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理想と現実



僕はその世に生を受けた。
不思議な事に、僕は記憶をーー人であった頃の記憶を持ったままその世に生を受けた。

「何と醜い色かーー!」
「漆黒同士でなぜこのような薄い色が産まれるのだ」
「折角の投資が台無しではないか!」
「こんなもの、殺処分してしまえ」
「まぁまぁ落ち着きなされ。この飛獣も折角産まれ落ちた、其方に価値は無くとも、飛獣の保護は我々の義務でありまする。私が買い取りましょうぞ」

生憎と、僕は人では無いらしい。母親に身体中を舐められながら目の開かない暗闇の中で、自由に動かない身体を動かそうと必死でもがいていた。不思議と、耳はハッキリと聞こえているらしかった。

「全く、お前のせいで逆に金をせびられたではないか、不細工め。産まれてしまっては殺すに殺せない。嗚呼……適当に育てて、闇市にでも出すかねぇ。色は汚いが初めて見る。物好きの一人や二人、いるだろうかねぇ」

かつて人間であった僕は、15年という短い生を自らの意思で絶った。
どこかの国では昔、自ら命を絶つ事は大罪であり、即刻地獄行きになると信じられていたらしい。しかし、多神教の国で暮らしていた僕にとって、それは苦痛から逃れるためのただ唯一の手段であった。生きているだけで苦しむのならばいっそと。そして今、僕はおそらくその咎めを受けているのだろう。自殺は大罪ーーそれは強ち誤りではなかったのかもしれない。



その日から2年後、飛獣と呼ばれるらしい僕は、見世物小屋へと売られた。見世物小屋と言っても、それは謂わばサーカス団のような所で、僕は鞭を振るわれながら芸を仕込まれた。

「リン、ほらっ今だよ後脚で立つんだ!」

金色の髪をした女は叫びながら地面に鞭を打つ。すっかり、その鞭で打たれる痛みを覚えた僕は、彼女の言うことを聞かなければならないことを理解した。僕の首に巻かれた皮の首輪はどういうわけか、その首輪は彼女の思い通りに締め付けたり弛めたり出来るらしい。僕の暮らしていた世界とは違い、この世界には魔法があるようだった。

「そう!よくやったリン、いい子だ」

彼女はこのサーカスの看板娘だ。猛獣使いだとかそういう類いの芸をする。美しい容姿にスラリとした体型で身長もそこそこあるようだ。年齢は16だと団長が話していた気がする。このサーカスには入って2年程だというが、客からは中々好評だとか。そういう僕も、ここへ来て丸1年になる。住み心地が良いとは言えないものの、僕はここが少しだけ気に入っている。鞭打たれる事もあるが、あのブリーダーから受けた仕打ちに比べれば何倍もマシだった。

彼女の名前は、リザというらしい。名前もなかった彼女に、団長がつけてくれたという。そういう僕の名前は、リザがつけてくれた。響きが良いから、とリザは撫でながら話してくれた。

リザは時々、僕を自分のテントに連れて行ってくれることがあった。彼女のテントは僕の檻よりももちろん広くて、少しばかりの本と服、そして寝床が置かれているシンプルなものだった。寝床のふかふかのマットとふわふわの毛布がお気に入りだと言っていた気がする。僕がリザのテントに入るのを許されるのは、大抵新しい大技が完成した日の夜だった。そういう時だけ、僕はリザの隣で寝ることを許される。

リザは夜になると、蝋燭の灯りを灯しながら本を読む。サーカスに入る前、リザは文字が読めなかった。しかし、団長が沢山の本を用意して教えてくれたおかげで、今は沢山の文字を覚えたという。それを忘れないように、自分で稼いだお金で本を買って、毎晩辞書を片手にそれを読む。そして、僕が隣で寝るとき、リザは僕の横で本の物語の内容を教えてくれるのだ。時々、飛獣の話が交じることもあった。

リザのおかげで少しずつ、僕は僕の事について知識を身につけていった。この世には魔法がある。リザには少しだけ、物を動かす力と空間を把握する力がある。この首輪にもリザの魔法がかかっていて、リザには僕がどこにいるのかすぐにわかるのだという。そして、僕ら飛獣は空を飛ぶことができる魔法と、姿を変える魔法が使えるのだそうだ。空を飛ぶ事は出来るけれど、僕には姿を変える力の使い方が分からない。力の使い方を覚える前に、仲間と引き離されてしまったから。そもそも、その時まで、僕にそんな事ができる力があるなんて知らなかったのだ。

そして、飛獣は体毛によって強さが違う。漆黒ほど強く逞しく、白銀ほど美しくしなやかで高い知性を持つのだという。逆に、色に金や茶の混じりがある程雑種と言われ知性はあまり無い。唯でさえ数の少なかった飛獣は、人間に狩られる内にどんどん数を減らしていった。今では、世界に百いるかいないか、といった所らしい。故に保護動物として指定されているとかいないとか。だからこそ、漆黒とも白銀ともいわないどっちつかずで生まれた僕は、それでも殺される事なくこうして生活しているのだ。

野生の飛獣、特に漆黒や白銀といった珍しい飛獣は驚く程美しいと言われている。しかし、知性のある彼等を捕まえる事は難しく、滅多に見ることは叶わないのだそうだ。僕はここでの親の顔を見たことは無いけれど、聞く所によると母も父も、それはそれは美しい漆黒だったという。そういう彼らから生まれたはずであるのに。なぜ僕はこんな色なのだろうか。これはただ純粋な疑問だった。


「お前は物覚えが良いな。明日からは次の技を覚えよう。おいで、ご飯だ」

僕と2人きりの時に、リザは饒舌になった。リザは人が嫌いだという。彼女は、人に捨てられ人に犯され人に殺されかけた。そんなリザはいつだって男勝りだった。たかだか2年のいじめくらいで命を絶った僕とは違って、辛くとも決して逃げなかったリザ。必死に生にしがみついて、血反吐を吐くような苦しみを味わったのだ。そうして散々な目に合った挙句、リザはこのサーカス団に買われた。絶望した彼女はしかし、入団してすぐにめきめきと猛獣使いとしての頭角を表していった。どんな凶暴な獣もリザは手なづけたし、生まれつきの美貌も手伝いあっという間に大鳥を務める人気者へと変貌した。彼女の物怖じしない言動に目を潜める人は多かったが、その反面、彼女にはたくさんのファンがついた。

リザは、人は嫌いだという癖にこのサーカスの事は嫌いではないのだという。自分を地獄から救い出してくれた団長には少なからず恩を感じているらしい。好きだと口にしない所が実に彼女らしい。

僕はきっと彼女が好きだ。そして尊敬している。影で何を言われようが何をされようが、毅然とした態度で臨むその姿が美しいと思った。

「リン、いつか私と旅をしよう。お前の背中に乗って、世界中をみたい」

犬のようにご飯を食べる僕に向かって、彼女は笑ってそう言ったのだった。






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