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11




東外れの街、祝賀会の翌日の事。
突然呼ばれた軍の駐留所にて、トバイアスより伝えられたのはとある事件のあらましであった。

「ここからほど近い、アイマルという村から緊急要請がきてんだと」
「緊急要請?」
「ああ。軍部ですら手に負えないらしいな。戦える者は来いだと」

祝賀会の後、夜な夜な悩んだ俺を嘲笑うかのように起こったその事件は、俺の思考を止めさせた。

東南にある小さな集落、アイマルは山々に囲まれた長閑な村だ。村人は狩りや農作で、日々自給自足の生活を送っている。村長は知る人ぞ知る魔法使いで、今尚、村中に張り巡らされた結界を一人で管理している。今でこそ知る人はほとんどいないが、村長はクリストファの前の神官長だ。元神官長だからこそ、融通の利く部分もある。

アイマルは、俺の住んでいた村ーー子供達の故郷だ。

「行くか?トウゴ。お前に判断を任せる」
「俺に……?でも、トバイアス……危険だってーー」
「お前は勇者だ。大丈夫、皆ついてる」

あいつらの故郷が蹂躙されている。いくら、かの村長と言えども、限界はある。相手は恐らく最上位、S級の悪魔。時期に、結界は崩壊する。

「俺、助けを求める人達の為に動きたい」

この時ばかりは、俺の気持ちはトウゴと一致した。これ以上、ヤツの好きにはさせない。例え罠だと解っていようとも。これ以上、子供達の思い出は汚させない。

「最初から決まってんだろ?ーー行くぞ」
「S級がいるだろうと予想されている。気を引き締めていくんだ」

決着をつける。

「時が動き出すーー」
「エリアル?何か……」
「世界が変わる」
「は?」
「魔の世が終わる」
「おいーー」
「どこに転んでも訪れるのは変革、選択の連続が世を変える」

俺の心に呼応するように、突然話し始めたエリアルはまるでこの世を見通しているかのようであった。かのエルフの預言は、外れない。

「己の信条で動くがいい。トウゴ、デイヴィッド」
「え?俺と……デイヴィッドってーー?」

しかし、突然の名指しにドキリとする。まさか、こんな皆前でその名を呼ばれるとは思ってもいなかった。動揺を隠すように煙管を懐から取り出せば、唯一、トバイアスから何かを探るような目を向けられた。昨日からボロを出しまくっている訳なのだが、この際無視を決め込む。今更隠すだけ無駄だろうが、最後の足掻きと言えばよいのかーーあるいは格好付けたがりな自分の性格とでと言えばよいだろうか。どうせバレるならば盛大に。自分から暴露する流れには持っていきたくない。それは俺の意地だ。

これで最後だ。思いながら煙管に火をつけ、過去を振り返る。旅の思い出と悪夢と、子供達との夢。しかし、思い出せば思い出す程溢れ出る気持ちに、思わず泣きそうになる。死ななければならない。けれど、それはとても寂しい。目を瞑り涙目を隠しながら、ざわざわとした心を落ち着ける。俺も老いたのか。内心で涙脆さを嘲笑いながら、再び目を開ける。これでケリをつける。最早俺に、未練は、ない。呼応するかのように瞬間、リオンは俺の腕をギュッと掴んだ。

「アイマルにて、役者は揃う」

俺の覚悟を待っていたかのようにそれを言い終わったエリアルは、何事もなかったかのように屋外へ歩みを進める。それに続くように、トウゴとトバイアス、ジョシュア、アーチボルトもまた、歩き出したのだった。そんな俺の横で、リオンはしっかりと右腕にしがみ付いている。既に感覚などないのに、じんわり暖かく感じるような気がした。煙管から湧き出る煙が妙に目に沁みた。

しかし後に、俺はエリアルの言葉の意味を全く理解していなかったのだと痛感する事になる。



早々に街を立った俺たちは、新たな旅の開始早々予想外の人物に出会う事となった。街からそれほど離れていない森の手前。男は一人、仁王立ちをしていた。

「やぁ、久しいな。皆元気でやっているかな?」

俺たちと同じフードローブを目深にかぶった男は、やけに親しげに話しかけてくる。フードの中身を見せる気は無いらしい。しかし、俺は彼の正体をそこで悟った。

「貴方様はまさか……!」

同じように、それに気付いたジョシュアが目を剥く中、彼はそっと口に人差し指を当てた。名を言うな、という事らしい。表立った行動でないと見た。口元しか見えないヤツに少しだけ呆れながら、男ーークリストファは、口早に要件を言ってのけた。

「皆、良くやってくれている。……所で、かの村の件、君達も聞いたね?時は一刻を争う」
「!?」
「そこでだ。ーー私が、君達の“脚”になろう。すぐに、そこの陣の中央に集まってくれ、急いで」

そう言い放って背後を指差し、クリストファは俺達を早くと急かす。そこまで逼迫しているのか。焦りは禁物だというのに、俺の心はあっという間にヤツらへの憎悪を募らせる。またしても俺から奪う気だろうか。……思い出を穢すヤツらには、目に物を見せてやる。ガチリ、と煙管に歯を立てながら、俺は目の前にある陣の内側へと足を進めた。

「ホレ、その人がこう言うんだ。ーーさっさと行こうじゃねぇか
「貴様、そのお方が誰だかーー」
「ジョッシュ、いいんだよ。早く急ぎなさい」
「っ、承知致しました。さぁ君らも早く!」
「っうん!」
「礼を言う」

一人で何人もの人間を転送するのは、酷く体力を消耗する。俺自身身を持って体感した事だが、例え伝説の力を手にした神官長と言えども、彼一人で五人の同時転送とならば疲弊は避けられない。彼の身に危険が降りかかる可能性だってある。相棒か誰かが居たならば違ったろうが。それすら許されない状況だったという事だろうか。

「頼んだぞ。ーー勇者諸君」

陣内で転送される間際、クリストファはそう言い放って、俺たちを見送った。瞬間、フードの隙間から見えた彼の表情が何とも楽しそうで、俺は少しだけ違和感を覚えた。逼迫している表情には到底見えない。何か、少しだけ嫌な予感がする……。俺はヤツの演技に嵌められたんじゃないか。そんな気分は、現地に到着するまで俺の頭の中をぐるぐると巡っていた。



「待ち侘びたぜオッサン!」
「リベンジだ!」
「ぶふっ!?」

村に着くなり俺たちを出迎えた二人。それはそれは見覚えのある姿だった。誰に似たのか、不器用で乱暴で口の悪い、しかし大切な事はちゃんと理解している二人。見ない間に、彼らは一段と逞しくなっていた。腰と背に剣を提げて、腕を組み仁王立ち。オッサン、という不躾な呼び方は相変わらずで、勝ち気な性格がその自信に満ちた顔から見て取れる。

「てめぇら……二人とも着いて来んなって言っーー」
「俺らは里帰りに来ただけだぜ?」

得意げに顎をしゃくるレオナルドは、長男らしくアルフレッドよりかは落ち着いた様子で俺に報告してくる。頭が回るのは一体どこの誰に似たのか。日に日に似ていくその姿に何とも言えない気持ちになるのは、きっと俺ばかりではないはず。その内、後を追って国の騎士団にでも入ってしまうんではなかろうか。少しだけ期待しながら、その姿は見れないだろう事を残念に思う。

「村長が助けを求めてるって聞いたら行くしかねぇだろ!」

図体ばかり大きくて、それでもどこか幼さを残すアルフレッドは変に力んでしまう。いつも兄と比べられて、いつだって背伸びをしてしまうのだ。もっと落ち着きなとシャロンには怒られているが、頑張りが空回りしているだけな事はちゃんと分かっている。偶に、一人きりで涙を堪えていた事は俺も知っている。きっと、もう少し経てばうまくいくようになる。背伸びなんてする必要もない。レオナルドと五つも違いながら同じ位だというアルフレッドの体格は絶対、武器になる。

「そりゃ、そうだけどよ……」
「村長にちゃんと挨拶行けよ、アンタが来んの待ってたんだから」

冷静に言ったレオナルドに何も言えず、俺は思わず顔を覆った。ダメだ、今の二人に何を言っても聞く訳がない。

そして、同時にふと、俺は先刻のエリアルの言葉を思い出す。

ーーアイマルにて役者は集うーー

「エリアル」
「ーーどうした?」
「お前、言ったよな。アイマルにて役者が揃うって……。それはーー」
「当然」
「!」

俺がそれを言う前に、エリアルは応えた。
嫌な予感は的中した。俺がどう足掻こうが、きっとこれは変えられないのだろう。ここへ来てしまったレオナルドとアルフレッドは、否が応でもこの永きに渡る戦いに巻き込まれるのだ。この事実だけでもショックだというのに。次に続く言葉に、正に地獄へと突き落とされたような気分になる。

「貴方の四人の子供達は皆、彼らの血縁だろう?血は争えないという訳だ」

そこまで、エリアルは解っていた。知っていた。全て、見透していた。

「っ、マルコスとシャロンは、此処へはーー」
「来る。ヤツが連れてくるだろう」
「!」
「アレが、チャンスを見逃すと思うか?」
「そんなの、許さねぇ……許されるはずがねぇ……」

言いながら、じわじわと湧き上がる感情は何だろうか。怒り、憎悪、殺意……?自分でも分からない程、感情が混ざり合っている。それに反応するように疼く右目が、大層不快だった。

「えっ、ねぇ、ちょっと二人とも!何の話をしてるの!?ってか、その人達は……ダレ?ギルバートの……?」

トウゴの戸惑う声にハッとする。このままではそれこそ、俺は右側を侵食しつつある邪気に喰い潰されてしまう。邪気は負を吸い大きくなってゆく。おまけに、俺の右目のそれは払えども払えども消えるものではない。魔女ですら匙を投げた(語弊はあるかもしれない)のだ。鎮めなければ危ない。目を瞑り気を落ち着かせれば、幾分か痛みが和らいだ気がした。

「部外者は黙ってろ!これは俺たちの問題だ!
おいっ、エルフのアンタ、マルコスとシャロンがどうしたってんだ?あの二人は神殿で神官達に護られてるはずだ、何かが起こるなんてーー」
「神の御遣いは定めを果たす為に神殿を離れ我等の力と為った。あの悪魔にしてみれば絶好のチャンスだろうに。御遣いこそが悪魔の宿敵」

エリアルの言葉に息を呑んだのは、アルフレッドばかりでなく俺も同じだった。またしても、俺たちは敵の力を見誤った。エリアルは更に続ける。今の彼の一言一言には、言霊が宿っているのかもしれない。

「宿敵無き神殿なぞヤツの敵ではない。
そして神の御遣いは、自らの使命こそがその首を絞めるものであったと気付き、その御姿を現す。真実を見据えるために」

二人の言い合いを聞きながら、件の男を思い浮かべる。俺らの脚となったあの後、彼は何かに襲われたのか。ーー無事なのだろうか。彼はあれでも、最後の一人。唯一残った旅の仲間。彼もまた、ここへ導かれる訳だ。

「神の御遣いってーー?」
「トウゴ……それは、現神官長にして英雄の一人となった、クリストファ殿の事だ。先ほど、我々を此処へ誘った張本人。ーーご無事であれば、良いが……」
「二人は……マルコスとシャロンは……?なぁオッサン!どうなってんだよ!」

アルフレッドに聞かれ、何を話すべきか思案するが、余裕がない俺の頭はからっきし。周囲を漂う緊張感に結局、俺は何も口にする事が出来なかった。





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