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燃え尽きる燐光



小屋一面が血だらけだった。
むせ返る程の、ひどくそそられる匂い。悲しい哉、種族の特性は消すことは叶わない。血の香りにはどうしたって惹かれてしまう。思わず自分の喉が鳴った。しかし、そんな陶酔などに浸っている場合ではないのだ。

「クロー、ド」

最早分かってしまっていても、床に横たわっている彼の名を呼ぶ事しか出来なくて、僕は唯只管にその場に立ち尽くしていた。目の前の現実が認識出来なくて、僕はその場で唯見ていた。

「見てるだけか?」

犯人は言った。
僕はその声に引き寄せられるように、左の壁際に顔を向ける。今まで散々見てきた、憎らしい男の顔。その返り血をほとんど全身に浴びていて、元の服の色なんか分からない程真っ赤に染まっていた。

「なんでぇ……?」

自分がどんな表情をしているのか分からないまま、僕は問いかける。その声は弱々しくも震えていた。

彼はーーウェインは、ただニヤリと笑って僕の様子を見ているだけだった。そんなウェインの視線にとうとう耐えきれなくなった僕は、ふらりと血塗れでうつ伏せに横たわるクロードに近付く。恐る恐る彼の肩に触れると、未だ残る暖かさが手に伝わってきた。まだ生きているのではという、そんな馬鹿みたいな希望を持ちながらしかし、僕は絶望して彼を仰向けに抱き上げた。バサリと切り裂かれた首元から、胸元から、未だ微かに垂れる血液。既にどす黒く変色しかかっていて、僕は食い入るようにその色を眺めた。こんな時でも惹かれてしまう彼の香りに、僕は遣る瀬無い気持ちになる。段々と冷たくなってゆくクロードの虚ろな目が、僕の目を捉えた。

「何て事だ……人殺しっ、人殺しーー!」

僕が呆然とクロードを見つめていた時だった。家の外が俄かに騒がしくなった。ハッとして扉の方をみやれば、扉はすっかり開け放たれていて、酷い形相をした村人が何事かを叫んで居るのが目に映る。彼等の表情から読み取れるものーーそれは恐怖だった。誰がやったかなんて、一目で分かる酷い有様。僕はクロードの亡骸を抱えながら、その事実に恐怖した。

「吸血鬼だ、ヤツらが出たぞ!」

そう叫ぶ男を震えながら呆然と見る僕は、もう僕はここで終わりだとそう思った。絶望に打ちひしがれる反面、クロードと共にこの場で死ねる事を僕は少しだけ喜んだかもしれない。ようやくこの苦しみから逃れられる、僕はそう覚悟したのだ。

だがしかし、この世はそう簡単に終わらせてくれるように、出来てはいなかった。

コツリ、僕の目の前に立った血濡れのウェインは、至極落ち着いた様子でしゃがみ込むと、僕の胸倉を掴み上げて言い放った。口を開いたウェインの声音はとても苦しそうでしかし、愉悦すら感じ取れるようだった。ウェインの背後では続々と武器を持ったにんげん達が集まっている。憎しみに濡れた彼等の表情からは、明らかな殺意が見て取れた。

叫ぶにんげん達の声よりも何よりも、ウェインの囁くような声に僕は引き寄せられた。耳を塞ぐ事も声を上げて叫ぶ事も出来ず、僕はウェインの言葉に頭を殴られたような衝撃を受ける。ゆっくりと、しかし着実に語られる言葉に、僕は目の前が真っ白になるような感覚を覚える。『はじまりの血筋』ーーそれがどういう意味を持つのか、一族では年端もいかない僕にも理解出来た。

「殺せ、殺せーー!殺られる前に殺れ!!」

一斉に蜂起した村人達は、雄叫びを上げながら襲い来る。僕はそれを視界にとめながらも動く事が出来なかった。僕から離れ、目にすら映らぬ速さで駆け抜けるウェインは、正に猛獣。次々と倒れて行くにんげん達を、僕はただ見つめている事しかできなかった。

しかし如何せん数の多いにんげん達。優に50を超える軽武装した集団に対し、ウェインはたったの1人。例え、いくら高速で動けて、武器を持たずとも相手を切り裂ける爪を持っていたとしてても、そんな無茶が通るはずなんてなかった。ウェインは捕まった。そして、僕の目の前で、呆然と見ている事しか出来なかった僕の目の前で、血祭りにーー。

「小僧、無事でよかったな……こいつの友達だろう?本当に残念だ。あの野郎が化け物だったと早く気付いていれば」

そう言いながら僕に近付いてくるにんげんは、僕の良く知るおじさんでーーたった今、彼に止めを刺したその人だった。信じ難い光景に本当に何もかもが恐ろしくなった僕は、近寄ってくるおじさんの気配を感じながらもすっかり冷たくなってしまった亡骸をただ抱き締め震える事しか出来なかった。本当に、恐ろしかった。仲間であり家族ですらあったウェインを、大好きだったクロードを、失った。それと同時に心の中に生まれた醜い感情が、僕を支配しようとする。ダメだと思うのに、感情は膨らむばかりで。僕は僕自身に疼く思考に恐怖した。家族の仇は皆殺しーー叫び続ける本能に、僕は。

「化け物は皆滅べばいいのに」

おじさんが僕に触れたその時。
僕は決壊した。



* * *



裂いて壊して棄てて、僕は散々に暴れた。一体何処からこんな力が湧いてくるのだろうと思えるほど、それは酷いものだった。最中に覚えているのは本当にごく一部で、今思い返しても暴れていた当初の記憶はあまりない。一面、それこそ村中が血の海で、気付いた時には僕以外生きている者はいなかったほどだった。

結論を言おう。
僕は一人で、村を一つ食らいつくしたのだ。それも、その村にいた仲間すら、一人残らず。

その時、僕の仲間を殺した村人達を僕は心の底から憎んだ。クロードを殺された時よりも強く激しく。その事実に少しだけショックを受けながらもしかし、長年面倒を見てくれた仲間への想い入れが強かったのは当然のようにも思われる。だがやはり、クロードへの想いが仲間に対するものに劣った事に少なからずショックを受けていた。あんなに大好きであったのに、僕はとうとう家族以上に彼を愛する事が出来なかった。もっとずっと一緒に居られさえしたら、僕は彼を一番に考えられるようになっただろうか?今となっては、想像でしか語る事は出来ない。

殺される間際、ウェインは言った。滅びゆく一族は皆、にんげんに殺される事を良しとしていないと。そして、国を奪われ自由を奪われ尊厳を奪われ、しかしにんげんを強いものと認められないで居る一族は、永い苦しみにーー生きているという苦しみに喘いでいると。だからこそ、一族は一族の手によって滅びなければならないのだ、一族を統べるべき『始まりの血筋』ーー王族の直系によって。

それが、王族の義務だと。
僕はその日、取り残された村で一人、生きている苦しみに慟哭した。






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