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01



辺鄙な村の外れ、山深い場所に好き好んで住む俺は、さぞ変な人間に見えたろう。おまけに、同居人ーーもとい家族は、皆血の繋がらない子供達。

「おっさんクッソ邪魔!昼間っから飲み腐ってんじゃねぇよ!」

子供と言っても、4人の内2人は成人しているから、子供という表現は正しく無いのかもしれない。

「もう!そんなだから女の人にモテないのよだらしないッ。タダですら人相悪いのに、更に印象悪くしてどうするの!」

しかしそれでも、彼らは皆かわいい俺の息子とむすーー

「おっさん金くれ。街に出ないとそろそろ薪がなくなる」

かわいーー

「僕、おっさんと一緒の部屋はもういやだよ」

……昔は良かった。時の流れとは残酷で、必死こいて育ててきたのに、今や皆俺を財布か何かとしか思っていなさそうなこの仕打ち。確かに、昔ほど活発に動かなくなって、仕事も不定期だけれども。ちゃんと、やることはやっている、それに昔しこたま稼いだ金が有り余っている。ゆくゆくは、子供達に全部やるつもりでもいる。皆にはまだ内緒だが。

「愛がない……」

逞しく育って父さんは嬉しいのだが、だが、それにしてもあんまりではなかろうか。少しサボった位で引っ叩かれる俺は、これでも家主だ。そして養父だ。……そのはずだ。

「愛が欲しけりゃ仕事しろ!」
「おじさん、まずは皆の迷惑を考えてからもう一度言ってちょうだい」
「財布借りんぞー」
「ねぇおじさん、僕の話聞いてるぅー?」

酷い。

「俺だってなぁ、昔はカッコ良かったんだぞ?悪い奴らをバッタバッタとーー」
「それ何回も聞いたー飽きたー!」
「大体大人って、昔はこうだったーっていう武勇伝だか何だか知らないけど、そういうの大袈裟に言うでしょ?少しは自重した方がいいわよ」

我が娘よ、お前もつい先日大人の仲間入りを果たしただろうが、自分を棚に上げて何を言うんだ!お父さん泣いちゃうぞ!……今更昔を自慢する気もないけれど、どうせ話したって鼻で笑われるだけ、冗談のように言えば誰も信じやしない。だから、俺は俺の威信をかけて言う。嘘でも大袈裟でもない、俺は本当の意味でヒーローだったのだ!……20年前は!誰もが俺の名前を知っていたし、邪悪な悪魔を命からがら倒して世界に平和をもたらしたという俺の話は、今も尚語り継がれている。


(名を捨て故郷も捨て、護るべきひとの前からも姿を眩ませた俺にかつての栄光の陰なんてありゃしない。ただ唯一、絶望の淵に居た俺に生きる目的をくれた子供達が、俺の宝物ーー)


「分かった、分かった!動きゃいいんだろこんちくしょーッ。……レオナルド、俺も着いてくからそのポケットに突っ込んだ手を離せっ、こしょばい」
「いや、俺1人でいいって、おっさんは狩りにでも行ってこい」
「……お前、そう言ってこの前も余計なもん買ってきただろうが!女の子に貢ぐのも程々にしろ、そして自分で稼いでから貢げ!」
「ちっ」
「あ!お父さん、髭を剃って!無精髭はダメよ」
「シャロンやってくれ」
「いやよッ!」
「アルフーー」
「自分でやれ」
「レ」
「嫌だ」
「……マルコスはまだダメな」
「えーなんでっ、僕やってみたいよぉ!」
「あともう少し大きくなってからな、俺が血塗れになる」
「えーー」

総てを忘れて、唯の田舎のぐうたらオヤジに成りきる事が酷く心地好い。例えばこのひと時ひと時が夢で在るならば、ずっと覚めなければ良いのにと思える程。しかし、夢は夢、覚めない夢などこの世に在るはずがなくて。俺が、再び覚悟を決めなければならないその時は、すぐ其処まで迫ってきていた。






* * *








その日は嵐だった。
久しぶりに仕事の予定を入れたというのに、生憎の天気。結局狙った獲物を狩る事は出来ず顧客に謝り倒して、俺は帰路を歩いていた。骨折れ損のくたびれ儲けも好い所で、愛用のボーガンも、服も身体もびしょ濡れ。顧客には呆れられるし、自分自身のコンディションも最悪で、最早感覚すら無い利き腕を擦りながらとぼとぼと歩く。今日も子供達にしかられるだろうなと考えながらしかし、俺は背筋がゾッとするような感覚に襲われていた。

今日の天気なんか比べ物にならないような修羅場は何度も経験している。命の危険なんかあるはずも無いこんな生活なんて、この俺にはどうってこと無いのだ。そう、本来ならば。こんな、とんでもない日にツいていない事なんかいくらでもあるし、普段の俺ならば笑いのタネにしてやるだろう。

だが今日は、本当に、違うのだ。

夕方になって急激に痛みを覚えるようになった右腕の感覚もさることながら、まとわりつくような嫌な気配におぞけが走る。昔散々この身に浴びた、嫌な感じ。嫌な気配。昔を思い出すようで気分が悪い。

嫌な予感が当たってしまっていたらと思うとーーあの魔女が契約を破棄したのではないかと思うと、いてもたっても居られなかった。軋む身体にムチ打って、俺は駆けるように山を下った。麓の村まではもうすぐ。子供達が呆れ顏で俺を待っていて、顏では怒りながらも、手拭いを片手に優しく俺を迎えてくれるのだ。

今すぐに、子供達に会いたくなった。

息を切らしながら、見慣れた扉の前までやってくる。一旦立ち止まり、息をどうにか整えようとするのだが上手くいかない。酷い嵐で全身がびしょ濡れで、すっかり身体は冷え切っているはずなのに、早音を打つ鼓動と共に汗が止まらない。悪寒が止まらない。逸る気持ちも抑えられず俺はとうとう、扉を、壊れる程に思い切り開いた。

入った途端に感じた違和感に、酷い目眩がした。

「あ、帰ってきたよ!」
「嫌だもう!びしょ濡れじゃない」

いつもならば、そんな彼等の声に心癒される気分になるのだが。今日は生憎と、そこまでの余裕がなかった。差し出された手拭いを左手で制し、ただ一点、ここに居るはずが無い、憎らしい男の姿を凝視した。

手拭いを差し出した彼女は、俺のその異様な様に恐れを成したのか、すっかり動きを止めてしまっていた。

そこには、子供達との憩いを楽しむ為のリビングテーブルには、見知った顔が相変わらずの余裕そうな澄まし顔で、子供達に振舞われたであろう茶を片手に座っていた。

彼は不思議な程全く、何も、20年前と変わっていなかった。

「やぁ」

彼は昔と変わらぬ顔で同じように、端的に挨拶を述べた。
後ろ手に扉を閉めながら、俺は彼を睨めつける。ポタリポタリと自分から滴る水滴も、バタバタと忙しなく動き回る子供達の様子にすら意識を向けることもできず、まるで彼と俺しかこの空間には居ないような錯覚を覚える。しかし俺は、その場から動くことができなかった。

「20年ぶりだよ……デイヴーー」
「ッその名で俺を呼ぶな!」

二言目、彼の言おうとしたその名を遮るように、俺は声を荒げてしまう。驚いたのだろう、子供達はビクリと動きを止めてしまった。俺はただ頭の中でぐるぐると考える。魔女の契約は破られた。魔女の護りは間も無く消えて無くなる。己に植え付けられた邪気も息を吹き返すだろう。進み出した歩みは最早、止める事は出来ないのか。逃げる事はもう、出来ないのか。
『それが運命さーー』
その時ぐわんと、頭に魔女の声を聞いた気がした。まるで、彼女には俺の考えも全て見透かされているよう。

「子供達が怯えてる。少しは落ち着いて話したらどうだ?」

咎めるように真っ直ぐと見詰めた彼の眼差しに、俺は一歩もその場から動く事が出来なかった。これまでの自分の選択を、咎められているような気分になった。

「うるさい黙れ!ーー魔女との契約を破棄させたのはお前かッ」

嗜めるような声に奇妙な苛立ちを感じながら、俺は続ける。それだけはどうしても、確かめておく必要があった。

「そうさ。僕がやった」
「ッ、この、余計な事をーー!」

この男は、整ったその顔立ちに微笑を浮かべながら、悪びれもせず言ってのけた。
相も変わらず人を苛々させる彼のその飄々とした態度のせいだろう。俺はたちまち頭に血が登ってしまって、衝動のままに男との距離を詰めた。苛立ち任せに己の拳を叩き付けると、拳は男の寸前、見えない何かに阻まれるように空中で止まる。この男には拳が当たらないのは百も承知だった。男に与えられた莫大な魔力は、彼を決して傷つけさせはしない。それでも、この男に苛立ちを打つける手段を、俺はこれしか知らなかった。

「相っ変わらず君は喧嘩っ早いな。……いいか、ちゃんと僕の話を聞け」

微かに眉を顰め、男は胸倉を掴むと引寄せてきた。そのまま真っ直ぐに俺と目を合わせてきて、男は告げる。まるでこの男こそが、俺に救いの手を差し伸べた一筋の光明であるかのように。

「僕だってこの20年色々考えたさ。僕の授かった力の事、アンタの行方の事、姫様ーーいや、女王陛下の憂慮の事。……過去に苦しんでるのはアンタだけじゃないんだぞ。何も成さぬままこれ以上逃げる事は、僕が許さない」

男がこんな風に声を荒げる場面はそう多くは無い。だから俺は、少しだけ気圧される。それでも、此れは要らぬ世話と突き返す事が、俺にできる精一杯の献身だったのだ。それももう、今更であるが。

「っだとしても、俺のような……仲間に牙を向ける可能性を抱えるヤツは、世界の中で生きてたって仕方ねぇ……ここでこうやって、平和ボケながら暮らして次世代に総てを託す、それで、いいじゃねぇか、夢の中で死ねればそれこそ本望だった」

絞り出すように吐き出した言葉は、まるで泣きつくようなセリフだった。自分で言っておきながら、情け無い男だと自分の中の何かが嘲笑ってくる。勇者だの英雄だのと呼ばれた男の、惨めな姿を。目の前の男が踏み潰した、十数年の長い長い夢に追い縋ろうとする姿を。

「……この子供たちに負わせる危険性は考えたのか?アンタの周りには誰も大人がいないじゃないか」
「何の為に魔女と契約したと思ってんだ。そのための縛りと対価だったんだ」
「ーーだが今この時、アンタは契約の縛りから解き放たれた」
「てめぇのせいでなっ、何もかも終わりだチクショウ」

苛立ち紛れに男の手を振り払うと、少しだけ冷静になった頭で周囲の気配を探る。もう、縛りは必要ない。今迄ずっと封じて置いた魔力を、バキバキと解放していく。途端に見えてきた、邪悪な魔物達の気配に眉根が寄る。
そこでポツリ、男から発せられた言葉に、俺は振り返った。

「ひとつ、訂正しておこう」
「?」
「解除の話は、僕が魔女から持ち掛けられたんだ」
「っそんな話、俺が信じる筈ーー」

彼の話がどうにも信じられず睨み付ける。この状況下で彼を信じる事がどうしても出来なかった。そんな俺の心情を他所に、男は更に続けた。

「アンタは魔女に、命よりも大切なものを差し出した。それがこのーー【誓約の剣】だろう?アンタの焦がれて止まなかった姫様の、世界で唯一のナイトであるという証」
「!」

言いながら、彼が魔法で取り出したのはそう、正にその剣だった。我が目を疑った。紛れもない、かの国より授かった退魔の剣。鍔から鞘に至るまで、拵えは艶消の銀。目立った装飾はないものの、洗練された彫刻の美しさが目を張る。その大切な剣が、俺の目の前で宙に浮き、鈍い輝きを放っている。

「……なんで、お前が、これを」

手にしたボーガンをテーブルに置き、目の前に差し出された剣をそっと両の手に掴み言った。マジマジと眺め、鞘に施された僅かばかりの装飾を撫でる。彼に、何か答えを期待したわけではなかった。懐かしさと、得も言われぬ喜びに涙が溢れそうだった。

「契約は切れた。魔女はこの世から消える。故に、契約を破棄する代わりに対価を元の主へ帰すのだとか」
「!何だそれ、魔女が消えるなんて……」
「わからない。魔女が言ったのさ。新しい世が近いのだそうだ。古のモノが消え、新しい世界が作られると。そうなっては、魔女はこの世から消えねばならないそうだ。この世に見合わない存在になるからと」

わからねぇな、適当に相槌を打ち、俺は剣に想いを馳せた。本当に、これは大切なものだったのだ。想い出が詰まっている。死に絶えた仲間、姫様との契、聖獣との約束ーー、沢山の事を、忘れていたそれを思い出す。ーー自らの右眼に植え付けられた厭悪(えんお)と共に。

「こうも言っていた。最初からこうなる運命だったと」
「……ああ、それは俺もさっき言われた」
「さっき?」
「今さっきだ」

しゃがれた甲高い声を思い出しながら、俺は顔をしかめた。これが運命ならば、一体俺は何のために子供達と暮らしていたのだろうか。不安気に黙ってこちらを見つめる子供達をチラリと目にして、俺はため息を吐いた。俺が覚悟をせねば、子供達の命も危ない。それは絶対に避けなければ。死んでも守り切ると誓ったのは俺自身だ。先ほどから、異様な気配に唸りを上げ始めた大地が、家を軋ませている。一刻も早く、脱出せねば。

「そうか。ーーならば聴け!デイヴィッド、女王陛下より命が下った。半年後、国より勇者一行が旅立つ。案内として同行せよとの事。その剣に恥じぬよう、役目を果たせ」
「その名はよせ、今はギルベルトだ」

突然声を張り上げた男に要求を突き付けながらも、俺は言葉の意味を噛み締める。たかだか20年程で次代の勇者が必要とされるとは。まだ、終わって居なかったのか。それとも、それ程までに魔王による邪気の影響が深刻だったのか。

そんな事を考えながらも、俺は即座に疑問に思う。こんなぼろぼろのおっさんに、一体何が出来ようか。力は衰え、満足に利き腕すら使えないのに。

「勇者一行の案内になぜ俺が?それは別にお前でも良い筈だ」
「僕には神官長として神殿を守る役目がある。……前代は、僕とアンタを除き皆死んだ。アンタも知ってるだろう?アンタが調べてない筈がない。だから今、アンタしかいない」

そのまま沈黙が走る。覚悟を決めたような男の瞳が、俺を射抜く。ああきっと、この男にはそれ以外、別の目的も在るのだろう。だから理屈を捏ねて此処へ来た。それを薄ら感じとりながら、俺は居た堪れずに目を逸らす。

「こいつらは?」
「僕が責任を持って預かろう。他にも、親を失った子供たちが暮らす孤児院もある。同世代の一人や二人はいよう。心配は無用だ」

途端、明らかに声音を柔らかくして応えた男に、内心で少しだけ驚きながら俺はゆっくり頷いた。すると、満足したのか男は一転、キビキビとした口調で指示を飛ばす。

「急ぎ用意を済ませろ、どちらにせよ、魔女の護りが間も無く完全に無くなる。面倒なモノに嗅ぎ付けられる前に脱出する。今のアンタにはまだ、倒せないだろう。僕が、足止めする」
「ッチ、クショ。テメェ、言ってくれんじゃねぇか、後で覚えてろよ」

口では憎まれ口を叩きながら、しかし大人しく従う。
纏わり付くような嫌な気配と共に、覚えのある禍々しい気配がこの家の周辺に集まっているのを感じる。確かに男の言う通り、俺一人では子供達を守りきれない。とっくに腹は括っている。大事なのは、子供達をいかにして逃すかだ。俺は、隅に固まっていた子供達に努めて優しい声音で指示をした。

「シャロン、レオナルド、四人分の荷物を纏めろ。アルフレッド、マルコスを頼むぞ」
「ちょっと待って、なに、ーーどういうことよ!」
「オヤジーー?」
「緊急時だ、家を捨てる。必要なものだけ詰めろ。後で全部説明してやるから早くしろ」

言いながら手にした剣を鞘のままふり上げ、魔力を込めて床に突き刺す。途端に浮かび上がる魔法陣と共に、度の想い出の品々が出現した。地中深く埋めたそれを使う事になるなんて。そうならないように祈っていたのに。使わない魔力もカンで何とかなるもんだな、俺は子供達を急かしながら、手早く使えるものを腰のバッグに詰めこんでいった。

「神殿へ跳べ」
「言われなくても……おい、お前ら外へ出るぞ。俺が出るから、後から決して離れずについて来い」
「まずは僕が先に出る、最早魔物の気配だらけだ」
「なっ、魔物!?おっさん、一体何がどうなって」
「……ぼく、怖いよぉ!」
「マルコス、お姉ちゃんのとこにおいで」

背後で怯える声を耳にし、時折勇気付けながら、男の後に続く。途端に聞こえたのは、爆音を立てて吹き飛ぶ魔物達の咆哮だった。

「30体ーーデイヴ、リミットは10分だね。とっとと跳びな」
「あいよ!お前ら早く来い、俺が描く円の中に入って、そしたら俺にしがみつけ。絶対に離すんじゃねぇぞ!」
「っはい!」
「おお、いい返事だ……と、できた。くっそ、転送なんてマジで20年ぶりだぞ……やるしかねぇけどよ」

子供達がしっかりしがみついているのを確認してから、左に持った剣に再び魔力を込める。依代として俺が使い込んだ剣には、魔力がよく馴染んだ。





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