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09




寝起きにドン引いたのは久々の事だったかもしれない。昨晩、寝に入った時は確かに、リオンは小さな子供だった。すやすやと、俺にしがみついて眠る姿は極上に可愛かった。そう。俺はその姿に和みつつ眠りについのだ。

「………………」

だが、寝起きはどうだろうか。俺の胸元にしがみついている姿は寝入った時と変わりはない。

しかし。
その愛らしい子供が青年に、しかも俺よりもデカイ人間になっていたらどうだろうか。極め付けは真っ裸である。途中で変化が緩みこんな姿になってしまったのだろうとは思うのだが。俺の寝間着の中に手ぇ突っ込んで幸せそうに眠る姿は、色んな意味で破壊力抜群だ。

「おい、お前何でデカくなってんだよ、寝起きから台無しだ」
「うっ……ん?」

目の前にある頭を叩けば、リオンは身じろぎする。顔をぐりぐりと押し付けて来るのだが……これの力強さったら、ない。

「いってぇいてぇいてぇっ、折れる!リオン!」
「ギャンッ!」

思わず殴りつけてしまう。しまったと思いつつも、その筋肉質の腕から開放された事に安堵する。

「なにーぃ?おはよう、ギルバート」
「おはよう……色々言いたい事はあるが、お前なんで裸なんだよ……」
「え?あ、ほんとだ。変化とけちゃった。……えいっ!」

ポンっと軽い音を立てて、リオンの体に服が装着される。俺と同じような、半袖半ズボンというラフなものだ。その服から覗く筋肉質な手足が、非常に妬ましいところだが……。

「まったく、寝起きに何てモン見せんだよ……」
「えーっ!でも僕の人間の姿、綺麗でしょ?」
「……どっからその自信はでてくるんだよ」

やけに自信のある物言いにチクリと小言を返す。昨日からずっと、振り回されっ放しな気がしている。間違いない。ふうと息を吐く。
しかし、続くリオンの言葉に俺は耳を疑った。

「ん?色んな人に褒められたんだよ?僕の裸、綺麗だって」

その言葉に一瞬、頭が真っ白になる。

「おいちょっと待て!色んな人にって……お前それどういう状況だよ!」

ほとんど叫ぶように言えば、リオンはキョトンと俺を見つめながら何でもないかのように応えた。

「え?えっと……誘われて?」
「オンナにか」
「どっちも?」
「は!?」

崖から突き落とされたような心境でもって、俺はリオンに掴みかかって問い詰める。そりゃもう、親のような心境でもむて、俺は必死だった。今なら分かる。もし、シャロンが嫁に行くとなったらきっと、こんな心境になるのだろう。

「だってー、どうしてもって言うから」
「ナニかされたのか」
「体ベタベタ触られたりしたけど……ヤダって言えば止めてくれたよ!」

次々に飛び出すリオンの暴露に、俺は雷に打たれたような気分になる。ショックはデカイ。リオンを一人で行かせるべきではなかったか、混乱しきった頭でぐるぐると同じことを考える。

「止めてくれたよってーーそういう問題じゃねぇ!……っとにかく!そういう人間には今後絶対ついて行くなよ!」
「えー……でもみんな色々教えてくれ……」
「よ、余計にダメだ!何だそのっ、教えてくれるってのは!」

叫びながら言えば、リオンは頬を膨らませる。全くもって反省する様子はない。まるで、夜遊びに興じる娘を諌めるような気分だ。いつ何処で何をしていたのか聞きたいような聞きたくないような……。俺の知らぬ間に一体何をと、全てを問いただしてしまいたくなる。しかし、そんな俺の心配を他所に、リオンは悪びれもせずに笑顔で続けようとしていた。

「こうするときーー」
「待てっ、言うな!もうそれ以上何も言うな!俺は聞きたくねぇ!」

その言葉を遮り、俺は叫ぶ。知らぬ間に経験を積んでいたリオンにショックを受ける。子供の成長が早すぎる事に、衝撃を受けていたのだ。……大人の階段は何処まで登ったのだろう。

「もー、ギルバートは我儘だなぁ。あ、大丈夫だよ、心配しないで!僕が一番好きなのはギルバートだから!」

俺は朝っぱらから衝撃的な事実を知る事になった。疲れた。朝から一気に疲れた……。まるで親のような心境でもって、俺はリオンの行く末が本気で心配になった。俺と出会ってからというもの、人間に対して随分穏やかな反応を見せるようになったのだが。それが、俺の不安を煽る材料になるとは思ってもいなかった。好奇心旺盛なのも如何なものか……と、回らぬ頭でそんな事を考えていた時のこと。

突然、リオンは俺の顔を両手で挟んだかと思うとぐいと顔を近付けてきた。俺の目に映った彼の、キラキラした目に陰りが見えたのは見間違いか。

「僕はギルバートの役に立ちたいんだよ。
だから、人間についてたくさん知ってなきゃいけないんだ」

絞り出すように言ったリオンにふざける様子なんてない。リオンはヒトではない。いつだって本気だ。ずっと、リオンは一人だったのだ。俺と出会う前も、俺たちと離れてからもずっと。俺よりももっとずっと、寂しいに決まっている。分かっていたはずなのに。

リオンの言葉に最早、俺は閉口するしかなかった。少し考えればすぐに分かっただろうに。リオンは、聖獣としての定めを破ってまで俺と来る道を選んだ。例え人間が嫌いになろうとも、俺が大切だろうとも、定めに従いあの地を守護する道もあったのだ。

だが、リオンはそれをしなかった。俺を追い、俺の側に居る事を望んだのだ。例えそれが叶わずとも、彼は諦めなかった。20年も、待ち続けたのだ。俺のーーたかだか80年程度しか生きられない生き物の為に。彼の、数百年に及ぶ、安定を約束された生涯を棒に振った。

「ギル……否、デイヴィッド、僕は貴方が愛おしくてたまらないんだ」

泣きそうな顔で言うセリフじゃあないだろうに。リオンから溢れ出る神気に当てられたのか、俺は全く動く事が出来なかった。体の奥底から何かが湧き上がってきて、油断すれば咽び泣いてしまいそう。
これほど強烈な心の底からの叫びを、俺は聞いたことがあっただろうか。リオンはこれ程までに、思い詰めていた。主従だなんて、そんな生易しいものではない。

これは、彼の、生涯を賭けた決意の顕れ。



「どうか、お側に置いて。リオンは貴方の一番に、なりたい」



ふと、呟くように言ったリオンはそのまま、ゆっくりと顔を近付けて。俺の唇へ口付けを落としたのだった。相変わらずの森の香りが、俺の鼻を掠めた。





「お前の決意は心に沁みたが些か調子に乗り過ぎだぞリオン」
「あい…………ごえんらはい……」

リオンの口を両手で引っ張りながら強い口調で言えば、リオンは素直に言った。本心かどうかは危ういが。先ほどはリオンの口付けに、危うくオとされる所だった……。何処であんな濃厚なのを習ってきたのか。誰かに仕込まれたのは一目瞭然で、それを身を以て知るなんて全くもって情け無い。

子供たちの為と女っ気のない生活をしてきたのが仇となったか、俺は危うく流されそうになってしまったのだ。やけに上手い舌使いだとか、そこらの女よりもよっぽど美しい顔立ちとか、熱っぽい眼差しだとか。雰囲気に流され易い事は自覚しているものの、防ぐ手立てなんてそうそうない。一番なのは、そういう雰囲気に持っていかせない事なのである。
何はともあれ、リオンの要望には決して応えられない。

「色々言いたいんだがもう、朝から疲れた……お前、こんなおっさんに何する気だよ……俺ァもう卒業なんだ……」

頭を抱えながら言えば、棘を含んだ声音で応えが返ってきた。顔を見ずとも、不服そうな表情である事が容易に想像できる。

「え?何それーっ、リオン意味わっかんなーい。僕はね、ギルバートにキモチイイ事してあげたかったんだよ?」
「俺はそれにツッコミ入れなきゃいけないのか?そもそも、野朗同士がチチクリ合ってもーー」
「僕聖獣だからそんなの知らないもーん。僕、いっぱい褒めてもらったから、ギルバートには絶対悦んでもらえるんだもん」
「……もうそれはいい。俺はどうすりゃいいんだ……おいリオン、兎も角、今後はそれ禁止だからな」
「それってなーにー!僕わかんないもーん!知らないもーん!ギルバートの馬鹿ぁ!」

突然、ポンッと音を立てて子供の姿になったリオンは、ぷっくり頬を膨らましたままに駄々っ子のように、叫び声を上げながら部屋から飛び出して行ったのだった。

そしてそのまま、宿の中で大声で俺の名前を連呼するものだから、大急ぎでリオンを迎えに行かなければならなくなったのはまた別の話。



「ギルバート、朝から大変だったみたいだね?
何か……疲れてる?」
「ギルバートに話しかけちゃだめ!ギルバートは僕とお話しするの!」
「何ガキのフリしてんだよ……もうな、朝からコイツ、怒りやがって……イタズラも程々にしてもらわねぇと、俺は倒れるぞ」
「……手伝える事があったら言ってよね」
「もぉおぉぉーーーー!」
「ちょっとお前、黙っとけ」
「ぶーぶぶぶぶぶー!」

その時、俺は気付いていなかったのだ。
年甲斐もなく、浮かれていた。かつての旅を懐かしみながら、物思いに耽ってしまったのだ。あの旅は俺の地獄であり傷口でありそして、宝物でもあった。思い出せば思い出す程、良い記憶ばかりが噴き出してくるのだ。あの頃は良かった。元に、戻りたい。皆の居るあの頃に。

かつてシャロンは言っていた。大人は昔の良い記憶ばかりを誇張して話すと。確かに間違いじゃない。そうして過去を羨み人は死んでいく。

リオンはいとも簡単に、俺の記憶の枷を外してしまった。
『ギルーーーーッ!』
あの日あの時あの場所へ。
『後を頼むな、ディヴィッドーー』
もしも望みが叶うならば、戻ってしまいたい。






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