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07



「おい貴様、何か気がかりな事でもあるのか」

突然の質問に、俺はじっと魔王を見つめた。何と無く、言いたい事は分かるような気もするが、なにせ言葉が足りない。もう少し詳しく、聞いてくれないだろうかとも思う。迷うように口を開けたり閉じたり、魔王はそれでも無言だった。

そのまま結局、両者とも何も言えずに一日が終わった。夕方になり、カルが元気良く、ただいまー!と部屋に入ってきた時の魔王の顔は、申し訳ない程に、それはそれは見ものだった。目をカッと見開いて、口をあんぐりと開けて。俺は思わず噴き出してしまったが……、気付かれていないと願いたい。お互い、不器用すぎたのだ。

そうしてその数日後、再びそのチャンスが巡ってきた。

「気を取り直して聞く。お前、城に未練でもあるのか?」
「未練?」
「でなければ、なぜ飯が食えんのだ、カルがお前の体調を気にして不安がっている。親としては、看過できん。そうなっている理由は何だ?話せ」
「理由……」

ようやく聞けた魔王の言葉に、そうかと合点がいく。確かに、俺の今の体調は芳しくない。再び痩せてきたし、食事が気持ち悪くなることもザラだ。理由はーー、沢山ありすぎてわからない。あの時の光景がフラッシュバックする事があれば、家族の安否、そして国の情勢も気がかりである。なにかひとつではない。そのはずだ。

「ーーあの時の、光景が蘇る事がある。食事に虫が湧いているような錯覚を覚える事もある。……妹が、泣いている姿が毎晩みえる」

暗い気分を吐き出すかのように、ゆっくりと話を始めた。まるで、自らの後悔を吐露しているかのような気分だった。

「妹?」
「そう、妹。私に似て、頑固な少女だーーまだ、今年で16だ。親も兄妹もおらず、それでもずっと1人で皆を守っている。強い、妹だ」
「?なぜそれが分かる。城を追い出されてもう二月はたつだろうが」
「見える。何もないはずの瞼の裏で。これは父以外に話したことはないがーー、昔、私には予知夢を見る力があった」

予知夢の事は、父しか知らなかった。ほんの子供の頃の記憶でしか無かったが、物心ついた頃には、自分には他人とは違う力があるという事は理解していたのだ。そして父には、力の事は誰にも言ってはいけないとそう言い聞かせられた。絶対に、漏らしてはいけないと。

しばらくしてその力は、ある日を境になくなってしまったのだが。運命とでも言えば良いのか、今になって再び見えるようになってしまった。自分の力は無くなってしまった訳ではなかったのだ。そして、己の悪い予感というのは、案外よく当たるものであるらしかった。

「予知夢」
「そう、予知夢。先を読む力。ある時から全く見えなくなってしまったが、小さい頃はどういうわけか、先の事をランダムに見ることができた。それで鳥の巣を熊から守ったり、洪水の前に動物を移動させたりしていた。本当に昔の話。だがこちらに来てから、頻繁に見るようになった。全部城の事だが、最近はいつも、妹が泣きながら書簡を書いている姿が見える。ずっと泣いてはいるが、彼女が生きている証でもある」
「…………」

頑固で強がりの妹は、泣くことを無理に我慢しているような子供だった。父上の体調を気遣い、亡くなった母上の代わりをと、一生懸命だった、年の離れた可愛い妹。シスコンと揶揄される程に、妹の事は何よりも大切であった。
その彼女が、今、ひとりで泣いている。それが事実だというだけで、己の心は張り裂けそうだった。

「ーー多分、俺は夢の中から妹が消える事を恐れている。彼女は、ミッシャから隠れながら色々やっている。気が気でない。だからいつか、……アイツに目を付けられてしまうのではないかと、不安で不安で、たまらない、俺と同じ目に、合うのではないかとーー、」
「もういい、分かった、泣くな、人間」

気持ちが昂ぶったのか、いつの間にか目からは、涙が零れ落ちていた。涙なんて、子供の時以来だろうか。魔王は、そんな俺の頭をかかえると、くしゃりと些か乱暴に頭を撫でてきた。それでも、考えれば考える程に涙は止まらない。

前にも思ったが、魔王ーー魔族も、人間と変わらないのだ。やはり自分の考えは間違っていなかった、そう考えながら、俺は泣きながらもひたすら話を続けた。どうしても、止められなかった。今ここで、全て言ってしまわなければいけないような、そんな気がしていた。

「妹はこの先、無事でいられるだろうか……、国はーーあの国は、皆は、どうなる」
「もういい」
「あそこには、他の家族も、いる、囚われて、軟禁されて、隔離されてーー伯父が、叔母が、」
「黙れ、口を閉じろ。私はもういいと言った」

命令をしながらも、焦燥の滲む声でそう言って、魔王は俺の頭を抱き込む腕に力を込めてきた。まるで慰めるかのような動作に、胸の内からじわじわと何かがせり上がってくる。油断すれば、嗚咽を漏らしそうだった。

「話せと、そう言ったのは、貴方だ」
「…………」
「私が食い止められさえしたら、ミッシャが元凶である事さえ、気付いていれば、城を任せる事もなかった、私は結局、父と同じ愚王でーー、」
「眠れ」

魔王がそう言った次の瞬間、私は己の意思とは関係なく、激しい眠気に襲われた。何か、術をかけられたらしい。まだ、話すことはあるというのに。抵抗できるだけの体力も力もなく、私は呆気なく身体が弛緩する。

「ま、だ、私はーー」

みっともなく、意味のない言葉を発する俺を、魔王はゆっくりとした動作でベットへと横たえて。たどたどしく指先で俺の顔にかかった髪を払う。そういう中でも、俺は激しい眠気に抗えず、意識は段々と遠のいていった。

「魔族は決して同志を見捨てない。眠れーー、アーダルベルト」

意味を理解する前に、私の意識は深い深い闇の底に沈んでいった。それこそ、数日の間夢の中を彷徨う程の、深い深い眠りに。

『私は貴方の力に興味があるのです』

意識の落ちるほんの間際、俺が拷問を受ける最中にそう言い放ったミッシャの姿を思い出した自分は、確信に近い何かに気付いてしまって。それを抱えたままに俺は夢の世界へと落ちていった。





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