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07



昨日の特訓以来。

「ギルバート!ねぇ、こういうの、どう?」
「…………いいんじゃねぇか?」
「えーちゃんと見てよぅ……。これとか?」

何故だかトウゴに懐かれた。特訓では散々苦労を強いた上、唐突に拒絶した経緯があるにも関わらずだ。よっぽど親のようだっただろうか。それとも、よっぽどしごかれる事が好きなのだろうか……。理由は何にせよ、懐かれるのも悪く無いと思ってしまう所がクセモノである。

そして同時に、トウゴの背後から俺目掛けて射られる視線は途轍もなく鬱陶しかった。トバイアスは兎も角、ジョシュアのそれなんか、仲間に向けるようなモノではないと思うの。

「それじゃ、こっち!」
「ちょっ……待て、わかったわかった、俺も見るからゆっくり吟味しろよ」
「はーい!」
「刀身も程々に、手に馴染むモノを選べ。気に入ったら俺んとこまで持ってこい」
「なぜトウゴに短刀など……」
「テメェで言い出したんだよ、背の剣はデケェしいつでも持ち歩ける訳じゃない、ってな。そりゃ正論だ。狭い室内じゃ、あんなモン振り回せねぇってよ」

不貞腐れるジョシュアに軽口を叩く。
トウゴが短刀が欲しいと言い出したのは、食堂での騒動の後だった。昨晩の襲撃は他のメンバーにも知れているだろうとは思うが、短刀購入を渋るのは恐らくトウゴに戦闘をさせたくない彼等の意向。真っ先に反対したジョシュアなぞ、それこそ不満たらたら。来慣れないらしい武器屋にいるから余計にだ。

「ふんっ、この下郎が……トウゴに何を吹聴したかはーー」
「テメェこそ何考えてんだかは知らねぇが、この世を知らねぇテメェの言動は致命的だぜ?よっぽどトウゴの方が現実が見えてんだ……せいぜい、アイツらに喰われねぇように頑張りたまえよ」

状況を見計らいわざと挑発するような言葉を選べば、単純にも突っ掛かってくるのはジョシュア。思慮深いんだか単純なんだか、意外と短気な彼には少しだけ驚いた。

「このッーー」
「ギルバート!ねぇこれこれ!すごい、俺の手にぴったり」

トウゴが俺の元へ駆け寄ってきた途端、口を噤んだジョシュアにザマァ、と思いつつ背後のトウゴに振り向く。その手には、鞘に納まったダガーが握られていた。青を基調とし、銀の装飾を施された鞘はシンプルながら美しい。その装飾はまるで俺の持つ剣のようだった。トウゴからそれを受け取り鞘を抜くと、15cm程の刀身が姿を現した。刃こぼれもなし、刀身の鍛錬も申し分ない。俺の手には少々小さく感じるが、トウゴには丁度良いくらいだろう。抜き身のままくるくると手の中で回し重さを考える。長さの割に少々重いだろうかと一人呟く。

「トウゴ、もう一度持ってみろ」
「うん」

持ち手をトウゴに差し出し持たせると、少しだけ緊張した面持ちでじっくり眺め出した。可愛らしい。咄嗟にそんな事すら思いながら、再び声をかける。

「重さはどうだ?重過ぎねぇか?」
「うーん……」
「手首を返して色々持ち替えてみろ、負担じゃねぇか?」
「ーーーーうん、平気みたい」
「ならコイツでいいか……トウゴ、それ、貸せ」

トウゴからダガーを受け取り、そのまま俺が勘定してしまう。背後から何か聞こえた気がしたが、この際無視だ。

「おいドナ、これ幾らだ?」
「ん?ああ、ギルバートの旦那かいな、らっしゃい。そりゃあ値打ちモンだぜ?1,000は下らねぇぞ?お前さんに払えーー」
「前金で500、残りは明日の昼でどうだ?」

ドサリ、証明するように目の前に財布を叩きつければ、恰幅の良い白髪のオヤジは途端に口籠った。先日から値切ってばかりいたから、余程羽振りが悪いと思われていたのだろう。

「…………お前さん、この前さんざ金がねぇと騒いどきながら、ーーまあいい」
「悪いな、先日の礼も兼ねて言い値で買うってんだ」
「おめぇさんも隅に置けないねぇ。1,200だ。何か借金のカタ、置いてきな。残り700、明日必ず持っておくんなせぇ」
「そうだな……コイツでどうだ?ドワーフ製の短剣」
「!?おい、アンタ……この短剣ーー、こりゃすげえ」
「刀身は30cm、鞘は純銀、誂えに剣匠のバルバストルが関わってる。戦闘にゃ向かねぇが、この世でただ一つの代物よ」
「待て、旦那ッ……俺にコイツを売ってくれ、……10,000出す。このダガーもやる」
「おい待て……こんなモンにそこまでの価値はーー」
「いやぁ俺には分かる。コイツは世の富豪がこぞって買いたがるぞ」
「……悪いが、コイツは売れねぇぜ?この剣は主人と認められた者の元にしか留まらねぇ。アンタが買ったとして、他所に売る前にソイツは姿を消すだろうよ」
「あ?そんな剣、聞いたことねぇぞ…………」
「そりゃそうよ、コイツにゃタチの悪い悪魔が封印されてる」
「ああ!?何だそりゃ」
「封印を破られてみろ?ヒッデェ事になるぜ」
「…………チッ、分かったよぉ旦那、コイツを預かっておくから、600揃えて明日またきな」
「600?」
「おうよ。まけてやる。ただし、ちょいと眺めさせてもらうぜ?この目にじっくりと焼き付けとかねぇとなぁ」
「そうかい、あんがとよ」

面倒なやり取りをさっさと済ませ、勘定を払いダガーと引き換えに短剣を渡した。財布が軽くなって少しだけ気分が良い。自分の為に使う事に抵抗がある分、子供達や未来ある者達には惜しみなく使おうと思う。

「ちょっとギルバート!駄目だよ!そんな高価なもの、俺ーー」
「いい。ほれ、受け取れ」

彼らの方へ戻れば、驚いたようにトウゴが俺の前に立ち塞がった。苦笑しながら先程のダガーを投げ渡せば、トウゴは危なっかしくそれを受け取った。

「昨日の詫びだ。あの程度のヤツの術にかかるなんて、あっちゃならねぇのよ。きーー……俺の沽券に関わる」
「でもッ、ーーーー」
「大人の言う事はしっかり聞いとくもんだぜ?黙って貰っとけ」
「ねぇギルバート!どこいくの!」
「ちょいとそこまで」

懐から煙管を出しながらトウゴの傍を通り抜ければ、すかさず行き先を聞かれた。それに声を返しながら、俺はさっさと店を出たのだった。

ーー危うく、騎士を名乗る所だった。今の俺に、そんな資格なんてありはしないのに。騎士の名に恥じるべきなのは、今の俺だ。こんな有様でその名を口にするなんて、何て浅ましい。自分で自分を嗤いながら、その足で俺はひとり換金所へ足を運んだ。換金所では宝物の換金以外にも、自分の所有財産の引き出しができるのだ。身分証の提示によって。誰もついて来ていない事を確認しながら、カウンターで引き出しを要求する。

「オイあんた……何モンだよ、こんな額持ってる人間見た事ねぇ」
「そうかい。昔、とんでもねぇ賞金首を狩っちまったもんでね。これで全部か?」
「ほぉ、運がいいねぇ。ああ、ここにサインをーーーー、デイヴィッドさんね。アンタ幸運だね、あの勇者とおんなじ名前だなんて」
「そりゃいい。どうも」

旅の連中に聞かれていない事を確認して、俺はすぐに換金所を出た。一般人はもちろん、ガラの悪い連中や悪党だって出入りする。あんな所はすぐに立ち去るに限る。何と言っても、俺はあそこに留まって絡まれなかった試しがーー、

「おいそこのオッサン、ちょっとツラ貸せや」

ーーないのである。
そんなに、俺は絡まれるような顔面をしているのだろうか。悪人ヅラだの何だのと子供達には言われてはいたが。そんなに酷いのか……。いやまさかそんな。それとも、面倒くさがりな俺の一回の引出額がいけないのだろうか。

「よぅテメェ、随分金回りが良いんじゃねぇの?有り金全部置いてきな」

次回以降は、もう少し庶民的な額にしよう。俺は、路地裏でカツアゲ犯を一網打尽にしながら、そう決心した。






* * *





「ギルバート殿、御協力感謝する!」
「そら良かった」

カツアゲ犯を街の自警団に引き渡すと、煙管を片手に再び街をブラブラする。換金所に立ち寄った時はまだ朝だった筈なのだが。自警団への引き渡しに時間を食ってしまった。もうそろそろ昼も近く、腹ごしらえをするのにちょうど良い時間になる。そう言えば、トウゴの特訓も今日の昼にと押し切られたような気がする。トウゴの周囲は兎も角として、懐かれた事は素直に嬉しいのだが。彼と接して寂しくなるのは、神殿に置いてきた子供達の事をを思い出すからか。皆、元気だろうか。レオナルドとアルフレッドは、言いつけ通りにちゃんと鍛練をしているだろうか。シャロンにはずっと迷惑をかけっぱなしだった。少しは楽な暮らしをしているだろうか。マルコスは……ちゃんと一人で寝られているだろうか。虐められてなどいないだろうか。考えれば考えるほど、思いは深く深く沈んでゆく。忘れなければ。

思いを振り払うように、俺は目下の空腹を収める事にする。適当に歩き回り、適当に目に入った食堂に目を付ける。そこは、確か街でも大きな食堂で、情報も集まり飯も上々だった気がする。俺は何ともなしに、その食堂へと足を踏み入れた。だがしかし、入った途端にそれを後悔する事になる。そこにはあろう事かトウゴとその仲間達が揃ってテーブルについていたのである。この街には食堂は他にもあるし、まさかバッティングするなんて思ってもいなかった。しまったな、そんな事を思いつつ俺は踵を返そうとした。

「ギルバート!」

しかし、気付いたのは向こうの方が早かったらしい。名前を呼ばれて駈け寄られれば、無視なんてできるはずも無い。

「トウゴ」
「偶然だね、一緒に食べようよ。俺たちも、さっき注文したばっかりなんだ」
「……そうかい。ま、……いいか。分かった、遠慮なく」

目を輝かせたトウゴに引っ張られ、先程見えた席まで案内される。若干2名にひどく嫌がられている事に内心苦笑しながら、俺は空いていた椅子にかけて注文を済ませる。

「ねぇギルバート、朝からどこ行ってたの?」
「ん?ああ、あの後な……換金所だ。俺の全財産を引き出しに行ってたーーってのは冗談。こう見えて金にゃ困ってねぇから、トウゴ気にすんな」
「う、うん……」
「そう目に見えてしょんぼりすんなよ。ラッキー、位に軽く考えとけ」
「うん……。でも、昨日のあれだって、俺が誘わなければーー」
「待てオイ、そりゃちげぇぜトウゴ。お前らはああいうのに年中狙われる旅をしてる訳よ。あんなのはお前のせいとか、そういう次元の話じゃねぇ。あれが普通なんだって事、知っとかねぇとな。どこかに何者かが潜んで、その首を狙ってる。結界のある街ですら気は抜けねぇ。悪魔信者だって人間の中にはいるんだからよ、それを覚悟しねぇとーー」
「失礼しまーす、ーーーーのお客さんは?」

話す内、どんどん表情の強張っていくトウゴを観察しながら、俺は暴露した。ウェイターがそれを遮った事に少しだけ感謝する。今はこれ以上、トウゴには酷い現実を受け止める覚悟はないだろうと思う。だがこれから少しずつ、彼はそれを分かっていけばいい。トウゴは素直だ。そして賢い。後に、トウゴは本当に覚悟を決める事になるだろう。

「暗い話はここまでだ。ほら、テメェらたらふく食っとけ」

この後の運命に備えてーー。そんな事を考えながら、俺は彼らの前にやってきた食事を食べるよう、彼らに促したのだった。





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