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06




「最期のチャンスだ。ーーテメェはベリトの差し金か?」
『ひぐぅッ!』

ヤツの右肩に突き刺した剣をグリグリと捻りながら言い放つ。最早此奴にできる事はない。炎に焼かれ体中を切り刻まれ、首を踏み付けられ身体の自由すらない。もし、この状態で魔力を練ろうものならば、俺は退魔の剣で心臓をひと突きにするまで。造作もない。悪魔は死に、その身は灰と化すのだ。俺の問いに応えても応えなくても、結果は同じではあるが。これは、単なる確認作業だ。

『っお前如きに、教えてたまるか!』
「テメェは、その俺如きに消されんだよ。応えねぇなら今すぐ死ねーー《スルトル》」

悪魔の足掻きは不快だ。剣に炎を纏わせ、悪魔を一瞬の内に焼き払う。崩れ行く灰は瞬く間に風に流されていった。そして、悪魔が消えるのと同時に街の風景が揺らぎ、瞬く間に消え去った。そして現れたのは、俺達が修行をしていたあの空き家だった。なるほど、俺達は空き家にいた時から悪魔の術中に嵌っていた訳であった。

あの日からずっと、邪気の流れに鈍感になった己に腹が立つ。この程度の幻覚、掛けられる前に気付くべきであった。割れた窓の外は既に夜の帳が落ち、暗闇が街を覆っている。そうだ。現役の頃と違い、俺が弱くなったのはこういう所。右眼の邪気が邪魔をするのか、時々こうやって悪魔の気配が読めない事がある。巧妙に気配や力を隠す相手なら尚更で、それこそ高位の悪魔には到底ーー、S級の悪魔相手に、今の俺は一体どこまで通用するか。

「ギルバート……?」

不意に声をかけられ、思考が中断する。ハッとして、左に担いだままのトウゴを下ろせば、彼は不安げに俺を見上げた。悪魔は倒した。彼を安心させなければならない。

「もう大丈夫だ。あんなの相手にならん」
「う、うん……ギルバートは大丈夫?」
「あ?俺か?お前も見てたろ、何もない。怪我なんてーー」
「辛そう」
「……あ?」

安心させる為に言ったはずなのに、問われてどきりとする。そんなはず、ない。今までだって、誰にも気づかれなかったのに。そう、真っ白になった頭で考えていた時、不意にトウゴの手が俺の顔に伸びてきた。

「右目?」
「っ、触るな!」
「っごめ、」

咄嗟に振り払い後ずさる。その瞬間、俺は何故だか無性に恐ろしくなってしまったのだ。トウゴの困惑した表情が見える。ダメだ、こんな調子ではいけないのに。落ち着けと、俺は自身に言い聞かせる。彼に背を向けて一呼吸置く。きっと、自分は久しぶりの戦いに興奮してしまったのだ。胸に手を置き気分を誤魔化すように、酷い扱いをしてしまったトウゴに声をかける。

「……すまねぇ。少し、気分が昂ったらしい。俺もガキじゃあるめぇし、みっともねぇな。……トウゴ、お前もう歩けるか?」
「うん、歩けるよ。大丈夫……俺こそ、いきなりごめんなさい」
「や、悪いのは俺だ。行くぞ、早く宿に帰らねぇと」
「うん」

先導するため歩き出せば、トウゴは黙って付いて来た。きっと色々と聞きたいだろうに、彼は何も聞かない。賢い人間だ。俺は彼の気遣いに甘え、すっかり日の暮れた夜道を魔法で照らしながら宿へと向かった。





「トバイアス、待って!違うんだ、俺がギルバートに……」
「おい貴様!こんな時間までトウゴに何をッーー!クソッ、待てこらジジイッ!」
「オイッ!僕等が何故こんなにーー、ーーーー!」

彼等の問いかけを無視しながら、俺は充てがわれた部屋へと強行突破する。突っ掛かられたところを軽くいなし、あるいは投げ飛ばしながら進めば、背後から怒号が聞こえてくる。それに応える余裕すらなくて、俺は足早に部屋に入ると直ぐさま扉を閉めきった。

一人になれた事にホッとして、扉の前でズルズルとしゃがみ込む。まさか、あんな子供の言葉に動揺するなんて。邪気は兎も角として、この動揺に自分が驚いている。何故だろう。彼が、伝説だからだろうか?自分の次代にあたるから?あるいはーー彼のような穢れなき人間に、今の自分を否定されるのが怖いのか……?どれをとったとしても、大の大人が恥ずかしい。胸を張れる生き方をして来たとは思えないが、他人に恐れを抱くなんて。

こんな事を考えても仕方ない。あの時の動揺はとっとと忘れてしまおう。それがいい。そして、明日には何時もの調子の呑気なオッサンになりきればいい。俺は思考を打ち切り、早々に眠りについた。夕飯を食べる事すら忘れて……。

「くっそヤベェ……腹ァ減った…….」

真夜中過ぎ、そんな下らない苦しみに耐えながら俺は一晩を過ごしたのだった。





* * *





「おいテメェ、昨日はよくもやってくれたな……表へ出ろ!決着つけるぞ」
「僕にあんな態度をとってタダで済むと思う?」
「なぁオッサン……アンタ一体何者だ?ジョシュアはともかく、トバイアスをあんな簡単にいなす奴なんて見た事ねぇぞ」
「ちょっと皆……朝早いし、もう少し時間を置こうよ」

起きて早々。待ちに待った朝食を目の前にして、俺は完璧に絡まれている。こんがりと焼けたパンにはバター。ベーコンとポーチドエッグ、それにスープがつく。昨日の夕飯を忘れて腹ペコを突き抜けている俺がメシを目の前にお預けとか、マジ、ない。何のために俺が早く起きたと思ってるんだ。

「メシ、昨日の夜食ってねぇんだよ……朝メシ食ってから聞いてーー」
「今すぐだ!俺様の沽券に関わる」
「…………」
「ほ、ほらトバイアス、ご飯中だしね?ね?」
「今すぐだ!貴様を暴いてやる」

ちくしょう、そんな悪態をつきながら嫌々立ち上がるーーせめて、パンだけでも。左手に焼けたパンを片手に、半袖半ズボンの寝巻きで、おまけに寝癖つきの状態で俺は表に引っ張り出されたのだった。完璧、ガキの世話じゃねぇか。俺は内心でそう思った。パンうめぇ。

「昨日はよくもやってくれたな……お前、何者だ!」
「旅のオッサン」
「……ふざけてんのか?ああ?」

手にしたパンをモソモソと食らい、トバイアスと外で向き合っている俺。忙しなく道を歩く人々には大層不審がられた。完璧に旅の装備をしているトバイアスはいいとしよう。しかし、俺は寝巻きの上に眼帯をして、しかもパンを貪っている。妙な絵面である。俺の応えに不服なトバイアスには悪いが、真実だ。強いヤツなんていくらでもいる。見た目で人を判断しちゃいけないのだ。

「金持ちの……城都の、人間にゃ分からんだろうが、俺程度、その辺にゴロゴロしてんだよ。そう、怪しむなよ。怪しいのは認めるがね」

モソモソとパンを食べながら言えば、トバイアスの顔がみるみる引きつっていく。だが本当に、俺レベルなんかゴロゴロしてるのだ。20年前ならまだしも、今の俺は到底強いとは言えない。本当に強い人間なんて一握りで、軍属でない人間の方が強い事もままあ。世界を見るという意味では、この旅はコイツ等にとって大切な糧となる。

「…………俺と勝負しろ」
「なぜ」
「どっちが強いか、確かめたい」
「…………それ、意味があんのか?」
「何だと」
「戦場じゃあ生きてりゃ勝ち。お遊びの決闘なんざで強さは見れねぇよ。ヤるなら殺す位でねぇと」
「…………」
「トバイアス。強さに固執するのはいいがね、戦闘じゃイチかバチかだ。本当に守りたいものを守りながら戦う、それがテメェに出来るか?」
「…………」
「分かったなら話は終わり終わり。無駄な戦いで体力消耗したくねぇだろ、老体は労われ青年よ」

パンを平らげ少しはマシになった腹に満足して、俺を睨みつけるトバイアスに、片手をひらひら解散を促す。それっきり何も言ってこない所をみると、俺の言葉に思う所があるようだ。引き止める言葉が無いのをいい事に、俺は宿の中へ戻ろうとした。

だが、 突然、エリアルが俺の前に立ち塞がった。
突然の事に驚きつつ、嫌な予感に一歩後ろへと下がる。それを彼は見越したのか。エリアルは不意打ちした。右手で、俺の右目を狙い撃ち。

「うぎゃ!?」

物理的に、ではない。魔法でだ。右目に篭った邪気を、彼は持ち前の魔力で強力に払ってみせたのだ。右目に受けた衝撃は、クリストフのそれの比ではない。この時初めて、クリストフがいかにゆっくりと労って邪気払いを行っていたかがよく分かった。ちくしょう、こんな時にヤツの優しさが見えてしまうなんて。悔しいじゃないか。

痛い訳ではないがしかし、頭がクラクラした。思わずしゃがみ込み、頭を抱える。悔しいやら驚きやら、俺はパンクしそうだった。

「っくそ、てめ、このヤロッ!やんなら一言言え!なんでテメェ、いっつも突然なんだよ!」
「くさかったから」
「…………クッソ、エルフなんて嫌いだーー!」
「エリアル……ギルバートに何した……」
「くさかったから」
「「「「…………」」」」

言葉足らず。邪気を払ったと言われるよりはいいのだが、その言い方は多分に皆を勘違いさせる。他の面々からは可哀想なものを見るような視線を送られて、俺は虚しくなった。

そうしてしばらく、皆の見ている目の前で悪態を吐き吐き宿の中へと戻る。食堂に戻り、すっかり冷めてしまったベーコンと卵、スープにすら悲しくなりながら、俺は一人で腹を満足させたのだった。





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