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収監



時が経つごとに想うのは、少しばかり前の静かな空間。狭い部屋に機械ばかり押し込めた部屋には、おおよそ自分以外の存在を感じ取ることはできなかった。まるでこの世に自分しか存在しないかのようで、時折酷く自分が人間なのだろうかとすら疑った。薄暗い中機械に向かい合ってひたすらに数字と文字を打ち込む。完成すればまた次、時折物好きな依頼を受けながら同じような作業を繰り返した。いつの日か一人きりで自由に歩む為に。

家の人間は頼まれたって寄り付かない。食事は一日に一度、早朝に扉の前に音もなく温度もなく置かれる3食分。何もかもが空虚だったーー。


* * *


ゆったりとした黒塗りの高級車の車内で、俺は半ばぐったりとしながら隣に座る大輝をチラチラと見やった。前の席でペラペラと止まらない口を動かす男の声が、ほとんど騒音となって車内に篭っている。運転手は慣れているのか、一言も声を漏らさず、助手席で喋り倒す男に視線さえ向ける事はなかった。誰も聞いていないのにも関わらず男は喋る喋る。その一方で、口の減らない男を注意もしない大輝の様子に、俺はすっかり驚いていた。大輝のもとで過ごしたのはたったの2日だったが、この口から先に生まれてきたような男に対する大輝の扱い方は大部分、心得てきた。だから、大輝が男の口上に口を挟まない状況に違和感を覚えたのだ。窓の外を眺める男前の表情は、俺には見えなかった。

昔から、イケメンだなんだのと持て囃され、女子にモテた大輝。今ではすっかり男らしくなった顔立ちに、昔とは違って少しばかり仄暗いような、危なげな雰囲気が加わった。恐らく今でも女性に人気があるのだろう。あの屋敷内でも、メイドのような世話係が何人も彼を見て頬を染めていたのを目撃している。相変わらずだと思ったが、その後彼女達が俺の姿を見て顔が引き攣ったように見えたのは勘違いだと思いたかった。

「ーーってわけでさぁ?聞いてるキョースケちゃん?」
「!?な、何を」
「だからさぁ、女の子は脚が命だよねって話」
「…………」
「えーなに君おっぱい派?うなじ派?」
「…………」

俺はうなじ派だ。怪訝な表情で男を見て、心の中で呟く。こんな緊張感に包まれているような雰囲気の中、口を開ける神経は称賛に値するだろうが、こちらに話を振るのはやめてもらいたい。

「なんだよーう誰も相手してくれんのけ」

少し気落ちしたような男は、それでもぐちぐちと文句を漏らしている。この雰囲気を壊してくれるのはありがたかったが、考えたい事があるのも事実だった。



少しばかりの話し合いーーもとい脅しの結果、俺は渋々ながらあのアパートへ彼等を連れて行く事になったのだ。話を聞けばどうやら、俺がこの辺りに居るらしい、という情報は掴んでいたのだという。何故かと問えば、石島からの目撃談だと大輝は言った。石島という名前が出てきた時、大輝はさも俺が知っているかのように話していて、咄嗟に、生憎俺の知り合いに石島はいないと伝えると。……石島は元々俺のクラスメイトだったらしい事が分かったのだ。

そして、そこでようやく、そういえばと最近倉庫に現れた毛色の違うサルの事を思い出した。何か、道場破りのようなサル、あれと一緒にいたのが彼であったような気がする。余りにも色々あり過ぎてすっかり忘れていた。倉庫の連中は、物騒な事を言っていたような気がするが、アレらは無事でいるのだろうか。そして大変申し訳ない事なのだが、俺は石島という名前すら忘れていた。……あの高校にいた時、あれだけ構ってもらいながら申し訳なかったと思わないでもない。

そんなこんなで、情報を掴んだ大輝はどちらにしろ近々あの街を訪れるつもりでいたという。何というか、本当にしつこい、そうして大輝に捕獲された俺は、俺の住処へと突撃しに行くという話になったのだ。おおよそ二時間、あの辺りへの道も大輝は大体分かるという。
石島め……。

そういう石島。下の名前は何と言ったか……、彼も確かかなり個性のある部類の人間だったと思うが、何故こんな自分の顔を覚えていたのだろうか。あの頃よりも大分背は伸びたし、髪型だって、意識してつくっていた顔だってかなり違っているはずだ。あの時の俺は、髪は黒くて前髪も長くて表情も見えにくい、ただの大人しい一生徒だった。なのに、石島はあの倉庫で俺を見破った。2年も会っていなかった人間の全く違う側面なのに。単に俺が彼を認識していなさ過ぎたのか。そういえば、あの当時ですらクラスメイトの顔はあやふやだった気がした。

『周りに意識を向けていなさすぎる』

いつだったか。それは大輝に注意された事だった。

「この辺りか……?おいキョースケ、家教えろ」

考えている途中。いつの間にやら、俺の住む街に車は入ってしまっていた。窓の外ばかり見ていた大輝が、俺を見て言う。俺は無言で応え、視線で抗議した。

「…………」
「まだ渋るかこの野郎……この携帯が俺の手にあるって、忘れたか?」
「……別に、それ、貰いもんだし」
「そうかそうか、」

好きにされるのも、何と無く癪であったので、抵抗はしてみる。大輝に盗られた携帯は、最初に俺があのミツキから与えられたものだ。折角なので仕事の連絡用として使わせてもらっているが、他に連絡手段がない訳でもない。バックアップはもちろん、電話だけが通信手段な訳でもない。もし壊されたとしても買えば済む話だ。そもそも、大輝が本当に壊すとは思っていない。なんだかんだと、俺よりも常識はある人間である。下手な事はしないだろうと。
だがしかし、予想した以上に大輝はしつこくそして、容赦がなかった。不覚だった。

何かごそごそと車の中を漁り出したかと思えば、大輝はとんでもないものを取り出したのだ。ふん、と片眉を器用に上げたかと思えば、手慣れた手つきでそれを触っていく。

「まさかとは思うが……何だそれ」
「P226TB」
「いやいやいや意味がわからん」

大輝が取り出したそれは、俺の知っている限りでは、確か普通の人間が持っていていいものではなかったはずだ。危険であるし、そもそも持っているだけで銃刀法違反で捕まるのではなかったか。顔が盛大に引きつった。前に座る男は、いつの間にかこちらを眺め見て、ニヤニヤと笑みを浮かべている。ヒューと口笛を吹いたのは煽りか感心か。
大輝の持っているそれはまさに拳銃だった。

「おいっ、それを、どうするつもり……」
「ん?」

さも当然、という顔で大輝はそれを手に持ち、携帯を後席に投げると、その携帯めがけて構えをとった。背筋が凍るような思いだった。

「待て待て待て待て!」
「大丈夫大丈夫、多分跳弾しないしサプレッサーつけてる」
「意味が分からない!おい待て待てっ分かった、分かった!道を案内するから!変な事はするな!」
「ちっ……。届いたばっかだったから試し撃ちしたかったんだけどよ」

お前、と小言でも何でも言いたい気分ではあったが、ブツブツと文句を言いながらニヤニヤしている大輝に酷い脱力感を覚えた。何かを言う気にもなれない。変わったのは自分だけではなかった。そう思うと、少し寂しいような、新鮮なような複雑な気分を覚えた。なるべく、犯罪のような行動は起こして欲しくない。今更ながら、大輝の隠されていたお家事情にため息が零れる。

高校を出たらお金を貯めて家を出るんだ。そう言って笑う大輝が、酷く懐かしかった。





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