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第二ラウンド




「はぁはぁうるせぇよ、お前変態か?キモい」

そう言ってくる、空気の読めないアツシをとりあえずボコボコにしてから、俺は止めていた足を再び動かし始めた。ハルトとコージが、動かなくなったアツシを引きずってくる。
俺の今の足取りは、とても重かった。

あの、決闘から2日たった今日、俺たち幹部は、あのバケモノ達の、カムイと呼ばれる彼らのアジトに行かなければならなかった。そこで俺たちは、要求通りにカムイのチームに入る事となるのだ。

その、信じられないような恋心を持ってしまった俺は今、早くカムイのリーダーであるアイツーー神部に再び会いたいという素直な気持ちを胸に抱えている。そして同時に、男にこんな思いを抱くなんてまさか、という気持ちも持っている。葛藤とでも言えばよいのか、俺は酷く混乱していた。今までに男に惚れた経験なんか当然あるわけなどなく。気持ちの整理がつかないのである。そんな訳で、俺はカムイの居る場所へ行く事に対して、行きたいという気持ちと行きたくないという気持ちが複雑に絡み合っている。ため息が出るのもそのせいに違いなかった。

「サイ、しっかりしてよねー、いくら負けたからっていてさぁ、サイが弱くなるわけじゃないんだしぃ?」
「うるせ、別にそういうんじゃねぇよ」

そう言って、エイジはヘラヘラといつものように俺の首に腕をかける。それが鬱陶しくもあるが、その腕から逃げるだけの気力が今はない。肩を組まれたまま、俺は煙草を取り出し火をつけた。エイジは煙草が嫌いだ。わざとらしくフゥッと煙をふきかければ、俺の肩は解放された。

「くっさ」
「うるせ」
「ーーっつかお前マジでさ、負けた時くらいから借りてきた猫みたいにおとなしいじゃん?正直、キモいんだけど」

その時、突如会話に割って入ってきたマサトは、より一層顔が怖くなるような、そんな怪訝な表情でぴしゃりと言い放った。地味に傷つく。普段から的確な事ばかり言うマサトにそう言われると、ショックが思いの他大きくて。その時の俺は、怒る気すら起こらずに、ただマサトを睨みあげる事しかできなかった。確かに、あの時から自分がおかしいのは自覚している。

アツシをシメる回数が極端に減ったし、あの神部という男と戦った時の事をいつも思い出してしまう。それのせいか、ため息ばかりがでる。これはやはり、どんなに否定していても確実に、俺はあの男に惚れている。この症状は、経験上まさにソレだった。

そんな事を内心考えながらも、誤魔化すようにくだらない雑談をして、俺達は指定された倉庫へと足を進めた。程なくして目的地が見えてきて、それを目にした瞬間に、俺たちは顔を見合わせた。かなり大きくて広い。その大きな倉庫は、古いが手入れがゆき届いているらしい。羨ましい限り。入り口のシャッター脇には、工場の事務所にあるような小型の扉が取り付けられている。この時、扉は全開で、そこからは話し声が漏れ聞こえてくる。入れと、招かれているのか。

少し、中が静かすぎるような気もしたが、俺たちは指示された通りにするまで。入る前に一旦心を落ち着かせてから、俺達は扉をくぐった。

結構な数の人間がそこには集まっていたが、入り口を過ぎてなお声すらかけられなかった。それを疑問に思いながら、俺達は倉庫の中程まで進む。そうして、まさに今、倉庫のど真ん中で大声をあげているその人物たちに目をやった。そしてその瞬間、俺達は信じられない光景を目にしたのである。思わず足を止めれば、すぐ背後にいたアツシにぶつかった。シバく余裕もなかった。

「バッカ、お前やめろよな、ジン!」
「何言ってんだ、俺はこんなにお前が好きだって言ってんのによ」
「だ、だからそういう事は軽々しく……」
「軽々しくねぇだろ?俺は真剣にお前を口説いてんだからよ」
「っ、」

立ち止まった事で互いにぶつかりながらも、無言であんぐりと口を開けたままその光景を見る俺。アツシ達5人も俺と同様だった。周囲の人間も、どこかそわそわしながら彼らの様子を見守っている。

件の彼ら2人の雰囲気は独特のもので、1人はリーダーだという神部、そしてもう1人は、スラリとした美人な人だった。一瞬女かとも思ったが声は誤魔化しようのない程に低い。間違いなく、男だ。彼らは一体どういう関係なのか、神部が抱き込むように密着している。顔と顔とがくっつきそうだ。だがしかし、彼らは男同士という所を除けば、酷くお似合いであった。

神部は身長も高く、かなりがっしりとした体格で、容姿は見たことの無いほど、非の打ち所がない。日本人離れした、彫りが深くて鼻の高い顔つきで、染めているのかいないのか、茶色に近い髪は最近流行りの髪型にカットされていた。

もう一人も、神部程まではいかないが長身で、モデルのようにスラリとしていた。女性と見間違う程のその綺麗な顔立ちは日本人らしい切れ長で、目鼻立ちがはっきりとしている。襟足を除いて短めに切られた髪は綺麗な漆黒で、触り心地の良さそうな色艶を放っているようにも見える。

その場は正に、2人の雰囲気に呑まれていた。そして俺はといえば、その光景に酷く動揺したのである。自分の胸に、そっと手を当てた。見たくもないのに、しかしその光景から目が離せなかった。

「ちょ、ジン近い!」
「別にいいだろ?お前はそのうち俺に惚れるんだからよ」
「ナルシスト!」
「知ってる。ーーなぁアスカ、あんまり言うこと聞かないと……」
「!?」

その瞬間、ハッと息を飲む声が多数聞こえた。俺もその内の1人で、ドクドクと早音を打つ心臓の鼓動を感じながら、それを、失恋を、その時悟ったのだった。

「うっわアイツらゲイかよ……ベロチューしやがった」

アツシの空気の読めないその言葉にハッとして、止まっていた思考と体の感覚が戻ってくる。そして俺はそのまま、そそくさとその場から逃げるように退散した。そんな俺に気付く者は、幸いにもいなかった。



「……やべぇマジかよ」

1人呟きながらトボトボと歩く。あの光景も衝撃だったが、同時にこの恋の失恋に傷ついている事にも驚いていた。あれは、ほとんど一目惚れにも近いようなものであったが、あの、神部があの男を好いているという事実に酷くショックを受けていた。男もいける口だったとは。

ここ数日、かなりのショックが続き、俺は自分が今までに無いほど動揺しているのが分かった。最強だと自負していた喧嘩には負けるし、男に惚れてしまうし、かと思えばたったの2日たらずで失恋をするし。何か憑いているとしか思えない程の不運続きである。

腕っ節の強さと、へこたれない精神力だけが取り柄でここまできたが、思わぬ打撃に自信さえ失いそうになっている。何と言う事だろう。前にいた学校で陰湿なイジメに耐えていた時だって、これ程ショックを受けたことはなかった。あのイジメも結局、俺がとうとうキレて暴力事件を起こして退学になった事で決着がついたし、退学になった事で逆にせいせいしたという気分でもあったのだ。


俺は深い深いため息を吐きながら、普段は決して近づかない街の中心街へと向かった。携帯電話の着信音が耳に届くが、この時はどうしても1人になりたい気分であった。色々と考えたい事があったのだ。ふらふらと、夕方時の混雑した道をとめどなく歩いた。目的地なんかない。ただとにかく、1人で考えたかった、

だがしかし、こういう時に限って、不運というものは続くもので。


「見つけたぞ、この家出息子め」
「うわ!」
「全く、父親から逃げるなんて幼稚な事をする……もう、気も済んだだろ?いくぞ、帰ってこい」

そうして俺は、見事に父親に首根っこを掴まれ捕獲されたのである。こんな単純な事で、俺の小さな冒険はショック続きの後に幕を閉じたのである。

しばらくの間、立ち直るのには時間がいるようだ。

「あまり父に心配かけるなよ。新しい高校は探しておいた。ーー全寮制だが、お前にはこれくらいでちょうどいいだろう」
「え、ちょっ、ちょっとーー」
「また何かやったら、次はアメリカに留学だ、父もついて行くからな。向こうでも大学は出ないとな」

そういう訳で、不運にも、俺は私立全寮制男子高校にぶち込まれる事となったのである。家出したペナルティとして、携帯電話を解約されたのが、更なる追い打ちとなったのは言うまでもなかった。

「あまり制服にはうるさくないようだ。好きに暮らして青春してこい」

父の言葉は、半泣きの俺の心に沁みた。







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