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追い詰められる



あの事件があったのは、つい昨夜の事。今日をどうするか、俺は決めかねていた。

あんな風に逃げ帰ってしまって、他の連中には何だろうと思われただろうし、あそこに来ていたあの元クラスメイトも不審に思っただろう。それに何より、自分が一番驚いている。たったあれだけであんなに動揺しただなんて。

一晩明けて、俺はつらつらと昨晩のことを考えながら、普段は歩かない繁華街をブラついた。大抵街を出歩く時、俺はサングラスや眼鏡をかけて歩く。絡まれるのを防ぐためだ。シルバーに染めた髪に加え、折り紙つきの目付きの悪さは不思議とガラの悪い連中を引き寄せる。
正直、調子に乗って染めてしまった髪も隠せたら良かった。しかし、帽子にサングラスだなんて、ただの不審者か芸能人を気取る一般人か、どちらにせよイタい人間だ。と、そんな下らない理由で、俺は目の見えないサングラスを着用しているのだ。幸い、低くはない身長のお陰で、外見的には見られる格好にはなっているがやはり、目立つ事には変わりなかった。

絡まれはしないが、チラチラと窺うような視線を感じつつ、俺は溜め息を吐く。気晴らしに来たつもりが余計に気疲れしてしまいそうだ。考えも纏まらず、危険な思考にたどり着きそうな程憂鬱な気分だった。このままの気分でただ歩いていると、本当に危険な考えに辿り着いてしまうような気すらしてきた。悲観的な思考をどうにかしろ、何処かの誰かに言われた注意を今更になって思い出しながら、俺は気分を変えようと立ち止まる。とりあえず、このとんでもない方向へ行ってしまいそうな危ない思考をどうにかすべく、俺は偶然目に入ったカフェへと足を踏み入れた。


いらっしゃいませ、そんなお決まりのセリフと共に俺を出迎えたのは、今の俺にピッタリの空間であった。適当に選んだ割には、ほんのり薄暗い店内と異国を感じさせる雰囲気が、荒んだ心をじんわりと落ち着かせる。ホッと一息をついてから、オススメだという珈琲飲料を注文した。そうしてしばらく。受け取りのカウンター前で手持の現金を整理していた時だ。

「お兄さんひとり?」

不意に声をかけられた。覚えのある状況に若干の苛立ちを覚えながら、一度目は無視をする。出来るものならば関わりたくないのだご。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、その声は容赦がなかった。

「ねぇ、そこの銀髪のお兄さん、聞こえてるぅ?」

再び無視でもしていようかと思ったのだが、腕を掴まれてはそうもいくまい。俺は観念して振り返る。そこには予想した通り、巻き毛の女達が俺を囲っていた。鼻につくような香水の匂いと化粧品らしき匂いが、持ち上がりかけていた俺の気分を一気に突き落とす。この格好がいけないのは分かっている。しかし、今更変えるのも癪に障るじゃないか。俺は適当に彼女達をあしらいながら、目的の商品が出てくるのを待った。遊ぼうよだの、何をしているだのしつこく迫ってくる。だが、逆ナンだと浮かれては痛い目を見る。経験、と言うよりは聞いた話から色々知っている。

金を貢がされた挙げ句逃げられた話やら、素顔を見せた途端、期待させやがってこのブサイク、となじられた話、俺の女に手ぇ出しやがって、とヤの付くあんちゃん達に金を巻き上げられた話等々、耳にタコが出来る程注意された。

近づいてきた女男にも女にも注意してください、アンタは色んな意味で喰われます、と自称下僕達によって散々教え込まれたものだから、俺には自然と警戒する癖がついてしまった。その癖もあるせいか、こうして迫られる度に俺は必ず断るようにしている。強引なのが余計にいけない。俺は辟易した。

「ねぇねぇ、ちょっとだけだからさぁ……」
「……悪いが、」
「えぇー、そんな事いわずにさーぁー、遊ぼうよー」

面倒臭いという心の声が全く伝わるハズもなく、彼女達はしつこく迫ってくる。こういう連中はどうして皆こうもしつこいのか。懐に眠る金のニオイを嗅ぎ付けてきたのか、肉食系とかいうヤツだろうか。だから鼻が利くのか。

そんな下らない事を考えながら女達の誘いを適当な事を言いながらかわしていた時。ようやく目当てのコーヒーが出来上がった。やけに時間を食ったな、そんな事を考えながらコーヒーを受けとれば、女達もようやく諦めたのか、ケツの穴の小せぇ男だな、だのなんだの小声で呟きながら店を出て行った。……女は切り替えが早すぎると思う。
ようやく解放された、そんな風に安堵して、コーヒーを片手に店の奥に進もうとしたその時。

「あ、ちょっとお兄さん」

再び後ろから声をかけられた。しかも今度は肩をポンポンと叩かれて、しかも声からして今度は男。何だ今日は厄日か、と思いながら、俺は仕方なく振り向いた。

「これ、忘れてません?」

振り向いた先には、ニコニコと人好きのする笑みを浮かべた、見た事が無い位の超絶美形のお兄さんが立っていた。今風の茶髪は軽くウェーブがかっていて、眼力のある切れ長の目がとても印象的。身長は俺よりも低いが、ファッションにも気を使っているらしく、シャツにジーンズだけの俺とは違って、ベストと細身ストレートのスラックスにブーツのスタイルが良く似合っていた。

こんな綺麗な人店に居ただろうか、だなんて考えながら差し出された物を見遣る。それは、さっきまで俺が手にしていたはずの現金だった。

「あ……」
「カウンターに置き忘れてましたよ。あの女の子達に持ってかれそうでした」
「すみません。ありがとうございます」
「気を付けて下さい」

恥ずかしい事に、どうやら俺は気を取られている内に金を盗られそうになっていたようだ。何とも申し訳なくて、頭を下げながら金を受け取り、素早くポケットに戻した。

普段財布を持ち歩かない俺は、現金をいくつかに分けてポケットに忍ばせている。財布は重いし、万が一盗まれでもしたら隠し通してきた個人情報が流出しかねない。だからいつも万札を数枚と、小銭を持ち歩いている。
そして今、その内の万札と千円札数枚を、あろうことか受け取り口のカウンターに置き忘れたらしい。考え事をしていたせいか、気もそぞろにとんでもない事をやらかした。

目の前の男が男前すぎて余計に申し訳なく思ってしまう。昔から変わらずの引きこもりでしかもこんな男前の手を煩わせてしまって、自分は何てダメな奴なんだろう、いっそ死にたいと、一瞬の間にそこまで考えてしまって、俺は自分の思考の危険具合に益々落ち込んだ。






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