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03



大切な宝物を入れた引き出しをそっと開くかのように、ひとつひとつを頭に思い浮かべる。
『おいお前、こんな所に1人でいるのか?親はどうした』
『ーー、親』
『そうだ、お前見たいに良い身なりの人間が1人でいるなんて、どう考えたってあり得ないだろうが』
『親ーー』
『?』
『分からない。ーーここは、どこ?』
『は?』
その時の彼は、呆気にとられたような表情で、そんな顔はそれっきり見たことがなかったように思う。それが僕らの出会いーー。



小さな掘っ建て小屋は、未だかろうじて形を残していた。まるで、僕たちが戻ってくるのを待っていたかのような、ギリギリの状態で。

辺り一面、カラカラの岩場で、木々も数える程しか生えていない。そんな中、何のためか、一軒だけポツンと、板切れで出来たその小屋は存在していたのだ。ほんの6畳ほどしかない物置のような所で、中は薄暗く、そういったものが出てきそうな雰囲気を醸し出している。

亡骸を両手で抱えながらギシリと音を立て、中に入れば、ひんやりとした埃っぽい空気が充満している事が窺えた。部屋中が軋む。部屋の真ん中に彼をそっと下ろして、その辺に転がっていた麻の布切れで彼の全身を覆う。しばらくそのままぼうっと眺めた後、僕は何度も振り返りながら外へと出た。ギラついた太陽は相変わらず殺人的な暑さを孕んでいた。

そうして僕は、ドラゴンに姿を変えて。長い長い時間をかけて、ゆっくりと小屋に火を放った。ぼうぼうと赤い炎に包まれて燃えてゆく小屋は、煙を上げながら、段々と小さく崩れ落ちて行く。僕はそれを、人の姿で寝ずに眺め続けながら、2年という時の流れを思い返していったのだった。



そうして3日目の真昼時。突然ふと、僕の傍に誰かが座っている事に気が付いた。いつからそこに人がいたのか。全く意識が、向かなかった。

「ようやくこっちを見たな……俺がここに来てどれくらいたったと思ってる」

呆れ顔でこちらを見る彼は、やはり僕のよく知る会長だった。殺気に敏感なドラゴンはしかし、敵意の無い者への反応が驚く程緩慢だった。身体が大きいせいなのか。

「どうして、ここに?」
「……迎えに来た。お前の姿は、伝説のドラゴンだそうだ。世界を救う、天候を操るドラゴン」
「天候を操るーーそれって、ドラゴンなら皆出来るんじゃないの?」
「普通は、火を吐く位だ。それに、お前ほど大きくはない」
「へぇー、」

話しながら、僕は思わぬ事実に素直に驚いた。そんな大層なドラゴンだったのかと。確かに、アレ?っと思うことはあったけれど、誰も、指摘する人はいなかった。何と無く、その理由は察していたけれど。

「……気付かずに今まで過ごしていたのか」
「うん……だって皆教えてくれなかった」
「誰も?」
「うん。ーーきっと、きっとさ、僕がそうだって分かったら、僕を狙う奴らが増えるでしょう、だからサミュエルは僕に何も言わなかったんだと思う。1度僕、殺されかけてるから」
「…………」

あの事件は、まるで地獄のようだった。僕自身、攫われて痛めつけられてボロボロで。助けに来たそのひとーーサミュエルが、僕の有様を見て暴走した。そんな彼の暴れた跡も、相当酷かった。ヒトがあんなに、簡単に、山になってーー。その時僕は、何も知らないままに、しかしその異常性に恐怖を持っていたと思う。

「サミュエルはね、大切な人が酷い目に会うと、しばらく正気を失うんだ。僕が殺されそうになったあの時にも、暴走した。今でそれがかなり酷くなって、最近ではちょっとしたことで症状がでて。酷い時は、普通にしてても丸一日記憶が無いんだって。それも、頻繁に」

その事件の後に、サミュエルの口からそれは直接告げられた。彼の暴走が日に日に酷くなっていく事も、その内完全に正気を無くしてしまうのではないかという恐怖心の事も。始めの頃、僕はただ恐怖に慄くばかりで、それどころか、自分のドラゴンの事すら理解できていなかったのだ。そんな僕がドラゴンの力に目覚めて彼の為に動くようになるまで、そう時間はかからなかった。

「サミュエルは、僕に言ったんだ、ダメだと思った時は、僕が殺せって、……僕で無いとだめだって」

段々と、間近でサミュエルの生き様を見ていく内に、それを僕は疑問に思い始めていたのだ。僕はこんな事をして生きていいのかと。サミュエルは本当に正義なのかと。そのほんの微かなズレは、あっという間に広がっていった。このままではいけない、彼の為にも、自分の為にも。考えに考え抜いて、そう僕が思い始めた頃。彼は僕に殺してくれとそう願ったのだ。きっと彼も、近い内にダメになってしまうと察していたのだろう。

「サミュエルはそのために僕を拾った。それで僕は、彼との約束を守った、だから今こうしてここにいる」

ふっ、とほんの少しだけ微笑んだ僕はそっと目を閉じた。途端に広がる暗闇に、ドラゴンと出会った時の事を思い出す。闇の中、ひたすらに漂う僕と彼。たった2人だけのその空間には、何もなかった。僕等が出会って、共に生きようと微笑みあったその瞬間、僕等はここに現れた。

「ここは、僕がこの世界に来た玄関口だよ。とても寂しいところ。このドラゴンのいた場所もそうだった。たった1人で、実体の無い世界を彷徨っていた。寂しくて、途方も無い闇の世界。だから僕はドラゴンと一緒に居る事に決めた、いつも一緒。だから、元の世界には戻らないし、人間の城にも行かないよ」

はっきりと、僕はそう言い切って彼の目を見る。ここに迎えに来たという事はつまり、そういうこと。だが僕は、彼について行く気はさらさらない。

「ーー何でだ?」
「僕はひとを殺しすぎた。あの人の為だけど、自分でも間違ってる事が分かっててやった。だから、いくら伝説のドラゴンだって言っても、こんなんじゃ僕の気が済まない」

そう、僕は彼に頼まれて敵地を破壊した。村を焼いた。今更、真っ当な人として生きて良いはずがないのだ。そう宣言すれば、その人は驚いたように僕を見返した。

「お前、」
「?」
「変わったな」

突然の発言に、僕は首を傾げる。確かに変わったといえば変わったが。

「……そりゃ、2年もここで生活したら成長くらいするもん」
「まだちっさいけどな」
「ーード、ドラゴンになれば大きいもん」
「ぶはっ」
「…………………………」

気にしていた事を指摘され、思わず頬が膨れる。なぜだか、僕はこちらでも身長がほとんど伸びなかったのだ。あれだけたくさんの肉を食べさせられたのに。2年もたったのに。成長期のはずなのに。

「怒るな怒るな」
「だってーー」
「それに、俺が言ったのはそういう意味じゃあない。今はちゃんとお前自身の考えで行動してるんだなと、そう思った。学校でなんか、他人の顔ばっかり窺ってちょろちょろしてるくらいだったし……」
「ちょろちょろ……ちょろちょろ……」

褒められたような気もしたが、最後の一言に引っかかりを感じた……。どことなくバカにされた気がする。

「まぁ、そのちょろちょろが俺は気に入ってたけどな」
「!」
「小動物?っていうか」
「ちょろちょろ……」
「別にいいだろ、ちょろちょろだって」
「釈然としない……」
「ま、それはともかくとしてだ、お前、これからどうするんだ?城には行かないんだろ?」

ふとその時、会長に思い出したかのようにその疑問を聞かれて、僕はこの先に全く目的を持っていないことに気付かされた。することもなく、しかし伸ばされた手を掴む訳でもなく。

だが、昔と違って今の僕には翼がある。自由に何処へでも行ける翼。昔ならば途方に暮れただろう自由も、今の僕には一番必要なものになった。僕は不謹慎ながら、目の前の自由を喜んでいるのだ。

「うん、そうだな……色々、みたい、この世界を」
「そうか」
「そう、これまでは何もかも、サミュエルが連れ出してくれたから。だから次は、僕自身で行きたい」
「お前はいいな、翼があって。自分で好きに飛んで行ける。俺もドラゴンになりたかったよ」

彼はーー会長だった彼は、少しだけそうやって悲しそうに笑った。いささか疲れているようにも見えるのはきっと、間違いではない。この人にも、色々あったのだろう。この世界は、不条理すぎる。

「会長も、飛べるでしょ?」
「ーーそうでもない。いつでも、ヒカリが隣にいないと、俺はどこにも行けない。この世は、俺が必要とされていない。アイツの隣は誰でもいいんだ。俺も努力はしたが、俺よりも強い奴はいくらでもいる。それこそ、ヒカリが懇願しなきゃ追い出されていた」
「そんなこと……」

思わず口を挟むが、僕はこの人について何も知らない。噂でしか聞いたことの無い、僕の手には届かない人。いくら憧れでも、そんな認識でしかなかった。だから、ここで意見を言ったとして、知ったかぶりもいいところ。僕が言えることなんて、何も無いのだ。

「ある。ここでは俺こそ必要ない」
「…………」
「そこで、ひとつ相談なんだがーー」
「?」

寂しげなのは、僕の気のせいなのだろうか。彼にも、そういう時があるのだろうかと少しだけ驚いた。こんなにも輝いて、人の中心にいるような人が。

「俺をここから連れ出してーー攫ってくれないか?」
「!」
「もう、あそこは疲れた。お前とならうまくやれる気がする」
「それは……、」
「前にも言ったろ、好きだって」
「………………!?」

突然の二段構えの衝撃に、僕はあんぐりと口を開ける。なにを言われたのかと、理解をするのに数秒かかった。というよりも、何かタチの悪い冗談なのかとすら思った。だって、だってーー。

「全く……俺が何とも思ってないのに、軽々しく好きだとか口にするわけないだろ」

呆れ顔でこちらを見る会長は、やっぱり輝いていて、人の上に立つ者に相応しいオーラをまとっていて。僕なんかが横にいても、到底相応しいとは思えない。そういう、人なのに。

「……僕だって、会長が初恋だったのに」
「おまっ……今それを言うのか」

そう、きっとあの時僕はこの人に憧れていて、そして恋にすら落ちていたのだ。こんな僕を気にかけて、話し相手すらしてくれて。あんなに優しくしてもらったのは、初めてだったのだ。恋に落ちるのは、必然だったようにも思うーー到底、叶うはずのない夢の中の恋。そうだったはずだ。

「…………」
「…………」
「…………いいよ、攫ってあげる」
「……おう」
「僕が養ってあげる」
「釈然としない」
「事実でしょ?」

やり直しの人生(龍生?)は、何があるか分からないらしい。僕は、クスクスと一頻り笑って、空を見上げた。相変わらず、澄み渡った空は灼熱の暑さをもたらしている。

「ふふふ、何か気分がいいや」
「まぁな、俺もしがらみから解放された気がする」
「しがらみ」
「お前にはなかったか」
「3日前に捨てて来た。サミュエルがいればそれでよかったから」

悲しい事も、辛い事も多かったけれど、僕にとってはその思い出が宝物だった。しかしそれでも、サミュエルの頼みとはいえ、彼を亡き者にした僕は、あの組織の中ではただの仇でしかない。例えば、あの少年のように、サミュエルを心の底から思っていた人間は少なからず存在していて。それこそ、リーダーであるサミュエルを殺した僕は、彼らにとって裏切り者でしかない。だから僕は、あの場から逃げた。そのしがらみを全部切り捨てたのだ。サミュエルのーー否、自分自身のために。

「お前の話は【サミュエル】ばかりだなーーそんなに……」

会長がそう言葉を漏らしたのは、そんな時だった。しばらく何が起こったのか分からなくて、僕は口を開けてその人を見た。誤魔化すように視線を逸らしている。
今のはまるで、そうみたいだ。

「え、ーーーーなんかそれって……」
「悪いか」
「……恥ずかしい人」

思わぬ応酬に、思わず赤くなってしまった。それはとんでもなく突然の出来事で僕は、それでもどうしようもなく嬉しかった。

「お前に言われたかないな」
「あははっ、おっかしーの!ーーさ、行こう」

これは、サミュエルのおかげなのだろうか。サミュエルが、またこの世界で僕とこの人を引き合わせてくれたのだろうか。そんな都合のいい妄想を、勝手に頭に思い描く。少しだけ、我儘になっても良いだろうか。

「もう、いいのか」
「うん。もう、3日もここにいたから。気持ちの整理もついたよ」
「そうか」
「うん」

僕らはこうして、灰になった彼とお供と連れ立って、世界を飛び回る事になったのだ。自由への、逃走ーー。

「愛の逃避行っていう言葉、なかったっけか」
「しるか」

僕等は羽ばたき始めたのだった。


E N D


最後までお付き合いありがとうです。
こちら副題、愛の逃避行でございます。
会長とショーは共に巻き込まれで、会長は例のごとく勇者に付きまとわれてます。で、この後は2人で逃げちゃったもんだから探されます、そして時々相手をぶちのめしながら逃避行は続き愛を育んでゆきます。

最近、好みのタイトルを見つけて書くのがマイブーム。
以下キャストのご紹介。


CAST
【主人公】
キザキ ショウ(ショー)
ドラゴンになった不憫さん
サミュエルに拾われ慕うように

【反乱軍リーダー】
サミュエル
完全なるカリスマ悪役
かつて愛を知らなかった暴れ者

【勇者とお供】
ヒカリ
例に漏れず王道転校生トリップのち勇者
イケメンはべらせ隊

会長
例にもれずryの魔術師
プライドへし折られてちょっとブルー
学園では、ショーは手のかかる後輩だが、トリップのち恋愛対象へ進化






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