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露命の霜



この世に生まれ落ちてからこのかた、俺は幸せとは無縁であった。皆から愛される双子の弟とは正反対で、幼少の頃から世間とは隔絶された環境に置かれ、家の者と話す事すらほとんど許されない状況だった。それ故にか、俺は大層人と話す事が苦手であった。小学校に入学し、ようやく他者との接触を許された頃にはしかし、俺は他者と上手く関係を築く事が出来なかったのである。勉学こそ人並みであるが、一つを除き特別な取り柄もなし、いつも寡黙で学校を休みがちな根暗な生徒。それが俺だった。

そんな俺が、短い余生の中であの人に出会ったのは、本当に偶然の事だったのだ。

「ソレを憑けたまま動き回るのは止めていただきたいのですが」
「…………は?」

放課後の中庭。俺が、ぐしゃぐしゃに切り刻まれた机の中の物を纏めて捨てに行く途中での接触だった。

「たかだか一般人に視えるとは思いませんが、早いところ専門家に診てもらって下さい。迷惑です」
「さっきっからお前、俺に向かって何をーー」
「身体の不調は感じられるのでしょう?ここ最近ーーいや、……ここ数ヶ月の、倦怠感」
「!」

我らが叶谷家は、代々続く祓い屋の家系。俺はそこの……人間。だから、普通の人には視えないものが視える。

だから、この学校の生徒会の人間がこうも巨大な真っ黒いモノを引き連れてウロウロされると、俺までーーそれどころか、大切な弟にまで影響がいく。他者と接触するなんて、そんな面倒な事を自分からするなんて反吐が出そうであるが、それが弟に影響を及ぼす事態とあらば話は別。何を捨てようとも、俺は弟に向けられた危険を排除しなければならない。

「医者に診せても異常なし、問題なし。そして、幸福な気分すら湧く気がしない気分の悪さーーちゃんと、お祓いはしましょうね」
「お前、何者だーー?」
「何者でもありませんよ。その内に消えてなくなる。……今回は特別ですから、次は叶谷(カノウヤ)家を訪ねて下さい」

顔のほとんどを覆う髪を掻き上げてギロリと、彼の背後を付き纏うその黒いモノを睨み上げる。俺の力は、特別だ。そして、忌み嫌われる。

「去ね」

威嚇のように声に意志を込めれば、ヤツはシュンと縮こまる。軽く気を込めて息を吹きかければ、それは瞬く間に力を無くしていった。しかし、これは応急処置に過ぎない。

「おい、……今、何をーー」
「迷惑です。その背に憑くモノが弓月(ユヅキ)に何かしたら、どうしてくれるんです。ソレの影響を甘く見ないで下さい」
「弓月……?お前、あの双子のーー」
「俺が何者かはどうでもいい事です。……ですが、貴方が弓月に何か害を及ぼすような事があれば、俺は貴方の息の根を止めてやる。そんな中途半端なモノではなく、確実に」
「…………」
「関わりたくなければーーこの、紙を持ち叶谷家を訪れてください」

脅すように言って黙らせ、札を飛ばして渡す。そこには祓いが必要な事を暗示する文字が描かれている。見せれば緊急であると判る札だ。一見御断りとは言え、俺が渡したと判れば即座に対応するだろう。

「…………」
「ご無礼をお許しください。ーーただ、弓月の事は本気ですので、くれぐれも、近付かないように」

その後、軽く礼を返すと、俺は彼を置いてさっさとゴミ置場へと向かった。その作業すら慣れたモノで、俺の日常にすらなっている。一般人に害を及ぼしてはならないよ、そう言いつけられれば従うしかない。そもそも、言いつけなど無くとも、害など及ぼす事はしないのに。俺の味方なんて、この世には居ない。暗い暗い、そういう考えが俺の力を更に高めているだなんて、なんて皮肉だろうか。

俺の力は、闇のモノ達の力を吸収する。妖怪だとか怨霊だとか、そういったモノを吸収して、自分の力を高める事ができるのだ。それが忌み嫌われる所以であるが。

これももうすぐ終わる。あと1年、俺は全てから解放されるのだ。





そう、安堵したのは昨日の事だったと言うのに。

「お前に近付くな、とは言われてねぇよな?」
「……迷惑です」

朝イチで、俺の教室、俺の席、そこに座り込んでいる昨日の生徒は、両手両足を組んでニヤリとニヒルな笑みを浮かべていた。見た瞬間に舌打ちが出たのは仕方の無い事だと思う。

「叶谷弓弦(ユヅル)だな?」
「…………」
「お前、俺の名前知ってんのか?」
「…………さぁ、知りません。退いてくれませんか?」
「…………上條保敬(ヤスタカ)。生徒会役員の名前なら普通は分かるだろうが」

退いてくれたのは良いとして、何処か不満そうに溜息を吐く所に少しだけ苛立ちを感じる。余所の人間には優しくする必要なんかない。俺には、弓月が居ればそれで良いのに。

「俺には不要な知識です」
「…………お前、色々ともう少し、融通利かせろよ」
「余計な御世話です。弓月が安全であればそれで良いんですよ」
「お前の頭ん中には弓月の事だけしかねぇのかよ」
「分かっていらっしゃるじゃないですか。その通りですよ」

フ、と笑って見せれば、彼はそのまま黙り込んだ。持ってきたカバンを机にかけ、もう一つから教科書類を出しながら席に座る。その人はそれでも諦めず、目の前に仁王立ちしている。

「早く行かないんですか?もうじき先生方がいらっしゃいますよ」

ワザとらしく小首を傾げて言い放てば、相手は不服そうに舌打ちを漏らす。さっさと立ち去ればいいのに、何をそんなに食らいつくのか。俺には全くもって理解できない。

「覚えてろよ」

不満げにそう言って立ち去った彼。教室のざわつきはしばらく収まる気配がなくて、皆口々に勝手な想像を膨らませる。その噂は、瞬く間に広がっていった。






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