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05




夢は一層ヒドくなった。

【むかえにゆくよ】

そう耳元で囁かれて飛び起きたのは、つい昨日の事だーーーー















この街に来てからというもの、俺は煙管を片手に、街中を飲み歩いてた。まるで呑んだくれのようだと言われそうだが、ちゃんと目的もある。酒場を侮るべからず。一杯奢っただけであら不思議、お硬い人間の口すら軽くして、オイシイ情報を破格で得ることが出来る。これほどウマい手も他にあるまい。元々ぐうたらなオヤジをしていた俺には持ってこいの方法で、それこそ驚くほど簡単に新鮮な情報が釣れた。収穫は大きい。旅の同行者連中からはダメ親父のようだと良い顔をされなかったが、効率は良いのだ。大きなお世話だ。

あと2日もすれば、トバイアスの呼び寄せたというラクダ部隊がやってくる。この地が惜しくもあるがしかし、俺には時間が無い。じわじわと酷くなってゆく右腕の感覚に焦りすら覚える。なるようにしかならないのは分かっているのだが。俺は敢えて考えないようにしながら、フラフラと飲み歩く。その日の昼もまた、煙管を片手にホクホクとした気分で街を歩いていた。

「ギルバート」

突然名前を呼ばれて振り向けば、このところ馴染みになった次代の勇者、トウゴがそこにいた。呼び止められた事に少しばかり驚く。口から煙をフイと吐き出せば、トウゴはケホンと咳払いをした。

「どうした、またトバイアスがどっか行っちまったのか?」
「いや、別にね、そう言う訳じゃないんだけど……ちょっとだけ聞いて欲しいんだ」

自分よりも頭ひとつ分ほど小さな彼に、しばしば庇護欲を駆り立てられる事がある。恐らく息子のアルフレッドが今、彼と同じ位だからだろうか。歳はトウゴの方が上だと聞くが、2、3歳の差など俺にしてみれば誤差の範囲内である。

だが、それにしても、トウゴはやけに幼く見える。アルフレッドよりも線が細いせいか、あるいは女程に整い過ぎた完璧すぎる容貌のせいか。旅の同行者達を見ても判るが、彼の美貌は危険だ。女ばかりか、屈強な男共ですら骨抜きにしてしまう。何かが起こらなければ良いが。俺は内心で危惧しつつ話の先を促す。不安の入り混じる彼の眼差しに、手が伸びそうになったのはここだけの話。意識して抑えなければ、彼の頭を撫でていたかもしれない……。

「その……ギルバートも、戦う時には剣を使うんだよね?」
「おうよ。……あ?まさか、俺に剣を習いたいなんて言うんじゃねぇだろうな」

言葉を濁すトウゴにまさかと声を漏らす。先日、トバイアスにも同じような事を言っていたような気がしていたが……あれは聞き間違いだったのだろうか。トウゴを溺愛している彼ならば受けそうな話だが。なぜ俺に。

「え、うん、何でわかったの……。そうなんだよ、お願い、俺に戦い方を教えてください!」
「っ、止めてくれ、俺ァそんなんガラじゃねえ!そもそも、剣の扱いじゃトバイアスやアーチボルトのが上だろうが」
「そりゃあ、他のみんなにも頼んだよ?でもみんな、俺にはまだ早い、俺が守るから問題無いって、真剣に取り合ってくれないんだ」
「あの、クソガキ共がーー」

そう説明するトウゴに、俺は思わず大きく溜め息を吐いた。若さは武器であり、そして不安定でもある。彼らは確かに各所のトップには違いない。しかし、不安定が故に特定の物事に対して思慮が浅いーー否、特定の事象に対して盲目になってしまうとでも言えば良いのか。成る程、このくたびれたオッサンは、気付かぬ内にエリート達のお守りすら任されていたのである。……無性にクリストフをブッ飛ばしたくなった。

「クソガキがなに寝惚けた事を……いい、分かった、少しなら見てやるよ」
「えっ、ほんと!?」

大きく溜め息を吐き出し言えば、トウゴからは歓喜の声が上がる。これもまた、任された仕事だと思えば軽いもの。それに、奴らの失策で伝説を見す見す死なせるワケにもいかない。何が何でも、生き永らえさせるのだ。俺の、為にも。

「ただし!俺のは我流だ。ステップだの構えだの、細けぇ事は分からねえ。ーーそれでもいいってんなら……」
「っうん、全然!俺、実戦で活かせるコツとか、なんかこう、アドバイス?注意が欲しい。伝説の勇者だなんて……そんな、大層なもんじゃないし、せめてみんなの役には立ちたい」
「そうかい。なら、場所を変えるぞ。街の外れに空き家があったはずだーー来い」

クィと顎をしゃくり、促すように言えばトウゴは元気よく付いてきた。……動作一つとっても若い。

「っはい、師匠!」
「……っやめろそれ、鳥肌が立つ」
「えへへ、いっぺん言ってみたかったんだ。師弟関係とかファンタジーって感じ!」
「あ?ふぁんーーーー何だって?」
「いや、こっちの話!気にしないで師匠!」
「だからそれやめろって!喉の奥が痒くなるじゃねぇか……」

何ともない話をしつつ、煙管を片手に街の外れまで歩く。秘密の特訓は、目につかない場所でがセオリー。俺も、昔は隠れてよくやった。向かおうとしている空き家も、以前この街を訪れた時によく来た。あの時は確か、強いと自負していた自分があの騎士に敗け、誰よりも強くなると宣言したのだった気がする。実力もそれなりで自信満々だったからこそ、敗北は俺のプライドを酷く傷付けたのだ。城都の、苦労を知らなさそうなボンボン連中に負けじと、俺は死に物狂いで鍛錬を積んだ。後日それが俺の単なる思い込みであって、皆それぞれ苦労や挫折を味わいながら旅に出ていたのだという事実を知るのはまた別の話にはなるが。

「違う、そこはもっと足を踏み込め!俺が敵なら今頃テメェの首を掻っ切ってる」
「ッく、はい!師匠!」
「そうだ、この距離感を覚えとけ。化け物相手にゃ通用しねぇが、基本は相手との距離感だ。隙をつき相手の懐に踏み入る。ただし、ギリギリ届く範囲を狙えよ、カウンターもあり得るんだ、神経を研ぎ澄ませ。相手の筋肉の微妙な動き一つで次の攻撃を予測しろ」
「はい!」
「いい返事するじゃねぇか……今の運びをもう一度、構えろ!」





真面目なトウゴの食らい付きに感化されてか、俺もまた、本腰を入れた練習となった。教えるなんてほとんど初めての経験だが、数多の危険な戦いと、その後の長い歳月のお陰だろうか、感覚を言葉にする事にそれ程苦労はしなかった。己の編み出したコツをトウゴに叩き込みながら、何度も何度も繰り返し互いの剣を合わせる。そうやって、トウゴが一通り形にしてみせた頃には、太陽は既に傾き始めていた。





「ーーーー今日はここまでだ。トウゴ、お前疲れただろ。俺も熱中しすぎたか」
「あ、あい……ヤバイ、この疲労感……もう動けないっ」
「上達も早ぇ……ま、あと2日ありゃ基本は出来そうだな」
「っほんと!?」
「おうよ。明日以降はやんなら昼間からだな……ほれ、日が暮れる前に宿に戻るぞ。闇の連中が活発になる前に」
「は、はい……でも、も、ちょっとだけ休まして」

くたり、地面に這い蹲って息を整えるトウゴは、酷く疲れている様子。トウゴの覚えが早いからと言って、最初から飛ばし過ぎたようだ。少し後悔しつつ、自分も額の汗を拭った。夕方を過ぎて長居はしたくない。俺は剣を仕舞いながら、トウゴの前にしゃがみ込んだ。

「……短時間でやり過ぎたな。ほれ、俺が担いでく、体起こしな」
「え!?そんな、でも……」
「いい、ほれ、オッサンのせいでもあんだからよ。日が落ちたらヤベエから」
「う、うん。……色々ありがとう、ギルバート」
「あいよ」

肩に担ぎ上げながら館を出ると、既に街はひっそりと静まり返っていた。まずいな、そんな焦りを覚えながら早足に宿へと急いだ。……誘拐犯だと言われたらどうしよう。そんな事を考えていると、宿に戻る事が少しだけ憂鬱になった。

だが間も無く、
その憂鬱は全く別の懸念に変わってしまった。早足になりながら宿を目指すのだが、大した距離ではないはずなのに中々辿り着かない。おかしい。何か、されたのだろうか。静まり返った流れゆく景色に目を遣ると、妙に同じ建物が並んでいる。不思議な程静まり返った街には、微かに邪気のニオイが漂う。あの空き家に入った事が間違いだったか。思わず舌打ちが出る。
流石のトウゴも気付いただろうか。俺達は始終無言だった。

「トウゴ……これ、持っとけ」
「う、うん……」

言いつつ、腰に忍ばせた短剣を抜き、端からは見えないようにトウゴに渡す。応えるトウゴの声は堅い。

「背の剣はここぞという時まで抜くな。俺が片付ける」
「……無理しちゃダメだからね」
「心配すんな。この程度、一瞬で終わる」

俺には分かっているのだ。この程度の悪魔、
ーー相手にもならない。

トウゴを抱えながら、腰の剣に手をかける。じわじわと右目に集まりゆく邪気に舌打ちをする。ハンデだと思えば軽いだろうか。

『ふふふふっ、気付いてたね』

嗤うように囁くように、目の前に人型のモノが現れた。浅黒い肌に金の髪と眼、尖った耳は悪魔のしるし。肌に張り付くような黒い服は、身体を覆う役目など果たしてはいない。腹見せの寝巻きのようなスタイルはまるで防具すら必要ないとでも言いたいのか、事実、奴らの回復力は人間の比ではない。浅い傷などダメージの内には入らない。ヤるならばそれこそ、心臓をひと突きにするしかない。普通ならば。
だが、俺は普通ではない。

『おまえたちをーーーーサマの元へ』

聞き取れない音を含む悪魔の声を聞き流しながら、剣の柄から手を離す。B級の下、悪魔の力を勝手にランク付ける。誰かからの差し金ではあろうが、こいつに俺をどうこうする力などない。差し当たって、力を見るための当て馬とでも言えばよいのか。

『ションベンちびるなよ、オッサン』
「テメェはベリトの差し金か?」
『!ーーーーニンゲンに応える義理などない。跪け、僕に命乞いしろ!』

俺の質問を拒否するように、突然ギャアギャアと叫び始めた悪魔は、邪気を撒き散らしながら次々と魔物を呼び始めた。そんなに興奮して、その通りです、と言っているようなものじゃないか。この場は数で押し切ろうという訳だろうか。たかだか数体の魔物を操る程度の悪魔に俺が怯むとでも思っているのだろうか。弱い連中の考えそうな事だと、俺は右手の掌を悪魔目掛けて差し向けた。神経を研ぎ澄まし、魔力を凝縮して一点に集める。化け物どもはこぞって飛び上がり、俺を目掛けて大口を開ける。それを冷静に見遣り、魔物達が宙に浮いたままにストップをかける。続いて、炎で一面の化け物を焼き殺すイメージを思い浮かべた。

身動きがとれず呻く連中はいきりたち、我武者羅に吠えてみせる。逃げられるはずがないのに。可哀想に、こいつらはこの歴然とした力の差すら見破れないのだろう。変に中途半端な力を持つとそれこそ。牙を巧妙に隠す俺も俺だが、それを見破るのも実力のウチ。段々と恐怖の色を見せゆく悪魔を嘲笑いながら、俺は見せ付けるように炎を紡いでいく。

そして、何もかもを呑み込む炎の解放の瞬間。トウゴの息を呑む音が聞こえた。





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