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08



無事にラクダ部隊と合流を果たした勇者一行は、2日かけて東の港町サウザガを目指す。俺を先頭に、トウゴ、ジョシュア、アーチボルト、エリアル、トバイアスと続く。ラクダを連れてきてくれた一行は、俺たちと並んで歩いてもらう。何かあった時、動きが遅れる砂漠では距離すら命取りとなる。

「そちらさんはどっから呼ばれたんで?」

道すがら手持ち無沙汰に、俺と並び歩く青年に声をかけた。砂避けで深くフードを被る彼の顔はよくは見えなかったが、褐色の肌に黒髪で、サウザガの地域に住む人間だと見て取れる。

「私ですか?」
「ああ」
「私達はサウザガの街より南にある、アレドという街の駐屯部隊です」
「アレド……軍の南部隊か」
「ええ、その通りです。……よく、ご存知ですね?」

声を聞いて分かったが、この青年は思っていたよりも若いようだ。きっと、出稼ぎに軍に入れられたのだろう。軍部に資金が潤沢に行き届くのは、恐らくどこも同じだ。それに、平和が身近と成った今、各地は生きる為に働いているのだ。国は豊かになり、しかし次は他人との競争に勝たなければならない。魔物に襲われない平和な世の中であっても、軍事力は維持しなければならないのだ。何か、不測の事態が起こった時の為に。魔物の襲撃であっても人間の襲撃であっても、彼らは人々を守り続けなければならないのだ。人間の戦いは終わりなきものなのだろうかと、俺はしみじみ思った。

「仕事柄な。前は賞金稼ぎやってたのよ。情報貰いに行く事もあるんでね」
「成る程。今は……随分と平和になりましたから、大変じゃありません?」
「ああ、良い事なんだろうが、随分キツイ仕事になっちまったよ。次は案内人でもやろうかね……今みてぇに」

軽口を叩いてそれっきり、俺たちは黙って歩き続けた。





そうして、砂漠の旅も2日目に突入する。怪しい気配は感じれども、何かに襲われる事もなく旅路は順調なものだった。そうして、巨大な港町まであと少し。目の前の砂の丘を越えれば、そこは大都市サウザガ。

「すっご!大きい街だね!アレがサウザガ?」
「そうです。アレが貿易の中心都市、サウザガです」

丘を登りきり、眼下に姿を現した都市は、砂の色と鮮やかな反物が翻る賑やかな街だ。米粒のような人の往来をは絶える事はない。街を見下ろしながらトウゴが叫ぶと、軍の青年は誇らし気に答えていた。

そうやって、半ばホッと一息をつきながら、背後でトウガと南部隊の男が話す声を聞き巨大な街を見下ろしていた時の事。

突然、俺は妙な耳鳴りに襲われる。

「ッ……、なんだこれ」

思わず左耳を塞げば、隣の青年から心配するような声がかかった。見た所、他の連中はどうやらそれを感じていないらしい。

そしてすぐに、俺は気付いてしまった。
導かれるように空を見上げれば、遥か遠くに影が見える。段々と俺目掛けて近付いてくる見知った気配。対象は空中から、猛スピードで、俺目掛けて突っ込んでくる。バカ野郎め。俺は呟いた。

「みーつーけーたぁーーーー!!」

途端に目に入ったのは、真っ白な肌に金の目、銀の長髪の男が、ベソをかきながら俺に向かって両手を伸ばして来る所だった。ヤバイとは思いつつ、俺はそれに応えるように男と同じく左手を差し伸べた。

「ゲフッーー!」

しかし、その勢いを受け止めた俺の衝撃はやはり、酷いものだった……。ラクダの上でそれを支えきれるはずなどなく、背中から砂地へ勢い良く倒れ込む。それと同時に強く強く、抱き締められた。微かに、森の香りがする。

「ギルバート!?」
「ああああ!ごめんねご主人様、ごめんね、痛かった?……っでも僕、とーっても長く待ったんだ、だから、出てきたって分かって飛び出してきたんだよぅ、地の果てまで追いかけて来たんだよぅ。寂しかったよぅ……」
「ゲホッ、大丈夫、それは分かってっから頼む、一瞬どいてくれ。ーーお前まで俺よりデカくなりやがって……」

俺がそう言えば、素直に横に退く所はコイツらしい。しかし、俺は危うく窒息しそうだったのだ。コイツのーー火炎の聖獣の力を侮ってはいけなかった。

「お前、ホント……デカくなったな。それで成体か」
「そう!やっとだよ。やっとーー貴方との約束を果たせる」

キラキラと俺を見つめる金色に、思わず目を逸らしてしまう。成獣になったとは言え、彼の眼差しは昔のままだ。穢れを知らない伝説の生き物。きっと、彼の真の姿は、素晴らしく神々しいのだろう。

「……覚えてたんだな」
「勿論!僕の命を救ってくださった貴方の為に尽くすことが僕の夢。今度こそ、受け取って貰うよ」
「約束か……」
「僕がまだ幼獣だから出来なかった契約。何者よりも役に立つよ」
「…………俺はお前より先に死ぬ」
「それでも構わない。僕は貴方の愛したこの世界を守るんだ」

かつて、悪魔に囚われ使役されていた幼き火炎の聖獣は、立派なオトナへと成長した。あの時には不完全であった変化も、今や一目で人間でないと解るものなど居るまい。今や、立派な軍人にも劣らない体格の青年だ。寂しさにやつれ弱り、哀しみを背負った可哀想な子供は、最早ここには居ない。精気に満ちた立派な男が、目の前に居た。

「早く……呼んでよ、デイーー」
「“リオン”、今はギルバートだ。間違えるなよ」
「ッーー、ギル、バート……リオンは貴方に生涯を捧げて守り抜く事を誓います」

砂に腰掛ける俺の目の前で、リオンは跪き左手に口付ける。最も簡易な契約の儀であり、そして、最も意味深い。リオンが口付けるそこから、柔らかな光が徐々に広がる。口を離すとそれはあっという間に消え。次の瞬間、そこには赤いルビーの付いた金の指輪がはめられていた。左手の、薬指に。

「おいリオン……左手の薬指の意味、お前解ってるだろうが……」
「………………え?
全然?人間が結婚する時とか僕、知らないし」

シレッと笑うリオンに脱力しながら、俺は左手を見た。指輪に納まったルビーは、きらきらと輝きを放っている。俺の指にはまっているんじゃなければ眼福だろうに。俺は溜息を吐きながら、俺よりも高い位置にあるリオンの頭を撫でてやった。そして、その場で立ち上がる。

「ほれ、立て、もう少しで街に着く……ん?その上着……何で俺らと同じなんだよ」

リオンを立たせたその時、俺は気付いた。リオンの羽織る深緑のフードローブは、俺たちと全く同じものだったのだ。

「え?えっと……ほら、あの一緒にいた魔法使いのひとに貰った」
「ーー会ったのか?」
「うん。ギルバートの匂いを追ってたら、最初に綺麗な真っ白の建物についた。そこにいたの、あの魔法使い」

成る程、と嫌なヤツの顔を思い浮かべながらリオンを立たせ、再びラクダに飛び乗る。これ以上、俺の為に歩みを留めさせる訳にもいかない。

「リオン、乗れ」
「ううん、僕は歩いてく。人間程弱くないよ」
「そうか」
「……ギルバート、ねえ、その人」
「あー…………長い話だ、街に着いたらな」

トウゴが何か言いたそうに声をかけてくる。突然の事に驚いているのはこちらも同じなのだけれど。ここまで騒がせてしまったら、勿論説明しなければならない。今後ずっと、俺に付いてくるのだから。

勇者として悪魔達と戦っていた頃、S級の悪魔に囚われていた幼い聖獣を助けた。それが、リオンだった。聖獣を保護すると言って聞かない人間達と散々揉め、契約して俺に付いてくると聞かないリオンを、幼さを理由に説き伏せて彼を世界に解き放ったーーなんて、正直に話せるはずない。当然、端は折る。

だがそれにしても、まさか本当に主従契約されるとは思ってもいなかった。こんな、20年も姿を消された挙句、ようやく見つけた主人は老いぼれ昔のように強くもない。おまけに死期も近いとあっては、リオンが浮かばれないのだが……。





* * *





「ーーーーと、言う訳だ。これからリオンも同行する」
「よろしくネ!」
「聖獣だとーー?なぜこんな所に……」

大都市サウザガの宿屋の一室。俺を含めた旅の連中とリオンで円を囲み、地べたに座る。掻い摘んでリオンについて説明すれば、特に聖獣にも明るいジョシュアには難しい顔をされた。
幼い聖獣を昔助けた事、そして成獣となった今、俺を追いかけてここまでやって来た事。そこまで説明しても、どうやら納得がいかないらしい。聖獣が人の前に姿を現す事自体稀で、そりゃ不審にも思うだろうが。ーーしかし、下手に動かれてはすべて台無しだ。何もかも。後で直々に、忠告が必要だろう。俺はこっそりと心に誓う。また再び、リオンが囚われる事になれば、俺は全力でそれを阻止する。

「あの、ごめん……聖獣ってーー?」
「……土地や城を守護する者達の事を言う。だからこそーー聖獣が人に仕えるなど聞いた事がない」

トウゴの疑問に応えたジョシュアは、睨むような目で俺を見てくる。それこそ、まるで俺が何かしたかのような疑いの目だ。座りながら俺の背に抱きつくリオンが俄かに殺気立つのが分かる。しかし、それを指で突く事で諌めた。そして同時に、彼らに伝える。

「そんなモンは人のことわりだ。聖獣には聖獣のことわりがあんだよ。ヒトが勝手に決めたらいけないわけだ。俺と来る事も、守護地を放棄したのもコイツが選んだ道。そもそも、俺は20年も待たせたんだ、今更拒めるかよ……。
何も知らねぇ余所者とやかく言うんじゃねぞ?」

ニヤリ、笑いながら挑発すれば不服そうに顔を歪めるジョシュアが目に入った。そのまま顔を背けたところを見るとしかし、これ以上彼は何も言うまい。

「理解できたか?……なら、話は終わりだ。ーーリオン、重い……退け」
「ええーーーー!」
「えーじゃねぇ!重い!チクショ、どいつもこいつもデカくなりやがって……」
「デ……ギルバートひどい!僕頑張ったのに!」
「頑張ったのは分かったから、退け、俺も昔みたいに若くねぇんだよ……腰にくるだろ」

精悍な顔立ちでぷっくり頬を膨らませても可愛くなんて……可愛……可愛くなんて、ない。俺は左手でリオンの頬を引っ張り、背中から引っ剥がした。

だがその時突然。
ポンッと音を立てて、リオンが縮んだ。

「!!」
「うわっ、ちっちゃくなった!?」

トウゴの慌てたような声が横から聞こえたが、俺の目はリオンの姿に釘付けだった。彼は、ただ縮んだだけではない。リオンは正に、出会った時と同じ姿で俺の目の前に現れたのだった。くりくりの金の目、真っ白でぷくぷくの肌、くるくるとクセのある銀の髪。誰が見ても可愛らしい5歳程の子供が、したり顔で俺の前に立っている。その姿に目を白黒させている俺の目の前で、愛らしい子供が言った。

「だっこ」
「!」

目をうるうると潤ませながら、両手を広げて俺を待つリオン。こんなーーこんな状況で、一体誰が拒めよう……。

「……話はこれで終わりだ。俺は部屋に戻る」
「…………」
「ギルバート、毎日一緒に寝なきゃだめだよ」
「この、小悪魔め」

まんまとリオンを抱き抱え、俺は生暖かい視線を浴びながら彼らの部屋を後にしたのだった。
そんな俺は知らない。抱き抱えられたリオンが俺の背後で、満面の笑みを浮かべ親指を下向きに立てていただなんて。そんな事、知る由もなかった。

「おいジョシュア……本当にあの方が聖獣なのかよ?」
「そのはずだが……君が行って聞いてくるといい、アーチボルト。お仲間だろう?」
「茶化すなよ、畏れ多くて出来るわけないだろ」

彼らのつぶやきは俺の耳に入る事なく、部屋の扉はバタンと音を立てた。






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