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02




「成る程!それでサガラなのか」
「そうなんだよ!コイツ徹底的に痕跡消しやがってよ、俺がどんだけ苦労した事か……お前にはホント感謝するぜ石島」
「分かる、分かるぞさーー九十九。コイツ昔さ、習い事の教室行きたくないってんで散々逃げやがって……俺しょっちゅう駆り出されてたわ。見た目の割に逃げんの上手いもんだから、苦労したんだぞ」
「そらすまん、幼馴染兼保護者として謝っとくわ。……それと、言いにくいなら大輝でいいし」
「おー、じゃ、大輝な」
「ってことで、これからも監視ヨロ!キョースケこっから梃子でも離れねぇって言い張ってるし、俺仕事あるから一旦は戻んねぇと」

頼む辞めてくれ、俺は何度コイツらにそう訴えただろうか。しかし、2人の昔話は留まる事を知らず、廃工場のど真ん中、皆が注目する中でベラベラと有る事無い事喋ってくれやがった。小学校の逃走劇から中学時代のあれこれ誘拐劇などなど、俺の精神はすっかりボロボロだった。

少なくとも、この廃工場の中で俺は正体不明の強者を気取っていたはずだ。別に、自分格好良いだとかモテたいだとか考えているわけでは無かったけれど、イメージ位は良くありたかった。そう。誰も俺を知らない中で、文句も詮索とも無縁な場所で好きにやりたかったのだ。

「よしきた!ジュンヤも気になるみたいだし、しばらくは見に来るよ」
「だとよ、キョースケ」
「…………」
「んだよ、いい加減観念しろ。返事しねぇとここでべろちゅーブチかますぞ」
「おまーーっ、そこまでするかよ普通……」
「冗談に決まってんだろ。他の連中は本気にすんのかもしんねぇけど」

大輝に背中に乗られながら物騒な発言をされて、俺は背筋にヒヤリとしたものを感じる。そう、確かに大輝の発言はただの冗談に違いないのだけれども、ここではその言葉が一部の連中を刺激すると言うか……。

「べ……べべべべべべべ」
「はしたない乱れている……幼馴染とできるならこの僕とも当然ーー」
「なんかちょっとだけ、見てみたい気も……」

末恐ろしい。この後始末をするのは誰だと思っているのか。恨みがましく見上げれば、大輝は愉しそうに笑顔で言ってのけたのだ。

「大切な幼馴染をようやく見つけたんだ。これからお前の世話は全部俺が見るんだから、それ位したって当然だろ?なぁ、キョースケ?」

ぞわりと鳥肌が立ったのは、きっとその言葉の意味を正確に理解したせいだ。散々逃げて回ってくれたこの落とし前は付けさせてもらう、そして、絶対に俺を逃がしてはやらないと。まるで犯罪予告。

「罪滅ぼしだ」

それでも、その言葉はきっと大輝の本心であって、俺がどうにか心変わりするのをきっと期待している。心の底には罪悪感があって、大輝はそれを引きずっている。それが本当に親友に対する申し訳なさからくるものなのか、はたまたただの同情からくるものなのか、それを知る手立ては俺にはない。いや、きっと声に出せば大輝は本心を教えてくれるだろう。隠すことが苦手な大輝だから、きっとそれは本心であるに違いない。だがしかし、俺が大輝に尋ねる事は絶対にないだろう。

俺はどこまでいっても、臆病者でしかないから。

「俺はお前が掘られても暖かく迎えてやる」
「てめぇこの……シね!」
「ああん?この俺に向かってそんな事言っていいと思ってんのか?連中焚きつけたろか?」
「…………分かった、俺が悪かった、だからそれは辞めろ」
「よし、それでいい」

ダメだ、ずっと分かっていたことだったが、俺はすっかり忘れてしまっていた。大輝にだけはいつだって、俺は敵わなかったのだ。計画的な犯行なんて大輝にはお手の物で、周りの人間を手駒として使うのも造作もない。喧嘩は俺にこそ敵わなかったけれど、強いと思い込んでいる勘違い野郎を、一撃でノックアウトできる程には強かった。恐らく今も、その鮮やかな腕前は健在で、イツキやタチバナにもきっと引けをとらない。敵にしたら絶対にいけない奴なのだ。

そうして、大輝は突然声音を変えた。先程まで、皆に聞こえるような大声で高らかに話していたというのに、一転して内緒話のように小声で話し始めた。屈んで、耳に顔を近付けて言うその声は、聞いたことの無い程真剣だった。突然の変わり様に、俺は反応できなかった。

「キョースケ、お前何かあったらちゃんと言えよ」
「は?自分でやらかしといて今更ーー」
「そうじゃない。お前が知ってるかどうかは分かんねぇけど、最近ヤバい連中が俺の周囲をこそこそ嗅ぎ回ってる。お前んとこに行かねぇとも限らない。ーーしばらくお前、仕事休めよ。別に生活には困らねぇだろ?こっちから保障してもいい。休め、断れ」

余りに真剣で、俺は何も言えずただ首を縦に振ることしかできなかった。こういう大輝の予想は案外当たるのだ。昔から、大輝の言う通りにして外れた試しがない。寧ろ、俺が大輝に反抗したせいで面倒臭い目にあった程だ。

何だかんだ、俺はずっと大輝に依存していたのだ。なんでも出来て誰からも頼られる存在である大輝。追い付きたくても追い付けなくて悔しくて嫉ましい。それでも嫌いになれなくて、考えてしまうだけでぐちゃぐちゃになる心を俺は持て余していた。あの事をキッカケにどうにか離れようとしたけれども、結局失敗に終わった。信用出来ないと言い張るのとは裏腹に、俺はすっかり大輝の罠に掛かってしまっているに違い無かったのだ。



* * *



「サガラさんっ、あの人一体何者ですか!?あんなにベタベタくっついてーー!」
「べろちゅー……」
「おいアンタ、俺と勝負だ!」
「ジュンヤ……」
「サガラさんキョースケって呼ばれてたね」
「サガラさんあいつ何なんすか!?幼馴染って嘘っすよね!?」
「まじイケメンばっか……俺どうしよう」

そんなこんなで、散々引っ掻き回した大輝が帰った後。予想通りの修羅場が俺を待ち受けていた。結局の所、元々あった俺のイメージは粉々に消え去ってしまった。それこそ今更な気もするが、詳しい事情を聞こうと大勢が群がるような有様だ。こんなのは望んでいない。俺はもっと静かな場所で、静かに過ごしたい。寧ろ一人になりたい。いっそ暴れてしまおうか。そう思ってしまう位には、ストレスだった。

「お前も、大変なんだな……」

そういう石島の言葉が胸に沁みるようだった。






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