Main | ナノ

02



上手くいかない時っていうのはどうしてこう、何でもかんでも思い通りにいかないんだろうか。思いがけない出来事が、それこそいっぺんに。

「あんた、七海だよなーー?」

突然かけられた声に、僕は飛び上がった。てっきり誰も来ないものと思って居たのに。一体、こんな所に何の用なんだろうか。僕は少し焦りながら顔を上げる。そこに立っていたのは、見たこともない生徒だった。

茶よりも更に赤に近い髪、着崩した制服、首元にぶら下げたアクセサリー。一見して、不良と見間違うような格好をしていた。見覚えはない。僕は顔を引きつらせる。

しかしこれは完璧に、見られた。煙草の吸い殻が、携帯灰皿に入りきらず傍らに山になっているのだ。これに気付かないはずがない。おまけに、聞き間違いでなければ名前も呼ばれた気がする。僕もお陰様でこの学校ではそこそこ有名な方で。名前を知られているとはつまり、滅多なことはできないと言うこと。

例えばの話。この不良が誰かに、立ち入り禁止の屋上で七海マサキが煙草を吸っている所を見た、と言いふらすとしよう。その言葉をその場では誰も信じなかったとしても、まさかそんな、という疑惑を生むことになる。そうなれば、僕はもうこの学園で息を抜くこともできない。ずっと見られ監視され、疑いが晴れるまで僕はずっと気にかけなければならない。屋上でへらへら笑って仲間に電話する事も、息抜きがてら煙草をふかすことも出来なくなるのだ。

一瞬の内に様々なパターンを思い浮かべた僕はしかし、次の瞬間には諦めた。どうせもう、この学校に居る意味も、優等生を気取る意味もない。あいつには敵いっこない。ならばいっそ、僕はほとんどヤケになっていた。

「ーーそうだけど。僕に何か用?」

フッと笑ってそう言えば、不良は一瞬目を見開いた。しかし、次の瞬間には、何故かその顔を顰める。はて、僕は彼の癪に触るような事を何か言ったのだろうか。思わず首を傾げた。

「煙草」
「ああ……何、誰かに言うって?」
「そうじゃねぇ、あんた吸いすぎだ」
「ーーーーは?」

思いがけない言葉に、僕はポカンと口を開ける。こういう場合、そうではなくて、こんな場所で煙草なんか吸っていた事を咎めるのが先なのではないだろうか。僕はそんな事を考えてしまった。

「身体に悪い」

さも当たり前のように、不良の見た目の男前にそう言われてしまって。僕は思わず噴き出した。

「ブフッ!突っ込む所、そこなんだ?」
「……何笑ってんだよ」
「いやだって、普通は立ち入り禁止の屋上に来ちゃだめだとか、煙草はだめだとか、そういう事を指摘するんじゃないかなと思って」

半笑いでそう指摘すると、彼は起用に片眉を上げる。ムカつくかな、すごくチャラそうなのに、その仕草が様になっている。容姿って、本当大事なんだな。僕はさめざめ思った。

「俺も屋上に来てる時点で、やる事なんて決まってんだろ」
「……それもそっか」

不良のくせにひどくまともな事を言うもんだから、僕は何故かフッと肩の力が抜けた。この不良は、教師にチクるような腑抜けじゃあなさそうだ。むしろ、僕と同じ方だ。

「俺も共犯だ、主席。ま、俺より上の学年だけど」

そう言って、不良は隣に座ると僕に向かって、彼の持つ煙草の箱を差し出して来た。何だこいつ、一々仕草が格好良くてムカつく。まあでも、煙草はちょうど無くなってしまったからありがたいとーーいや待て。そんな事よりもまず、彼がさらりと言った言葉が、僕は気になって仕方なかった。

「年、下……?」
「ああ。一年だ。もうすぐ二年だけど」
「老け顔」
「あ?てめぇ喧嘩売ってんのか?」
「え?」

こんな後輩嫌だ。僕は妙な苛立ちを覚えてしまって、適当に流す。彼に差し出された煙草を受け取ってしまった事を後悔しながらも、僕はありがたく火をつけた。

「名前は?」

ふうっと煙を吐き出しながら問えば、不良は眉間に皺を寄せたまま、チラリを僕を見た。

「神鳥谷レイジ」
「苗字長っ」
「……そこ、普通文句つけるかよ……優等生っての嘘なんじゃねぇの?……あんた唯の性悪だ」
「性悪って……字面最悪、僕が性格悪いみたいじゃん」
「……ピッタリじゃねぇか」
「お前結構言うね、初対面の先輩に向かって」
「自分の言った事思い出してみろ」

ボロボロと剥がれた皮は、最早隠す必要性も感じられず、僕は僕自身になった。チクチクとしたくだらない応酬が、ひどく新鮮だ。

「ひととのや、何だっけ」
「レイジ」
「ひととのやれいじーー長い、駄目無理、僕覚えらんない。名前覚えんの嫌い」
「……はぁ、レイジでいい」
「レイジね。ーー忘れたらごめーん」
「覚える気ねぇだろ」
「あはは」

神鳥谷レイジ。僕は興味深いこの人間のおかげで少しだけ、気が晴れたのだった。口が不思議と滑っていく。

「僕さぁ、失恋しちゃったんだよね」
「何だ、急に」
「今日初めて会ったのに、話する事なんてないじゃん、だったら黙って聞いてなよ」
「……初対面の俺に、そんな話してもいいのか?」
「いいんじゃん?他に話す人いないし」
「友達居ーー」
「ちゃんと居るから。何と無くだよ、深読みなんてしなくていいし」

そうして僕は、ずっと好きだった人への思いを、彼に、見ず知らずの彼にブチまけたのだった。もちろん名前は伏せたし、幼馴染であることも言わなかった。みんな、僕とシノが幼馴染である事を知っているから。とにかく誰かに、聞いて欲しかった。何も知らない人に、ただ黙って聞いて欲しかった。同情なんていらない。惨めになるから。同意なんていらない。他人に解るわけないんだから。

「ホント、やんなっちゃうよねぇ……所詮、みんな顔だね顔。可愛い子に目がないのと一緒で、どいつもこいつもイケメンに目がないんだ」
「随分ブチまけるな」
「ん?だってそうでしょ?こんなに優秀で優しい僕は結局選ばれなかったんだ」
「性格にもんだーー」
「あーあ、どうしよっかな。街に出て女の子でも引っ掛けてこようかな」
「………そんな潔癖そうな顔してぶっちゃけるなよ」
「君にはそう見えるんだ?まぁ実際引っ掛けて遊んだことなんて無いけど」
「それはあんたの冗談なのか」
「いや、結構本気だったりする。でもさ、街ではっちゃけてると結構女の人に声かけられるんだよ?可愛いねって、遊んでかない、って」
「見る目ねぇな」
「さすが大人の人は見る目あるよねぇ、こんな将来有望な僕に声かけるなんて」

一通りブチまけて少しだけスッキリした僕は、彼でーーレイジで遊ぶ事にする。間髪入れないツッコミが結構気持ち良くて、トントン拍子に口が回る。レイジは見た目の割に頭は回るんだなぁ、僕はそんな事すら考えながら、ぶっちゃけた。

「ホント、アメリカでも飛んじゃおうかな」
「突然どうした」
「両親居るんだよね、向こうに。だからほら、学校も全寮制っていう」
「行くのか?」
「わかんない。でも懇願はされてる。シノにーー幼馴染にも、大学も日本だよな、って念押しされてるんだけど……どうしようかな。シノには悪いけど、もうここに居る意味もないんだよね」

もうじき、高校生活も3年目を迎えようとしている。誰もが先を見据えて行き先を決める時。元々僕はずっと日本に残る気でいたのだけれども、目的を失ってしまった今、ここに残っている事が苦痛になりつつある。2人を見ていると悔しくて仕方ない。シノの隣は僕だけの場所だったのに。他のヤツになんか盗られたくなかったのに。

「何だかなー、人生って上手くいかないね」
「……あんたは成功してるように見えるけど」
「うん?そうでもないよ。一番欲しいものが手に入らないんだ。肝心な時に負けるし、唯一の取り柄も危ういし」

はあ〜あ、そう深いため息を吐きながらゴロンと横になる。煙草の煙がふわふわと宙に消えていく様を眺めた。この煙のように漂って見えなくなってしまえたらいいのに。僕はバカになっている頭でそんな事を考えた。

「……他の人間だってそうそう上手くいかねぇぞ?」
「えー?」
「俺だって、ずっと片想いのままだ」

バカみたいな僕のつぶやきの後。突然告げられた言葉に、僕はギョッとして起き上がる。オ○○が心を開いた!みたいなそんな気分で、僕は興味津々だった。気になる、非常に気になる。こういう顔の良いワイルド系でも、片想いなんてするんだ、とか。

「嘘だ。絶対君は百戦錬磨のヤリチンだ」
「だからてめぇ、それが喧嘩売ってるってんだろ」
「僕は先輩、君は後輩、この位は先輩からのありがたいジャブでしょ?」
「こういう時だけ先輩面か」
「は?」

ムカつく、との言葉を頂いたのはそのすぐ後だった。いやまさか、このレイジとコイバナとやらをする事になろうとは。僕は予想だにしていなかった。レイジも出会ってからずっとの片想いをしている相手が居て、相手は自分のアプローチに全く気付く様子もない。しかし、周囲にはライバルが沢山いて、その中で埋れまい、と足掻いている内に、出会って間もないヤツに掻っ攫われた、と。何だかどこかで見たことのあるような流れだけれども。同じく傷心中のレイジ君に僕は頑張って聞いてあげた。

「お気の毒様。で、それは男?女?」
「…………はぁ。男だ」
「じゃあこの学校?同い年?」
「そうだ、この学校の一つ上。ーー俺が傷心中だっつってんのにあんたは容赦ねぇな」
「うん。だって他人事だもん」
「自分だってフられた癖に……つくづく嫌なヤツだ」

こんなに親切に聞いてあげてるのに失礼な、僕はそう口の中で呟いてから、言う。

「だって、何も知らないヤツに想像だけで同情だなんて、されたくないでしょ?」

ふうっと煙草の煙を吐き出して、僕は老成しきっていると評判の思考でもってそう言った。僕と知り合った誰もが言うのだ、七海マサキはオトナだと。達観しすぎていると。レイジの顔色なんて、窺わない。

「で?そいつ可愛いの?それとも綺麗系?」
「綺麗目、か。性格は大雑把だ」
「お前ギャップに弱いんでしょ。すごい単純」
「あ?」
「綺麗目で儚い系の見た目なのにすごくあっけらかんとしちゃってて、時々かけてくれる声だとか励ましの声にキューンってきちゃって気づいたらフォーリンラブ!いいねぇ青いねぇ」
「…………」
「図星?図星でしょ?ベタだねぇ……何かその人見てみたいかも。ねぇ写真持ってないの、見せて見なよ、チェックしてあげるから」
「……お前、腹の中におっさん飼ってんだろ」
「あっはは、君面白い事言うね」

こんなに饒舌になるのはいつぶりだろうか。確か、夏休みが終わった辺りーーあの二人がくっ付いた辺りからずっと、外に出ていなかったような気がする。

そもそも、この学校が特殊すぎるのだ。会長の幼馴染なんて、下手に接触してくる人間なんていない。それこそ、シノがいなきゃ、僕なんて一人だ。生徒会の人はみんないい人達だけれど、あの転入生が来て以来、みんな転入生にくっ付いて行った。転入生の側に居たくない僕が、当然彼らの誘いに乗るはずもなくって。いつしか僕を誘う人は居なくなった。変わらず僕に声をかけてはくれるけれど、気を使ってなのか、強引な誘いはなかった。僕のこの学校における交友関係が、いかに狭いかがよく解る。

「行こうかな」
「あ?」
「友達の“家”」
「お前にそんなともだーー」
「居るから。だから勝手にぼっち扱いしないでよ。もう、酷いんだから……まぁ、うん、久々に行ってこよう」

僕はそう決めて、週末に外に出る予定を立てる。みんな暇だし、来いという誘いの電話もしつこい位だったところだ。レイジのおかげで大分スッキリしたし、さて僕は部屋に帰ろうかと立ち上がる。煙草の吸い殻ーーは、明日でいいや。もしくはきっとレイジがやってくれる。うん、そうしよう。見返りは、ポケットにあったガムの最後の一個。ポイッとレイジに投げつけて、僕は伸びをする。

「じゃあ僕帰る。話、聞いてくれてありがと。そのガムあげる。また、ここ来るんでしょ?また会った時はよろしく」
「あんまりよろしくしたくねぇな」
「じゃあね、ゴミもよろしく」
「ああ!?」
「冗談だよ、置いといて。明日来たら自分で片付けるから」

あはは、僕は適当にそう言ってのんびりと屋上を後にする。誰にも見つからないように、いつもの経路で寮に戻れば、廊下に転入生を取り合ういつもの騒ぎが響いていた。ヒトのモノになったというのに、相変わらずよくやる。そんな事を思いながら、静かに部屋に入って行った。

そういえば、あいつの名前なんだっけか、確か珍しくて長い苗字だった気がする。僕は部屋で反芻しながらも思い出せなくて、まぁいっか、と制服のブレザーを脱いだ。ブレザーは、いつもより煙草くさかった。





list
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -