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晒し首



ーー溜まり場の連中を見たい

大輝がそう言い出したのは、互いが一通りの現状を語り終わった頃だった。俺の部屋からそう遠くない場所にある廃工場は、発展したように見える街の外れにある。その周辺は近年の区画整理から除外され、街の中心とは違い古びた建物の並ぶ寂しげな区画となっている。街から忘れ去られたように放置されている工場はどうやら違法建築物のようで、買い手もつかず廃業時のままになっているようだった。

そこを拠点にしようと考えたのは、この地にやってきたばかりの当時の俺だ。来たばかりで、一夜を凌ぐ旅館すら見つけられなかった俺が辿り着いたのがここだった。来たばかりの頃はそこら中埃だらけで、一番綺麗そうな管理事務所跡に目をつけた。思った通り、その狭い空間は俺には丁度よく、寝心地は兎も角として自分しか居ない空間に安心したのだ。それが、この街に居座ろうと決めたキッカケであったようにも思う。

「なんだ、案外ちっさい街だな」
「小さいから把握しやすい」
「お前、近所付き合いとかできんの?」
「……別に、噂でも何でもとっとけば十分だろ」
「コミュ症」
「うるせ」

並んで歩きながら、昔のような下らないやり取りをする。状況も見た目も何もかも変わっているのに、意外と違和感はなかった。まるで、最初から変わらず、ずっとこうであったかのように。歩きながら一方的な大輝の質問を聞き流し、俺はそんな事を考えていた。その時だった、唐突に大輝は質問を繰り出してきた。

「そういや、お前なんで昨日あそこにいたんだ?仕事?」

その瞬間、俺はようやく気付いたのだ。仕事の依頼の事、そして胸の内に燻る違和感を。思わず足が止まる。気付いてしまった。

「ーーキョースケ?」

あの男はーーミズキは一体どこまで分かっていて、俺に接触しているのだろうか?この依頼で俺はかつての友と再開したのだ、調査対象として。そういえばと、初めて依頼を受けたあの時を思い出す。あの時、彼は一体何と言っただろうか、自分の記憶が正しければ、彼は噂で俺を知ったと言った。それは特段珍しくないようにも見えるが、しかしそもそもが、俺は噂になるような大きな仕事を受けた覚えがない。

金が欲しくなった時、俺は自分から出来そうなものを物色していくのが常だ。相手から請われて依頼を受けるような時は、決まって得意先やその紹介に限られる。手広くやりたい仕事でもないからこそ、そういう手法をとっているのだ。

ミズキの言った噂。その話は本当だったろうか。一体どこからその噂を突き止めて、どういう判断基準をもって俺に依頼しようと決めたのだろうか。フリーランスの情報屋など今時珍しくもない、巷にこの手の人間はゴロゴロしているし、俺のような中途半端な腕なんかそれこそ溢れる程だ。その中からどういう訳か俺が選び出され、 偶 然 に も 、俺は対象者の知人であったのだ。あまりにも出来すぎている。最初から狙っていたとしか思えない。改めて、かの男の底知れなさに俺は身震いをした。

「無視すんなド阿呆、そもそも道のど真ん中で止まんじゃねぇよ」

容赦の無い平手が俺の後頭部を襲ったのは、ミズキからの依頼をどうするか、本当に真剣に考えていた時だった。ハッと我に返れば、疎らに街を歩く人々が不審そうに俺を見てはその場を通り過ぎて行く。大輝を見て抗議しようと睨むも、笑顔で親指を下に向けられた。酷い。

「お前が悩むって事は、仕事か。まさか、俺のオヤジの事調べてたりして」

再び歩き出した所で、大輝は冗談めかしてそんな事を言う。そのまさかなんだが、と意味あり気に大輝を見れば、意味が通じたのか笑顔が固まる。

「マジでか」
「……暴れ過ぎなんじゃねぇの、お前」
「ーーあー、まぁ否定はしない。やり過ぎた感はある。……まぁそれも、そもそも隠れるのが上手すぎるお前のせいだから。お前、来週ウチに引っ越しな」
「おい待て、どういう流れでそこまで話が飛ぶんだよ」

大輝の口にした言葉に、俺は思わずジト目で睨み付ける。俺のせい、と言われるのも腑に落ちないし、引っ越す話にも納得がいかない。

「あ?てめぇのせいで余計な目ぇつけられてんだから、詫びがてらウチで住み込みで働けって話」
「理不尽」
「別にそんくらいいいじゃん、待ち伏せされんだろ?引っ越したいって言ってたじゃん」

押しの強い大輝の事、どう足掻いても俺はきっと大輝に言いくるめられてしまうに決まっているのだが、それに抵抗したい気もする。住み込みで働くとはつまり、この街から離れるという事でーー。惜しく思う自分が居るのもまた、事実だった。
件のミズキに対する違和感を考える余裕は、この時すっかり無くなってしまった。

「ーーそれとこれとは別で……」
「え、何お前、あの変態連中と連むの好きなの?」
「好きではない」
「じゃなかったら何だよ」
「……別に、理由はーー」
「うっわぁ……、お前それやべぇってガチでやばいだろ」

適当に言葉を濁せば、大輝には妙な顔をされた。何か勘ぐってでもいるのだろうか、少しだけ居心地の悪さを感じながら視線を明後日の方向へ向ける。何もかも見透かされて居るような気分だった。

自分の周りはどいつもこいつも食えない人間ばかりで、それが息苦しくもある。自分ばかりが何も分からなくて、しかし相手には何もかもが知られている。到底敵わない。自分のコンプレックスを刺激される。しかしそれでも、相手を嫌いになることは到底出来なくて、離れることも近付く事も厭われるーーこれこそきっと、ヤマアラシのジレンマ。俺は深く溜息をついた。


* * *


おおよそ3日ぶりとなる廃工場の前に立ち、俺はそれこそ落ち着かない気分になる。大輝を連れてきてしまったものの、ここの連中が一体どういう反応をするか不安で仕方なかった。連中の事だ、突然キレ出すことも考えられるし、奇声を上げるのは何時もの事だが兎に角、何をしだすか予想がつかない。大輝は絶対に引く。会うのは辞めた方がいいと何度も言ったのだが、頑固な大輝の事、諦める筈もなかったのだ。

「俺は止めたからな」
「あ?」
「後悔しても知らねぇぞ」

歩きながら、横目で大輝を見つつそう言えば、当人には鼻で笑われた。そういう態度に若干の苛立ちを覚えたが、大きく溜息を吐いて我慢する。今更ここまで来て何を言っても遅いのだが、俺は既に後悔し始めていた。廃工場の入り口から漏れる騒がしい声から推測するに、何か普段とは違う出来事が起こっているに違いなかったのだ。また、何か尻拭いをさせられるのではないか。そういう予感に、一気に気分が悪くなった。逃げたい、非常に逃げたい。

「なんかやってんのか?すげぇうるせぇな」

ニヤニヤ、大輝はそういやらしく笑いながら俺を窺ってくる。何か企みでもあるのか、白々しいその問いに俺は顔を顰めた。

入り口をくぐると、薄暗くだだっ広い空間に影が蠢く姿が見えた。同時に、反響する声の渦に放り込まれたような気分にさえなる。連中の様子を見ると、どうやら軽く乱闘しているらしい、囃し立てながらも殴り合う音が聞こえてくる。最近では珍しくなった侵入者に少しだけ興味が湧き、足早に現場へと近付いた。連中はよっぽど興奮しているのか、俺に気付く者はほとんど居なかった。

「ざっけんじゃねぇよ!一度勝った位で調子のんなよ」
「何が一度くらい、なんです?たった一撃でぶっ倒れるなんて……僕の相手にすらなりませんよ。また、這いつくばって悲鳴を上げたいんですか?サガラさんに合わせるなんてそんな恥ずかしいこと、出来るわけないじゃないですか」
「クソ野郎がっ、上等ーー!」

喧嘩に駆り出されているのは、どうやらタチバナとイツキらしい。彼らを囲むように、野次馬となった連中が口々に発破をかけている。そういう様子を見るに、相手が強い部類である事が知れた。そして同時に、戦っている相手にも見覚えがあるような気がする。声も聞いた覚えがある。記憶の糸に何かが引っかかったのだ。何度目になるか分からないが、眉間に皺が寄った。

「お前やっぱ強いな!前は邪魔が入ったけど、今度はそうもいかねぇぞ」
「…………」
「おいっ、さっきから黙ってないで何か言ったらどうだ!お前っ、名前教えろよ」
「チッ」

イツキが珍しく苛々している。少しだけそれに驚きながら、二人の相手に目を向ける。どうやらたった二人でここの連中に勝負を挑んでいるらしい、とそこまで考えて俺はあることに気付く。つい最近も、全く同じような事がなかっただろうか。たった二人でここへ乗り込んで来て、俺は眠りを邪魔され絡まれそして、バレて逃走した。そんな一連の記憶が一気に蘇ってきて、俺は引き攣る顔を隠しもせず歩く速度を上げてその集団の中へと突入した。

「あれっ!?帰ってきてたんですか!」
「サガラさんっ」
「うわぁ見つかっちゃったよ……今度こそあいつら血祭りじゃね?」
「サガラさんの後ろ、誰だアレ?」

ざわざわと、徐々に伝染していく声を耳にしながら突き進む。騒ぎの中心に近付くにつれ、二人組の顔がハッキリと認識できるようになってくる。やはりというか、俺の記憶は正しくて、喧嘩の相手はどうやらあの時と同じでーー

「オイ石島!何先走ってんだよ!」
「あぁ?」

俺が声をかける前に、何故か大輝に先を越された。驚きに後ろを振り返ると、相変わらずニヤニヤとした笑みをうかべながら大輝は鼻で笑ってみせた。この可能性は、全く考えていなかった。

「わっサガラさん!」
「あっ、お前あの時のーー!」
「ふあぁああぁっ、サガラさんにみっ見られた!」
「なんだ、さがみーーや、九十九か……ってか遅ぇ!」
「何だよ、別に時間決めてたわけじゃねぇじゃん」
「だとしても!もう昼過ぎだし、ジュンヤが腹減ったってーー」
「サルかよ」
「……てめぇ殺すぞ?」
「冗談冗談」

色々な声が飛び交い、既に俺はこの事態を把握出来なくなっていた。何故かあの時の二人がここにいて、しかも片方は大輝と親しげに話をしている。と、ここで俺はようやく、この目の前の男の名前を大輝から聞いた事を思い出した。元々俺のクラスメイトで、同級生だったのだ。勿論二人は顔見知りで、俺の知らぬ間に大輝と石島に交流があったとしても何ら不思議ではない。確信を抱いた俺は、引き攣る顔を隠す事が出来なかった。

「サ、サガラさんっ、これは一体どういう事ですか?その人、誰です?どういう関係なんです?」
「……俺にもよく、わからーー」
「俺ら親友親友!なぁ、サーガラ?」

問いかけてきたタチバナに言葉を濁していると、大輝にはわざとらしく口を挟まれ肩を組まれる。相変わらずニヤニヤと俺を見てくる大輝に、苛立ちを覚えたのは仕方ないだろう。思わず、手の甲でその横っ面を引っ叩いてしまった俺に非はない。

「痛いんだけど」
「うるせっ。……お前、仕組んだな?」
「あん?別に、こんくらいじゃあ仕組んだとは言わねぇなぁ。お前の不利益になる訳じゃないんだし、これ位何だってんだよ。笑ってスルーしてろ」

不利益がない、そう言う大輝はきっとわざと言っている。こういう親しげな所を連中に見せたらどうなるか、コイツは試しているのだ。絶対そうに違いない。そもそも、大輝はこうやって軽々しく肩を組んでくるような性格ではないし、親友だなどとおおっぴらに宣言するような人間でもない。至近距離で内緒話でもするかのような声音に、俺は更なる苛立ちを覚えた。

「遊ぶなよ」
「いやいや、遊んでるんじゃなくてさ、これは実験」

尚更タチが悪い。大輝の腕から逃げようと奮闘する。しかしその内に、肩を組む形がヘッドロックに変わってしまい、抜けるにも抜けられなくなってしまう。思わず大輝を睨み上げると、相変わらずニヤニヤと笑う様子が目に入る。結局その拘束から抜けることができず、諦めるように脱力してしまった。そうして俺は、目をまん丸に見開いたイツキ達の様子を黙って見ている事しか出来なかった。騒がしい中で、すっかり黙り込んでしまったイツキとタチバナが、妙に不気味だった。






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