Main | ナノ

02



猶予カウント二日目の早朝。

一人になった廃工場で、俺は溜息を吐きながら座り込んだ。周囲には、先ほどまで蠢いていたおっさん方がくたりと伸びている。人数は少々多かったが、地の利がある俺は、そこそこ卑怯な手段を使いながら倒させてもらった。

のこのこと例の廃工場に現れた俺を待ち受けていたのは、今し方地面に転がっているおっさんが約12〜3。一緒に来てもらおうだの何だのと宣って、しかしそれを間髪入れずに拒否した俺に、襲いかかってきたのだ。突然の事にビビる俺に、本気の蹴りやら拳やらが襲ってきた。それを逃げ回る事でかわしながら、色々使って何とかかんとか頑張ったのだ。普通の喧嘩以上に疲れたのはきっと、気の所為ではないはず。

たかだか俺1人に対して10人以上も寄越しやがって、俺が化け物か何かだと勘違いしているらしい。生憎と一介の人間がバッタバッタと、怪しい人間を10人も20人も倒せる訳もない。喧嘩なぞせいぜい4〜5人。俺が強いだの何だの言われているのだって同じ年頃の人に対してであって、明らかに鍛えているヤのついていそうな人相手になんか勝てるはずがない。……今回はたまたまだ。

しかし、と俺(おっさんは省く)以外人気のない空間をぐるりと見渡してみる。だだっ広い空間の至る所には、錆れた機械が放置されており、隠れる場所、あるいは隠せる場所も多い。例えば先ほどのように、暗闇に怪しい人間が潜んでいても、中々気付きにくいのだ。或いは、誰も居なくなる時間を狙い侵入すれば、カメラの類いを仕込むのも簡単で、そして気付かれにくいという利点もある。そもそも、こうなるまで放ってしまった俺にも非はあるのだ。調べない訳にもいかない(恐らく10割方クロだろうが)。できれば、おっさん方が起きる前に済ませてしまいたいものだ。足元に転がるバケツやら段ボールやらを蹴飛ばして、俺は早速作業にとりかかった。


そうして調べれば、出てくる出てくる。隠しカメラだの盗聴器だの。まさかここまでだとは露にも思わず。俺の部屋からは見つからなかったスパイグッズがごまんと、それこそ大胆に。よくよく考えれば分かりそうなもの、あれだけ人が集まれば、容易くそういうものを仕掛けられる。自分の部屋ばかりに気を使っていたが、それがいけなかった。ーー否、そもそもが、ミズキにあれだけの情報を盗られているのだから、隠すだけ無駄だと、そう思い込んでいた。しかし、ミズキ以外にも好き者が居ないとも限らないのだから、そういう可能性も考えておくべきだったのであって……、と様々に考えている内に、俺は訳が分からなくなってきた。

おっさん方がどこから送られてきたのか、この場で調べてもよく分からなかったし、そもそもミズキの仕業であるという確信ももてない。どこかの誰かが、何かの目的のためにこんな事をやらかした可能性だってある訳で。しかし、思い当たる節もありすぎる程にある。俺は、考える事を早々に諦めた。俺の頭では考えるだけ無駄だ。相手がアンノウンな時点で俺には何も出来ないし、あちらからアクションを起こして貰わないとーー先ほど全員伸してしまったがーー二進も三進もいかない。

例えば今回のような事態が今後もあったとして、俺は彼らの要求に従い大人しくついて行くべきなのだろうか?それこそ手っ取り早いやり方で、相手の求めるものが何かを特定できる。だがしかし、何分無事である保証がない。色々やらかした過去もある訳で、不本意ながら『覚えてろよ!』との捨て台詞を頂戴した経緯もある。もしもそんな連中の襲来であったとしたら、俺が無事でいられるはずがない。

うだうだとそんな事を考えながら、見つかった超小型機の類いを、機械的に錆れた金槌で粉々に叩き潰していた時の事。

「サガラさん?」

突然かけられた声に、俺は文字通り飛び上がった。バッと勢い良く振り返って確認すれば、其処にいたのは、半井さんだった。少し前から好き好んでここに出入りするようになった、例のイケメン。ほとんど毎日のように会っていた筈なのに、ひどく久しぶりのような気がするのはきっと、連中の煩わしさのせいだ。そうに違いない。何故だか今日は特に、彼の柔らかい笑みにひどく癒された。

「半井、さん」
「ん。今日はどうしたの?こんな朝っぱらから……あの怪しい人達、サガラさんがやったんでしょ?」
「ああ、まぁ、色々あって。半井さんこそ、どうしてここに……?」

なぜこの場に半井さんが現れるのか、少しだけ訝しく思いながら、それを表に出さないように問いかける。まさか、とは思うが、今はどんな可能性も見逃す訳にはいかなかった。

「俺?俺はさぁ、スマホどっかに落としてきちゃったみたいで……」
「スマホ?」
「うん。真っ黒でちょっとちっちゃめのヤツ。昨日くらいから探してるんだけど、見つからなくて……学校行く前にと思ってさ」
「学校……半井さんは、大学生だったか」
「うん。この近くの○△大」
「成る程、それで……俺も、探し物をしてたが生憎それらしいものは無かった」
「うーん……あ、事務所の方は?多分あそこだと思うんだ」
「事務所……そういえば、見てない」
「そ?じゃあ一緒に行く?」
「ああ」

軽く会話をかわし、俺と半井さんは共に事務所の様子を見に行く事になった。俺が持ってきた機器は何の反応も示す気配がなく、恐らく俺の探しているものは発見されないはずだ。しかし、ここで断る理由もなくて。半井さんを一人で行かせるのも少し不安だ。こんな時には、何があるか分からない。

「事務所、あっちだっけ?」
「ああ」
「……そういえば、サガラさんさ、この前来た幼馴染の人と仲良いの?」
「え……ああ、まぁ、……」
「何、その歯切れ悪い感じ。やっぱ、前に何かあったの?」

柔和な笑みを浮かべながらも核心をつく半井さんは、本当に人を良く見ている。あの連中に対する接し方を見ても分かるが、そういう所に年の功を感じる。たった2〜3年しか違わない筈なのに。やはり、その2〜3年分、或いはそれ以上に、この人は俺たちよりも大人だった。半井さんのそういう穏やかな雰囲気も手伝ってか、俺はすんなりと、ずっと燻っていたことを吐露してしまった。誰からも聞かれた事はなくて、恐らく誰にも言った事のない事を。

「……前に喧嘩別れを、してて……」
「うん」
「謝られたけど、……俺は別に、怒ってはいなくて。でも、どこか大輝を疑ってかかってて、自分でもどうしたらいいかわからない」
「うん」
「大輝は何でもできるし、俺なんか放っておけば、自分の好きな道になんかいくらでも行けた筈なのに。大輝はそうするべきだと思ってる反面、……逃げたらまた探してくるのかとか、そんな事まで考えてる」
「…………」
「結局、自分では決められないから流されるしかなくて、……変えられたらとは思う、けど、俺には無理だーーーー半井さん、事務所開けます」

何故だか、俺は言葉を止める事ができなかった。この人の、人をホッとさせるような態度と、そして大輝とは何の繋がりもないという安心感が手伝ってなのだろう、恥ずかしい事をツラツラと述べてしまった。こんな事、絶対に誰かに言うつもりなんて無かったのに。タイミング良く事務所の扉まで来たのを良い事に、俺は誤魔化すように扉のドアノブに手をかけた(さっきの一瞬の出来事なんて無かったかのように)。

「電気も、付けた方がーー」

相変わらず埃臭い事務所に足を踏み入れながら、手探りで電気のスイッチを探す。今ではほとんど見られなくなった、紐を引く形の電灯は部屋のど真ん中に浮いている。俺の寝ぐらとなっていた時期もあって、物が多く、躓かないように辿り着くのにはコツがいる。朝でもやはり薄暗く、そろりそろりと注意しながら進む。そうして、紐に手が触れるか触れないか、そんな時に。突然、ぐいと腕を後ろに引かれた。暗い中、バランスもろくに取れずに、俺は床に倒れてしまった。幸い受け身は取れたものの、打った腰が痛みを訴えている。一体何が起きたのか。それを把握すら出来ていない内に、俺は目と鼻の先から響いてくる声を聞いた。

「サガラさんは、ここを出て行くつもりなの?」

半井さんだった。突然の奇行に唖然としながらも、確りと聞こえてきた声にしばらく言葉が出なかった。半井さんの声音から何かを感じ取る事なんて出来なくて。そもそも半井さんが、こうやって、引き倒した俺の上に馬乗りになるような行動に出たのか、理由は全く想像がつかない。俺は困惑しながら、声を絞り出す。

「な、……俺は、時がくればまた別の場所に行くつもりではあるけど、今はまだ何も、決められなくて……、半井さん、一体どうしーー」
「いつか、っていつ?」
「そんなの、今はまだ何もーー」
「今は、って事はいつか出てくの?ここのみんなを置いて?ーーもしかして、誰にも何も言わずに?」
「…………」
「ねぇ、何で?ここを出てく必要なんて、あるの?」

いつも柔和な半井さんには珍しく、矢継ぎ早に飛び出す言葉に動揺する。この人は特に、俺が消えると話したとしても別れを悲しみながら見送ってくれるような、そんな懐の大きな人じゃないかと、そう思っていたのだ。まさか、こんなに風に扱われるとは想像もしていなかったのだ。

そうして、半井さんは何かを考える素振りを見せたかと思えば。突然、フッと笑みを浮かべた。

「……そっか、なら、出てかれちゃう前にちゃんとさせとかないと。俺ゲイなんだよね」
「…………ん?」
「だからさ、俺、ゲイなの。同性にしか恋できないの。初めて会った時から、サガラさんがなんか気になってさ。色々探り入れる内にもう、ダメだと思った。サガラさんの側に、いたいと思うんだ」
「…………」
「ほんとヤバイよね……君に会いたいが為にここに通って、みんなに情報もらいながら話をして。……君はほんと、同性にモテるんだね……まぁ、サガラさん危なっかしいし意外にボーッとしてるから目ぇ離せなくなるの分かるけど。俺、柄にもなく少し焦ったよ。最初はホント、友達として近くに居れるだけでいいかな、って思ってたから。……さっきの、サガラさんがしてくれた友達の話ってさ、俺だから打ち明けてくれた、っていう解釈でいいんだよね?サガーーや、キョースケは俺の事、少しでも気に入ってくれてるって、自惚れてもいいよね?でも、だとしても、その話が本気なら、あんま悠長にしてもいらんない」

驚くべきカミングアウトに、当に呆然としながら、俺は目の前にある半井さんの綺麗な顔を眺めた。薄ら零れる明かりが頼りで、ほとんど周りが見えない中でも、鼻と鼻のつきそうな至近距離にある半井さんの表情はハッキリと読み取れた。茶化せるような雰囲気ではない。彼は本気で、そう言っているのだ。動揺する俺に、半井さんは続ける。

「ワタルーー俺の名前、ワタルっての。呼んで?」

ニコリと、綺麗な顔で爽やかな笑みを浮かべながら。しかし、どこか強制を含んだような声音で、小首を傾げている。それが余りにもチグハグで。俺はどうしてか、逆らう事が出来なかったのである。

「ワ、タル、さん」
「さんはいらない、ワタルだよ。さあもう一回、どうぞ呼んで?」
「ワタル……」
「よくできました」

そう言って、半井ーーワタルは本当に嬉しそうに、頬をほんのり染めて、とてもとても美しく、笑った。初めて会った時にも思ったが、この人は本当に、綺麗な人だ。半ばぼんやりとそんな事を思う。しかし、俺はこの時うっかり失念していたのである。今がどういう状況にあるかを。

「ご褒美」
「!」

そう言ったワタルの行動は素早くて。どうしてそれが俺にとっての褒美になると思ったのかは皆目見当もつかないけれども、そう持ち込んだワタルの手腕は驚くべきものだった。彼はとても手馴れている。こんな時すら年の差を思い知らされるとは、俺は随分と難儀な生活を送っているらしい。

雰囲気に呑まれ、抵抗すらロクに出来なかった俺の唇を、ワタルはいとも簡単に奪って。驚愕し過ぎて動けなかった俺を、手練れの如き舌技で翻弄してくる。

「んっーー!」

そもそも、男がキスで翻弄される事なんてまず無いのではと思っているのだがーー普通の男はまず攻める側にいる事が当たり前で、寧ろ相手を気持ち良くさせる側に居て、どこをどう攻めたら気持ち良くなってもらえるかだとか、自分をより好きになってもらえるようにだとか、そんな事を考えるようなものであって、

「んんぅ!」

こんなこんな、いやらしい音をたてて舌を吸われるだとか歯列を隈なくなぞられるだとか、そもそも首や頬をガッチリと固定されるだとか、普通、そんな事をされる筈がなくって、どう対処すべきなのか分からないのも仕様がない。熱を持った目でジッと見つめられて何度も何度も角度を変えられて息も絶え絶えに、俺は段々と何も考えられなくなる。余りにも、その熱烈な口付けが(人から与えられる好意が)気持ち良すぎて。終いには、ほとんど全身から力が抜けていった。

「ん、はっ、」
「ヤバっーー、俺我慢できるかな」

口付けの合間、そう言ったワタルは最早、いつもの柔和で優しそうな彼ではなかった。自らの上唇をべろりと舐め上げて。上気した顔に浮かべる笑みの中に、ギラギラとした雄を感じさせるようなーーそう、彼は肉食獣だった。






list
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -