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05



ごちゃごちゃごちゃごちゃ、
僕がようやく1次ショックから立ち直った頃には何故だか周りはちょっとした騒ぎになっていた。
馬鹿の突飛な行動に驚いたのは何も僕ばかりではなかったようで、少しだけホッとしている。

「な、な、なななな……」
「この馬鹿ッ!いつも言ってんだろ、手ェ出す前に考えろって!」
「幾ら何でも、今のはアウトだって……」
「えー?だって!あの流れはそういうことでしょ?俺ちゃんと言ったもん!」
「ちゃんと言ったって……相手の気持ち聞いてからじゃないとーー」
「だって先輩今フリーだって言った!」
「だから、そうじゃないんだって!」

そうその通り!いい事を言うじゃないか転入生さくらがわ。その馬鹿の言うような、フリーとかフリーじゃないとか、そういうもんではないのだ。いやそもそも、会って二ヶ月そこいらの人間をそうホイホイ好きになるっていうのも僕はイマイチ理解できない。そもそもが金魚の糞はどうしたんだ!たとえ人のものになっても食らいつくのがオトコだろうが!ーーと、先日自分が言った事を棚に上げて思う。うつろう心を否定はしないけれども、初恋を未だに引きずっている僕にはまだ、次の恋だなんてよく分からないのだ。それにーー

「ふぁーすときす……」
「!?」

シノの事ばかり考えていた僕にそんな経験値がある訳もなくて。
誰かが、というよりもその場の皆が驚愕している様子が僕を酷く苛立たせる。そうだよ僕は恋愛初心者だぞ悪いか野郎共。

「イェッフー!俺先輩の初ちゅーゲットー!わっはー!」

喜びに踊り出す馬鹿を尻目に、僕は無意識に口を触りながらそれをただ何と無く眺めた。馬鹿に噛まれたと思えばーー違う、サルにでも噛まれたと思えばいい、そうすれば僕はきっと忘れられる。じゃなきゃ僕は発狂する。

「は!?ナナお前だって付き合って中学で女の子がいたんじゃーー!」
「なななななんてことーー!」
「おい、会長もシュウも落ち着け」

あれ、でも僕は、このままずっとシノの傍に居るつもりだったのなら何のために誰とも付き合わずに居たのだろうか?いつかシノと、なんて思ってもいなかったのに。何度も何度も夢見たけれども、叶うなんて思ってすらいなかった。高校に入って、それこそ親友であるという優越感を感じる事はあったけれども、本当にそれだけだ。僕の気持ちを伝えて会いにくくなるならばいっそ、このままでよかった。否むしろ、何かあったとして、シノは絶対僕を見放しはしないだろうという確信があった。ただ、振られるにせよ成功するにせよ、この関係が壊れるのが怖かった。あのままで、僕は満足していたのだ。そのはず。なら何故だろう、どうして、ずっとずっと僕は誰ともーー?

そうやって、僕はそこそこ動揺しつつ、僕の恋心の在り方についてうんうん唸っていた。僕の顔がよっぽど真剣だったらしい。誰も僕に声をかけることが出来なくて、その日は結局勉強なんてできやしなかった。



『オイ!マァてめぇまた忘れやがったな!?絶対来いっつったろうがよぉおおぉ!』
「ゴメン、ほんっとゴメン!僕も色々あって……馬鹿に噛まれーーじゃない、サルに噛まれたんだよ」
『あ?お前頭おかしいんじゃねぇのか!』
「うんゴメン、それでいいから、だから次は今度こそ!ほんと来週ね、来週!だから許して!」
「ホントだな!?絶対だな!?今度やったらテメェの学校乗り込むぞ!?」

その騒動の後の事。最終的に、僕が友達との約束をすっぽかす結果となってしまったのは、非常にいただけなかった。別に忘れようと思って忘れた訳ではなくて、あんまりびっくりしたもんだから頭から約束事がポーンとゴミ箱にダイブしてしまっただけなのだ。不可抗力だ。僕のせいじゃない。あの馬鹿が突飛な行動をやらかしたせいなんだ。そのお陰で、僕は悪友の考える罰ゲームを受ける事になるらしい。ああホント腹立つ……取り敢えず、ブッ飛ばす。僕は決心した。





* * *





「ギャアー!!」

ポーンと人間が宙を飛んで、そこらにいた人混みの中に背中から突っ込んでいった。個人経営にしては広いこのバーは、僕らの馴染みの溜まり場。昼間の間、薄暗い店内は僕らの貸切となるのだ。そこそこ古い付き合いになるオーナーは、カウンターの向こう側で苦笑しながらジュースやらカクテルやらを順にシェイクしている。本物みたい。

そして、この場に集った皆は最早この状況すら慣れっこで、背中から突っ込んでくる人間をササッと上手にかわして、彼はモロに地面に激突する。グヘッ!とみっともない悲鳴と共に天井を見上げている。きっと痛いだろうな。でも皆、自分が一番カワイイんだ、だから何も横入りせず僕らのやり取りを笑って見ている。それすらもいつもの事。そんな皆の明け透けな所が僕は気に入っているのだ。

「バーカ。僕に罰ゲームだなんて百年早い」
「ゲッホ、だって、マァが先に、約束破ったからだろ!?」
「だから不可抗力だ、つったじゃん」

カーキのタンクトップにダークグレーのフルジップパーカーを羽織って、ネイビーのジーンズとブラウンのレースアップブーツを履いて、煙草を囓りながら僕は悪友に煙を吹きかける。ゲホンと咽せた悪友は、上目遣いにギロリと僕を睨みあげた。彼の耳にぶちこまれたサファイヤブルーのピアスが、ギラギラと僕の目に攻撃を仕掛けてくる。

「お前、だって、電話した時はゴメンって……」
「だってお前の電話、長くてめんどいんだもん」
「っこのぉ!」
「ん?ジローお前さ、去年合コンセッティングしてやったの誰だと思ってんのよ」
「うっ」
「お前好みの可愛い子、いたでしょー?誘ってたの知ってるんだから」
「…………付き合う事になりました!」
「成約料1万ね」
「こっ、のぉおぉおおお!」
「あっはは、持つべきものは友達だよね!」
「お前の場合、下僕の間違いだろっ」
「は?」
「ウギャアーー!ギブ!ギブギブ!」

友達甲斐のないぽち改め五十嵐ジローにヘッドロックをかましながら、僕は日頃のストレスを発散する。ぽちに八つ当たるのも中々疲れる。本気でオちそうになっているぽちをすんでのところで解放して、僕はケラケラと笑った。

「ねぇ思ったんだけどさぁ、マサの場合アレじゃね?好きな子程虐めたいってヤツ……よかったねジロー、君愛されてるよ」

と、突然妙な茶々が僕らのすぐそばから聞こえてくる。振り返ってそちらを見れば、スマートフォンを片手に気もそぞろな様子で、ソファでくつろぐ茶髪が目に入った。絶対適当に言ってるに違いない。僕はジト目でそのクソノッポを見やる。何て事を言うんだ。

「何それキモい、適当な事言わないでよ。ってかそれ、まんま子供みたいじゃん」
「うん、そうだね」
「…………アキコめ」
「だからその呼び方ヤメテ!オネェみたいじゃん!和田だけど名前違うから、アキラだから!」
「いいじゃん、一文字の違いなんて変わんない変わんない、性別同じでしょ?」
「畜生!余計な事言うんじゃなかった!」

スマートフォンを放り出してソファに転がったノッポーーもとい和田アキラに満足して、僕はノッポを床に転がしソファを陣取った。

「痛い……」
「ごめんねぇ」

奪い取ったソファで足を組み、新しい煙草をふかす。その間に、ノッポは腰を摩りながら何事もなかったかのように、僕の隣へと舞い戻ってきた。僕は一服の後にホッと一息をつくと、未だ床に這いつくばっているぽちめがけてとうとう問いかけた。

「それでさ、僕に早く来て欲しいって駄々捏ねた理由は何なの?」

右足を組んで、リズムを刻むようにひょいひょいと動かす。そのまましばらく、ようやく復活したぽちはソファまでやって来て、溜息を吐くかのように言った。

「いやさ、ほら、俺言ったじゃん、アイツに言うぞって……」
「リューに?」
「そう。……で、そのリュウがさ、何か、恋煩いっぽくて」
「……………………は?」
「いやわかるよ!そう言いたくなる気持ちはわかる!けどよ、お前ならリュウの話聞けば、アイツが何言いたいか分かるかもしんないし。俺らにはさっぱりわかんねぇんだよ!そもそも話してくんねぇし、八つ当たりされるし、マサトに会いたいってぶつくされてるし……もう俺らじゃお手上げ」

その時、僕は意味がよく分からなくて、しばらくぽちの顔をじぃっと見つめる事になった。何それ気持ち悪い、ついにリューに青春が訪れてってものすごく似合わなさすぎる、と僕は嗤いながら今話題のマッチョ野郎をぼんやりと思い浮かべた。

「おい、マァ聞いてる?」

そんな声と共に目の前に現れたぽちの顔に、僕はひどく不快になった。






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