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08



急ぎ廊下を歩く。よくよく、男の話を吟味すれば自然と眉が寄った。聞けば聞く程、あの王の話は不自然だった。王の言葉を疑うわけではない。アレが言う事は事実だろう。だが、どうしても納得がいかないのだ。上手く、事実を捻じ曲げられているような気がするのだ。巧妙に隠蔽された事柄の中に、何かがある気がする。表に出ているものよりも、もっともっと重要な事。頭を過る最悪の状況を、どうにかして振り払いたかった。

ミッシャという男は一体何者だろうか。あの王を超える程の魔力の持ち主で、国の人間を簡単に扇動できる程の策士。そもそもが、他者の魔力を取り込むなど……、アレは本当にーーーー

「グライフ、今すぐ、時間を空けられるか?」

カルに付きっ切りで勉学を教えているグライフを急ぎ訪ねた。何事かと目を見開くグライフとカルであったが、私の真剣な顔を見て何かを察したのだろう。グライフはカルにはその場で自習の指示をして、私と共に部屋を出た。カルには申し訳ない事をした。……少しばかり、私は焦っているのかもしれない。

「何事です?」
「取り急ぎ意見を聞きたかった」

バタリと私の書斎の扉を閉じると同時に、グライフは問うてきた。こちらの焦りが伝わったのか、彼はからかうような素振りすら見せなかった。

「そんなに急ぎですか?」
「ああ。あの王から聞けた事がいくつか。ーーまず、人が他人から魔力を奪う事は可能か?」
「魔力を?」
「ああ、魔力の源である身体の一部を喰らい、魔力を得る」
「ーー人は専ら同族を喰らう事はありませんから、まずそのような事を考えすらしません……が、結論を言いますと、可能です。しかし、魔力の源がどこにあるかなど人間には到底区別できません」
「人間がそれを知る方法はあるのか?」
「方法はありますが、普通は知りませんし、やるはずもありません」
「なぜ?」
「まず、その者の血液を決まった方法で体内に取り入れる必要があります」
「……つまり、吸血か」
「ええ、一定量必要です」

魔力の源を見分けるのは、例え魔族であってもコツがいる。ましてや、普通の人間に分かるはずがない。例え方法が分かったとしても、それが吸血であれば、それこそ普通の人間が選ぶはずもない。ではアレは、あの魔術師は。

「なるほど……では、夢見の能力を持つ人間はどれ位存在する?」
「夢見?それはーーかなりの希少種です。何百年に一人とも云われますから、まず探しても見つかりません」
「そんなに、貴重なのか?」
「ええ。予知夢なんて能力などあっても諍いばかりでーー、え、魔王、さま、まさか……」

夢見の話は本で読んだ事があったが、あまりに情報が少ないため知っている事は少ない。それこそ、グライフの驚き様に驚いた位だ。

「そのまさかだ。あの王は夢見だ」
「……成る程、それはそれは……。先を続けましょう」
「ああ。ーー聞いた話では、アレは夢見の力を一定期間失っていたらしい。この城に来て以来、再び見るようになったというが。この話、どう思う?」
「夢見が憚られる……?可能性としては、自然発生的ではないでしょうね。夢見は先天的な能力です。それを失うなど考えられません。明らかに仕組まれたものでしょう」

真剣に私を見つめるグライフの目は何も語ってはくれない。そう、これ位の出来事などグライフにとって大した問題ではないのだろう。それ程、グライフにとっては些細な事に違いない。

「魔力持ちだぞ?気付かれないように仕組めるのか?」
「……簡単にはいきませんが、呪の類いで、内側からジワジワといくなら或いは可能かと」
「子供の頃から何年もかけて……」
「あり得ますね」
「方法は?」
「食事、若しくは眠っている間。何年もかけて、毎日毎日」

グライフの話を聞く内に、違和感が次々と確信へと変わっていく。完全にとは言わないが、道筋が見えてくる。あの魔術師が何にせよ、最初からーー王が予知夢を見られなくなったその頃からずっと、仕組まれていたのだろう。

「……人間の割に手が込んでいる」
「物好きでなんでしょうかね」
「父親に、夢見の事は他言無用と言いつけられたようだが……どうやって知ったと思う?」
「魔力の匂いが人間に分かるはずもありませんし……バレるとしたら、盗み聞きか、言いつけの前、物心がつく前、でしょうかね」
「成る程。疑問は多いな」

今の段階では推測ばかりで確証がない。もやもやとした気持ちが気持ち悪い。まだ何かが、引っかかる。何故だろう。

「ええ。ーーそれより魔王様、彼はどんな様子で?」
「……取り乱した。だから、前のように眠らせた。アレの城に妹が、いるそうだ。今のままでは殺されるかもしれないと」
「……それはそれは、御愁傷様です。まさかとは思いますがーー、見に行くおつもりで?」
「っ、どうしたら良いと思う?私はアレの妹を救う義理はないのだが……、アレの体調を考えると、それが良いようにも感じるのだ」

こういう肝心な時に限って迷ってしまうのは、多分自分の癖なのだろうかと思う。自分は魔王である。だからこそ、ただのペットごときをこんなにも構ってしまうのが良い事なのだろうかと疑問を持ってしまう。

そう、仮にも一国の主。あの王を見てから更に、この責の重さを実感している。自分は本当にこれで良いのだろうか、後悔は、しないのだろうかと。私は、グライフの目を見ることができなかった。そんな私を見て、グライフは深いため息を吐いた。

「好きなようになされば良いのではないですか?所詮は人間です、飼われているのは貴方でしょう?貴方はこの城の主ですから、貴方の決めたことに口出しする部下はいませんよ。そもそも、飼うと決めたのも貴方ではありませんか。今更一匹や二匹増えた所で変わりません、どうぞお好きにお決めください。ーーそもそもが何を、グズグズ悩んでるんですか!貴方の我儘なんぞ今に始まった事ではありません、空を飛びたいだの人間を飼いたいだの、お忍びで各地を旅行したいだの……本当に今更です!さっさと行動なさい!」
「わ、分かった、そうする、」

呆れたように私の背を押すグライフは、やはりグライフだった。私はきっと、意見と同じようにグライフのこの言葉を待っていたのだと思う。皆に敬われる私も、時々誰かに意見を聞きたい時がある。

「よろしい。では、この話は終わりです。……あー、心配して損した」

やけにあっさりと、グライフは私の部屋を出て行った。薄情だといつも思うが、これがグライフの生き方だ。グライフにこうして意見をもらう時、たまに考えてしまう。死を知らない生というのは、一体どんなものなのだろう。死にゆく周りを見据えながら、それでも城を見守る彼は一体、何を思っているのだろうか。

私はさっさと気を取り直し、側近を呼ぶと我儘を言って回った。思い立ったが吉日。決行の日は明日あさっての話ではない。今夜だ。


* * *


そろりと、気配を消して道を進む。夜に紛れるのは得意で、音もなく護衛を眠らせるのもまた、私の得意とする所。

使い魔の鴉を隈無く飛ばせて、城へと続く道を入念にチェックした。出来るならば騒ぎになる前に姿を眩ませたかったが、あの城を覆う強大な封魔結界を見た途端、泣き言が出そうになる。側近の進言通り、誰かを連れてくればよかった。

それにしても、と城を囲う城壁を内側から見上げ考える。この城の今のあるじは、一体何をそんなに警戒してこれ程まで強大な結界を張るのか。人間相手にしては、些か物騒だ。この封魔結界は、許可なく魔力を使った者を文字通り封じてしまう、かなり強力なものだ。普通の人間は感じないであろうが、魔力を持つ者があればかなり不快な気分になるはずだ。それこそ、巨大な魔力を持つ者であれば尚更、近寄りたくない。そういう私も、魔力を半分以上封じて尚、城壁内に入った途端に感じた不快感に眉根が寄った。じっと、何か人でも魔族ですらないものに凝視されているような不気味さを。ともすれば、何かに喰われてしまうような。

嫌な気分を振り切るように、私は音もなく駆け出した。侵入するにあたり、私は姿をかなり小型の人間にしてもらった。小さい方が何かと便利で隠れやすい。このサイズに合った、隠れ身の術を施した黒いローブを身に纏い、さっさと城の中へと侵入を試みた。誰も居ない裏口から鍵を壊して中に入ったが、途端に感じた異様な瘴気に、私はサッと鼻を覆った。薄ら漂う血の臭い。唯の怪我というには量が多過ぎる。きっと昼間、ここで誰かが血を噴き出して倒れたのだろう。人には分からないだろうが、漂う気配がそれを教えてくれる。この、小さな召使い用の勝手口で死んだ者の無念か、はたまた切り裂いた者の邪念か。薄ら寒い。

勝手口から厨房に入り、そこからさらに食堂を抜ける。内側の鍵を開け、廊下に出た。鴉が教えてくれたように、長い廊下を音もなく駆け抜ける。あちこちに漂う瘴気に、この城の異様さが見て取れる。尋常ではない。あちこちから漂って来る血の臭いは、城の内部に充満しているようであった。この中にいて、人間が無事でいられるはずがない、何かしら身体に支障を来たす。考えながら走れば、何度か見廻りと出くわすこともあった。彼らはやはり、どこかフラフラと足元が覚束ない。やはりどこか、体調は優れないようだ。見廻りの目を掻い潜り、背後から襲って眠らせながら今度は長い螺旋階段を登った。

かの姫君は、姫君に似つかわしくない城の尖塔に作られた小部屋へと幽閉されている。鴉によれば、彼女の行動が表沙汰になってしまったのだとか。隣国に送るはずであった書簡は全てあの男によって止められていたのだ。それでも諦めずに策を凝らした彼女は、とうとう咎めを受けた。頑固だとあの王は言ったが、これは寧ろ確固たる意思ではないだろうか。鴉のもたらした情報が心底ありがたいと思ったのは、あの王への情故か、少女への憐れみか。手遅れになる前で良かったと心底思った。16の少女へのこの仕打ちは、余りにも酷だろうと。

流石の私ですら息の切れるような長い階段を登ってとうとう、目的の部屋の前に辿り着いた。鉄製の頑丈な扉には大きな錠前がかけられていて、姫君を閉じ込めておくには些か無粋な気もした。そうして、私は扉の鍵を開けようと手を伸ばす。が、反射的にそれをサッと引っ込めた。良く良く見れば、壊しても開けても何者かに知らせが入るように細工されている。そもそもが、この部屋全体に施された結界が姫君を逃がすまいと蠢いている。どう転ぼうが、追っ手が来るのは確実だ。否、もう既にバレているのかもしれないが。

そうして、少し戸惑った後、私は意を決して鍵をえいやっと粉々に破壊した。パラパラと、散り散りになった鉄の破片が床に落ちる。すると、頑丈な創りの鉄の扉が、ガシャンと一人でに開いた。

「っ誰?」

途端聞こえた鈴のような声はどこか幼く、泣き腫らしたように掠れていた。間違えようもなく、怯えた声音だった。






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