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リオンが俺に合流し、少し経った頃の事だった。

その日は、国の東外れにある街に出没するというA級の悪魔を退治に来ていた。回復力に特化した悪魔には少々手こずったようであったが、トウゴ達は特に大きなダメージを受ける事もなく、無事に街を平和へと導いたのだった。

案の定、市長と名乗るお偉方に懇願され、協力を引き受けてくれた国軍と共に祝賀会へ引っ張り出される事になった。俺も当然参加するようにと言い付けられたのだが、ほとんど何もしていないようなものであるし、多岐に渡る諸事情故に腰が引ける。トウゴとの押し問答の結果、リオンの保護者として参加せざるを得なかったのは、この所随分知恵を付けてきたトウゴの所為である。参加すると言って聞かないリオンを止める手段は最早、俺に残されてはいなかった。

「リオンは可愛いなぁ……」
「ニンゲンはあんまり好きじゃないけど、トウゴなら大丈夫」

成る程、伝説の勇者様には聖獣も従うという事なのだろう。二人の背後で非常に複雑な表情を見せるジョシュア達の姿が可笑しくて、少しだけ笑を噛み殺す。彼らのように、俺もまた少しだけ寂しく感じたのは心の中に仕舞っておくとする。かくして、リオンの我儘に付き合わされる形での参加となった訳であるが。楽しいだなんて気持ちは一切湧かず、むしろ不安しかない。何も無い事を祈る。

皆との食事を終え、リオンと部屋に戻る頃には何時ものように子供の姿で抱っこをせがまれる事になったのだが。こういう甘え方をするのは俺だけだと思うと、何やらトウゴに勝ったような気分になって、自分もまだまだガキだなぁと少しだけ悔しくなる。

「ギルバート、俺たち待ってるからね!ちゃんと来るんだよ!」

リオンを抱き上げながらトウゴの叫ぶような声に生返事を返して、部屋にそそくさと戻る。未だに出席に対して不満ではあるが、決まってしまったものは仕方ない。あそこまでリオンに脅されては、俺も見張らない訳にも行かなかった。トウゴどころか、リオンにまで弱みを握られようとは夢にも思わなかった。

仕方無し、ならばせめて小綺麗な格好位はしておかなければなるまいと、久々に髪を撫でつけ無精髭も軽くは整えた。クリーム色のTシャツと手持ちの中で一番上等な服を準備する。村で祝事があった時にせめてと、シャロンが見繕ってきたものだ。白色のシャツに、茶色のベストを羽織る。ベストにあつらえられた赤の刺繍は、目も細かく丁寧な縫い付けが目を引いた。茶色みを帯びたクリーム色のズボンには、上等な皮のブーツを合わせる。少しモノが良いというだけで、何でもない一般的な市民の服装だったりする。そんな、何年ぶりかも分からない支度に精を出しながらも、妙な胸騒ぎに不安を覚えていた。



「なんだギルバート、ちゃんとした格好も持ってるんじゃん!…………ワザと浮浪者みたいな格好しちゃって」
「っ余計なお世話だ」
「ねー、いつもこうしてればいいのにねー」
「リオン」

祝賀会に参加すべく、集合場所に集まる頃には、皆それぞれが正装や上等な衣服を身に纏っていた。軍人二人は黒の軍人服に金の刺繍が施されたものを、魔法使いとエルフは白いローブに銀や青の刺繍をあつらえたものを着ている。それぞれ、軍や国の正装として定められているものだ。リオンには、ジョシュアから押し付けられた魔法使いの正装を着せた。トウゴは俺に似たような服装で、黒いベストを羽織っている。

先のトウゴの指摘に若干ヒヤリとしながら、舌打ちを打つ。この格好の所為だろう、随分と落ち着かない。内心では、この街の人間に勘付かれないかと気が気でなかった。この街は、以前にも訪れた事があるから。

「市長のアダムスと申します。いやはや、またしても勇者殿にお助けいただけるとは!我々の街は代々の勇者殿によって守護されているも同じ、盛大におもてなしするのが礼儀でありましょう」

20年以上も前の事、この街は厄介な悪魔に街の宝を狙われ困窮していた。上級の魔法使いが狙われ負傷し、あわやという所で我ら勇者一行が助けに入ったという経緯があった。そして今回もまた、街は同じように厄介な悪魔に狙われ、この街常駐の魔法使いや東軍だけでは手に負えないと判断され、我々が呼ばれたのだ。たまたま近くを通りかかったという事もあるのだが……、俺はしかし、少々気がかりな事があった。

「前の勇者ってどんな方だったんですか?」
「先代の勇者殿ーーうむ、彼は非常に元気の良い青年でありました!見ている我々が元気を貰っておりましたよ」

この所相手にしている悪魔の騒動が、どうも覚えのある街に頻発している。ここ2ヶ月で5件も、俺の見知った街でばかり発生するのだ。上手く誘導されているようで気味が悪い。俺が祝賀会への出席を拒もうとしたのも、その事がどうも気になっていたから。俺が下手に動いて他人を巻き込むような事だけは避けたかった。ーー旅に同行している時点で今更だと言って仕舞えばそれまでだが。もしかすれば俺達は、既に良いように動かされているのかもしれない。悪魔を手にかける度、広がる邪気の気配に右腕は既に侵食され尽くした。着替えすら、リオンの手を借りなければ随分と手間取るようになった。日に日に、俺の気は重くなってゆく。

「彼は一体どうしているやら……魔王を倒して以降20年、ぱったりと噂を聞かなんだーー」
「……え?」
「我々も改めて礼をと思っていたのだがね、中央に問い合わせても所在不明と言われてしまってのぅ」
「…………」
「生きていてくれれば良いのだが……」

しかしそれにしても、悪い話というのは、突然舞い込んでくるらしい。ほとんど上の空で市長の話聞いていた時の事だ。突然、俺はとあるご婦人に呼び掛けられた。

「もし、そこの殿方っーー」

声に振り向き彼女を見て、俺はひっそりと息を呑むことになった。彼女には見覚えがあった。

「もしや、デイヴィッド殿ではありませんか?」

名前を呼ばれて、確信する。彼女は、過去に俺がすくい上げた女性ーー否、少女だった。悪魔は、人の闇につけ込み身体を乗っ取る事を得意とする。少女のほんの少しの気の緩みが、悪魔を引き寄せる事になった。
『おかあさんなんか死んじゃえ!』
悪魔は、思春期の少女に目を付けたのだった。

あの時、俺たちは彼女を喰い物にした悪魔を祓い、魂を正常な状態に戻す事で命を救った。泣きながらご両親と再会する所では、俺もつられて泣いてしまったのはいい思い出だった。

しかし、思い出は思い出。

俺は、俺の過去に関わってはいけない。

「先代の勇者様……」
「悪いが、俺ァギルバートという名でね。デイヴィッドは知らんな」
「……え?そ、そうでしょうかーー?わたくし、魔法を少しだけかじってーー」
「ご婦人、それは他人の空似だろうさ。悪いな、本人でなくて」

ニヤリ、いけ好かないと揶揄される笑いでチラリと見て、俺は逃げるようにその場を去った。背後から呼び止めるような声をかけられるが、振り向くだけの余裕が俺にはなかった。市長さんには悪いが、やはり俺は、ここに居てはいけない気がするのだ。俺の過去はカラにしなければならない。一層痛み出す右腕がそう語っている。

そのまま、外で一服するためにと俺は出口へ向かった。

「ギルバート」

建物から出たところで、案の定というか、俺よりも数倍立派な佇まいのリオンがそれを追いかけてきた。大層ご婦人方に人気で、絶えず話しかけられていたような気がするのだが。それを振り切って、彼は追いかけてきたらしい。本来人が大好きなリオンには、今回の接触は少々刺激が強すぎたのかもしれない。逃げの口実作りに使ってくれたのならばまぁ、それはそれで結構な事だ。

「どこいくの?腕、痛むの?」

俺が振り向くよりも前に、俺の右腕をとったリオンは眉尻を下げながら言った。やはりリオンは、主人思いの優しい子だ。俺は思わず立ち止まり、リオンの視線を受け止める。

「腕はずっと痛ぇよ……そうじゃねぇんだ。お前、ーーあの時の悪魔、覚えてるか」
「っ」

自嘲するように、そして静かに問いかければ、リオンは途端息を詰まらせた。腕を掴む手に力が入ったのが、何となく分かった。強張る表情に、アレが鮮明に思い出される事を理解する。

「この所、俺の軌跡を辿るように悪魔が出続けてる。ヤツがーーベリトが仕組んだと思うか?」

虐殺と拷問の赤い悪魔。口が随分と達者な悪魔の公爵は、魔王亡き後も不気味に動き続けている。以前よりは控え目と言っても良いが、ヤツは今でも暗躍しているに違いない。今回の件だって、そうだ。

それを証明するかのように、俺たちが解決してきた事件には何者かによって知恵を与えられたような痕跡が見受けられた。低級の悪魔達が、死体を隠蔽をしたり人間を罠にかけるような行動を起こすだろうか?答えは否。動物と同じヤツらに知能なんてない。本能の赴くままに人間を喰らい尽くす。話こそできるが、知性などあるわけが無い。つまりは、奴らを統率するモノが居る。それはきっと、ヤツの仕業に違いないのだ。人間を甚振って遊ぶ、そんな思惑が手口から透けて見えるようだった。

「…………臭いよ。
あちこちアイツのニオイばかりで僕、嫌なんだ。だからお願いだよギルバート、ずっと側に居てよ……独りにしないで。どこかに行かないで」
「!」

そんな哀しそうな顔をされて、動揺しないはずが無い。計らずして、リオンの弱気を聞いてしまった俺はもう、それ以上何も問えなかった。リオンに植え付けられた恐怖は、それはもう計り知れないモノだという事を理解していなかったのかもしれない。何年も繋がれた幼少期。聖獣とはいえ、人格に与える影響は大きくない訳がなかった。

「悪いな……辛い事を思い出させて。もういい、何も言うな」

自分より少しばかり高い位置にあるリオンの頬をポンポンと撫でながら言うと、その手を取られる。何かと思えば、リオンは下を向いたまま違うと言った。

「……そうじゃないよ」
「ん?」
「僕、ギルバートが連れてかれちゃうのが嫌」

そう、今度はまっすぐと俺を見て言い放ったリオン。その目の中に、怯えの感情は見受けられず、俺は瞑目した。

「言ったでしょ、僕は貴方の力になりに来たって。ーーだから、絶対あんなヤツの所には行かせない。今度は僕が護るんだから」

俺は、リオンの決意を甘く見ていたようだ。先の言葉は決して弱音なんかではなかった。

「大丈夫だよ、安心して。僕はギルバートの為ならどこまでも追いかけてゆけるから。ギルバートは……デイヴィッドは独りじゃないよ」

手に取った俺の手を頬ずりしながらのそれは、まるで恋人に言うような優しい声音だった。聞いているこっちが恥ずかしくなる。俺は、そんなにも寂しそうに見えたのだろうか。国の公認魔法使いの制服を着たリオンは、いつも以上に神神しく、そして頼もしく見えた。

そのまましばらく、俺とリオンは見つめ合った。


「お取り込み中の所悪いんだが」
「ッ!」

沈黙を破ったのは、聞き覚えのある声だった。飛び上がるように振り向けば、そこにはトバイアスが立っていた。リオンがあまりにも真剣で、側に人が来ている事に気付かなかったのだ。相手がトバイアスだからという事もあるだろうが。その瞬間、リオンが鬼のような顔でトバイアスを睨み上げたのは見なかった事にする。

「何だ一体……」
「ギルバート、アンタと話したい」

突然の申し出に驚きつつも、2人きりで、という事を読み取る。躊躇したのは恐らく、問いただされる事への恐怖か。リオンに目配せをして名前を呼べば、拗ねたように口を尖らせつつ来た道を戻って行った。

「アンタの嫁は随分過激だな」
「うるせ、意味分からん」
「聖獣をあそこまで手なづけるなんて、普通在り得ねぇぞ。ーーそれはそうと、アンタ、右腕どうしたよ」

茶化すような台詞なんて、以前はなかっただろうに。旅を続ける内にーーリオンと合流してからというもの、彼の態度が一変した事に衝撃を受けている。

「……ああ、……コイツはもう、動かねぇな。病みたいなモンだ」
「病ね……痛えんだろ、それ」
「まぁな。……気付いてやがったか」

会話はそこで途切れる。こうやって、誰かと一対一で話す機会など今まで無かったように思う。今までは俺が避けていたから、というのもあるが。真剣なリオンの眼差しから逃げるようにトバイアスを利用したように、リオンを利用してトウゴやトバイアス達から逃げている。……本人達は露ほどにも思っていないだろうが。

その沈黙は、暫くの間続く事になった。チラリと横を見れば、険しい表情のトバイアスが見えた。国の今後を担う彼は、この状況をどう見ているだろうか。そして、どこまで真実に近付けているのだろうか。そういう所に少しだけ興味が湧く。知られる事を恐ろしく思う反面、彼女達を守護する人間が何処まで育っているか、そこが気になっていた。

「アンタはこの旅、どう思ってんだ?」

不意に聞かれた言葉に彼の顔を見遣れば、相変わらずの顰めっ面。その表情に嫌々聞いている事が透けて見えてしまって、内心で苦笑する。彼のプライドの高さは、随一らしかった。

「この旅?お前そりゃ、すげぇ曖昧な質問だな。お前はどんな答えが聞きてぇのよ」
「どんなって」

その質問の意味を計り兼ねて質問に質問を返せば、トバイアスは一瞬口籠もる。問いを投げかけた本人も、もしかすると何を聞きたいか分かっていないのかもしれない。俺は黙り込み、彼の言葉の続きを待った。

「ーーーー最近、違和感を感じるんだよ。見られてる気がする。他の連中は特に何も感じてないらしい。アンタは、分かってんのかと思って」

苦々しく言葉を絞り出したような声音に、俺は口元の笑いを噛み殺す。こんな、何処の馬の骨とも分からないおっさんに意見を仰ぐなんてきっと、彼のプライドが許さないに違いないのにしかし、今は頼る者がいない。きっと、俺に意見を求めるまでには彼の中で大きな葛藤があったに違いない。そう思うと、彼が随分と可愛らしく見えてきた。何人目かになる、図体の大きい子供。しかし、そんな事を考えているなんておくびにも出さず、彼の問いに答える。

「そうだな。俺も同感だ。キナ臭ぇ。泳がされてるような見られてるような……ここまで、企みをぶっ潰され続けて、普通なら黙っちゃいねぇんじゃねぇのかね。だけども本丸は姿を現さねぇ。ーーつまりよ、今迄のアレは捨て駒って事だ」
「捨て駒……俺らが釣られてるってのか?」
「あくまで可能性としてだよ。俺の予想にしか過ぎねぇし……お前、わざわざ俺に意見聞きにきたんか」
「あ?別に、んな訳ねぇだろクソ野郎。俺はただ、俺の疑問が思い違いじゃねぇっていう確証が欲しかっただけだ」
「一言余計だっての……」
「勘違いすんなよ?俺は別に、テメェを認めた訳じゃねーー」
「あの、すみせんっ!わたくし、どうしても諦めきれなくて」

怒りなのか照れなのか、俺に睨みを利かせながら詰め寄ってくるトバイアスだったが、それは突如聞こえてきた声に阻まれる事となった。建物から出てきたのは、先刻のご婦人らしかった。真っ直ぐに駆け寄ってきたかと思えば俺の懐にしがみ付いてきた婦人に、俺は酷く驚く。しかし、掴まれた腕に瞬間、鳥肌が走り俺は違和感を覚えた。何かが、違う。

「っ!」
「探しましたわ……わたくし、今でも夢に見ますの」
「うわっ、何だアンタ……」

俺に問いかけてきたかのご婦人。やはり、その様子は明らかにおかしかった。まるで惚けたような表情で、虚ろに俺を見上げる彼女には生気が感じられなかった。感じる彼女のものでない気配にゾッとすると同時に、仕掛けられた事を確信する。とっさに、口の中で悪魔祓いの呪文を思い浮かべた。

「あの時の王子様が、再び目の前に現れたのなら私は、私は、ーー必ず」
《お前の居るべき場所へ戻れーーーーベリト》
「ぎっ……ああああああぁぁああああああッ!」

正気を失った彼女の言葉を遮るように、その心臓に向けて人差し指と中指の二本指を突き立て言い放てば。ご婦人は一頻り奇声を上げたかと思うと、フツリと何かが途切れたようにその場に崩れ落ちた。それを受け止め地面に横たえて、すぐさま彼女の耳元で神への祝詞を唱える。微かに残る邪気を完全に祓い、彼女と悪魔の繋がりを断つ為に行ったのだが。
しかし。

『待ちわびたよ』

その時突然、気絶しているはずのご婦人の口から零れ落ちた声に俺は、一瞬思考を奪われる。女性の声ではなかったそれは、記憶にあるあの悪魔のものだった。そしてそれっきり、悪魔の気配は姿を消してしまった。

「おいっ、今の悪魔だろ?……その女、憑かれてたのか?」

トバイアスの声を背に、ご婦人の様子を確認しつつ思案する。幸いにも彼女には怪我や錯乱は無い様子だ。安心すると同時に、俺は不安に駆られる。ヤツの狙いはハッキリした。そんな俺がこのまま、トウゴ達と旅をしていて良いのだろうか。俺の居場所は知られてしまった。彼らから離れるべきではないのだろうか。このまま旅を続けて、ヤツが何もしてこないはずがない。いや、寧ろ既にヤツの手中にあるのかもしれない。相手はあの悪魔だ。かつて、散々俺たちを掻きまわし、惨殺し、魔王と共にあったあの凶悪な悪魔。ヤツは何かを企んでいる。

「おい、聞いてんのか?……ギルバート!」

不意に頭に響いてきたトバイアスの声に、俺はようやく顔を上げる事になった。目の前には不満気な彼の顔が広がっている。

「…………ああ、悪ぃな。……上級の悪魔らしい。逃げられた」
「完全に消えてないのか」
「今のは分身みたいなもんだろ。姿もねぇし。今まで散々ーーーー、いや、何でもねぇ。これからも気をつけねぇと。……お前、トバイアス、彼女を運んでくれねぇか」
「そりゃ構わねぇが……おい、アンタ。何で、悪魔の名前がすぐに分かったんだ?あの悪魔、アンタは知ってんのか?」

怪訝に言ったトバイアスの目には、明らかな不信が映る。きっと、今更に積もり積もった疑問が噴き出している事だろう。ならばいっそ、彼らから距離を置くには都合がいい。早々に、離れる算段を整えなければなるまい。

「前から疑問だったが……アンタは何者だ?タダの案内人じゃねぇんだろ。今の事だって……」
「何を勘繰ってんだ、俺ァタダの案内人だよ。ーー過去の遺物だ」

自嘲するように鼻で笑いながら言えば、大きく溜息を吐かれる。何度聞かれようとも俺の答えは変わらない。それを理解したのだろう、トバイアスは呆れ顔だった。

俺の言う通りにご婦人を抱き上げるトバイアスを眺めながら、俺は思案する。このまま、タダで済むはずがない。ヤツが何を目的として動いているかなんて分かりもしないが、明らかに、こちらの動きを見ている。でなければ、先ほどの言葉を残したりはしない。待ちわびたーーそれはもしかしたら、俺の言葉でもあるのかもしれない。ぼんやりとそんな事を考えながら、俺は騒がしい建物の中へと足を踏み入れたのだった。






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