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02


男前な彼は、店で周囲をざわつかせる程注目を集めていた。
あの後、俺はお礼をしたいと彼に申し出たのだが、話の最中にもギャル達が標的を彼に変えて襲ってきたり、どさくさ紛れに他の女の子達が彼に群がる等々、話も録に出来なかった。ああ礼をしたいのにあの群れに突っ込む勇気はない、と自分の情けなさに鬱な気分に浸っていた俺だったが、そんな時、彼が
『連れがいるからごめんね』
と強引に切り上げ、俺を引っ張って一番奥の席に相席する事となった。

「変なのに巻き込んですみません……」

本当に申し訳なさそうに苦笑する彼は、やっぱり男前だった。男前は男前でも、男らしさの中に綺麗さが混じったような男前。見ているだけで目の保養になる。さぞかしモテるのだろうな。そんな事を思いながら、さっきの騒動でやや冷めてしまったコーヒーを啜る。

「や、平気です。むしろ俺の方こそ、さっきはありがとうございました」
「いやいや、あれは偶然気付いただけですから」
「俺はすごい助かったんで……それでなんですが、お礼、したいんですけど……何かしてほしい事とかありません?最初は食事でも一緒に、とか思ったんですけど、野郎と二人でなんて嫌だろうし……だから、何か困ってることあったら言って下さい」

この話の中でようやく、言いたかった事をハッキリと伝える事が出来た。さっきは途中で女の子達に遮られてしまったものだから、達成感は倍増している。少し目を見開いている彼に、何となく優越感を覚えた。

「いや、でも悪いし……」
「俺は普段暇なんで、気にしなくて平気です。寧ろ礼が出来ないと俺が気にする、っていうか……」
「そう、ですか……」

俺の言葉に嘘はない。あんな失態をわびなきゃ俺の気が済まないし、経験上このままでは俺の鬱が一層酷くなるのは確実。それならば、こうやって何か礼をした方が断然良いに決まっている。

仕事でなければ滅多に他人と話をしない俺だが、話をする事自体は嫌いじゃない。何より、俺が何者かを知らないこの男と話す時間は心地好いし、良い暇潰しになる。あの廃工場に、今は戻りたくない。後で戻りはするが、しばらく、2〜3日は姿を見せないつもりだ。

「それじゃあ……今から少し、付き合ってもらえませんか?」

譲らない俺の様子を見た彼は、少し考えをする素振りを見せた後、ニッコリと笑いながら俺を仰ぎ見た。付き合う位なら全く構わないし、寧ろもう少し難しい課題でも良かったのだが、彼がそれで良いなら文句も言えない。

「全然、構いません」
「それならよかった……僕、一人でいると結構絡まれるんで、一緒に歩いてくれると助かります」

何となく、彼のやんわりとした雰囲気に癒されながら、こんな日もたまにはいいなと考えながら、彼の話に相槌を打った。




二人ともがコーヒーを飲み終えたところで、俺達は店を離れ町中をブラブラと歩いた。途中、彼の気に入りだという店に入り、アクセサリーや服を買って回ったりもした。時々、高くて買えないなぁと溢す彼の欲しがっていたアクセサリーを買い上げ無理矢理押し付けたりしたが、絡まれる事も逆ナンされることもなく、比較的平和に買い物をする事ができた。

自称下僕やら自称保護者だとかいう連中はいるが、友人と呼べる人間がいない俺にとっては、友だち関係とか言うヤツを満喫できた気がして少し楽しかった。口数の少ない俺に、ニコニコ話しかけてくる彼の様子を見て、何となく癒された。顔の良い男にコロッと騙される女の子の気持ちが分かる気がしたのは内緒だ。

ただ、『サングラスとってみません?』という彼の要求だけは拒否させていただいた。目付きが悪いのは分かっているからそんな事で彼を怯えさせるわけにはいかない――というのは建前で、ただ単に顔を覚えられたくなかった。ただ唯一、と呼べる人を作るのには、まだ勇気が足りない。

「今日はほんっとにありがとうございました!こんなにすんなりと買い物できたのは初めてです!いつもは、女の子にも変な男にも絡まれるしで大変なんですけど……イバさんのお陰です」
「や、俺も何だかんだで楽しんでたし……」
「そっか、それはよかった」

日も暮れ始めた折、俺達は駅前に来ていた。この人――ナカライさんは、電車で少し下った所に家があるらしく、それならばと彼を送って来たところだ。目を話せばすぐ人に寄り付かれる彼を、俺が心配したからだ。聞けば、彼も彼で色々と苦労しているようだから、何か力になれればと思ってしまった。

「僕もデートみたいで楽しかったです。ピアス、ありがとうございました!」
「……んん?あ、いや、大したことじゃないし、お礼のようなものだから」

……一瞬、変な言葉を聞いた気がしたが、ナカライさんが楽しそうだったのでサラリと流す。俺の周りは不良ばっかりだから、こういう柔らかい人は扱いはよく分からない。

「じゃあそろそろ時間だから、俺はこれで――」
「あ、イバさん、アドレス交換しません?」
「あー……、俺携帯持ってないから。……じゃあまたどこかで」
「えっ!?あ、ちょっと待っ――!」

携帯を片手に彼はそれを聞いてきたが、俺は軽くかわすとそのまま背を向けた。彼はなついてくれたようだが、俺はまだソレを必要としていない。事実、プライベート用の携帯は持ち合わせていない。勝手に持たされた仕事用が何台かあるだけだ。だから俺は、人混みに紛れて姿を隠しながら、その場を離れた。


「逃げられた……イバって、本名なんかなぁ?――あ゛ぁ〜クソッ、俺のバカ、もっと色々聞いとけば良かった」

この時の俺は、この出来事が後々傍迷惑な騒動を引き起こす事になるだなんて思ってもみなかった。あああの時あのカフェに入らなければ、と後に逃避する事になるのだ。






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