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03



あの不良とまたいつ会えるかな、放課後にゴミを片付けるって言ったから明日も来るのかな。そう思っていたのはつい昨日の事だというのに。僕らは案外思いがけず再開する事になった。それも、あの放課後からたったの15時間後の事だった。

「あれ?」
「…………」
「前からここ、来てた?」
「そりゃそうだろ」

朝起きて学校に登校して、シノに挨拶をしてホームルームを済ませてその後すぐ。シノに会いに来た転入生の背後に彼は居た。と、いう事はつまり。僕は前々から彼を見ていたはずらしかった。

「やっぱ認識されてなかったか」
「ごめんね、ひととーー?何だっけ」
「神鳥谷レイジ。結局無理だったか」
「あはは、ごめんね、レイジくん」
「……くんーー?」
「そういう時は黙ってる方がいいんだよ、ね?」

少しだけ注目を集めながら、僕らは少しだけ表向きの会話でコミュニケーションをとる。まさかあのレイジが転入生の、金魚の糞の一人だったなんて。僕は失敗したかな、と一瞬だけ思ってしまった。だって、レイジと知り合いであるというだけで、今まで以上に転入生との繋がりを持ってしまう訳だ。話しかけられる機会だって当然増える。僕はこっそり嘆息した。

「ナナ、こいつと知り合い?」
「え?うん……昨日少し、話しただけだよ。先輩としてちょっとアドバイスを頼まれて」
「…………」

何か言いたげなレイジを放って、僕はつらつら、シノの言葉に応える。もちろん、そんなのはでまかせだ。だけどシノは、僕を大層信用している。だから、僕の言葉を疑う事はしない。

「ふぅん……今日は、生徒会で外すな」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
「ナナって……」
「レイジくんちょっといいかな?」

シバいたる。僕はそう決心して、ニコニコとレイジを教室の端に追い詰める。グサグサと妙な視線を感じながら、僕は小声で言った。

「余計な事は言わない」
「あんたこそ変な事言ったら承知しねぇぞ?」
「あなた私に一体なにする気よ!?」
「キモい」
「ひどい。まぁとにかく、僕はあんまり関わりたくないから、不用意に話しかけたりとかーー」
「何かあの2人、すごい親しげじゃん」

いやまさかこの程度で親しげと言われては僕が困る。ただ見知っているだけで、僕はわざわざ忠告をしてあげているだけ。ただそれだけなのに、この不良は何故だか諦め顔。
僕はむしゃくしゃして八つ当たる。

「……もう遅いな」
「この老け顔め」
「あ?てめぇ、だからそれは喧嘩売ってんのかってーー」
「ねぇねぇ、さっきから何の話してーんの?」
「っおい」

突然こちらへやって来た生徒に、僕とレイジは肩を組まれた。肩を組みながら間に入ってきたのは、転入生の金魚の糞。レイジとは違った意味でチャラチャラしてる奴だった。彼を咎めるようなレイジの声が聞こえた。

「ねぇせーんぱい?レイジとは親しいの?」

そう言って、彼はヘラヘラ笑って問いかけてきた。見た目はレイジ程派手ではなく、制服もしっかり着ている方なのに。全体的に色素の薄いせいか、やたらと軟派な印象を受ける。恐らく喋り方のせいもあるのだろうが。チャラい、レイジ以上にチャラい。僕は一瞬の内に、そう結論付けた。

「昨日少し、話をしただけだから、別に、親しいっていう訳でも……」
「余計な勘ぐりしてんじゃねぇよ、普通だろ」
「えーー?そうなの?」

この生徒の頭にはハテナが大量に飛んでいる。それこそ大漁だ。
そして僕はその瞬間、確信してしまった。

「じゃあ先輩、一緒に仲良くなろぉ!」
「だからお前、勝手に決めんじゃねぇっていつも言ってんだろ!」
「えー?だって会長の友達だし、レイジも一緒に仲良くなってくれれば俺、勉強教えてもらえるじゃん」

そして愕然とした。コイツは馬鹿だ。しかも、非常に厄介なタイプの馬鹿だ。馬鹿なりに勘が鋭いヤツもいると聞くが、コイツは絶対そういうめんどくさい方に違いなくて。そんな馬鹿に巻き込まれるように、これで僕も金魚の糞の仲間入りとか、ない。焦ってレイジに目を向ければ、そこには顔を盛大に顰めた姿がある。待って、その表情の意味は一体。僕は、親切丁寧な学年主席で通ってる。頼まれた事を笑って了承するような、そういう人間でなければならない。だからーー

「それ、俺も一緒していい?」
「あ?」
「あれ、シュウもなの?教えてもらう必要はなくなーい?」
「ーーでも、俺も七海と仲良くなりたかったんだよね、シノの友達だろ?同い年だし」

誰からであろうと、僕は笑顔で頼みを聞かなければならない。特段、理由の無い限り。今まで僕は、必死になって転入生を避けていた。恋人同士の逢瀬を邪魔しちゃいけないでしょ、生徒会の仕事を邪魔しちゃ悪いでしょ、それが一番便利な理由だったから。

だがしかし、後輩に勉強を教えるという名目に、断る理由なんて当然あるはずもなくて。僕は嫌々ながら、笑顔で『諾』と答えなければならなかった。

「そっか……なら、仕方ないね。勉強を教えるなら、静かだし図書館がいいかな?」
「やった!ねぇ先輩、俺ね、中三河ケイタっていうの。ケイタって呼んでね!先輩は何て呼んだらいい?」
「俺も、何かあだ名で呼んでいい?七海マサキだろ?」
「七海……何かななみっていうと女の子の名前みたいだよね。じゃあ、ナナミ先輩!」
「ケイタ、それ苗字じゃん!俺前と変わんないし……じゃあ、俺もシノみたいにナナって呼ぶ。なぁ、いいだろ?」

ああぁぁぁ、もう逃げられない。こんな状況で逃げ場を見つける事なんて出来ない。今までの苦労が水の泡。もう、僕は諦めるしかなかった。

「あ、はははぁ……あんまり苗字は好きじゃ、ないんだけどな……名前では、呼んでくれないのかな?」
「何でぇ?七海っての可愛いじゃん」
「え、マサキって呼んでもいいの?」

ナナ。嫌いな苗字をそう呼んでくれるのは、シノだけで良かったのに。





* * *





「ねぇちょっと!君の友達、アレどうなってんの!?マジありえないんだけど」

僕は、この声が誰にも聞こえないのを好い事に、半ば叫ぶように言った。だってほんと、ありえない。僕を、嫌いなヤツらの中へ引き込んだだけでなく、ヤツは僕が手を施しようのない程馬鹿だった。

「ケイタに関して云えば、残念ながら対策は出来ない。あいつは筋金入りの馬鹿だ」
「不良に言われたら世話ないねほんと」
「……おい、お前俺の名前ちゃんと覚えてるか?」
「ひと……〜んんん、レイジくん」
「…………もういい。名前が出ただけ進歩だ、あんたも実は相当の馬鹿なんじゃないのか」
「学年主席に何てこと……僕は名前が覚えられないだけであって、努力の天才だよ!」
「あいつの勉強見てくれるのは実際、俺も助かるわ」

ふふん、せっかく胸を張って宣言したのに、レイジは何事もなかったかのように次の話を振ってきやがった。慣れてきたなこんちくしょう、僕は内心残念に思いながらもその話に乗る事にする。今日の勉強会で、レイジの協力なしにはヤツを攻略する事は不可能だと思い知った。

「で、僕はどうすればいいと思う?なるべく、転入生……名前、ええと、シ……ショ……」
「シュウだ。桜川シュウ」
「さくらがわくん、にはあんま近付きたくない」
「って言うと……、あんたの失恋相手は会長か」
「……君の失恋相手は、そのさくらがわくん、だよね?」
「否定しねぇな?」
「そっちこそ」

お互い、相手を探るような目つきで僕らは見つめあった。レイジの推測はピタリと当てはまっていて、そして多分、僕の推測も正しい。あゝ、僕らは何て寂しい人間なんだろうか。しばらくの沈黙の後、僕らはどちらからともなく、大きな溜息を吐いた。

「……不憫」
「お互い様だ」
「まぁそうだね……はい、じゃあこの話は終わり。気持ちを切り替えて、今後のスケジュールなんだけどーー」

悲しいかな。僕らは失恋の傷を癒す間も無く、好きな相手が恋人といちゃつくのを眺めながら、馬鹿に勉強を教えるという大儀を授かったのであった。




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