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04



ーーーーそれは強過ぎても弱過ぎてもいけない。

加減は難しく、しかしやりとげねばならない。

俺はアイツの息の根をトめ、

アイツもまた、

俺にトドメをささなければならないのだからーーーー











旅のメンバーから離れて森に入り。そよそよとした穏やかな風を感じながら、己を律していた時の事。

「過去に縛られるのは良くない」

突如背後に聞こえた声に、俺は飛び上がった。バッと振り向けば、そこにはほとんど無表情でエリアルが其処に立っていたのだ。全く、気配というものを感じられなかった。この付近の森は何故だか動物の気配を感じない。それをいい事に、俺は豊かな自然の中で精神統一を行っていたのだ。しかし、人が近付く気配ならば分かるというのに。彼は一体どんな魔法を使ったのか。気配どころか、魔法の気すら感じられなかった。ますます薄気味悪い。

「お、おどかすなよテメェ!心臓止まるかと思ったじゃねぇかっ」

動揺しきっているのは自分でも分かっていたが、文句を言わずには居られなかった。度肝を抜かれたのだ。

「そもそも気配消して近付くんじゃねぇ!間違って俺が剣を抜いたらどうする気だったんだよっ」

そんな俺にエリアルは全く動じず、そしてハッキリと宣言する。

「驚かせてすまない。だが、おまえの先が気になった。……憎しみに身を焦がせば破滅を招くだろう。それはいけない。おまえはちゃんと人間だ。悪魔にはならないよ」
「ーーーーっ!」

そう言う彼の言葉に、俺は最早口を開く事など出来なかった。彼はいとも簡単に、言い当ててみせたのだから。

「われわれはおまえの行く末を案じている。まさか、こっちに転がるとは思わなんだ……ヤツは別の道を歩むだろうと思われていた。だが、われわれの意に反し、ヤツは“おまえ”を選んだ。ーーおまえの何かがそうさせた」
「…………」
「おまえもまた、伝説の勇者だ。諦めなければ運命は変えられる。変えられないなどと考えるな、デイヴィッド」
「…………」
「この旅はおまえの旅でもある。伝説の勇者は二人。おまえが呼び寄せられたのもまた運命。運命を変えるためにおまえは再び呼ばれた。この旅は過去の憎しみを晴らすものではない。今を変える旅だ」
「…………」
「案ぜよ勇者、われわれはーーーー否、この世界はおまえの味方。忘れるな」

勝手な事を言って、二の句が告げなかった俺に好きなだけ言葉を残していった彼は、勝手に満足して勝手に姿を消した。瞬間、そよりと風が吹き抜けていって、嗚呼そうか彼は風になったのか、と俺は理解した。

俺は隠すまでもなかったらしい。判る者には判っていたのだ。俺が俺で、別人のように生きて居る事。これは無駄な足掻きなのだろうかーーいやしかし、あれはエルフだ。むしろ知っていて当然なのかもしれない。彼を紹介されたあの瞬間に感じた不気味さは、知られている事への恐怖。

かのエルフに言われた言葉の意味を噛み締めながらしかし、俺はどうしても譲れないと思う。俺の目的は即ちヤツを殺し、この世から消える事。それは決めた事。違えはしない。仇をとるのだ。俺は自分に言い聞かせながら、中断された精神統一を再開する。

子供達さえ幸せであれば良い。
それだけが俺の願い。





* * *





いよいよ出立の日。

俺は何時ものあの調子で、彼らの先頭に立つ。クセの強いトバイアス、ジョシュア、エリアル、アーチボルト、そして伝説の勇者、トウゴ。終わらない旅の最初の目的地は、戦士の集う街ラシューだ。数多くの賞金稼ぎや、正義を語る傭兵達が情報を手にして集まる所だ。旅の初心者には尚更ちょうど良い。そして、何が原因で魔の者達が現れるのか、それを指揮する悪魔は何処に潜んでいるのか。まずは発生の根源を突き止めなければならない。

俺の後ろを歩く彼等と揃いであつらえられたフードローブは、機能性に優れていた。しっかりとした作りのフードを目深に被りながら、俺は先導して歩く。森を吹き抜ける風は、相変わらず清々しいものだった。

「ラシューって近いの?」
「1日もあれば行けるだろう。我が国の首都より二、三森を抜けた所にある。情報を手にするには一番相応しい場所だろう」
「へぇー、ジョシュアはほんと、何でも知ってるんだな」
「ハッ!その位は誰だって知ってるさ……トウゴ、俺にだってこの旅の為に色々用意してんだぜ?街の先は砂漠だからよ、馬じゃ到底越えられねぇ。だから馬は置いてきた。数日後にはその先のサウザガからラクダ部隊を調達してある。拠点は、そのサウザガが最も効率的だ。この国の中心にあるし、何より貿易の玄関口だ。港もある。人の多い所に情報も集まる……良い案だろ?」
「トバイアスも流石……!そんなトコまで考えてたんだ……。それに比べて、俺……大丈夫なのかな」
『!!』

歩きながら後ろ背に彼らのやり取りを聞く。彼等はなんて元気なんだろうか。……若い。ラシューまでは馬を置いていくと聞いた時にゃ発狂するかと思ったが、此方は雇われたという名目上、彼等の意思に従わなければならない。こんな初っ端から体力を削られるなんて思ってもいなかった。若者よ老体を労われや、そんな事を思っても当然口になんて出せず。早速やる気を削がれながら、俺は先頭をトボトボ歩いている。

森の中は、元来精気に溢れ、よほどの事がない限り魔物は襲って来ない。各森の主が森を護り続けているお陰だ。元々は魔物の巣窟であった森。それを少しずつ浄化し、この20年足らずで精気に満ち満ちた素晴らしい場所へと変えてくれた。彼らの力なしでは決して叶わなかっただろう。人間がその事情を知っている事は稀ではあるが、知っているならば敬意を払わなければならない。それが、知る者の礼儀ーーあるいは義務であろう。

背後の彼等が自分を気にも留めていないのをいい事に、俺は胸に手を当て彼等に敬意を表する。
しばし恩恵に預かります、主殿に感謝を。
言葉など要らない。気持ちだけで、護る者には届くのだ。

《ーーーー貴方様はかの……!よくぞこの地へとーー》

途端に響いてきた声ならぬ声に、俺は慌てて制止をかける。最早この俺は、歓迎されるような存在ではなくなってしまった。このままでは禍を呼びかねない。だから、歓迎されるなどあってはならないのだ。人の子に知られぬよう通してくれ。俺は主殿に懇願した。他の森の主達にも、是非、俺には目をかけないでほしいと。
それきり、主殿は黙り込んだ。俺の内心を察してか、それとも不憫にでも思ったのか。話しかける事は無くなった。

そんな調子で一つ目の森を抜け、暫くは草木の疎らな平野に出た。徐々に土が乾燥していくのが分かるような草の生え具合で、照り付ける太陽もまた容赦はなかった。朝の内に一つ目の森を抜ける事は出来たが、未だ傾いた太陽は既に肌をチリチリと焼くほどの威力を持っている。以降、旅はこの太陽の熱に悩まされる事になるだろう。森を抜けるペースを考えながら、俺は歩調を早めた。そんな俺の意図に気付いているのか、早めた歩調に遅れる事なく勇者一行は黙ってついてくる。

そうやって平野を渡っていた時の事。
怪しい気配が背後に蠢く事に気付いた。遠い所から様子をうかがうように、隠れるように。殺気を押し隠しながら、じわじわと距離を縮めてくる。目障りな。俺はそんな事を考えていた。
そうして平野を渡り切り、二つ目の森に差し掛かった所だった。突然、背後のトバイアスに呼び止められた。

「おいオッサン、止まれ。このまま森に入ったらヤバイんじゃねぇのか」

静かな声でそう言われ、森の入り口で振り返る。トバイアスの顔は険しく、そして他の面々は落ち着かない様子であった。やはり気付いていたのか、と感心する。そして、纏わりついてきた魔物の気配を盛大に探ってやった。途端、トバイアスは戸惑うように声を上げる。

「あ?何だ急に、魔物達が……」
「ヤツらは付いて来やしねぇさ。この森には絶対入れねぇ。ーー賭けてもいい」

トバイアスの言葉を遮るようにニヤリと、『酷く嫌な』と評される笑みを浮かべだ。彼らは怪訝に俺を見やる。その目は半信半疑。だが、連中は俺の言う通りにせざるを得ないのだ。それは真実だから。彼等の従うべき悪魔のような人間がここに居る。下手な魔物は襲ってきやしない。この俺が居る限り、弱い魔物も悪魔も、俺には敵わない事を知っている。だから絶対に、俺は襲われない。

こういう、雑魚に構ってられない時には非常に便利だとは思うが、デメリットもある。一部の阿呆な上級悪魔だとか、邪悪な伝説級の魔物だとか、タチの悪い連中にタカられ易いのだ。使い勝手が良いんだか悪いんだか。次代の勇者様のお役に立てるなら俺のこの命位、なんて思ったりもするのだが。咄嗟のそんな思惑に反応したのか、あのエルフのエリアルがヒドイ形相で睨んできたりして。俺は少しだけ恐ろしくなったりなかったり。それきり誰も口を開く事はなく。俺は再度歩き出したのだった。





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