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02



ついにその時がやってきてしまった。黒塗りの車が、静かにゆっくりとアパートの前に止まる。大きく溜息を吐いて気合いを入れ、俺は車のドアを開けた。俺がそんな事をしている内に、大輝はさっさと車を降りて二階へと続く階段を登り始めていた。未だに小綺麗さを残しているアパートは、この辺りでもまだまだ新しい方で、グレーの壁が安っぽさを覆い隠している。二階に上がる階段も、二階玄関前の通路も背の低い壁に仕切られていて、妙な安心感を覚える所が気に入っている。

大輝の素早い行動に少々焦りながらそれを追いかければ、大輝は階段を登り切った所で何故か立ち止まっている。そのお陰か、部屋の玄関に入る前に大輝を捕まえる事ができた。それにしても、鍵をちゃっかり俺のポケットから盗っていた大輝の手腕には、呆れるばかりだ。

「何だ、こんな所で立ち止まって?」

思わず声をかけると、大輝は振り向く。何とも言えない表情をしている。

「おい、アレ……何だ?」

そう言って、大輝が指を差した方には、俺の部屋がある。そしてーー、その指の先にあるソレを見た瞬間、俺は思わず顔を覆った。すっかり忘れていた、俺の家の周囲には、変なものが彷徨いていることを。

俺の部屋の玄関前、煙草をふかしながら何かを待つ2人組、その2人を俺は知っている。

「お前、相変わらず男引っ掛けてんのか」
「その言い方は止めろ」
「じゃあ他に何て言やいいんだよ。お前、ああいうののオトモダチって柄じゃねぇだろ」
「…………」

大輝の言葉は酷く不服である。しかし、上手い表現も見つからず、結局何も言えない。アレは仲間だと言うべきなのかーー、否、それも否定したい気持ちに駆られる。そしてこの時、俺は初めて、今の中途半端な現状に不快感を覚えた。言葉で表すべき表現が見当たらない、それがどうにも気持ち悪く感じられた。

「オイそこの2人、人の部屋の前で何やってんだよ」
「あ?」

何だかんだと考えている内に、大輝がその2人に声をかけてしまっていた。それに驚いている内に、それまでこちらに気付いていなかった2人組が、突然現れた大輝を見てガンを付けだしたのだ。人の部屋の前で何威嚇なんかしているんだ、と少しだけイラっとした。今更ながら、ガラが悪い。

「人の部屋の前で煙草吸ってんじゃねぇよ、邪魔、近所迷惑」
「あ?何だてめぇ……てめぇこそサガラさんの部屋に何の用だよ」
「……サガラ?」

彼の言葉に、大輝が不思議がってこちらを向く。『サガラ』と、俺がここでそう呼ばれる事を大輝は知らなかったらしい。色々と知っているクセにツメが甘いのは変わらずか。大きく溜息を吐いた後で、俺は階段の最後の一段をようやく登り切った。

「え!サ、サガラさん!?」
「そ、それじゃ、この人、まさか……サガラさんの……彼氏?」

まさに驚愕、といった表情でそう言いやがったのはーータチバナとイツキ。俺を見るや否や、タチバナは自分のそれとイツキが咥えていたそれをちゃっかりイツキの手の中に押し付けて、飄々と立ち上がった。一方のイツキは、実に痛そうな顔をしながらも立ち上がると、フラフラとゾンビのように近付いてきた。本気で気味が悪い、顔が盛大に引き攣った。これで何度目になるか、俺は本気でイツキを殴り倒したくなった。

「っおい、キョースケてめぇやっぱ相変わらず変なの引っ掛けてんじゃねぇか!何だよ彼氏って!っつか何あれキモッ」
「俺だって知らねぇよ、俺が聞きたい」
「おまっ、まさかホントに俺の知らぬ間に彼氏作ったんじゃ……」
「変な勘違いすんな!彼女なら兎も角、彼氏ってーー」
「彼女!?サガラさん彼女っ、彼女なんて、できたんですか!?まさかとは思いますが二股!?」
「うわあぁあぁぁ俺のサガラさんがあぁぁあぁぁ」
「……キョースケ、アイツら五月蝿すぎ、どうにかしろよ飼い主」

たった2人で、アパート前を混沌に陥れた彼らを本気で締め上げてようやく、俺と大輝は2人で部屋の中へと入る事ができた。外で気絶した2人組は端に重ねて寄せてきた。ここまで来れば、起きても騒がない事を祈るまでだ。鍵をかけるのも忘れない。

部屋は、昨日俺が出た時のままとなっている。部屋を知られて以来、余りにも不法侵入が横行したものだから、原因を作った大家には鍵を変えさせた。お陰で勝手に入られる事はなくなったが、さっきのように部屋の前で待ち伏せされるようになった。ベランダから出る事もたまにあるが、疲れる上に待ち伏せが二手に別れて居た事もあったので、今ではすっかり諦めている。本気で部屋を変えたい。

物も少なく、薄暗くて殺伐としている部屋は、仕事道具で2間ある内の半分が埋まっている。寝床を作るのに困りはしないが、誰かが侵入してくれば、それだけで窮屈になる。俺の家は、そういう部屋だ。

「相変わらず機械だらけ」
「奥の部屋だけだ。前よりは広い、十分だろ」

軽く雑談をしながら、適当に座れと促す。素直に、部屋の中央にある小ぶりのテーブルの辺りに腰掛けると、大輝はキョロキョロと見回し始めた。俺は冷蔵庫から氷とお茶を取り出し、突然の客人へと振舞った。効きはじめたエアコンの冷気にホッと一息ついた所で、大輝はコップを片手に話し始めた。

「まぁそうだけど。ってかお前、ちゃんと自炊してんのな」
「……そりゃあな。外で済ませる事が多いけど」
「ほー。普段、何してんの?四六時中仕事じゃねぇだろ?なに、あの連中とつるんでんの?」
「まぁ……半ば無理矢理」
「お前、暴れる割に押しに弱いよなぁ……そんなんじゃホント、いつかヤられるぞ」
「……肝に命じとく」

下らない会話を交えながら、俺達は互いの生活について話をした。2年前、誰にも何も告げずに姿を消した俺を、大輝は虱潰しに捜したらしかった。高校に入学してすぐの出来事だったから、高校に通いながら時間のある時は俺の行きそうな所に足を運んだとか。そうして捜す内に、俺が既に市外どころか県外へ逃げたと確信した大輝は、歩むつもりだった人生をかなぐり捨てて、父親の敷いたレールの上に乗ったという。進学の時、夢も将来も、親に反対されていると零していた大輝の口が重かったのは、俺が想像していた以上に深刻なものだったのだ。しかし、今更そんなことを知っても、どうしようもない。それを淡々と話す大輝に、俺は何も言うことができなかった。

「全部俺がやったことだし、未練はねぇよ」

そう言う大輝の顔に曇りは一切なくて。もう、大輝はとうに決めたのだろう。逃げずに向かい合う強さが羨ましいと、俺は何度思っただろう。俺は臆病者だから。

「……まぁ、こんな事より、これが本題なんだけど。お前さ、この先の事考えてる?このままずっとこういう生活してくの?」

俺の今の生活について一通り話した所で、大輝はそう話を切り出した。はっとして大輝をみれば、頬杖をつきじっとこちらを凝視している。俺にとってそれは、意識して考えないようにしていた事だった。普通に高校に通っていれば、高校3年の夏。皆、必死に先を目指す時期だ。今時、高校すら卒業していない人間が、普通に生きられる訳が無い。今は懐具合が良くとも、数年先、俺はちゃんと生きていられるのだろうか。

「まだ、先の事は……」
「どうにでもなると思ってる?」

ニヤリ、大輝はそう嗤って視線を逸らそうとしない。話によれば、大輝もまた高校へは行っていないと言う。しかし、大輝の住む世界では、腕っ節と血縁が物を言う。流石に高校は卒業しろと言われたらしいが、それを振り切ったのは大輝の意固地さで。とここで、俺は気づいてしまった。そうか、大輝は最初からそのつもりで、俺を捜したんだ。

「行くとこないんだろ?前にも言ったよな、俺ん家、来ちゃえよ」

何でもかんでも、最終的に大輝の言う通りになってしまう、俺はそんな大輝の強引さに助けられて妬ましくて羨ましくてしかし、有能で完璧な彼の重荷になってやしないかと俺はいつだって不安だったのだ。

「考えさせて、くれ」

それが、今の俺にできる精一杯の返事だった。





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