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最終ラウンド



学校の校舎内はとても広かった。

ネームバリュー故にどんどんと集まってくる良いところの子息を囲うのに好都合なのか、金の掛け方が一般のそれとは大きくかけ離れていた。設備も教師も充実し、生徒を飽きさせない工夫すら凝らされている。黙っていても入学志願者の集まるこの学校がここまでする必要があるのかは分からないが、手を抜かない理事長だか校長だかのこだわり故の嗜好らしい。

そういえば父も、ここの卒業生だと言っていたような気がする。色々厳しいクセに緩い所が良いと、無表情に話していた。残る一年半をここで過ごさなければならない訳なのだが、今更ながらに大丈夫だろうかという不安が襲ってくる。俺を先導する男が進む先、目的の場所には自分の仲間となる生徒が待っている。学校が久々な事も原因であるのだろうが、慣れない緊張感に思わず胸の辺りを掴んだ。

「この廊下の突き当たりが生徒会室だ。道は覚えたか?」
「ん?ああまぁ、大丈夫だと思う」

神部の指差す先の扉をぼんやりと見ながら、俺は応える。学校には似つかわしくない大きな木製の扉が重厚感を醸し出している。それを違和感に思わないあたり、もう既に自分の金銭感覚は麻痺しているらしかった。

「神部だ、入るぞ」

一言、断りを入れて神部が扉を開けば、そこには応接室のような、しかし広々とした空間が広がっていた。手前には向かい合わせに置かれた三人掛けの革張りのソファー。奥には大きめの机が五つ並び、その上には書類が積み上がっていた。中でも、一番奥にあるガラス窓を背に向けた大きな机には、一際多くの書類が積み上がっていた。ああそこはきっと会長の席で、神部がそこで仕事をするのだなと、同じ部屋で仕事をする彼を見られるなんて贅沢な、なんて一瞬の間にそんな事まで考えてしまう。

ここの部屋の住人たちは合わせて五人、内一人はあの大きな倉庫で、神部とやらかしてくれた例の恋人。思わずドキリとして、すぐさま視線を彼から外した。気を取り直し、努めてその他を見やれば、どことなく見覚えのある顔触れが並んでいる。俺ははてと首をかしげた。つい最近、ほんの数日の間に見た顔だった。

「来た来た!来たよリヒト!頭皮ケアの成果を見せる時が来たよ!」
「ジョージ、僕をおちょくってただで済むと?ーー覚悟してよね」
「っだって!リヒトっていつも澄ましてるからこういう時くらいしかからかえないじゃんハゲ!」
「コロス!」
「ギャー!俺喧嘩出来ないよ!卑怯だよリヒト!」

突然始まったやり合いに目を白黒させていると、渋い顔で頭を抱える神部が目に入った。どこかで目にしたことのある光景で、思わず仲間達の下らない喧嘩を思い出す。彼女を寝取った寝取らないだの足を引っ掛けただの、頻繁に殴り合っていたアツシとコージをなぜか思い出した。どこにでもこういう連中はいるのだなと、俺は神部に親近感を覚える。ギャーギャーと騒がしい二人を放る事に決めたらしい、神部は何事も無かったかのように話を始めた。

「西條、ここに居るのが生徒会のメンバーだ。タケル、こっち来い。これが書記でカムイの幹部の1人の武藤タケル、あともう一人、あっちで技かけてる方も幹部だ。アレは副会長の伊佐リヒト」
「……ども」
「西條ヤヨイ、だったか。タケルで構わない……ワンコロと言われた事は忘れない」
「…………」

簡単な紹介を受けながら軽く頷けば、宣戦布告のような台詞を吐かれた。鼻で笑い飛ばせば、ジト目で睨まれた。そんなに酷い言葉だったろうか、そんな気分で忘れかけていた自分の言葉に思いを馳せる。隣に立つ神部の顔が引きつっていたのは気の所為だと思いたい。

「うわー、最初っから警戒心バリバリでどうすんのよ……タケル落ち着いて、チームメイトになるんでしょ?」
「俺にも、好き嫌いはある」

タケルの側にいた小さい男が宥めるように、彼の頭を背伸びをして撫でる様を見ていると、顔が変に歪みそうになる。俺は笑いを堪えるように口の中で呟いた。イヌかよ。

「あー…….今、タケル撫でてんのが会計補佐の薬師寺ジュンイチ、カムイの人間じゃないが、ジュンイチが一番穏やかで話はしやすいだろうな」
「どうも、ジュンでいいよ」
「で、ーー今、向こうで死んでるのが須賀川ジョウジ、あっちは会計だ」

ワンコロの飼い主らしきジュンイチと挨拶を交わしてから、次にじゃれている例の二人を見れば、ちょうどジョージと紹介された男がもう一人に頭を踏みつけられている所だった。ーーSMプレイだろうか。

「分かった」
「で、最後、コイツが、」

一通り紹介をされた所で、例の綺麗な彼が神部に呼ばれた。思わず身体に力が入るが、努めて冷静を装いながら俺は彼を見上げた。一体どんな紹介をされるのだろうか、不安を片隅に追いやって大人しく続きを待つ。

「俺のーー」
「メシア……俺のメシア!」
「は?」
「ん?」

紹介の途中であったのだが、突然の叫び声に思わず口が開く。何の話かも分からず、声を上げた当人を見やれば、何故だろうか、満面の笑みを浮かべている。瞬間、何故だか背筋がヒヤリと冷えた気がした。まさかな、と思いながらも俺は平静を装った。

「うわぁっこんな所で会えるなんて!ねぇ、俺の事、覚えてない!?」

ガシリと、彼に両腕を掴まれて問われる。目の前だけでない、四方から向けられる視線がとにかく痛かった。何の事かすら分からず、声もなく首を横に振れば、彼はどこか陶酔したかのように言い放った。

「君がまだあの辺りで頭を張る前だったかな……俺、あのチームの前身を潰そうとしてた時あったんだよ。ほら、族潰しのヒナって聞いたこと無い?アレ、俺の事なんだけど……」
「!あー、そういや、そんなことあったかーー?」

彼に言われて、一年ほど前の出来事が蘇ってくる。確かに、そういう名前の奴に喧嘩を挑まれた事があるような気がした。何でも、不安要素は早々に潰すだの何だのと言われて、徹底的に戦った。族潰しとやらの頭が中々強く、苦戦した記憶がある。族潰しなんかやっていたせいか顔を見られたく無かったようで、そこの頭はパーカーのフードを始終被っていた。スラリとして綺麗な動作が印象的な男。彼が、俺を倒すだのと何度か追いかけてきた事があった。彼は、俺とタイマンを張れる程に強くて実力ではほぼ互角であっただろう。

当時、それほど苦戦した経験が初めてであった俺は、頭の男が妙に気になって少しだけ調べた事があった。あの辺りで前から有名であった族潰しのヒナ。五人程で連み、気に入らない連中を潰していくと。当時こそ、俺たちは族でもチームでも無かったわけだが、俺たちは危険分子だと認識されてしまったようだった。結局、俺たちは辛うじて勝利を収め、一方の男はそれっきり姿を消してしまったのだった。あれだけ喧嘩の強い男は当時他には居なくて、姿を見せなくなってしまったことを少しだけ寂しく思っていた、というのはまた別の話であるのだが。

「いやぁ、あん時、俺負けなしだったから、すごい興奮しちゃって……」
「そっか、あんたが、あの時のーー姿見せないと思ってたらこんな所にいたのか」
「うん、喧嘩ばっかして傷だらけだから大人しくここ入っとけーって。まあ、良くある話」
「同じか」

再会出来たことが嬉しくて、少しだけ気分が上昇する。思ってもみなかった事態で、俺は動揺しながらも目の前の彼をマジマジと見た。恋敵、そして喧嘩でもライバルであるという訳だ。思っていたよりも複雑な状況ではあったが、この男になら恋愛で負けてもしょうがないという気分にすらなっていた。顔こそ知らなかったが、気さくでカッコ良くて、喧嘩も強くて漢らしい性格。同性すら虜にするのも何と無く分かる気がした。そして同時に、ーー嫉妬する。

「うん。あ、ねぇサイって西條ヤヨイって言うんでしょ?ヤヨイちゃんってーー」
「呼んだらぶっコロス」

突然の申し出に、俺は反射的に凄んだ。それとこれとは別問題。今までこの名前でどれほどからかわれた事か。名前をつけてくれた両親が好きで、それこそ名前でからかわれるのは我慢ならない。だからサイと、西條とそう呼べと俺は皆に強制してきた。いくら知人でもヤヨイと呼ばれるのは我慢ならなかった。しかし、ヒナーー日野アスカとやらは意に介さないのか、ニコニコとしている。そして。

「やった!ヤヨイちゃん!」
「ってめぇ」
「え?だってヤッてくれるんでしょ?ーー俺、痛いの大好き」
「はっ?」
「ん?」
「えっ」

何やら不穏な空気を纏い始めたアスカに、俺は思わず固まる。目の前の美丈夫は、相変わらずニコニコとしているし、不審気な目を四方から向けられているのも気にしていない様子だ。何か、自分の理解を超えた事が目の前で起こっている気がする。茫然としているらしい神部を見て、俺は震えた。

「君と喧嘩できたら我慢できなくて勃っちゃうよ……ねぇ?」

意味ありげに微笑まれた途端にハッとして、俺は両腕を捉える彼の手を振り解こうと動く。しかし、彼にはそんな事は予想出来ていたようで、次の瞬間にはーー

「ええーっ!?」
「おい!」
「!!?」

いつの間にか背後にきていたソファーに押し倒され、唇を喰われた。まさかの展開に付いて行けず、俺は抵抗する。しかし、いつの間にか頭上で拘束された両腕も、彼の膝で動きを封じられた足も動かすことが出来ず、散々口の中を荒らされた。それにしても、あっという間に服すら剥ごうとするその手際が良すぎる、そしてキスがうますぎる!



ーー結局、俺はその光景を目の前で見ていた生徒会の彼らに救われたのだが。すっかり俺とは全く違う思考を持ち合わせている彼が恐ろしく見えてしまって、みっともなくも助けてくれたタケルの後ろに隠れる。警戒しながら服装を整えていれば、神部に拘束されながらもニコニコと俺を見てくる彼が目に入る。心底気持ち悪い。

「おま、アスカ、一体何て事をーー」
「だからさぁ、俺ジンに言ったじゃん、好きな人が見つかるまでは、ジンの好きなようにしてもいいって」
「いっ、言われたが、お前、名前知らないってーー」
「うん、ヤヨイちゃんってのはしらなかったよ。っつーか、サイだってバラしたら、お前絶対サイとはヤりあわなかったろ?」
「っ!」
「俺さ、ジンがあのチーム潰して組み込むって聞いた時、嬉しくて嬉しくてーーってか一発ヤらしてやったんだからイイでしょ!それよりさ、早く俺のヤヨイちゃんに俺の愛を突っ込みたい、手ぇはなして」
「くっ!この変態め!ここは生徒会室だ、強姦なんて許さねぇよっ、公開プレイでもする気か!」
「公開プレイ……イイねそそるよヤヨイちゃん」

べろりと、唇を舐めながら俺を見てくる彼はどこからどう見ても捕食獣の顔。わけの分からない恐怖に襲われた俺は、思わずビクリと身体を震わせた。みっともない、けれどこれは無理だ、アレがとても恐ろしい生き物に見える。まさか、彼が顔に似合わずこんな変態だったとは……。理解出来ないものは恐ろしいと言うが……俺はなんとも言えない気分で先を思いやった。神部を想うどころではない。自分の身を守るのに精一杯だ。

「無理だ俺転校する」
「えっヤダ阻止するしどこまでも追っていくよ」
「……引きこもる」
「同室者にしてもらう」
「!」
「まっ、待て!ーーっおい西條、俺の部屋で過ごせ」
「か、神部……!頼むっ」
「チッ」

まさに藁にも縋るような気分ではあったのだが、思わぬ幸運に心を踊らせる。しかし、俺は先の生活をどうするか必死で、それだけで頭が一杯だった。本当に身の危機を、感じていた。

「ア◯ルビーズとかちっちゃいバ◯ブとか用意したのに。ロー◯ョンだってちょっとアレな効くヤツとか探すの大変だった」
「……」
「そして処女は俺がもらう。散々焦らして焦らして、『っもう我慢出来ない、アスカの入れてっ!』ておねだりさせたい。後ろだけでイケるようにさせたいーーSM、出来るようになるかな?それだったら俺受けでも別にいいし……多分踏まれたらイク」
「もーほんとヤメテ!ここは生徒会室!アスカっ、補佐なんだから少しは自重して!」
「俺にヤヨイちゃん持ってきてくれたらね」
「お前、売らせる気か」

「西條、お前よく今まで無事だったな」
「は?」
「アレだぞ、お前んとこに居たアツシも絶対同類だろ?」
「……あいつは弱いから何とか。軽いイタズラは、まぁあったけど……思い出したら何か腹立ってきた。次会った時シメる」
「頑張れ」
「チッ、ハゲろイケメン」

何とか自分の身を守りながら、俺は少しずつ学校に馴染んでいった。色々としょうもないことはあるが、騒がしい生活に影響を受けながらも、俺は少しずつ前に進む。嫌な事もあるだろうが、こんなバカをやれる時間を、俺は楽しんでいた。

「!」
「見つけたー!」
「シネハゲ!」
「もっと言って!」
「!っくるなぁあ!」


E N D


どうもお付き合いいただきましてありがとうございました!
テーマは片恋だったはず…変態強すぎる内容半分吹っ飛んだ。
思いの他楽しかったので機会があればまた続きでも書きたいデス。


CAST
【主人公】
西條ヤヨイ
某変態曰くドS。神部に片思い中だったはず

【愉快な仲間たち】
アツシ:変態の類い
コージ:チャラ男
ハルト:メガネのネガティブ
エイジ:軟派な長身イケメン
マサト:顔面凶器

【カムイ他】
神部ジン:生徒会長
アスカに一目惚れ中なものの、変人具合に結構引き気味。西條を匿い中

武藤タケル:書記
西條にワンコロと言わしめた大型犬

伊佐リヒト:副会長
根に持つタイプでキレやすい

須賀川ジョウジ:会計
ナンパが趣味だが空気は読めない

薬師寺ジュンイチ:会計監査
ジョージやタケルの目付け役おかん

日野アスカ:生徒会補佐
普通にしていれば美人。黙っていればーーと言われる部類






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