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08




「同室は?」
「土日は帰って来ねえよ」

ガチャリ、オートロックの音を聞き届けた僕は、目の前のレイジにそう問いかけた。思ったよりも片付いた部屋は、僕のそれよりも広い。同じような造りではあっても、僕の部屋とは全く違う雰囲気に少しだけ恐縮してしまう。

「こっち」

言われて付いて行けば、僕の寝室と同じ程の部屋に、同じような机と同じようなベッドが置かれていた。僕はその部屋の扉をバタンと閉めると、いつかのように、ゴロンとその場に寝転がる。部屋はレイジの匂いがした。

「おい」
「ん?」
「床には寝るなよ、ベッド使え」
「……僕は気にしない」

呼ばれて声を返せば、いつものように深いため息をつかれた。

「で?アンタ、何したんだよ」

こういう時でもレイジはレイジ。一切僕に気を使う事なく、彼はいつもの調子で聞いてくる。僕は、彼が見えないのを良い事に、こっそりと笑みを浮かべたのだった。

「見られちゃった。さくらがわくんに」
「……タバコを?」
「うん。それも含めて、多分全部。煙草片手に友達殴り付けて笑って振り向いたら、そこに居たの」
「ブフッ……アンタらしいわ」
「ひどぉーい……まぁそれだけなら何とも思わないんだけど。さくらがわくんはさ、悪い事とかやっちゃいけないこととか全部、嫌いなんだろうねぇ……。言われちゃったよ、シノを騙してるって、煙草も喧嘩も、全部打ち明けて謝るべきだってさ」
「…………」
「ふふっ、そんなの今更、謝ってどうすんのってさ。そもそも僕、心から悪いなんて思ってないし。ーーシノに、言ってないのはずっと、気になってたけど……。今更、嫌われる位なら僕は騙し続けるよ」

自虐気味に笑いながら、僕はボソボソと告げる。相変わらずなレイジの反応に、僕の心は不思議と穏やかさを保っている。同情も軽蔑もされない事に、僕は安堵していた。

「あーあ、学校行きたくない。サボりたい」
「……学年首席がそんなんでいいのかよ」

クスクスと笑いながら、僕は冗談目かして言った。レイジの反応はやはり相変わらずで、僕は調子に乗って口を滑らす。レイジから他人に漏れる事はないんだろうな、そんな打算でもって、僕の隠し通してきた本音はそれこそダダ漏れだった。

「あーあ、もうやだなぁ、めんどくさい。誰でもいいから、付き合ってくんないかな。全部忘れたいし何も考えたくない」
「……お前にアタックしまくってるあの馬鹿の事か?」
「ええー……まぁ、ありがたい事ではあるんだろうけど、もうちょっと話の分かる人がいい。突飛な事するんだもん、馬鹿の相手は疲れる」

そんな事を言いながらふぅっと息を吐いて、僕はうつ伏せになって手足を投げ出す。ジッと茶色い絨毯張りの床を見つめながら、ぼんやりとシノの事を考える。シノは結構ニブチンなのかなーとか、二人きりの時、あの二人はどんな話するんだろうなー、とか。僕はしかし穏やかな気持ちで、そんな事を考えていたのだった。涙は既に、枯れているらしかった。

そんな時ふと、僕の視界にレイジの足が映った。何だろうか、そう思っている内に、レイジは僕のすぐそばにしゃがんで顔を覗き込んでくる。

「慰めてやろうか?」
「…………うん?」

唐突な言葉の意味がよく分からなくて、僕はゆったりと聞き返す。僕の頭は今、シノとさくらがわの事でいっぱいいっぱいだった。

「忘れたいんだろ?」
「……うん」

ジッと、穴が空く程見詰められて、僕は思わず目を逸らす。ただ単純に、顔を見られるのがいたたまれなかっただけなのだけれども。僕のその行動は、どうやら失敗だったらしい。

突然ぐいっと肩を掴まれ身体をひっくり返されたかと思えば、驚く僕にレイジはあろうことか、噛み付いてきたのだ。

「んむ!」

噛み付いてきた、そんな表現がピッタリな程、レイジは強引に口付けてきた。本当に喰われるのではないか、なんて馬鹿なことを考えてしまう位に食い付いてきて、舌も口も、吸われた。突然の事に狼狽える僕は、抵抗も忘れて兎に角、酸素を取り込むのに必死になった。気持ちいいのと苦しいのと半分ずつ、悔しいかな、僕は翻弄されてしまった。

そうして、ようやくそれが終わった頃には、僕はすっかり息が上がってしまって、何も考えられないままただただ、獣と化した目の前の男を見つめたのだ。

「アンタの泣き顔って、すげぇそそる。普段済まして余裕ぶっこいてるから余計に。いつか泣かしてやるって、思ってた」
「な、に、いってんの」
「アンタさ、真面目過ぎんだよ。男なんて皆最低なんだから、ヤリたいようにヤりゃいいのに。こんなになるまで引きずって、ずっと一人を見てたんだろ」
「…………」
「ほんと、馬鹿みたいに一途だよアンタ」

その、馬鹿にしたような言葉が鼻につくのだけれども。舌舐めずりをする相手にのしかかられて、下手な事をしようとは思えなかった。僕がそれでもジト目で非難すると、レイジはニヤリと笑って言ったのだった。

「おかげで、盗ってやりたくなった」

笑いながら、彼は親指で僕の口を弄る。口端をこじ開けて中に侵入しようとするそれを、僕はどうにか阻止しようと顔を背けて。誰から何をだよ、そんな事を思いながら、彼を睨みあげる。すると、続け様、彼は言い放ったのだ。

「会長からアンタを、今ここで盗ってやろうか」

益々意味が分からなくなった僕は、相変わらず追いかけてくる彼の親指をどうにかかわしながら身体を必死に捻る。隙を見て逃げなければ、と僕はこの状況に焦りを覚えていた。

「ふざけないでよ、離して」
「無理に決まってんだろ。据え膳食わぬは男の恥、昔から言うじゃねぇか」
「っうひ!」

突如あらぬ所を刺激されて、僕は恥ずかしいやら苛つくやら、混乱の余りに上手い言葉が何も出てこなかった。じわじわと身体の自由が効かなくなっていって、苛立ちが焦燥に変わる。もしかしなくてもこの状況って、危険なんではなかろうか。僕は今更になって考えた。

「やっぱ、アンタそっちの経験ないんだろ」
「さ、サイアク!変態!」

指摘された事に僕はカッと赤くなって、馬鹿みたいな言葉を投げつける。服の上から緩急つけて擦られるそこはもう、あっという間に張り詰めていった。きっと下着の中はぐちゃぐちゃだ。まじ最悪、アリエナイ。

「男に言われても痛くも痒くもねぇな」
「あっ、う、もうーー!」
「あんな鈍感野郎なんか忘れて、俺にしとけよ」

頑張って顔を背けながらどうにかレイジを突っぱねるけれども、上に乗られて体重までかけられたらどうしようもない。耳を食まれながら、無駄に良い声でそんな事を言われて、僕は思わず背筋が震えた。

「っな、なにそれ、僕が好きって、言ってるように聞こえんだけど」

ヤリチンめ、そんな罵倒を頭に浮かべながら殆どヤケになってそう言ってやる。身体だけ、なんて言ってきたらそれこそ皆の前でヤリチンって呼んでやる、そんな思考でもって、僕はいかにレイジを罵倒するかを考えていたのだが。

「……だからそう、言ってんだよ」

思いがけず。それを肯定する答えが帰ってきて、僕はそれこそどうして良いか分からなくなってしまった。その瞬間だけは、レイジの責め苦から僕は解放されていたのだけれどもしかし、それ以上に、僕を真剣な眼差しで見下ろしてくる彼の目から、目を逸らすことができなかった。沈黙が落ちる。

「それにアンタ、さっき会長じゃなくて、俺を選んだんじゃねぇか。俺の部屋に連れてけなんて、誘ってるとしか思えねぇだろ」
「っんな!っなーー!」
「俺を連れ出したんなら、俺に気が無いわけじゃねぇんだろ?んなら、一途なアンタの失恋を俺が忘れさせてやるよ。俺は全部知ってんだ、会長の時みたいに隠す必要なんかねぇだろ。ーー俺にしちまえよ」
「っーー」

その言葉に、僕は思いがけずトキメキを感じてしまう。とても、魅惑的な提案のように思えたのだ。

何だかんだレイジの隣に居るのは心地好かった。話だってちゃんと聞いてくれるし、変に気を使う事も、先輩だからってへりくだる事もない。妙に男気があって相手を尊重してくれて、頭も回るし意地悪な僕をちゃんと、受け止めてくれた。いつからだろう。僕は知らず知らず、彼の事を内に入れてしまっていたのだ。

しかし、狡い僕はそれでも、シノの隣に居たいと思う。そんなだから、前にも進めず後ろにも下がれず、どうして良いか分からなくなってしまったのだ。

「っも、どいつもこいつも、ーーばかぁ!」

まるで小さな駄々っ子のように、僕は叫ぶ。

「泣くなよ、興奮する」
「へんたいぃー!」

クスリと笑われながら、レイジの口付けを拒絶もせず迎え入れる。

「はっ、もっと口、開け」

ジワリと浮かんだ涙を拭われながら、僕は打って変わった彼の優しい口付けに、目を瞑って応えてしまった。






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