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01.鬼と呼ばれた男
騒がしい喧騒の中で、三上はひっそりと溜息を吐く。
この魔術師養成の為の学校に彼がやって来てから、既に半年程が経とうとしている。段々と慣れてきた男ばかりの全寮制という環境に少々辟易しながら、彼はひっそりと暮らしてきたのだ。“普通の”高校生に紛れ、何処にでもいそうな目立たぬ“一般的な”少年として。
「騒がしいね……三上、こういうの嫌いでしょう?」
三上を見据えて苦笑を漏らしながら、目の前の席に座る少年はそう言った。己がどういう人間かすらも、目の前の彼には言葉にせずとも伝わるのだ。それが歯痒くもあって、三上は腹の奥底から湧き上がってくる衝動に身を任せてしまいたくなる。そんな事、当然しないが。
三上は気を取り直すように、食後の茶を片手に彼ーー浅見に応えた。
「まぁ、好きではないな」
今現在、三上達は食堂で食事をしていた所だった。それだと言うのにいつの間にか、食堂の一画で騒ぎが起こっているらしいのだ。それが原因なのかは三上にもよく分からなかったが、実際に食事をしている生徒はごく少数だった。野次馬よろしく元気のある生徒皆そちらへと流れて行ってしまっていた。そんな騒ぎにも全く興味の無い三上は、それに構うこともなく席に落ち着いているのだ。
「だろうね。僕もあんまり得意じゃないや」
浅見がいいながら大きく溜息を吐くと、その騒ぎの発生源を物憂げに見つめた。華こそないが、端正な顔立ちに影がちらつく。彼が見ているのが、いつだってその人であることに三上はとうの昔に気付いていた。その視線の意味を理解してからしばらくたつが、相変わらず奥手で引っ込み思案の彼が心配になる程には親しくなったつもりであった。いくら三上自身にそういう沙汰自体が無縁だとしても、相手を慮る事くらいは出来るのだ。
「浅見は行動しないのか?」
「…………それってつまり?」
三上の言葉に、浅見はゆっくりとした動作で振り返った。探るような目が、三上を捉えて揺れている。
「あのバカ騒ぎに加わらないのかなと思って」
あの、と三上は顎でしゃくった。噂の転校生とやらが、生徒会だの、風紀だのと、学園内で特別視される生徒たちに囲まれ大騒ぎをしている。彼らに堂々と迫られ、とても迷惑そうに歪む整った顔立ちが目の端に映る。転校生の、人を惹きつけるようなキラキラとした目は、やけに印象的だった。
「僕には無理」
戸惑う気配すら見せず、即座に横に振られた首に三上は眉間に皺を寄せた。浅見自身のネガティブすぎる思考が、彼の人生をどれほどつまらないものにしているか、この数ヶ月たらずで三上は十分過ぎるほど理解していた。
浅見はとてつもなく勿体無い人間であると、三上はいつも思っている。そして今もまた、浅見のそのような考えに苛立たしさすら覚えるのだ。本当に、非常に勿体無いと、三上は繰り返し主張する。
「なぜ?やってからでないと結果なんて分かんないだろ?好みなんて人それぞれだし、心だっていつも揺れ動くものなのに」
半ば説教のように三上は言うのだが、浅見もある意味頑固で全く耳を貸そうともしない。それでこそ浅見だ、とも三上は思うのだが、その頑固さは時として三上ですら閉口する。
「僕、目立つのは嫌だし、あの人達みたいに華もない。勝てるわけ、ないよ」
「……そもそも、浅見には繋がりがあるんだから、他の人間よりは優位に決まっている……最初から諦めてどうするんだ、向こうだって浅見の事、覚えてるはずだろ?」
「ーーふふ、そう言ってくれるのは三上だけだよ」
三上の問いには応えず、浅見はただ三上を見て笑うばかりであった。三上はそれに、深く溜息を吐く。いつものやり取りだ。浅見はそれを見てさも愉快そうに笑った。
「お前、馬鹿だろ」
「知ってる知ってる」
茶化すような言葉に、浅見は揶揄うように笑う。やはり今日もまた、浅見は折れる事はないのだろうと三上は呆れるように大きく溜息をついた。
何時ものように、何時もの光景を見ながら食事を楽しむ、そんな正午のひと時の事であった。そんな学園の日常の中に、非日常が紛れ込む。
二人が、食堂入口付近での騒ぎがある程度落ち着くのを待っていた時の事だ。突然、入口がより一層騒がしくなった。何事かと、三上も浅見も訝しく思いながらそちらの方へと目を向ける。騒がれるような生徒は皆、件の転校生の周囲に集合しているのだし、騒つく要素は他に思い付かない。
そんな二人の疑問も他所に、ゴツゴツ、と生徒のものにしてはやけに重そうな靴音が、喧騒を縫って耳に届く。
「どうしたんだろ」
「……さぁ、何だろうな」
言いつつ、浅見は興味を隠しきれず席を立った。平均身長よりも残念ながら低い浅見では、人壁に阻まれ騒ぎの発生源を見ることはできない。しかし、浅見は何やら違和感でも感じ取っているのか、段々と顔を険しくしていった。
ゴツゴツゴツゴツ、段々と音の間隔の早まる靴音に三上は耳を傾ける。それでも決して、そちらへ視線を向けるようなことはしなかった。
「……ねぇ三上、」
「何だ」
「どうして、音がこっちに来るんだろう……三上何か知ってる?」
三上の奇妙な程に落ち着いた様子に気付いた浅見は、眉間に皺を寄せた。浅見の訝るような眼差しは、三上が何か仕組んだろうと言わんばかり。短い付き合いながら、三上という人間を分かっている証拠だろう。三上は、何やら挑戦するかのような目線を向けながら言う。
「さて、何だろうな?」
「嘘付け、もう分かってるんだろっ……ちょっと、こっち来るんだけど、僕どうすればいいの!?」
ワザと煽るように言ってやれば、焦りを滲ませた浅見の声が耳に届く。ああ、このやり取りも最後になるのだろうな、そう三上は人知れず感慨に耽る。足音はもう、目の前まで迫っていた。
「ミカミ隊長」
声と共に、件の男は跪く。真っ黒な軍服を身に纏い、首筋に藤の刺青を入れた体格の良い男。短めに切り揃えられた黒髪は、彼が武人であることを示しているようだった。ザワリとする周囲を気にも留めず、男はこうべを垂れ、右手を左胸にあてた。
しばらくぶりに見るその仕草に、三上は気を引き締める。これにて己の学生生活は終わりを告げ、そして再び、戦場の鬼へと戻らねばならない。それが少しだけ寂しく思う。
「紺野、もう終いか」
「はい」
「そうか。あやつももう少し粘ると思ったが……とうとう、見つけられなかったな」
三上は咄嗟に己の口を手で覆った。可笑しくて仕方がなくて、凶悪だから止めろと注意された笑みが油断すると零れ落ちそうだったのだ。生徒を怯えさせるのは彼の本意ではない。三上が嫌いなのはこの学園の上層部であって、生徒には何の負の感情もない。
三上は考えながら、この学園の理事長と初めて顔を合わせた日の事を思い出していた。あの、他人を見下したような目が、三上は死ぬ程嫌いであった。あの偉そうな理事長が、自分のような庶民出の軍人に屈服する所を想像しただけで、三上は嗜虐的な興奮を覚える。【鬼の三上】という渾名は伊達ではない。どういたぶってやろうか。そう考えるだけで三上は上機嫌になった。
鬼の三上とも呼ばれる彼に指令が下ったのは、昨年の事であった。始まりは、優秀かつ名だたる良家のご子息の通う某学園において、結界術のほつれが見られるとの報告が上がったのである。その際の報告では、そのほつれが悪用され、あわや学園内外の機密情報が持ち出されそうになる事態にまで発展したと言うのだ。
幸運にも、情報を持ち出そうとした下手人は、学園で調査を行なっていた三上の部下によって捕らえられ
大事には至らなかった。しかし、学園の内部機密のみならず、良家の子息がもたらす情報すらもがバカに出来ないような内容で。その事態を重く見た学園側が国に救援を要請し、結果として三上の部隊に結界の修繕命令が命じられたのである。
だがその学園を取り仕切る理事長が、中々の曲者であった。会ったその日、三上は彼に激怒し何も聞かぬまま部下に任せてトンボ帰りをやらかしてみせた。だがその後、色々な諸事情が重なった結果として、結界の破壊者を炙り出す潜入捜査を行うだ何だと今、彼はこうして学園に居る。
潜入捜査を三上本人が行うなんて、本来ならば有り得ない事態だ。しかし、これを聞いた三上の身内がこれ幸いとばかりに、強制的に三上を学園内へと送り出したのだ。故に、三上の身辺の偽装も何もかもが完璧で、妙にお膳立てされた捜査を三上は勿論訝しんだ。だがそんなんでも、彼に任された仕事には違いなく、三上は怪しみ訝りながらもこうして半年もの間、一生徒として時を過ごしたのである。
そんな三上へ、この場に現れた部下が言う。
「我々の勝利です」
「ならば、こうしてはおれんな。浅見」
「え?え?」
「悪いが俺と共に来てもらう」
「え!?なに急にっ、ってか何処に?三上って何者!?」
「すぐにに分かる」
あたふたとする浅見を眺めながら、三上はスッと立ち上がる。子供らしからぬ動作が、周囲の生徒達の視線を釘付けにした。
いつの間にやら生徒会だの何だのという騒ぎはすっかり収まっていて、何やらこちらには学外の人間が、しかもホンモノの軍人が訪れているだのと、彼らの興味は自然と更に物珍しい三上達の方へと移っていたのだった。
さて、と三上が行動を起こそうと足を踏み出すと、横槍を入れるように身内に厳しい部下の声がかかった。
「隊長、まずはそのお姿を……」
「水を差すな紺野……姿など何だって変わらんだろうが」
「相変わらずですね」
彼の部下ーー紺野と三上の付き合いは長い。
そもそも三上は、生徒と言うには年はかけ離れているし、長らく軍人で居た所為で思考パターンも一般人とは一線を画す。それをどうにかこうにか、10代の思考に近付け、姿も目立たぬ中肉中背のものに変えたのは、三上の努力の賜物だ。そもそも三上は、この作戦に自分が関わるなどとは思っておらず、親代わりの男によって無理矢理着かされた任務であるのだ。
つまり、今の三上の姿は全くの別人だという話である。そもそも三上は、普段から常に誰か別人の姿で居ることが多い。それには勿論きちんとした理由もあるのだが、余りにも周囲が面白い反応をするものだから、辞められないというのもあるのだが。
紺野はそういった三上の遊び心も十分に承知しているのだった。故に紺野はズバリと言う。
「そんなだから、実は禿げているとか、最高にチビだとか女だとか、根も葉もない噂をされるんじゃないですか」
「誰だハゲって言ったやつ」
「知りません」
時折、不本意な噂を流される事もあったが、三上は気にしないように努めている。そもそも、国軍の隊長を務めるような有名人に噂は付き物なのであって、一々気にしては居られないのだ。
「……まぁ、いい。行くぞ」
「隊長、せめて隊証はつけていただかなければ」
「なら早くしろ」
「はっ。失礼します」
紺野はそう言うと、三上の首、右顎の下のあたりに手を添える。そうしてたちまち手の中が淡く光ったかと思えば、その箇所に薄紫色の藤の紋章が入った。
「藤の、紋……」
ポツリと呟いた浅見の声を、三上は耳聡く拾う。一部ではよく知られた、国軍の各隊のシンボルだ。浅見ですらその噂は耳にしたことがあった。藤、百合、桜、桔梗等、家紋としても良く使われる花々が、彼等の首には刻まれる。国の従僕である証。
「鬼兵とも呼ばれる、我が隊のシンボルだ。お前も来い、浅見。紺野、行くぞ」
「ハッ」
「えー……」
顎でしゃくったかと思えば、三上は2人を先導するように歩き出した。浅見は心から拒否したいという様子がありありと見てとれたが、三上はその一切を無視したし、浅見自身、こんな状況で駄々を捏ねられる程空気が読めない訳でも無い。かくして、準備を整えた三上達は、ズンズンと食堂を突き進んで行った。
国軍の軍人すら従えながら、少しだけピリピリとした様子で歩く三上に生徒達は怖気付いたのか、彼の前に立ちはだかる様な人間は現れなかった。それどころか、進む先々で人垣が開ける。見た目だけ言えば自分たちと変わらぬ少年の姿なのだが、誰もがその歩みを遮ってはいけないと理解しているようだった。
三上が向かったのは、入口で騒いでいた彼等の元だった。
それに誰も声を上げることすらできず、ただその様子を見ているだけだった。
緊張しきった様子の彼等の目の前に、三上は立った。脚をそろえ腕を後ろ手に組み、軍の司令部で見せるような堂々とした位振る舞いで、三上は言った。声は大きくない。ほんの、三上の周囲に居る者達に聞こえる程度のもの。しかし、聞かされた方は、大声でハキハキと言われたかのように錯覚したのだった。
「学園内、生徒自治会メンバー諸君、国家戦略実行部隊一番隊隊長、三上が参上仕った。御依頼の件、理事長他関係者へお取り次ぎ願いたい」
「……承知いたしました」
仰々しく三上が申し出れば、強張りながらも丁寧な挨拶が返ってくる。三上はそれに満足すると、言葉を返した副会長に満足そうに笑みを浮かべた。
「では会議室へと案内頂こう。ーーああ、それと、葛西理事にはこう伝えてくれ。『私は貴様の様な不愉快な人間に待たされるのが死ぬほど嫌いだ、死にたくなければ走れ』と」
【鬼の三上】の名に違わぬ威圧感すら滲ませながら、三上は冷笑した。途端、この場に居る多くの人間が、周囲の空気が凍り付くのを感じた。
だがそんな中で、冷静に三上の考えを見抜いた者が居た。
「三上隊長」
三上には凄腕の側近がいる。
「……うるさい」
もちろん紺野である。彼のらしからぬ行動ひとつで、三上の思考を見破ってしまうのである。生徒に部屋の案内を頼む必要などどこにも無い。適当な教室やらで待てば良いのだ。だが、三上は言った。『案内頂こう』と。
紺野の咎めるような声音に、三上の顔が引きつる。
「三上隊長、越権行為です」
「うるさい」
「学徒を巻き込むつもりですか」
「将来の為になる。私が直々に指導してやると言っているんだ」
「『全てにおいて鬼の所業』、と云われたのをお忘れですか?越権行為です」
そんな紺野の鋭い忠告に、三上は眉間に皺を寄せたのだった。
「紺野、私が子供相手にやり過ぎる訳が無いだろ」
そう言い訳がましく三上は言った。しかし、三上の狙いはキレモノ紺野には全てお見通しなのだ。
「…………」
「おい」
「…………」
「おい、紺野。小言は後で聞く、やり過ぎんと誓うから黙って従え」
「もしやらかした時にはご自身で尻拭いなさってください」
益々勘の鋭く進化する紺野に、三上は苦虫を噛み潰した様な顔になる。優秀過ぎるのも考えものである、とどうしても思ってしまうのだ。だが何とか、部下のお許しを得た三上は、少しばかり軍人らしさを抑えながら努めて優しく彼等に問いかけた。
「これは任意だが……君らの時間を少々いただきたい」
「!」
「興味があればの話だ。国軍の人間として、君ら生徒の意見も聞いてみたい」
姿勢を崩さず、三上はまっすぐに生徒会だの風紀だのに所属するという彼等を一人一人を見やった。勉学だけに留まらず、優秀で個性のある面々だと三上は聞いていた。今まで学校に通った事のなかった三上だが、その様な所に通う彼等が一体どこまで出来るのか、三上は純粋に興味があった。
「お待たせいたしました。ご案内致します」
「承知した」
生徒会会長、副会長を先頭に、三上、紺野、他生徒会の3人と風紀委員の3人、そして、転入生と浅見が続く。彼等は皆、食堂を出た後も、上階に上がる際も、示し合わせたかのように無言で歩みを進めたのだった。
「こちら生徒会室です、どうぞお入りください」
全員を引き連れるように、三上は室内へと足を進めた。生徒会の彼等が常時使用する生徒会用のフロアの中でも最も広く、会議室としても利用される部屋だった。コの字型にデスクの並べられた部屋は重厚感があり、まるで立派な大学の講義室のような雰囲気すら醸し出していた。
三上はその中でも上座の議長席を案内され、有り難くそれを受け入れた。
三上は机から下が生徒達に見えないのを好い事に、脚を組みながら、ソワソワと落ち着かない様子の生徒達の様子を観察する。そんな三上の傍らには当然であるかのように紺野が控えていた。
生徒一同は、差し出された三上の手に促されるまま、ズラリと壁沿いに、縦長に並んだ席へと腰を下ろした。三上は勿論、自分の近くへも座るように促したのだが、上座の側に近づく者は誰もいなかったのだった。
「これはこれはーー、三上隊長殿。お久しゅうございますっ!」
それからほんの10分余りで、魔法陣と共に男が姿を現した。彼は大層引きつった顔で、仰々しくこうべを垂れたかと思えば、三上の目の前へと駆け出して来た。
その男は、普段なればその整った顔立ちにクールな笑みを浮かべ、余裕をたっぷりと見せる大人の男なのだが、今はその面影は皆無であった。何処か焦った様子もさる事ながら、注意して見ればほんの少しだけやつれた様にも見える。生徒には決して見せないようなそんな様子の男に、招かれた浅見達は驚くばかりであった。
消し忘れだろうか、床に描かれた陣はしばらくの間消える様子がなかった。
「遅いぞ葛西理事長。私は半年も待った」
「そ、それは、貴方様が、飛び抜けた変装の達人でーー」
「御託はいい。私は半年間待ったぞ。報告を出せ」
「もう少しだけお待ちを……、貴方様のような方へも満足頂けるようにーー」
「出せ」
早口に理由を告げる男に、三上は静かに告げた。激昂などする様子はない。しかし、妙な威圧感を伴うその一言に、男は口をわななかせた。
「しっ、しかしーー」
「今」
言いながら腕を持ち上げ、人差し指を下向きに立てて2回、トントンとデスクを鳴らす。たったそれだけの動作だというのに、三上の目の前に立った男は、粗い息を吐き出しながら微かに震え出したのだった。
それきり、三上は何も喋る事はない。部下の軍人にそうするようにただ、黙って見詰めるだけ。怒りも何もかもを抑圧した無言の空気は、相対する人間へと最大級のプレッシャーを与える。三上はそれを、十分に理解していたのだった。
「っ、こちらになります……」
最早生徒達にもハッキリと分かる程震えた男は、何処からか取り出した紙の束を三上へと差し出した。両手でお辞儀でもするように、三上の座るデスク席へとそっと置く。
それを手に取り、三上は静かに「拝見する」と言うと、そっとページを開いたのだった。項を次々とめくっていくその三上のスピードは、とてもとても他の人間には真似出来ないようなスピードだ。驚異的な動体視力と記憶力がそれを可能にしている。
100頁はあろうかというその報告書を、ものの10分程度で読み終えてしまった三上は。その書類をポンッと投げ捨てるように置くと、再び男に目を向けて言った。
「これだけか?他はどうした」
「っ、ですので、私共が今明らかに出来たのはーー」
「こんなもの、結界術には疎い私ですら一月足らずで導き出せたわ。他は、どうしたと聞いている。貴様で事足りんのなら術者を出せ」
そう言うと、三上は静かに右手を上げた。そして同時に、いつの間にか生徒達の傍へ移動していた紺野へ目配せをする。すると紺野は、その理由を直ぐに察し、浅見を含めた生徒達へと声を掛けたのだった。
「生徒の皆様、此処からはオトナの大事なお話となりますので、少々退出しましょう。すぐに終わるかと思いますので。何処か、代わりの部屋はありますかーーーー?」
そう言って退出を促す紺野に導かれ、浅見達はその後のやり取りの仔細は知らない。
だがそれでも、彼が鬼と呼ばれるその片鱗を、彼等はしっかりと目にしたのだった。
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