Main | ナノ

03




キン、と手に馴染む剣を鞘に戻しながら、俺は丁寧に礼をする。すると、それを見計らったかのように、すかさず怒号が飛んでくる。

「ふっざけんなっ!」
「おっさんがそんな強ぇなんて、俺ら聞いてねぇぞ!」

必死な形相で食いついてくるのは、レオナルドとアルフレッドだ。今し方、俺と二人は賭試合を行った所だったのだ。二人対一で、剣を弾いた方が勝ち。負ければ相手の要求を何でも呑むというもの。一月後の出発に備え、剣術に磨きを掛けていた二人に俺は、最後の試練を与えたのだ。

最初から、負けてやる気など更々なかったけれども。魔力もロクに使えない二人を、この旅に同行させるなど言語道断であった。父親として、そして戦士として、俺は俺の判断で行動する。

「負けは負けだ。言ったじゃねぇか、俺はお前らを全力で阻止するってよ。こればっかりは、譲らねぇぞ。ーーレオナルド、アルフレッド両名の、旅への同行を禁ずる。これは騎士道に則った正式な試合……定めを破るなんぞ騎士の恥。この俺が許さねぇ」
「そんなの、ズルいじゃねぇか!」
「俺らだって、ちゃんと戦えーー」
「己の魔力すら満足に使えねぇお前らに何ができる」
「っ!それは、アンタが教えてくれなかったからーー」
「教えなかったんじゃねぇ、教えられなかったんだ。魔女との誓約に、魔法の使用を禁じるものがあった。……だが、機会はいくらでもあったろうが。村長は立派な魔法使いだった。俺はお前らに何度も言ったじゃねぇか、ちゃんと学んどけと」
「ッ」
「もっと厳しくしときゃよかったとも思ってんだが……まぁ、不幸中の幸いってな。ーーガキはすっこんでろ」

そんな風に言い放って、彼らを放り小高い丘を引き返す。緑の芝生を少し進めば、そこには円形の屋根の大きな建物が見えてくるのだ。白色の岩で統一され、水と太陽を型取り建立されたそこが、この国の主神殿だ。魔の物を寄せ付けず、精気に満ち溢れたそこは、何者をも拒絶しない。

「デイヴ」

神殿に足を踏み入れた所で、聞き覚えのある声に呼び止められた。少々強気な言い方なのは彼の癖だ。そして、呼ばれたその名に眉根を寄せる。

「その名で呼ぶな、っつってんだろクリストフ!」

振り向きざま言い放てば、かの神官長サマは器用に片眉を上げると、途端に語気を弱めて言う。

「あの名は気に入らないよ」
「……思い出すからか?」
「そうだ」

しおらしい態度に少しだけ驚く。
そう言われるのは当然分かっていた。それでも、俺にとっては決して忘れてはならない名。己を戒める為に、俺はその名を使う。

「…………で、要件は?」

そんな沈黙を破るように話を切り出してみる。こんならしくない会話、憎まれ口を叩く俺たちには似合わない。クリストフもまた、気を取り直すように口を開いた。

「顔合わせだよ。面子がそろったそうだ」
「そりゃまた、急な」
「そう。それに……今度は異世界からヒーローのお出ましだというのも伝えなくてはと」
「!……そりゃ難儀な」

旅を一月後に控えた顔合わせ、という所に一瞬疑問を持つものの、次に続いた言葉に思わずホンネが漏れる。異世界から度々人間が流れてくるという話を聞いていたが、実際に出会った事はない。しかも、それが“勇者の証”を持つとなれば話は変わってくる。
ーーまるで、悪魔の総大将を完全に屠ったという、かの伝説のよう。俺は期待と共に、一抹の不安を覚える。もし伝説と同じならば、己は再びヤツに見えーー否、むしろこの俺こそが、…………と、そこまで考えて俺は不安を振り払った。運命は誰にも変えられない。

「本当に。伝説だ何だのと騒ぎになっている。一体どんな運命が待っているのやら……僕は引退したからね、今後を見物させてもらうよ」
「俺を渦中に放って見物とは……好いご趣味なこって」
「それはどうも。さぁ、皆お待ちかねだよ、謎の案内人様」

一通りの話をしてから、俺の先に立つと、神殿に誘うように手を差し出した。じわりと、理由の分からない焦燥が俺を襲う。行ってはならない、そう言う悪魔の囁きに抗うように足を進める。まだ、大丈夫。自分に言い聞かせた。

「名はギルだ、間違えるなよ」
「……分かったよ、“ギルバート”君」
「おうよ、行こうぜ」

不服そうに今の名前を呼んだクリストフは、俺の隣に並ぶように歩き出した。
その調子でふと神殿の目の前に来た時の事。思い出したようにクリストフは立ち止まる。

「ーーああそうだ。紹介する前に、その右目をこれで覆ってもらおう。古術の咒だ、一定量、邪気を抑えられる。何か勘付かれるかもしれないから、用心のためだ」

突然のセリフに面食らう。この右目は、普通にしていれば見えない事も分からないはず。それをワザワザ隠すという事はつまり、俺の思っている以上に邪気の影響があるとでも言うのだろうか。使えもしないこの眼に。

「そこまでする必要があんのか?」
「現世のトップ達を甘く見てはいけない。君の若い頃を思い出してみるといい」

言われて、過去の自分を思い返してみる。……成る程、疑問には何でも突っ掛かるのが、かつての自分であった。幼き姫君にとんでもない発言をしたとか、かの国の国王に食って掛かったとか、S級の悪魔にたった一人で無謀な戦いを挑んだとか……歳を経てようやく解るものもあると聞くが、それが何となく理解出来るような気がして。思わず眉間に皺が寄った。過去は振り返らないーーむしろ振り返りたくない。

「……念には念をか」
「そうだ。ーー僕は、旅人の君と偶然出会った仲であると言う事にする。
ボロは出すなよ、どうせ、隠したいんだろう?」
「ったりめぇよ。過去のロートルは大人しくしてろってな。大して関わりゃしねぇさ。その方が、都合が良い」

右に黒い布を右目に巻かれながら、俺はこの先を思い遣る。ジワジワと食い潰されるような不安が広がる。しかし、俺はそれに抗い続ける。抗わなければならない。戦いはまだ、始まったばかりだ。

「ーーそれに、俺如きに殺られるタマじゃねぇだろ」
「生きて帰らないと、許さないからな」
「あいよ」

怒るように言うクリストフの言葉を噛み締めながら、俺は彼の後について行った。



* * *



「ギルバート」
「どうも」
「彼が、君達を案内する。目的地を告げれば道を教えてくれるだろう。……こんな、ナリだが、彼以上に詳しい人間も居るまい……。君、彼等の助けになるってやってくれ。ーー条件通りに報奨は用意する」

ギラギラとした眼差しと強い覇気を5人分感じながら、俺は彼らの面前に立つ。クリストフの紹介に、敢えてやる気の無い態度をとりつつ言葉を漏らす。不審気な視線は、少しだけ俺の気分を軽くした。

「まぁ、あれだけくれんなら文句もねぇ、案内なんざお安い御用た。自分の身も自分で守るし、こっちはこっちで好きにやらせてもらうぜ」

不躾な態度で、如何にも粗野な男を演じる。散々ぐうたらな暮らしをしていたから、難しい事ではなかった。少しばかり、この演技が楽しいと思える位にはこの状況に満足していたのだ。
しかしやはりと言うか、俺に向かって声がかけられた。声のした方を見遣れば、如何にもな戦士達の姿が目に入った。

「……このオッサン、本当に大丈夫なんだろうな?信用できんのか?」

勇者一行の一人、特に高圧的な態度で俺を睨み付けていた男が言う。恐らく、彼がこの国一と呼ばれる剣士だろう。噂は耳にした。腰程まである赤髪を後ろに結い、髪と同じ色の眼は隙なく俺を見張っている。決して低くはない俺の背丈を優に超える長身で、誰よりも偉そうに踏ん反り返っている。聞けば、まだ成人したてだと言う彼。名をトバイアスと言う。若くしてトップに立ち、しかし未成熟な彼は未だ伸び代を残している。いやに態度がデカイのはその所為だろうか。

「見るからに……」

そのトバイアスの隣でそう言い放ったのは、やけに貧相な男だった。長いのか短いのか、中途半端な長さの黒髪はざっくばらんで、前髪が斜めって随分と奇妙な髪型をしている。眼は灰色だろうか。容姿の端麗さと相まって、髪と違う透き通るような色に一瞬目を奪われる。
そして、最も奇妙なのは、その男が背負う剣に非常に見覚えがある所だったーー。こんな……こんなちんくしゃがまさか、異世界から来なさった伝説の勇者だなんて。この俺と同じ紋章を手の甲に記されているだなんて。俺はヒクリと歪みそうな口を必死で抑えた。確か名前はなんだったかーー聞き覚えのない音だった事は確かだ。
そんな奇妙なちんくしゃ男に怪訝な顔をされて、少しだけ苛立ったのは此処だけの話。名前は後でクリストフにでも聞こうかと思う。……随分と弱そうな勇者様だった。

「案内中に死なれでもしたらどうする」

そんな声が聞こえたかと思えば、これまた偉そうな態度の男が、俺を侮蔑するような目で見てくる。銀白とでも言えば良いのか、肩で切り揃えられた綺麗な色の髪、そして身に纏う一級品の装備の数々。正に良い御家出といった風体の魔法使いだ。そして、この中で最も嫌な印象を受ける。俺を、まるで奴隷か何かを見るような目で見つめてくる。成る程、俺が一番近付いてはいけないのはこの男ーージョシュアだろう。俺は直感した。

「へんな匂いがする……」

突如、そんな奇妙な言葉を漏らした男は、はっきり言って人ではなかった。耳は人よりも長くてとんがっているし、キラキラと輝く金の髪は腰程まである。しかし、内在する魔力はあり得ないほどに莫大であった。そう、人には存在し得ないほどに大きい。彼ーーエリアルはエルフと呼ばれる者だろう。以前、一度だけ見えた事があったが、その時と変わらず不気味な印象を受ける。

成る程、俺の時は同行を断った癖に、この旅に出しゃ張ってくるという事はつまり。本当にこれは伝説なのだろう。気になって見つめれども、始終閉じられた眦からその瞳は覗けず。俺は少しばかり身震いした。

「へんな匂いってなんだよ……俺は匂わねえぞ?唯の人間のオッサンにしか見えねぇ」

そう言い放った最後の一人ーーアーチボルトもまた、人ではなかった。二足歩行の獣はネコ科のそれ。丸みを帯びた耳に黄色混じりの茶色い体毛で全身がふさふさとしている。そんなナリでも、他の戦士達と同様に黒い装束で身を包んでいる。……黒い布地に大量の毛がまとわり付いている所が気になるが。そんな事を気にするのは俺くらいだろうか。



そんな風に、彼等から一通りの洗礼を受けて。俺は見せつけるようにため息を吐き吐き言った。

「言うほど怪しくねぇさ、旅する賞金稼ぎみてぇなもんだ。そんな人間珍しくもねぇだろ?頼まれたのは偶々目に留まったから、俺にとっちゃ暇潰しさ。こんなオイシイ話、他にゃねぇのよ。俺もそろそろ歳だ、ラクして暮してぇの、坊っちゃん方にも分かるでしょ?」
「…………」

そう言えば納得したのか、各々黙り込む。平和ボケしつつあるこの御時世、少なくなりつつある悪者や魔獣を狩る賞金稼ぎも楽ではない。それを知らない人間は居ない。

「まぁとにかく、一月後の出立を控え各自交流を深めて欲しい」
「俺ァ嫌だね」
「ギルバート?」
「団体行動は嫌いなんだよ、顔合わせは済んだろ、じゃあな」
「おい、君!」

先刻に言った通り、関わり合う気はなかった。旅に感情を込めれば辛いのは己ばかり。俺があの旅から得たものは、こんなどうしようもない結論だったのだ。軽くあしらうようにして、クリストフの叫びを背に聞きながら歩き出す。中々、頼り甲斐のありそうな連中に少しだけ安心する。この俺が居なくとも、陛下をお護りするナイトはちゃんと育っていた。未熟さは、時に驚くべき成長を見せる。夢の中で死んだとしても、何も恐れる事はなかった。それを確認できて、俺にはもう心残りはなかった。

ーー否、ひとつだけ。
この旅でしか晴らす事のできぬ心残りが。俺はあの時を思い出しながら、アイツと刺し違えるイメージを思い浮かべる。元々、この旅で生きて戻るつもりなどなかった。

俺なんか、彼奴らの夢の中で死んでしまえばいいんだ。口の中で呟きつつ、神殿とは反対側にある森へ歩いて行った。





list
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -