屋の中央にあるダイニングに腰掛けながら、何処かからかうような口調でエドヴァルドに声を掛けたのは勿論、魔王アレクシスだった。
 何処か機嫌良さそうに、ふふ、とアレクシスの口元には笑みが浮かんでいる。脚を組み、両手も膝の上で組み合わせているそんな様子がどこか様になっていて、エドヴァルドはしばし見惚れてしまう。同じ男からみても、彼のそんなリラックスした様子は独特の色気があるのだ。
 アレクシスのそんな様を目にすると、何かイケナイモノを目撃してしまったような気分になって。エドヴァルドが益々落ち着かない気分になるというのはここだけの話である。
 そして、そんなアレクシスの仕草が、実はエドヴァルドを前にした時限定のものであって。いっそ己の美を意識した上でワザとやっているだなんて、エドヴァルドは知る由もないのである。そうやって、彼はまんまとアレクシスの術中にハマっていくのである。

「まぁ……色々と、面倒を見てもらっている。とても、助かる」
「そうか。ーーなら私とも、アレ位は仲良くして欲しいんだが」

 初っ端から突然突き付けられた要求に、エドヴァルドは思わず目を丸くした。そんなエドヴァルドの驚いた様子に、アレクシスは益々笑みを深めるばかり。そして、その場はは益々アレクシスのペースに支配されていくのである。

「ほら、エドヴァルド。そんな所に突っ立っていないで、来るといい」

 そう言うが早いか、アレクシスはエドヴァルドが何かを言う前にサッと歩み寄ると、その肩を優しく抱いてアレクシスの目の前の席へエスコートした。そしてアレクシスが離れていく間際、彼はエドヴァルドの額にひとつ、口付けを送るのだ。
 ここまでの一連の流れ、正に断る隙もない完璧なタイミングで、エドヴァルドは言われるがままされるがままだ。そんな一連の動作が、恋人だのにするようなソレであるとエドヴァルドは意識する間も無く。まるでそれが普通の事であるかのように錯覚させられていくのである。

「ーーそれで、今日は何をしようか」

 次にエドヴァルドが意識を取り戻したのは、2人がまったりと食事をとり始めた時だった。どこか夢心地で、何をしていたのか全く覚えていないエドヴァルドだったが、きちんと皿から料理が消えているのを見るに、ちゃんと食べられたらしい。一体自分が何をこんなに浮ついているのか分からなくて、エドヴァルドは益々混乱していく。

「エドヴァルド?」
「あ、うん、悪い……何がいいのか、考えていた」

 咄嗟に適当な事を言って、ちゃんと考えているフリをする。こんな所でぼんやりとしていたなんて、恥ずかしいやら何やらでそんな事を思われたくなかったのだ。エドヴァルドは自分ですらよく分からない気分でもって、アレクシスといつもの他愛もない会話を楽しむ。

「今回は随分と間が開いてしまったからな、少し長めに時間をとりたいのだが。どうだ?」
「俺は、全く構わない。……その、アレクシスは、大丈夫なのか?執務が大変だと聞いた。俺なんかに時間を使わなくても、いい」
「…………そう言う所は全く変わらないな。私は自分が取りたくて時間を取っているんだ。エドヴァルドは気にしなくても好いんだぞ。ーーーーそれとも、嫌か?」
「そ、そんな事は、絶対にない……俺も、楽しいから」
「それは重乗。では、一緒に近くの湖まで乗馬でもいかがだろうかーー」

 そんないつものような穏やかな会話で、両者共にぎこちないような噛み合わないような、そんな中で二人は距離を近付けていくのだ。

 そしてまた。

「うううん、何故そこで気付かぬのですかっ、あのニブチンッ!ああああ、焦ったいですわぁぁ!何で毎回、あんなやり取りしながら気付かないのかしら」
「ベル様……」
「あら、聞かれてしまいましたわ。ーーでも、貴女も思いませんこと?魔王様があそこまで露骨にアピールされていらっしゃるのになぜっ、一向にっ、関係が進まないのか!魔王様も、せっかく私めが朗報を持って行って差し上げたのだから、無理矢理奪ってしまうくらい強引にいけばいいんですのにぃー!」
「……肉食」
「煩いですわ。全く、殿方ってばもう、だらしがない」
「ベル様だって、イェレ様を誘おうとして誘えずに廊下をウロウロされていた癖にーー」
「だまらっしゃい!」

 魔王と勇者、そんな過去には交わる事の決して無かった二人の関係を後押しするのが、この優秀な侍女だというのは紛れも無い事実なのである。

「魔王様」
「ん?何だ、また耳寄りな報告か」
「ええ。ーー実はエドヴァルド様、どうやら甘味がお好きなようで。城下でもこっそり寄る事があったそうでございますよ。お仲間に揶揄われてからというもの、どうしても一人では行きずらくなってしまったそうで」
「成る程、それは興味深い。ーーイェレの次の休みは明後日だ。無理矢理取らせるつもりだ」
「あら魔王様、そんな美味しそうな|情報《ワイロ》を……誠にありがとうございます」

 そんな二人の協力関係はこの先もきっと、その時までは途切れる事なく続く事だろう。

「エドヴァルド様、先程魔王様、執務室で居眠りなさっていましたよ。疲れているご様子です。行って、癒やして差し上げたらどうです?」
「な、何で俺が……どっちかというとベルのような女性が言った方が喜ーー」
「エドヴァルド様っ、魔王様は女よりも貴方様に触られる方がヨくなれるんですのよ。それは自覚なさいまし」
「…………」

 そして、例えその居心地の良さに何処かで罪悪感を覚えようとも、エドヴァルドは確かに失いたく無いと、そう思ったのだった。





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