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第一ラウンド



地に伏せっている幹部達を見ながら、俺は舌打ちを打つ。いくら自分が強いからと言って、一度に倒せる敵の数にも限界がある。一人、また一人、俺が敵の幹部を威嚇している内にとうとう、俺だけが残ってしまった。ーー相手は、まるでバケモノのようなチームだった。



この都会の中では、行く先も分からず彷徨い歩く人間が多かった。夜も眠らない街。そう呼ばれるだけあって、街の灯りはずっと灯ったまま。そうして俺は、ふらふらと蛾のように、明かりの灯るこの街で彷徨い歩っている。

寝床はあった。俺のように、家に馴染めず出て来てしまった人間が徒党を組み、周りを威嚇しながら寂しさを紛らわす。それが、世間様の言うチームだとかいうヤツだ。

俺は昔から何も出来なかった代わりに、腕っ節だけは強かった。そういう関係で、俺はそのチームの頭をやらされていた。初めは不承不承ではあったが、物は貢がれるし、俺の言う事に口出しする人間もいない、段々と板に付き、次第にリーダーと呼ばれる事に違和感すら感じなくなっていた。

縄張りの拡張も望まないし、他のチームに興味もない。時々順位争いだとかで襲撃される事もあったけれど、俺がいる限り負けなんて到底考えられなくて。そうやって、時々暴れながら俺たちは過ごしていた。
だが、そんなある日の事だった。

「おいサイ!ヤベェぞ、カムイのトコが潰しに来るってよ!」
「は?カムイ?」

仲間内でも一番親しいアツシが、喧しく俺に声をかける。声は少しだけ窮屈な空間に反射して響き渡る。そこは、港に打ち捨てられた大き目のコンテナの中で、それが俺たちの溜まり場であった。俺はその騒々しさにうたた寝を中断して、目を擦りながらヤツを見た。相変わらずの汚らしい金髪が目に入る。

「バッカ、お前知らねぇのかよ、あいつらバケモンだぜ?この辺の奴ら皆のされちまったんだよ。突然出てきてさ、あっという間にそこら中吸収してかなりデカくなりやがった」
「……なんでそんなのが俺らんとこに来るわけ?」
「知らね。一番強えの見せたいだけじゃね?でもよ……俺ら、勝てんのか?」
「んなもん知るか」
「オイオイ、そんな事言うなよ、ここの場所、取られちまうんだぜ?」
「ーーま、そん時はそん時だろ」
「オイオイまじ勘弁、お前リーダーだろ、ぜってー勝てよ!」
「……勝つにきまってんだろ」

やる気なんていつもない。何と無く戦って、けれどいつの間にかマジになって、気が付いたら勝っている。そんなものだ。しかし、ここまでくればプライドだってあるし、負けたことが無いには違いない。

それでも仲間を伝って伝染してくる怯えに、少しだけ嫌な気を感じていた。普段は、争いごとになると意気揚々と立ち上がってかけていく連中が、ヒソヒソ話しながら慄いているのだ。思わず眉根を寄せれば、アツシはキョロキョロと周囲を見回した。幹部連中を探しているのは明らかだった。

このチームでも段違いの実力を持つ幹部はこの時、幸いにも5人全員集合している。俺はそいつ等に顎で示し、集合を呼びかけた。コージ、ハルト、エイジ、マサト、そしてアツシ。この騒がしいこいつも、その内の一人である。

「オイオイ、何だよこの雰囲気、最悪」
「だってよー、サイ、あのカムイだぞ?お前は最強に強いからいいかもしれねぇけど、俺らにも限界あんだけど」

コージは、いつものチャラいキャラは何処へやら、一番引きつった顔で俺に言う。女受けの良い風体の茶髪も、今日はどことなく萎びて見える。イケメンザマァ。
そして、こいつはいつもいつも、俺を買い被りすぎているとは思う。直せと言う気もないけれど。

「あ?なんだよ皆して」
「俺らとやった、城島のとこも酒井のとこも、やられたって。ヤバイ俺マジ負ける気しかしない」

情報通のハルトは、いつも自信がなさそうに言うが、こいつも幹部に名を連ねる位だ、弱くはない。黒髪は決して染めないと言い張るこいつは、いつだって後ろ向きだ。インテリ眼鏡も見た目だけなのが玉に瑕。

「ハルト、お前は毎回同じ事言ってるし、それに全部格下じゃねぇか」
「でもよぉ、今回はあの、アラキのとこもやられたんだろー?」

エイジは、人一倍デカイ図体を必死で丸めて話に入ってくる。いつだって真剣味にかける軟派な顔には、今日だって緩い口調が付いて回る。こんなのでも、長身のイケメンの周りにはいつだって女が絶えない。喧嘩は俺より弱いくせに。滅びろ。

「…………」
「どこも簡単にやられたってーー、」

顔面凶器と呼ばれるマサトは今日も凶悪な目つきでこの場を凍らせる。こいつがいれば、誰もが初見でビビってくれる。貴重な人間だ。

エイジが言った、アラキのチームというのは、唯一俺らが引き分けたチームだ。痛み分けという事で話が纏まったのは俺が風邪気味だったせいもあるがーー。それでもあそこが強いのは事実で。いつの間にか、俺の中にも僅かばかり不安が生まれる。

それでも、この諍いだってなるようにしかならない。例え負けたとしても、無様な負け方はプライドが許さない。両手両足を千切られても、喉元を噛み切ってやれ。だからこそ、俺は萎縮しきっているやつらに発破をかけようと、口を開いた。

「おめぇらがそんなザマでーー」
「オイ!サイってのがいるのはここか?」
「ヤッベェ来たぞ!」

しかし、その途中で、遮られるように噂のカムイとやらがお出ましになったようだった。入り口を見れば、スラリとデカイ男を中心にして、何人かがそこには立っていた。あちらさんの幹部だろうか。

その姿を見た時から、コンテナの中にピリリとした空気が漂い始める。痛い程の緊張感は、これまでに感じたことの無いほどで、思わず尻込みする。そうして暫しの間沈黙した後で、俺はちっぽけなプライドの為に第一声を発するのだ。

「何の用だ」

緊張が伝わりそうな声音に、少しだけ後悔する。この場の人間に、不安を伝染させてしまうーー。

「勝負を申し込む。俺達が勝てばこのチームは貰う。逆にお前らが勝てば、俺達を好きにしていい」
「ーー俺が、それを受けると思うのか?」

少しだけ挑発するように、俺は鼻で笑う。いつものように。順位の上下なんて関係ない、俺はしたいようにする。

「なんだ、怖いってか?」
「あ?」
「怖じ気付いたのかよ?てめぇがここらで一番強いんだろ?その最強の名を俺がありがたく貰ってやるっつってんだよチビ」

チビ……誰が?あ?チビ?チビだとーー?
その言葉を聞いた瞬間、俺はいつものごとく。

「ああ?テメェ今なんつったよハゲ」
「ーーハゲって……」
「やべぇサイがキレたぞ」

こそこそ、立ち上がった俺の真下で何か言う声も聞こえたけれど、フツフツと湧き上がる怒りに周りが見えなくなる。そうだ、チビチビ言う奴は断じて許すまじ!別に、チビっていう程チビじゃねぇぞ!そんな気分で、ゆっくりと敵に近付きながらメンチをきる。近付けば近付く程、その男達が皆、自分よりも大分背が高くて。更に怒気は煽られる。

「こんな小さいのが……」

その男の後ろでそう言った男。俺はその男の言葉を認識、途端にそれとの距離を縮めて。

「テメェブッ殺す!」
「っ!?」

俺はそいつを本気で殴り飛ばしたのだった。その瞬間、相手は俺が喧嘩を買ったと判断したのか、次々と俺に襲いかかって来た。相手は総勢約10名。この人数で俺を倒そうと考えたその決めつけも気に入らない。俺は一気にマジになって、かかってくる次相手を次々と殴り飛ばしていった。

「サイの馬鹿がーー!自分で喧嘩思いっきり売ってるし!」
「ギャー!もうなるようになれ!」
「もー、世話が焼けるなーもー」
「喧嘩っ早すぎる……」
「アホだよホント、アホサイー!」
「ああ!?テメェアツシもっぺん言ってみろ!テメェ後で殺す!」
「ギャー!俺やべぇ殺される!」

そう言う間に、俺達は一気に喧嘩に突入したのだ。初めはよかった。幹部も俺も、疲れとは無縁であったし、相手の力量も自分達とはあまり変わらないとすら思っていた。

だが、それは、その考えは、ほとんど間違っていたのだ。

「勝手に始めやがって……しっかし、本当に、強えのな!」
「ああ!?」

突然、俺目掛けて殴り合いに乱入してきたそいつは。俺が今まで相手にしてきた中で一番、強かったのだ。

「っ、」

押される、早い、拳が当たらない。的は十分大きいはずなのに、ことごとくかわされる。反面、男の拳は俺の顔を掠りながらしかし、ダメージの大きい所を確実に捉えてくる。避けるので精一杯だった。ニヤリと笑いながら、さも楽しそうに俺を殴りにかかる。その余裕に酷く、俺はイラついた。

「この、クソハゲがぁー!」
「!」

そうしてプツリとブチ切れるように、自分の制御が外れたような気がした。先程よりも力を込めて、しかもほとんど全力で殴りにかかる。掠っていた鳩尾や顔を中心に、拳が当たっていく。殴ったその場所から順に、アザができていく。お綺麗なその顔を気の済むまでボコボコにしてやる。俺は周りがどうなっているかも分からずに、とにかく攻撃一辺倒になっていた。

そうして暫く、全力を出し始めて俺に訪れるのは。恥ずかしながら、息切れだった。普段は、ここまで体力を消耗する前に決着が付いてしまうからこそ、全力で戦うことなんてなかった。だから、こんなに消耗するのは初めての事だった。

「は、はぁ、」
「チッ、いってぇの。ーーお前、ホント強いのな」

少しだけ、攻撃を休めて構えながら後ろに下がる。上がりきった息を少し整えて、さぁ次こそ!と俺は目を細めた。
だがしかし次の瞬間、俺は一気に冷静になれる程のとんでもないことに、気付いてしまったのだ。

「は?」

俺の目の前で、アツシが倒れる。
地面に転がって、呻いている。そうして周りが見えてきて、気付けばその場に立っていられるのは、はんの数人で。俺が状況を確認している内に、たった一人、俺だけが残ってしまった。マジかよ、とそんな感想しか出てこない。相手は、まだ5人も残っている。あの、一番最初に俺が殴り飛ばした男だって、痣を作りながらもピンピンしている。

癪に触るが、バケモノのチームだという噂は本当だったようだ。これではもう、チームの勝負はついている。

「おい、お前で終わりだ」

男は俺を見下ろしながら、痣をくっつけたその顔で俺に宣言してくる。俺らの負けだと。それを認めろと。

「勝負はついてるし、本当は終わりにすべきだろうが、俺は最後までやってみたいんだが……お前はどうだ?」

ふと、男は俺の顔を見ながらそう問うてきた。どうやら、この男とは気が合うようだ。こんな中ででも、俺は負けるなんてプライドが許さないと思っている。例えお遊びだとしても、男として最強の肩書きまで失いたくはない。試合に負けても、勝負には負けたくない。決して。

「勝つまでやるに決まってんだろハゲ!」

ニヤリ、笑って叫びながら俺は、男に突っ込んでいった。この男には、負けたくなかった。

「そうこなくちゃ」

男も、俺を見据えて楽しそうに笑った。俺もこの男も大概だ。そう思いながらも、俺達は呆れた目に見られながら、倒れるまでの殴り合いを続けたのだった。

ーーそうして結局のところ、負けたのは俺の方だった。身体的にも、精神的にも。

「お前、やるな。あんたみたいなの初めてだわ、気に入った」

満面の笑みでそう言って、這いつくばる俺に手をのばす男は。俺の目に今まで戦った誰よりも格好良くて。そうしてその時俺は、まさかの、恋をしてしまったのだったーー。
男に。

「ーー死ねこのクソハゲ!」

その絶叫は、コンテナにめいいっぱい響き渡った。






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