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第三ラウンド




「は?消えたってどういうことだよ」

俺の声が、馴染みの倉庫に響き渡る。つい先日潰したチームの幹部達が、居心地悪そうに互いに顔を見合わせていた。座る俺の足の間では、抵抗を諦めたらしいアスカがジッと様子をうかがっている。

「いや、さっきまで一緒だったんですけど……何か気付いたらアイツいなくて」

金髪の男が電話をかけながら俺に言う。何コールしても一向に出る様子がないようで、途端に気持ちが萎んでいく。あの、サイという男にチームに入ってもらわなければ、あそこを潰した意味がなかった。

「心当たりはないのか?そいつの行きそうな所とか、普段行く場所だとか」
「いやぁ……サイはちょっとおっかないから、聞けない事も多いし」
「あの人、意外と秘密主義者っすよねぇー」

聞けども、良い返事は帰ってこない。隣の軟派なでかい茶髪も、言いながら携帯を片手に連絡をとろうと、手を動かしているようだが。何というか、随分と適当なチームである。

「家や本名は?」
「イヤ、両方知らねぇっすね」
「アツシが一番長いから、アツシが知らなきゃ俺たちはもちろん知らないよね……家出中っていう事くらいしか聞いたことないし」

眉間の皺が濃くなるのは仕方が無いが、発言したメガネの男がオドオドと俺を見てくるのに少しだけイライラとした。この状況は、かなり不本意だった。あの男の強さは、俺が反撃を食らった事から見ても本物である。負け知らずで、怪我すらしたことのなかったこの俺が、あんな小さいヤツに押された。チームに欲しいという気持ちも、あの時から一層強まって、今日という日を楽しみにしていたのに。

「互いの名前は知らせないのか?」
「あー、俺たちはフルネームがめんどいから名前で呼び合ってるだけなんすけど……」
「サイは苗字しか教えてくれなかったな」
「西條だったよね、確か……名前がキライなんだっけか?」

強面とチャラチャラした茶髪が順番に言う。西條だからサイ。単純なあだ名だが、下が分からなければ探しようもない。俺は深くため息を吐いた。

「何であんたらチームなんかやってんだ?そんなに仲良い訳でもないんじゃねぇのか?」

そう問うと、彼らは一様にキョトンとして顔を見合わせた。何かと不思議な連中である。

「そもそも、俺らチームって名乗った覚えはないしな」
「とりあえずー、喧嘩好きな家出人が集まったーって感じぃ?」
「一緒に居ると、楽しいし、サイがいれば負けて冷遇される事もないし、俺弱いし」
「大した理由なんかないよな、集まってれば何かあったときどうとでもできる」
「そうそう、なんだかんだサイって頼りになるから。チビだけど」

金髪、軟派、眼鏡、極道、チャラ男が順々に言う。妙にこざっぱりとした連中で、少しだけ面食らった。あの界隈で最強と恐れられるチームだから、少し構えていたのだが。

「……事情は分かった。連絡が取れたら教えてくれ」
「おぃーッす」
「ここは自由に使っていいが、ルールは守れよ。あそこにいた他の連中連れてきてかまわねぇから」
「わーお太っ腹。俺アンタみたいのスキよ!神部サンだっけか」
「お、おお……」
「アンタのお膝が気になるんだけど……ソレはここのルール?」
「そんな訳ないじゃん!俺は嫌だって言ったのに、ジンが無理矢理」
「なる程なる程……ま、でもお似合いだから良いんじゃね?アンタお名前は?」
「アスカ……」
「なんという可愛らしいお名前!いいじゃんピッタリじゃんお似合いカップルじゃん」
「や、や、ちょっと、何か……!」
「いやー、神部サンはイイネ!俺もちょっとだけサイを抱っこしたいんだけど、やると瞬殺されるからなぁ」

金髪は随分とおしゃべりなヤツだった。突然、何を言い出すかと思えば、うんうん頷きながらため息を吐く。一番、そのサイと親しいというから何か聞き出せないかとも思ったのだが。ーーどうやら爆弾を吐かせてしまったようだ。自分のお仲間かとも一瞬思ったが、俺がそれについて口を開く前に、目を見開いた極道が金髪に声をかけた。アスカが怯えている。

「何だお前っ、そんな事考えてたんか!?」
「え?だってサイって顔はイケメンだしちっちゃいからイケそうじゃね?」
「…………ちょっと俺、アツシが怖えわ」
「は?何で?」
「お前、ノーマルじゃねぇのか?」
「うん、もちろんノーマルだけど。でもちんこくらいは舐められると思う」
「……やべぇツッコミ役がいねぇ、誰かサイ探してこい!こいつ何言い出すか分かんねぇぞ!?」

……何というか、随分と濃いメンバーを引き入れてしまったようで、俺は少しだけ不安になった。目を見開いたサイの幹部達を眺めながら、俺は無言でアスカの肩に首を置いた。



その日からしばらく。サイの行方は一向に分からず、連絡も意味不明なメールが各幹部に届いたくらいでほとんど進展がなかった。
『おっさんに捕まった……まるで監禁』
メールにそう書かれても、何がどうしてどんな状況にあるのか全く情報が得られなかった。

金髪もといアツシ曰く、父親に見つかって連れ戻されたのではという事らしいが、【監禁】の意味が分からない。幹部達もこぞってこれなら多分大丈夫、と言うのだが。俺には大丈夫そうに見えないのだが、サイのメールは暗号と同じだと豪語するその幹部達の言葉を信用するしか手がない。

それからまたしばらくすると、電話もメールは届かなくなり、携帯の契約が切られてしまった様子だった。幹部達もお手上げらしい。結局、サイは一向に現れないままにひと月がたった。手詰まりだった。


* * *


アスカを構いながら、学校の生徒会室で俺と幹部の武藤タケル、伊佐リヒトを含めた生徒会メンバーと共に仕事をこなしていた、そんなある日の事だった。

「リヒトお帰り」

会計を担当する須賀川ジョウジが、書類の提出を終えてきた副会長のリヒトを迎える。その声につられ、会長の俺や書記のタケル、副会長補佐の薬師寺ジュンイチも顔を上げた。しかし。

「リヒト?どうした?」
「…………見つけたかもしれない」
「何を?」

酷くどんよりとした空気をまといながら、リヒトは言う。その空気のまま、ガタリと音を立てて椅子に座ったかと思えば、ゴツンという音をたてながら机にうつ伏せた。様子がおかしい。

「あの、サイってやつ」
「は!?どういう事だ?」

うつ伏せのまま言ったリヒトの言葉に、思わず反応する。一体、何があったのか。

「彼に会った」
「どこで?」
「学校の屋上で……サボってた」
「この学校に居んのか?」
「そう、ここの制服きてたよ」
「……クラスは?名前は?」
「今調べてきた」
「見せてみろ!」

リヒトの様子が気になったが、それよりもあのサイが発見されたという情報に、思わず声が大きくなった。リヒトの頭に潰されていた書類をひったくり、それにジッと目を凝らす。クラス名簿と、入学時の書類のコピーだった。

「Fクラス、西條ーー」
「ヤヨイだって。最近ここに転入してきたらしい」
「は?俺らの方に書類も情報もきてないぞ?」
「うん。何でも、理事長の知り合いで訳ありだから、慣れるまでそっとしておけって事らしくて」

机に突っ伏したまま、リヒトは喋り続ける。声が机に反射して、少しだけ聞き取りにくい。

「訳ありって……ん?これは?」
「入学時の証明として提出された、前の学校の在学証明」
「…………おいマジか、○○高校に居たって」
「そう。しかも、一年の時は全国模試で名前が載った事もある」
「アレがか」
「そう、あの時僕を殴ってきた男が」
「それでお前、そんなに暗い顔してんのか?」
「……ちがう」
「?じゃあ何だよ」
「ーーって、」
「あ?」

思いの外小さな声で言ったリヒトの声は全く聞こえず、俺は聞き返す。すると、リヒトは突然顔を上げて叫び出した。デコが赤い。

「お前誰だハゲってーー!僕、そんなに存在感薄かった!?一番最初に戦ったのって僕なんだけど!顔さえ覚えられてないって……僕、薄くないよね?ちゃんと髪、生えてるよね?」
「…………」
「他にも色々ひどい事言われたけど、なんかもう呆然としちゃって言い返せなくてすごく悔しいんだけど!あんな小さいヤツに!」
「…………」
「僕、今日はもうだめだ……頭皮のケアに美容院行ってくる」
「…………」

そう早口で言い残すと、早足で生徒会室から出て行った。何度も机や扉に激突しながら進むリヒトを、声もかけられず見送りながら、俺たちは顔を見合わせた。ハゲと言われた事を相当気にしているようだった。


その日から、生徒会のメンバーは興味本位で順番に屋上へと行くようになった。リヒトの次は、同じくカムイの幹部であるタケル、そして興味津々のジョウジとジュンイチ。彼らは一日置きに屋上へ行ったのだった。

「なんで……ブサイクなデカイ犬コロって……俺の天辺は禿げてない……」
「ちょっとナンパしたらキモいって……性病なんか持ってないしまだ禿げてないし……」
「僕あんなにチビとハゲ連呼されたの初めてだよ……喧嘩はできないけど別に、これから伸びるし!まだ禿げてないし!ちんこだってデカくなるし!」

それぞれ深い傷を負ったようだ。おかげであの日以来、生徒会室は高確率で沈黙が支配するようになった。時々やってくるアスカが事情は知らずとも慰めているようだが、あまり暴言に慣れていない者が多いためかメンバーは撃沈してしまったらしい。誰も、チームに来いと、生徒会室に来いと誘う事すらできずに帰ってきてしまっている。中々手強い。これでは、先へ進まないではないか。俺は深いため息を吐きながらも、作りかけの資料を置いて、例の西條がいる屋上へと向かった。






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