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12


「すまんの、ギルバート。お前さんの枷にならんようにと思っとったが……この老いぼれは、自分の技量に自惚れてたようでの」

一人、挨拶に出向いた時分、開口一番にそう言った村長に俺は苦笑するしかなかった。こんなに迷惑をかけるつもりは無かった。出来ることなら、昔のまま平和が続けば良いと思って居た。そんな事、ハナから無理だと解っては居たが、俺の願望が現実になればと、いつでも思っていた。

「何を言ってんだよ、迷惑をかけてんのは俺の方だ村長。こんな俺達なんか放っぽり出しゃこんな目に合わずに済んだんだ……アンタも人が良すぎるんだよ」
「ほほっ、自虐なさんな。ワシら以外に誰がお前さん達を救えたろうか。お前さん達はもう十分苦しんだ、世界を救った英雄に恩返しせにゃバチが当たる」
「そうかい……後は俺の仕事だ、無理はせんでくれ。ここからは俺がやる」

真剣に言って見せれば、村長は頬を掻きながらしばらくの間目を瞑った。再びその瞳が見えた時には、村長の口からは大きな溜息と共に謝罪の言葉が口をついて出た。謝るのはこちらの方だというのに。

「すまんの。村の者達は避難こそしとるが、ワシが結界を強固にする限り此処から出られはせん。かと言って逃がそうにも結界を切れば一網打尽。八方塞がりじゃ。策に溺れるとはワシもまだまだじゃの」
「何言ってんだよ、ヤツは俺が殺し損ねた化け物だ。ヤツは俺が片付けねぇとならねぇんだ。……頼むから、休んでくれ。無理はしないでくれ」
「あの奔放な童が言うようになったのぉ……ワシも老いる訳じゃ。
何、無理はせんさ。この老いぼれ、自分の出来る事と出来ん事の区別くらい出来とるわ。ーー保って二日じゃ。準備せい」
「すまねぇな、最後まで後始末も出来ねぇで……」
「何を言うか、昔と変わらんさ。お前さんの世話は任せとくれ。ほれ、外の奴らに説明してやるがよい、首を長ぁーくして待っとるわ」
「……恩にきる」

額に汗を滲ませ語る村長に申し訳なさが募る。この数日、結界に掛かりきりでは疲弊もする。稀代の天才も、神の遣いとは云え人の子、限界もある。最後まで迷惑ばかりかける。
話を終え、険しい顔を隠しもせず足早に外に出れば、途端に息子達が駆け寄ってきた。後ろからついて来る勇者の一行を横目に、俺はチィと舌打ちを打つ。此処まで来ては最早、形振りなど構って居られない。

「村長は何だって?」
「結界も保って二日だとよ。相変わらず無理しやがって……あのクソジジイ」

レオナルドに問われ、頭を掻きつつ応えれば今度はアルフレッドに問われる。

「なぁ、爺さん大丈夫だよなぁ?死んだりしないよなぁ?」

息子の懇願するような様子に少し面食らいながらも、あの老いた聖人の顔を思い浮かべる。いけ好かないあの顔に汗が流れている所なんて、今まで見たこともなかった。しかしそれでも、その眼から光は失われて居なかった。其れを思い出すと、あの魔法使いが大層いじらしく思える。例え自らが疲弊し倒れたとて、大丈夫だと考えているよう。
俺達を、信じているのだ。
全くもって、いけ好かない。



「疲弊は目に見えてるがーー、
腐っても神の遣いだ、くたばりゃしねぇよ。世の中そう言う風に出来てる。ーーそれに、クリストフも来るさ」
「あの人が……ってことはやっぱり、二人は攫われーー!」
「だろうな。エルフの預言はーー」

決して外れない、そう続けようとした俺の言葉に、誰かが割って入った。

「待て、あんたら、先程から一体何の話をしている?」

不快そうに、しかし真剣に問いかける彼は、剣士トバイアスだった。無理もない。そう思いはすれど、この話をイチから説明するのは非常に面倒でそして、一刻の猶予もない今は邪魔でしかなかった。

「後で説明するから黙って聞いてろ。あんたらに説明する暇はねぇ。クリストフにでも聞け」
「おい、誰だよそのクリストフってのはーー」
「現神官長、クリストファー殿」

そんなトバイアスの問いかけに割って入ってきたのは、かの魔法使いジョシュアだった。真剣な面持ちで俺を見つめる。その目には最早、蔑むような色は見受けられなかった。

「ジョシュア?」
「お前の言うのは彼のお人か」
「ああそうだ、早計に失したあの野郎だ」
「この村の村長は嘗ての、20年前までの前神官長。貴殿はその事を知っているように見受けられる。この事を知るのはごく僅かな身内のみのはず……ーー貴殿は、一体何者だ」

困惑、そんな感情が透けて見える彼に、俺は少しだけ驚く。この会話の中でまさか、俺の正体に気付いてしまったのかのような。
それに思い当たり、俺の方こそ面食らう。

「……だから、それはクリストフにでも聞け」
「なぜ来ると思うのだ」
「エルフは決して預言を違わねぇ。お前も聞いてたろ、そこのエリアルの言葉」

振り返りざまそう言い放ち、俺は話は終わりだと無言で村の中心に足を向けた。背後から突き刺さる疑問の眼差しを痛いくらい感じながら、俺はひたすらに策を練る。トコトコとついて来る息子やリオン達の気配を感じながら、俺は数十年ぶりに自身の魔力を体中に行き渡らせた。ビリビリとした強力な魔力の流れを感じながら、俺は來る戦いに備える。

ヤツに伝わるように。俺の覚悟を見せ付けるように。今まで溜め込んできた魔力に体を慣れさせるように、唯ひたすら強力に。

さらには、それに呼応するかのように、いつの間にか獣の姿へ戻っていたらしいリオンが、俺の背後で大きく咆哮を上げた。瞬間、周囲には何とも言えない神聖な気配が広がり、俺は思わず身震いした。振り返れば、成獣と成ったリオンの神々しい立ち姿が目に入って来る。纏う空気が一変したのは勘違いではあるまい。

美しい。

それ以外に形容する言葉がない程、その獣は美しかった。白銀に艶のある毛並みが身体中を覆っている。背と尾には横縞の黒い模様が走り、白銀の巨大な虎のような姿をしている。その立ち姿は優に俺の背を越え、その顔ですら俺の頭上に在った。

「リオン」

名を呼べば、彼はこうべを垂れ、俺の目の前にその額を差し出してきた。撫でろ、と言う事なのだろう。しかし、手を伸ばした所で一瞬の内に戸惑う。纏うそのオーラのせいか、何か、自分がとてもいけない事をしている気分になるのだ。手をそのままにどうするか迷っていると、その手に大きな彼の頭が押し付けられた。ふわりとして、そして少しだけ硬い彼の皮毛は、思った以上に触り心地が良かった。幼獣の頃よりかは硬いその毛並みにすら成長を感じる。

時が止まってしまったのは、俺だけなのだろうか。そんな事を考えながら、俺はリオンの頭をくしゃくしゃと撫で上げた。




* * *




「この、僕が、ヤツにしてやられた!」

そんな言葉と共に、クリストフがそこに現れたのはその日の夜分遅くの事であった。

俺とリオンが共に村中の見廻りから帰る時分。皆の待機する村長の家の前、焚火の中から彼は姿を現した。明らかに疲れ切った様子でしかし、顔には悔しさが滲む。1日にそう何度も人間を転送すれば、一体どれ程の魔力が失われるか分かったモノではないというのに、コイツはあろう事か、自分の術で此処へ来たように見受けられる。

「お前馬鹿だろ……他の奴に転送させれば良かったじゃねぇか」
「黙れデイヴ!他の者に頼める訳がないだろう!そもそもこんな失態、他の者達に示しがつかない……自らの力によって取り戻さなければ僕は僕でなくなる!」

皆の前で俺の名の呼び方すら繕えないほど動揺する彼を見るのは久々だった。
ローブに付いた火を払い、彼は俺に向かって声を荒げる。瞑目する他の面子には目もくれず、クリストフは真っ直ぐに俺を見上げる。その様子に面食らいつつ、俺は声をかける。

「お前取り乱しすぎだ。起きちまったモノは仕方ねぇんだよ、それがお前の義務だったなら尚更。ーーそれより、テメェの魔力が当てに出来ねぇってどんな足枷だよ」
「……他の者達にここの位置を伝えるのに骨がいるんだ、結界の隙間を縫って此処へ到達するのには術者の癖を知らないとならない。他の者に教授する暇があったと思うのかい?」

こんな、昔のように食ってかかる彼を見ると、益々昔を思い出してしまう。以前、彼が取り乱したのは、長年の幼馴染を失った時だった。それは本当に、とても正視できるものではなかったが、俺の記憶には深く深く、刻まれている。

「……ああ、成る程ね。俺はてっきりお前のウッカリかと思った」
「ああそうだよ、ウッカリ着地点がズレて焚火でローブを焼いてしまった!」
「落ち着け」
「大丈夫だ!僕は十分落ち着いている!」
「声がでけぇ」
「…………」
「先ず座れ。親の俺よりお前が取り乱してどうする」

少々呆れながら彼を地面に座らせると、俺もその目の前に座り込んだ。焚火がパチパチと音を立てるのを聞きながら、静まり返る周囲に目もくれず、クリストフは静かに独白するように言った。

「シャロンはマリアの子だろう」
「!気付いて……」
「当たり前だ。何年マリアと一緒だったと思っている。ーーお前が、あの子を探し出したんだろう?その彼女が攫われたとあっては、僕はもうマリアに会わせる顔がない」

今度は静かに言い放った彼の顔には、痛いくらいの後悔の念が浮かび上がっていた。まさかとは思ったのだが、彼は気付いていた。魔法使いだったマリアの、彼の幼馴染の忘れ形見。

「シャロンには魔法使いの素質がある。直ぐに気付いたさ、魔力の波長がマリアに酷似していた。疑う余地もなかった」

静かに言うクリストフの横顔は、無表情だった。過去でも振り返っているのだろうか。

「デイヴ、君はなぜ僕にこの事を言わなかった」
「……お前がーーいや、此処で話す内容じゃねぇだろ、こんなの、全部片付いてからにしろよ」

クリストフに相応しくない、酷く狼狽えた姿を見たくなかった。そんな理由だなんて、もちろん死んでも彼には伝えはしないが、俺は話を誤魔化しながら逃げを打つ。

「……まぁ、それもそうか。僕も力を回復しないといけない」

今日は流石のクリストフもあまり元気は無くて、勇者一行のジョシュアに手伝われながら休息のため建物の中へと入っていく。

「お前の事だ、明日にでも動くんだろう?」

入り様、笑いながらそう言って消えていく彼に、俺は大きく溜息を吐いた。先ほどまでの動揺は何処へやら。食えない所は相変わらずで、俺を分かりきったかのように言うクリストフが、途端に憎らしくなったのは此処だけの話だ。

ソワソワと落ち着かない勇者達から目を逸らしながら、俺とリオンと共にその場を後にした。結界の綻びを見つけては修復し、そして同時にヤツの気配を探る。そんな事をあちこちでやっていれば、翌日の夜明けは直ぐに訪れてしまった。






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