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03



「入って」

玄関先で捕まった俺は、そのまま家の中へと引っ張られてきた。自分も緊張しているが、それ以上に大輝も緊張しているのか、俺の腕を掴む手は強張り、家の人間の挨拶にも全く反応を示さなかった。それこそ、長い木張りの廊下を歩く間、彼は一言も声を漏らす事はなかった。


そうして、大輝に促されるように入ったその部屋は、どうやら彼に充てがわれた部屋のようだった。畳張りの広い部屋にはほとんど物が置かれず、がらんとして寂し気だ。緑がかった砂壁に囲まれ、日本家屋特有の薄暗さが独特の雰囲気を醸し出している。部屋を見回している内に、パタリと背後で障子が閉まる音がする。ハッとして振り返れば、大輝は音もなくその場に膝をつき。

「すまなかった」

そう言って、頭を深々と下げてきたのだ。何を、と思うけれども、俺にはその行動の意味がほとんど分かっていた。これはあの時の、2年前の時の事を言っているのだ。九十九大輝が、相模原(サガミハラ)大輝であったあの時の。大輝が謝るような事ではないと今では理解している。しかし、俺は未だこの現状に頭の整理がつかず、ただ黙って大輝を見ている事しか出来なかった。

「あの時は、思ってもないことをベラベラ喋っちまった。俺は、キョースケの事、本当の親友だと思ってた。……なのに、どんなに自分が追い詰められてたって、言っちゃいけねぇ事を、言った。お前には俺しかいない事だって、家の事だって知ってたのに」
「…………」
「お前に甘えて、俺はお前を傷付けた。本当に、後悔してる。だから、あの家からこっちに戻る事も決めたし、お前を見付ける為に何だってやった。お前のいそうな所の輩は皆潰したし、とにかく目立つためにオヤジの名前を使って散々暴れた。そうすれば、情報屋のお前が興味を持つと思った」
「…………」
「お前を見つけて、謝って、また、前みたいに、」

そう言葉を区切った大輝は、それでも決して頭を上げなかった。昔と変わらない。自分で決めた事は、頑として譲らない。きっと、この態勢も俺が許すまでこのままなんだろう。そう考えた所で、俺は自分の肩からごっそり力が抜けていくのを感じた。そうして、プツリと緊張の糸が切れたように、俺はその場にしゃがみ込む。額を片手で覆って、くしゃくしゃと前髪を掻き毟った。



昔から、俺はずっと不安だったのだ。


あの日大輝に言われた事は、酷い侮辱の言葉の羅列ではあったが、一方でほとんど事実のようなもので。ショックを受けると同時に、自分は何てどうしようもない、醜い人間なのだろうかと自己嫌悪に陥った。

こんな駄目な自分と付き合ってきた大輝はそういう自分を丸々受け止めてくれていると、勝手に思い込んでいたのだ。だからこそ、面と向かって自分の欠点を罵られた時。大輝は俺の思い込みを粉々に、それこそ立ち直れない程に破壊していったのだ。言葉は時に強烈な攻撃力をもって人を破壊する事を、その時知った。

あれは俺の一方的な思い込みで、俺には最初から親友なんてものはいなかった。親のいる家から連れ出してくれたのも、遊びの誘いを毎日のようにしてくれたのも、俺が暴走して殴りかかりそうになるのを止めてくれたのも、みんなみんなからかって遊ぶためのネタでしかなくて。親から居ない者扱いされている理由も全部俺という存在が駄目だから。
そう、最初から自分は必要のない人間だったのだ。全部ただの独りよがりだったのだ。ずっとずっと、自分の心の中で心配していた事は、全部事実だった。

「信じられない」

そうぽつりと呟いた言葉は、やけに大きく響いた。俺の出した結論は、最初から決まっている。誰も、本当の意味で、自分が信用なんかできる訳がない。俺は臆病なのだ。

信用なんかしたって、裏切られた時の悲しみを補えるものなどない。あのチームの連中も龍崎も半井さんも、ミズキだって、決して、手放しで信用することはない。内に入れてしまってはいるかもしれないけれど、この打算と懐疑にまみれた連中への信用は、言ってしまえばただのハリボテだ。上っ面だけで中身なんか無い。そこに心は介在していないのだ。だから例え裏切りにあったとしても、その時はまた、何も残さずにただ消えるだけだ。存在すらなかったかのように、一切の痕跡も残さず、一つ一つ虱潰しに破壊しつくして。
俺は臆病者だ。

「言葉では何とでも言える」
「…………」
「お前が昔言った事はほとんど事実だった。間違ってない。最初から俺らの間には何もなかった」
「っ、俺はいやだ」

淡々とした俺の言葉には、何の感情も込もっていない。うつむいたまま、抑揚もなければ力もなく。目の前の大輝を見やる気力すらなかった。そして、そんな自分を、酷く冷静な自分がまるで他人事であるかのように分析している。

「……そう思い込んでるだけだ。その内気付く。最初から俺とお前との間には何もなかったし、あれはただの近所付き合いだった」
「違う、ーー許してくれとは言わないけど、前と同じように……」
「別段特別なものでもなかったし、俺がおかしかったから、あれは単なる暇つぶしだった」
「っだからそれは違う!」

ほとんど、叫びのような声だった。うつむいたままでも分かる。大輝は首を横に振り続けながら、額を畳に擦り付けて声をあげているのだ。こんな人間に、そこまでする価値なんかないのに。冷め切ってしまった自分は、大輝の行動を止めようともせずにただ、その場が流れてしまうのをひたすら待っていた。何事もなく、ただ大輝が諦めてくれるのを期待して。だが、現実というものはやはり全くもって上手くいかない。

「……何が違うんだ」
「全然違う!」
「ほら、俺なんて構ってたって面倒臭いだけだろ?とっととーー」
「うるさいうるさいっ!黙れバカ!親友でもなきゃ、テメェのケツ狙ってる奴らいちいち蹴散らしたりなんかしねぇだろうが!」

突如告げられたその言葉を理解した瞬間、俺の思考は一気に吹っ飛んだ。特大の雷に打たれたような衝撃に思わず顔を上げれば、大輝が土下座の状態のまま、顔を酷く顰めて俺を見上げていた。それは兎も角として。

俺の聞き間違いでなければ、コイツはケツがどうのと言ったような気がする。情けない哉、真剣な己の考察は、完全に、ケツという二文字に負けた。

「だ・か・ら、お前昔っから変態野郎に狙われすぎ、っつってんだよ!誰がお前に気付かれないように連中シめてたと思ってんだよ、面倒臭かったのはむしろそっちだっつーの!」
「…………」

大輝は俺の反応をしめたとでも思ったのか、言いながら土下座を崩して俺に掴みかかってくる。そして、その大輝の情報は初耳だった。

確かに、何度か中学の先輩らしき人や年上のお兄さんに連れ回されたりはしたけれど……。アレは、カツアゲの類いではなかろうか。ファーストフード店で奢られたり、ホテルの食事に連れて行かれそうになったりはしたが。それはそういう手口で、後からズルズルとタカられるようなものではなかっただろうか。

「それに!お前何度連れ去られたと思ってんだ?中学の時なんか、一年で5回もだぞ?ウチのオヤジが手ぇ回さなきゃとっくに処女貫通だろうが!」
「……処女って……、いやアレはむしろただのカツアゲーー」
「ああん?アホかテメェ、奢られるカツアゲなんかあってたまるか!」
「…………」
「そもそも薬盛るなんてその時点でアウトだろうが!」

すっかり、過去の出来事なんて忘れてーー否、むしろ大輝が関わっていた出来事を思い出さないようにしていたものだから。そんな事もあったなぁと、言われて今更ながら思い出す。そしてふと、現在の自分と嫌々ながら照らし合わせてみると。全く笑えない現実が待っていた。酷い冗談だった。

そしてこの時、俺は今の今まで考えていた事がスッカリ頭から抜け落ちてしまっていた。こんな唐突に、昔話をする事になるなんて思ってもいなかった。大輝の言葉を信用出来ないのは兎も角、自分を探してくれていたその事実が嬉しかったのは確かで。つくづく、俺はどうしようもない人間だった。

「…………何だって俺なんか……」
「知るかボケ!」
「……はぁ」
「俺が溜息つきたいわ。……クソ、俺が全部悪いってのは分かってんだけどーーなんか、割に合わねぇ」
「……だから、そんな事言うんだったら俺なんか放ってーー」
「そんな事したらお前また消えるだろうが。探す手間を考えろアホ」

罵倒しながらも、居なくなったら探すと宣言する大輝の言葉に、少しだけくすぐったいような気持ちを感じていた。絶対に信じられないと息巻いていたのに。その一言で揺らぎそうになる自分に、心底呆れた。

「キョースケお前、覚悟しとけよ」
「…………何を」
「ぜってぇ逃がさねぇかんな」

背筋が寒くなるようなセリフなのに、もやもやと胸が疼くのはきっと気のせいに違いない。そんな逃避をしながら、自分はどうやって大輝の手から逃れようかと、ただひたすらに考えを巡らせた。

また逃げたら追いかけてくるだろうか。そんな自分の狡い考えに、深い溜息が漏れ出た。






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