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飛んで火に入る



『おやおや、貴方から電話とは珍しい……どうかいたしましたか?』
「例の調査の件」
『ええ』
「少し待ってもらえるか」
『……猶予が欲しいと?』
「ああ」
『成る程……貴方の条件の方はいいんですか?調べ終わりましたよ?
情報は新しいものでないと、価値がないんじゃあありませんかねぇ』
「ああ……」
『歯切れが悪いですね、貴方らしくない。何かーーこの私に隠し事でもあるんですか?』
「…………追い追い話す」
『いつも以上に覇気がない、つまらない』
「色々あるんだ」
『イバタキョウスケくん』
「!」
『私は君の事を買っている。あまり私をがっかりさせないで欲しいーー……3日、それ以上は待たないよ。君の責任を持って、精々選ぶといいよ』

ブツリと唐突に切られた通話に、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。何度か男のーーイズミの依頼を断った事はある。しかし何れも、あんな態度を取られた事は今まで無かったのだ。腹の虫の居所でも悪かったのか。それとも、ーー俺の考えを見透かされてでもいるのか。


真っ黒になった液晶の画面を見ながらしばし考える。イズミの依頼は九十九一族の情報を調べる事。しかし九十九はかつての幼馴染の家の事で、俺はイズミの依頼のせいで大輝と再会を果たす事となった。イズミはほとんど全て俺の事を知っていて、出身地も本名も、それこそ実家だって恐らく知っているはずだ。俺名義の携帯電話が作られているという事にも説明がつくし、何らかの形で両親とも接触している可能性が高い。ーーつまりは、大輝との接点がある事を知っているかもしれない。そしてきっと、大輝が何者なのかも。
『ヤバい奴等が彷徨いている』
大輝の言っていたその言葉と、俺に提示されたイズミからの依頼。無関係だとは言い難い。

そうして俺は、背筋の寒くなるような推測に身震いする。ここに来て、あの男の恐ろしさを痛感する事に成ろうとは。イズミという男は、どこか飄々として捉えどころの無い男だ。時折からかうような通話をしてくる事も、下らない誰でも出来るような些細な依頼をしてくる事もあった。いつでも余裕綽々で、しかしからかうような言葉遊びの端々には、酷く冷たい響きが垣間見える。表向きに騙され近寄ってしまったら最後、彼の手の上でコロコロと転がされて好いように遊ばれ続ける。彼と会話をしていると、そんな気分にさせられる。居場所も組織も本名すら知らない。知ろうとした。けれど無理だと知った。

大輝の言っていたヤバい奴等とは一体どこの人間なのか。もう少し、大輝に詳しく聞けば良かっただろうか、後で2人きりの時に聞いてみよう。そんな事を考えながら、与えられた3日という時間をどう行動するか、俺は悩んでいた。



いくら強者を気取った所で本物には到底敵わなくて、結局の所、自分でどうにかできないような人間は本物の前にある駒でしかない。駒を沢山掻き集めて動かし、要らない駒は捨てる、要るものは奪う、そうして勝ち進むのは、先を読める強者だけだーー。



* * *



猶予は3日、そう告げられてから丸1日が経過した。携帯電話を片手に、繋がらないコールに苛立ちと焦りを覚え始めた。相手は大輝だ。つい昨日、家に上がり込んで来たかと思えば、これまでに俺が受けてきた依頼を散々問い質して帰っていったというのに。何度かけようとも、電話をとる様子がない。確かに、用事がなければ俺から大輝に連絡をとる事は無い。大輝もそれを十分理解しているはずだ。だがそれにしても、だ。大輝の方が押しつけてきた真新しい携帯の番号に出ないというのは、一体どういう了見なのか。わざわざ専用機を作ってから連絡を取れるようにしたのは、大輝の方だというのに。

妙な引っかかりを感じながら、俺は大輝に指示された通り部屋で過ごしている。依頼は、相手の反応を見ながら極力断るようにした。大輝の言う通り、何か嫌なものを感じながら、普段よりも妙に多い依頼を仕分けつつ断りを入れていく。出向く必要のあるものは特に、じっくりと精査しながら慎重に。そうしている内に、段々と画面を見ている事が苦になってくる。次々と流れてくる電子メールの受信音が耳について、じっくりと裏を読んで考える事が嫌になってくる。こんなに一度に依頼が流れてくるなんて、何かがあったのだろうか。こういう時は何にも関わらず肩持ちせず、何かぎ過ぎ去るのを待つしかない。今までだってもちろんそうしてきた。長く続けるにはそういう傍観者であるといつ態度が必要不可欠なのだ。

苛立ちと苦痛に耐えながら、電子メールの件名を流し読みしていたその時だった。妙な電子メールを受信したのだ。件名も名前も無く、しかし重い添付ファイルを載せて。不審に思いながらも、仕掛けが無い事を確認して開く。中身すら何も書かれておらず、ただ本当に、添付だけが載せられた奇妙なものだった。送り先は在り来りな数字の並んだフリーメール。間違えて送られてきたか、或いは辿れないような手の込んだものか。訝しげに思っていると、再び同じアドレスから電子メールが届く。今度は、件名にアルファベットと数字の羅列が並ぶだけ。それ以上、何も情報はなかった。

添付されていたファイルは暗号化されているらしく、二つ目の電子メールの件名が鍵となっているようだった。それ以上何か細工されているようにも見えず、そうしてとうとう観念した俺はファイルを開く。


開いた瞬間、うっ、と声が出そうになるのを堪えて精査をする。圧縮されたファイルの中には、サイズギリギリまで画像が詰め込まれていたのだ。サムネイルから読み取れる中身は当然ながら写真データ。焦る気持ちを抑えて、何もない事を確認してからようやく、拡大して中身を見ていく。予測こそしていたものの、ここまで細かくチェックされているとは思わなかった。ファイルに詰め込まれていたのは、ここ数日共に居た大輝との2ショット写真ーーそして、廃工場に訪れる人間全員の写真だった。



全てのデータをチェックし終わり、脱力するようにチェアの背にもたれ掛かる。弱った、と両手で髪をかき上げれば少しゴワゴワとした手触りのそれが手の中から逃げて行く。だから、奴らには言ったのだ、必要以上に関わるなと。俺自身、こういう事態も覚悟の上で仕事を請け負っているし、普段から警戒は欠かせなかったはずだ。部屋から必要以上に出ないのだって、関わりを出来るだけ制限しているのだって、飛び火するのを恐れていたから。
いつから、俺は緩んでいたのだろうか。

思えばここ数日で周囲が劇的に変化している。以前の俺ならば、廃工場の連中とあんなに接触をするなんて考えもしなかった。絡まれても殴りつけて受け流したし、ガラス張りの事務所に篭り外にはほとんど出なかった。チームだの何だのと言い出した邪魔な奴を追い出したのは随分前の事で、それ以降俺をリーダーと呼ぶ人間はさっぱり居なくなったのだ。それの代わりにと、サガラという名で呼ばせる事を了承して半年ほど。俺はすっかりそう呼ばれるようになったのだ。

思い返せば思ったよりも長い時をこの街で過ごしている。そんな、一年以上も堅持してきた俺の習慣を壊したのはあの時、石島達が現れた時からではなかろうか。それまでは不用意に外をうろつく事なんてなかったし、事務所やアパートに篭っていれば干渉を受ける事もなかった。俺がそういう性分である事もさながら、請け負う仕事の特殊性を理解した上での習慣だったのだ。

相手がミズキにしろ厄介者の関係者にしろ、我慢を強いられるこの状況。全くもって俺の苦手な分野である。昔から我慢は苦手で、それでも無理矢理に抑えつけていた反動でもあるのか、前以上にコントロールが効かない。何かあれば思うまま行動するか、避けるかの二択。それ以上に相応しい術も見あたらず、今まできている訳なのだ。だからこそ、俺はこの環境についても考えなければならないだろう。連中と少なからず関わり合いを持ってしまって、現時点で連中に害が及ぶ可能性まで浮上してきた。……本当に、俺共々どうしようもない。おまけに、こんなどうしようもない俺に関わろうとしてくるような物好き達に、(認めたくはないが)愛着のようなものが湧いている事も否定出来ない。さながら、癖のある猛獣を手懐けられる唯一のトレーナーのような、そんな気分ではある。

そろそろ潮時なのだろうかとも思いながら、俺は分かり切った罠に飛び込むか否かを只管に考える。連中をそのまま切り捨ててしまうか、姿を眩ませるか。それとも、自分の中のなにかに気づかないふりをしながら大輝の誘いに乗ってしまうのも、一つの手なのかもしれない。そんな事まで考えながら、俺はたった一人で与えられた時間を過ごした。

結局丸2日、大輝と連絡がとれる事はなかった。






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