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15




トバイアスとアーチボルトは、それこそ人間離れ(アーチボルトはそもそも人間ではないが)した動きでベリトに食らいついている。魔力を極端に削られ、無駄に出来ない今のベリトには、余裕はないはずだ。しかし、人間の騎士2人と渡り合うには十分らしい。クリストフの魔法を受け流しながら、上手く躱している。やはり、レベルの差が顕著だ。クリストフが2人をフォローするため、大規模な魔法を使えないでいるのは致し方ない。俺のように、奴の癖を知り、奴の大規模魔法を避ける方法を知っているなら別だが。

それにしても危うい。互いを庇いながらようやく渡り歩いているような状態だ。そんなものでは全然、足りない。そう俺には思えてしまう。こんな所で、あと一歩で奴を仕留められるという所で、じっとなんてしてられない。治療されながら冷静になって考えた。例えどんな事になろうとも、俺は俺の目的を達成しなければならない。一度や二度の失敗が何だというのだ、幾度失敗しようとも、例え自分がどうなろうとも、目的さえ達成できれば良いじゃないか。奴の目的が俺を引き込む事だとしても、ここで奴を仕留めれば全て片付く。何を恐れる必要があるのか。逸る気を抑えながら、声をかける。

「おい」

治癒魔法をかけるジョシュア、そして周囲にいるエリアル、リオン、そしてトウゴに問いかける。

「トウゴ、お前魔力の使い方は分かるか?普通のじゃねぇ、勇者にしか扱えねぇソレだ」
「勇者の魔力ーー少し、なら」
「なら、力、貸せ」
「え……俺に、何かできる?」
「お前にしか頼めねぇ。ーーそれと、誰か、魔力貸せ」
「!」

驚いたような顔で俺を見下ろす面々を見、しかし俺は本気で問いかける。奴をヤれるのは俺らしかいない。

「え?そんな事、できるの?」

問いかけたのはトウゴだった。しかし、それに答える声は出ない。あまり一般的なものではないがしかし、方法さえ知っていればできるのだ。

「ジョシュア、お前クリストフに魔力遣ったたんだろ」
「!ッ」
「一晩であそこまで回復する訳ねーだろ。お前らん中で一番魔力量が多いのはお前だ。なのに……道理で俺の治癒に回される訳だ」
「あ、アンタ余計なこと言うなよ!」

俺の言葉に、ジョシュアからは焦ったような声が聞こえた。トウゴやリオンは首を傾げているようだが、おそらくエリアルには分かっている。身体の接触による魔力吸収の法もあるが、最も効率が良いのが、体液の授受を伴ったもの。つまりはジョシュアはクリストフに喰われたらしい。一度喰われたなら、二度も三度も同じだろ。

「だから、誰か魔力貸せってんだ。アイツらだけに背負わせーー」
「だめだよ」

突然、拒否された言葉に俺は少しだけ動揺した。見上げれば、強い眼差しに貫かれる。リオンには、多分バレていた。最早、多分、俺はもうどうしようもない。

「リオン……」
「だめ、絶対だめ!これ以上あれに関わったら、ディヴィッド本当に戻れなくなる!」
「言うな」
「だめ、だめ!このままだとディヴィッドは」
「それ以上言うな!」
「ッ」

ついつい声が大きくなる。ビクリとリオンの肩が跳ねるが、この状態では引くわけにはいかない。リオンが言うまでもない。右側どころか、上半身はほぼ感覚が無い。痛みで眠る事もままならない。この2日間、眠らなかったんじゃない。眠れなかった。どうなるかは分からないが、気を抜けばあっという間に俺は呑まれるのだろう。

ここぞと言う時に利き腕が使えないのは、ベリトとの戦いにおいては思った以上のハンデだった。お陰で仕留め損ねた。あれは、本当にチャンスだったのに。不意打ちに、奴の油断。あれ以上の好機は二度とないかもしれない。だからこそ、悔しい。許せないのだ、仕留められなかったこの自分が。そう思えば、益々自分がやらねばという義務感が沸き起こる。奴を仕留めるのは己でなければならない。そう、思うのだ。

ーーくるしいーー……こんなにすきなのに

何故だか、今、あの声を思い出すから。

「誰でもいい……頼むから、寄越せーー」

本当に、自分はどうなったって構わないのだ。





* * *





戦況は、正に膠着状態であった。

「遅い!回り込むんだ!」
「トバイアス!」
「分かってるよッ……チクショウッ!」

トバイアスもアーチボルトも確かに一流だ。しかし、決定打に欠けた。神速と呼ばれた剣の使い手ジョエル程速くもなく、魔法すら操った騎士ギルバートのような攻撃力にも欠ける。そして、勇者ディヴィッドのように、弱点を突ける使い手でもない。幾ら僕自身が最強の魔法使いと呼ばれ彼らの力になろうとも、連携の取れていないままでは限度はある。彼の、ディヴの予想は奇しくも当たっていた。彼らがバルベリトに対抗できる力があるとは思えないと。彼らはまだ成長途中にある。まだ、剣を交じえるには早過ぎた。やはり、彼でなければならなかった。

またしても、彼に全てを背負わせるのかと思うと、僕は絶望にも似た感情を覚える。彼はかつて言った。夢の中で死ねれば良いじゃないかと。平和の中育った現役にそれ程の力があるのかと。そんな一言一言を思い出しながら、僕は定めと自分の願望の間で、どうしようもないフラストレーションを溜めていた。奴をこの旅に引っ張り出してきたのは、他でもない自分なのだから。

「クリストフ、アイツら下がらせろ」

そんな事を考えて居たからか、僕は背後に来ていた死に損ないの気配に気付く事が出来なかった。バッと振り返れば、そこには奴が居た。思わず声を張り上げる。

「ッバカ!何出てきてるんだッ、奴の狙いはーー」
「だからだ、俺しか殺れねぇだろ、アイツは」

あんな状態で動けるはずなどなかったはずなのに。いくら回復したからといって、魔力だって尽きかけていたはず。ハッとして其方を見やれば、そこには地面に倒れ臥すジョシュアとリオン、そしてそれを介抱しているエリアルが居た。何が起こったかは一目瞭然だった。
静かに言って聞かせるように言ったディヴの様子に、僕は言い知れない焦燥を感じた。責めるように彼を見やるも、しかしそこには、怒るでも無い、憎むでも無い、恐ろしく静かな表情があったのだった。この感じには覚えがあった。

「死に損ないは引っ込んでいろと僕は言っーー」
「皆を頼む」

瞬間、目の前から姿を消すディヴに、僕は呆然とする。
かつて同じことを言った男が居た。魔王と、最後に残ったバルベリトを追い詰める中。瀕死の仲間たちを見ながら、静かに男は、ギルバートは、そう、同じ事を言ったのだ。一人で、自らの命を賭し、バルベリトの動きを封じた。

「ッ何を……、っやめろ、何をする気だ!そんな事を僕が、ッこの僕が」

頭が真っ白になる中で、無駄だとは思いつつも未練たらしく叫び続ける。そんな中、見えたのは、2人の騎士の間に突然乱入する奴の姿だった。咄嗟に、僕は引き戻すつもりで詠唱を始める。しかし、最後まで言わせては貰えなかった。

「許すわけ無いだろう、この僕が!勝手をーー!?」

一瞬の間に奴は、叫ぶ僕に彼らを投げてよこしたのだ。目の前に降ってくる人間に、僕は魔法を中断せざるを得ない。折り重なって地面に転がりながら、しかし僕は足掻く。

「ッバカ、この大馬鹿野郎ッ!こんな僕を遺して、お前はーー!」

呻く二人を何とか押し退け、ディヴの姿を捉えれば、其処には再度発動する勇者の魔力を纏った奴の姿が有った。今度は、左手では無い。奴の利き手、右手に握られた特別な剣を構えて。右側は動かないと、奴は言っていたはずなのに。僕は、頭が真っ白になった。

奴は多分、全部を捨てたのだ。バルベリトを倒すため、呪に抗う事を辞め、最後の可能性に賭けたのだろう。人間である事すら捨てたのかもしれなかった。

「お前は何処へ行くつもりだ……この僕を置いてーー」

目の前で繰り広げられる人間にあるまじき戦いを目に、僕はそれこそ呆然と見つめる事しかできなかった。誰も介入する事は出来ない。そう思わせるような戦いぶりだった。







決着は、直ぐにはつかなかった。しかし、目に見えてバルベリトに疲弊が見える。僅かだが、奴のスピードが遅くなっている。だが、悠長に構えても居られないのはディヴィッドも同じこと。魔力の減りは尋常では無い程速い。これでも駄目かと、絶望すら滲ませる焦りに僕は苛まれる。どこか、介入するチャンスがあれば一撃を見舞ってやる。そんな心待ちで、僕は魔法をストックしていった。

しかし、そんな時の事だ。彼らの背後、瓦礫と化した建物の奥から、呟くような小さな声がした。

「おやじーー?」

そこには、見知った顔が立っていた。ディヴが探し回って保護した、英雄達の忘れ形見。それを認識した途端、僕の奥底から恐怖が湧き上がる。バルベリトもディヴィッドも、戦いの最中にありながら、その声を聞き逃してはいなかった。一瞬、二人の動きが止まった。

「ッーー!」
「来てはダメだ!逃げるんだッーー!」

突如姿を消したバルベリトとディヴィッドに、僕は腹の底から叫んだ。咄嗟に、アルフレッドの前に結界を張るも間に合ったかどうか。僕は心臓が止まりそうになりながら、事の顛末を見守った。





* * *




何も考えている暇はなかった。神速直伝たる移動法で、俺は駆け抜けた。アルフレッドを後ろ手に庇いながら、襲い来るだろうバルベリト目掛け、剣を突き出す。最早勇者のそれを使うだけの余力はない。魔力身体は限界なんてとうに超えていたし、そして霞む眼は殆ど見えてもいなかった。気配を頼りに、俺は立ち塞がったのだった。何処から朦朧とする意識の中、襲い来るであろう痛みに身体を強張らせた。

背後に庇う可愛い息子の息を呑む声に、微かな痛みを感じながら、俺は衝撃に備えた。だが、しかし、待てども待てども予想した痛みは訪れない。霞む眼で状況を捉えようとするも、影に遮られ焦点が合わない。何事が起こったのか。

ソレを把握出来たのは、口許に違和感を感じたからだった。口の中を犯される、覚えのある感覚。同時に流れ込んでくる魔力に、俺は一気に覚醒した。

俺は口付けをされていた。誰でもない、あの、バルベリトから。敵であるはずのバルベリトから。混乱しながらも、俺は、確信を得る。あの夢の、声の正体はやはりーー。

「っ……、」
「あの時、君の、仲間の騎士達を殺す気は、僕にはなかったんだよーー。君に近付きたかっただけなんだ。だけれども僕は悪魔、君らの殺すべき敵。僕はどうすれば良いかわからなくて、彼らが憎らしくて妬ましくて、だから、抑えがきかなかった……、強い強いきみと、一緒に、居られるなんて……何で、僕は人間でないんだろう、悪魔を統率すべき、悪魔なんだろうって。そう、したら君の仲間が、憎らしくて、仕方なかった。殺してしまって、益々、僕は君から、憎まれて……昔のように、仲間も……いない。僕は、孤独になった。だったらいっそ、僕は君の手にかかっ……死にた……そう、何度願った……いま、それが、叶っーー」

俺にしがみつき、小声で独白するように言ってから、奴は崩れ落ちるようにその場に倒れた。俺の剣は、確実にバルベリトを貫いていた。そして、奴の背後には、現役の勇者トウゴが息を切らして立っているのが見えた。奴の背は、袈裟懸けに切られていた。俺の指示通りに、彼は動いてくれたのだ。隙を狙い、奴にトドメを刺せと。彼の勇者の魔力が、奴に致命傷を与えたのだろう。

地に伏したバルベリトは、静かに徐々に身体を塵へと変えていった。サラサラと風に流れていくのを、俺は呆然と眺めた。そうして、完全に奴の姿が塵に変わったところで、俺は漸く自覚する。
終わったのだ。
俺達、勇者と言われた俺達の戦いが、20年にも渡る長い長い戦いが、漸く幕を閉じたのだ。

それを自覚し、俺は一気に力が抜けるのを感じた。終わった。解放された。そして、感じるのは一抹の遣る瀬無さと、哀愁だった。そう思えば、俺は自分の身体すら支えられなくなり、奴の身体が在ったその上に倒れ込んだのだった。周囲の悲鳴を聴きながら、俺はふと意識を手放した。そう言えばと、意識を失う瞬間に思った。確かに奴は、人を弄びさえすれ、殺める事はあの時だけだった。街や村への襲撃でも、誰一人死んではいなかった。今更だと、そんな事を延々と繰り返しながら夢に見る声に想いを馳せた。



















「ーーーーぃ、おいッ!目を開けろ!デイヴィッド!」

じんわりと暖かい感覚が身体中に行き渡るのを感じながら、俺は意識が浮上するのを感じた。痛みはまだまだ抜けないが、少しずつ和らいでいく。ジョシュアのそれとはまるで違う、超回復を促す高位の治癒魔法だろう。こんなものを軽々と使える人間なんて、俺の知る限り1人しかいない。
そう、煩く俺を呼ぶこの声の主、とか。身体中がズキズキと痛むなと、そんな事を思いながら、そっと目を開ける。

「ぅぐ……、ぁ……」
「ディヴ!」
「オッサンーー!」
「ディヴィッド!ディヴィッド!」

泣き顔がひとつ、ふたつ、みっつ。そして、それだけではない。普段は冷静なアイツの焦りを滲ませた表情。その、滅多に見られない顔は、中々に見ものだった。

「叫ばなくても、聞こえてるさーーうるせぇ」

そんな声を絞り出し、苦笑すれば。思いもよらぬ人物から、思いもよらぬ反応が返ってきた。

「このッ、大バカ者がーー!」

そう、言って、奴はらしくもなく。俺の顔面を鷲掴みに、俺の胸元に突っ伏したのだった。

「ッ言った、だろうがッ。もう、僕とアンタしか居ないってーー!許さないってーー!」

絞り出すような声音に、茶化す事なんてできなかった。どうしたら良いか、流石の俺も分からなくって。ほぼ無意識にクリストフの頭を撫でてやった。まるで、自分の子ども達にやっているように。そして唐突に唐突に思い出す。子ども達、2人は、無事に見つかっただろうか。

「おい」
「なに!?」

ふと、俺の顔面を押さえつけた手を退かしながら声を掛ければ、アルフレッドの泣き腫らしたような返事が聞こえた。

「マルクス、とシャロンはーー?」
「無事だ。村の空き家で見つかった」
「そうか」

震えてはいるが、しっかりとした声音で答えたレオナルドの声にホッとしながら、かの悪魔を思い遣る。本当に、自分の事しか考えていない悪魔だった。勝手に現れて勝手に挑発して、散々引っ掻き回した挙句、「飽きた」と言ってトドメも刺さずに消える。そんな野郎だった。強い癖にそんな奴だからこそ、俺は勝手に期待した。そして、ギルバートを殺された時は心底失望して、そして勝手に憎んだのだった。考えている事が読めなかった。だから、奴は恐ろしい悪魔だった。だのに。こんな形で奴の考えている事を知ろうとは、夢にも思わなかった。そこまで考えて、堂々巡りに陥りそうになり、やめた。

今度は、未だ胸に突っ伏しているクリストフに目をやる。思っていたよりも長い。きっとクリストフのことだ、感情的になって行動してしまったものの、状況を自覚してどうして良いか分からなくなったに違いない。長年の経験から、こいつの行動パターンさえ熟知してしまっている。俺は少しだけ可笑しかった。

全てが終わった。
昔は、さぞ晴れ晴れするだろうと想像していたが、終わってみればそこには喪失感しかない。魔王の手にかかり、バルベリトの手にかかり、そして俺自身の手によって死んでいった仲間達。失ったのはそれだけではない。俺も多分、もう人間ではないのだろう。あの呪を、自分から受け入れてしまった。最初から分かってはいたが、あの強力な呪に抗おうなんて端から無理だったのだ。なんの手立てもないまま身体の自由を奪われていった。いずれ支配されるならば、その力を利用してしまおうと思い受け入れたのだが。思っていたよりなんの変化も感じられない。痛みはまるで嘘のように消え、精神も驚くほど安定している。悪魔のような思考は毛ほども感じられない。いつ暴走するかも知れないけれど。


それから。
俺は、妙にカリカリしたクリストフに治癒魔法をじっくりとかけてもらい、破壊された村を見て回った。途中、捕らえられ連れてこられたシャロンとマルコスに再会する事も出来た。

「お父さんっーー!」
「シャロン、マルコス……良かったよ、お前ら無事で」

駆け寄ってくる2人に思わず顔が緩む。マルコスを抱き上げると、涙目になりつつもしがみついてきた。その背をトントンとあやしてやれば、更に強くかき抱かれる。これだけで、救われた気分になる。どこも怪我は無さそうでホッとする。

「お父さんも、無事でよかった。……アルフレッドとレオナルドも、無事なんだよね?」
「心配すんな、2人とも騎士と一緒だ」
「よかった……私、私……、また、誰か居なくなっちゃうんじゃないかって、怖くて、こわ、くてーーッ!」

思わず、言葉を詰まらせたシャロンを抱き寄せる。本当に、2人ともーー4人とも大きくなった。

「悪ぃな、お前達にも怖い思いさせちまって……」

ようやく、本当に肩の荷が降りたような気分になって、ふと空を見上げた。いつの間にか、日は傾きかけていた。



それからの話。
村の復興はあっという間に完了した。神殿の魔法使いが2人もいたのだ。結界も建物も、元通りにするのはワケないという事らしい。

レオナルド、アルフレッド、シャロンとマルコスはこの村で預かってもらうことになった。4人とも働き者で、シャロンに至っては神殿で治癒魔法を覚えたようで、村でも非常に重宝されている。レオナルドやアルフレッドは、それこそ彼らの本当の父の如く強くなった。大人の助けも必要ないだろう。村の警備も願い出ていた。マルコスは幼いが、他の3人が面倒を見てくれる。心配もない。村長の結界も元通り、寧ろクリストフによって強化された。恐らく、神殿に次いで安全な場所だろう。そこいらの魔獣は相手にもならないはず。脅威は去った。俺達のような力も不要となる筈だ。

騎士トバイアスとアーチボルト、神官ジョシュア達は元の場所に帰り、更なる鍛錬に励んでいるという。トウゴは、元の世界に帰れずに、今は神殿でジョシュアと共に魔法使いとしての道を歩む事にしたらしい。つまりは、そういう事なんだろう。トウゴの気持ちを勝ち取ったのは、ジョシュアという事か。

俺はといえば、今のところ神殿に滞在している。自分でも今の俺の存在がどう言ったものなのか把握できていない。だから、唯一俺を止められるだろうクリストフの住まう神殿に身を寄せている。たまに、よそよそしくて気持ち悪い様子のトバイアスや、顔を真っ赤にしてあの日魔力を奪った事に文句をつけにくるジョシュア、元気よく挨拶をしながらトウゴがやってくる事がある。代わる代わるやって来る連中に対応していると、あっという間に月日は流れて行った。

毎日、俺の様子を見張っていたクリストフは言った。あの呪は確かに、俺を魔のモノに変えるような代物だったらしいと。しかし、俺は力に呑まれる事はなかった。悪魔寄りにはなったが、人の部分は殆どが残っているらしい。これ以上、悪魔に寄ることはないだろうというのが、ここ一ヶ月で出したクリストフの結論だった。しかし、何故その程度で済んだのかについては、クリストフも頭を捻っていた。

心当たりは、ある。あの時、バルベリトにトドメを刺した時。死ぬ間際、奴に口付けをされた。あの時、魔力が流れ込んできたのを感じたのだ。咄嗟のことで、何故あんな事をされたのか、理由が分からなかった。恐らく奴は、呪による俺の魔王化を止める為の解呪を施したのではないだろうか。何の為かは分からないが。それしか思い当たらない。本当に奴は何を考えていたのだろうか。今では推測するしかない。

「まぁ、悪魔にならなくて良かったじゃないか。ーーそれより、アンタはこれからどうするんだい?」

神殿の一室、2人で俺の身体について話していた時、クリストフは呟くように問うてきた。

「これからねぇ……俺の身体の事もある、下手に人間の街に住んで、前みたいな事があれば死んでも死に切れねぇ。取り敢えず、ひとところに留まらないようにする」
「なら、僕も行くとしようかな。君の暴走を止める役が必要だろう」
「あ?何言ってんだテメェ。神殿はどうすんだよ」
「一番の脅威はバルベリトだったんだ。アレが居なければ、僕でなくても神官長は務まる。そもそも、僕の力は一国に置いておくには大き過ぎるんだ。今後諍いの元になり得る。付き合ってあげるさ」
「…………旅のパーティ再結成か?リオンも付いてきそうだな」
「だろうね。君ら、主従契約したんだろう?なら、離れる理由もない」
「まぁな……リオンも自由に生きりゃあいいんだと思うんだがね。ーー置いて出て行ってみるか」
「彼は聖獣だよ、僕らの異様な魔力を嗅ぎつけるなんてワケないさ。きっと、泣きながら追いかけて来るよ……連れてってあげなよ。そんなに僕と2人きりがいいの?」
「それもいいな」
「…………頭でも打った?」

かくして、俺達は再度、旅をする事になった。さよならは言わない。合えば旅立つのが辛くなる。また、会う事もあるだろう。寂しくとも、何年かに一度戻ればいい。

とある日の早朝、空が白み始めた時分、俺とジョシュアは手早く纏めた荷物を片手に、神殿のそばにあるあの丘に来ていた。以前、俺が旅立つ際にクリストフに呼び止められたあの丘だ。今度はクリストフも一緒に行くのだから、奇妙な感じがする。

「お前こそ、誰に何も言わずに出て行くのかよ」
「ジョシュアには言ったさ。彼は神官長としてやって行ける」
「まるっと押し付けんのか」
「……彼なら乗り越えられる」
「お前も大概だな」
「リオンだけならずトバイアスもトウゴも引っ掛けた上、何も言わず置いて行く君に言われたくない」

理解出来ない、というよりしたくないクリストフの言葉の反撃に一瞬思考が止まった。好かれているのはありがたいが、可愛いらしい、と言えるのはトウゴやリオンまでだ。しかし、リオンには体格は既に越されている上、この前の戦いの事もあって強く出れない。そろそろ本当に手篭めにされそうで怖い。トバイアスなんかはそもそもリオンよりももっとデカいのに、そのうち実力も追い越されそうで色々と怖い。何か怖い。そんな事を考えていた俺に、クリストフは気を取り直すように言った。

「……さて、バレる前に消えようか。どこが良い?」
「あー……サウザガ。あそこの酒、美味かった」
「そんな理由か……まぁいい。あそこは貿易の街だ、ハンターギルドの依頼も多い。逃走資金でも稼ごうか」

そんな事を言って、俺達は二人だけの冒険に出かけたのだった。以前とは違って、本当に何の目的もない、普通の冒険者として。何かに縛られる事なく、当てのない自由を放浪するのだった。


E N D




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