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06



「魔王様」

いつしか、習慣ともなった男の診察を終えた所で、グライフは私の名を呼んで1人部屋に引き留めた。その顔は何か言いたげである。

「何だ」
「彼に何か言いましたか?」
「…………知らん」

思わず、目を逸らした。何を言いたいかは、承知している。

「どうしてあんなに痩せてしまったんでしょうねぇ……」
「…………さあ、何でだろうな、全く見当がつかん」
「食べ物も最近吐いてしまう事があるようなんですが」
「…………」

知っている。あれ以来、あの人間の体調は優れない。折角の肉付きが、減ってしまった。このままでは、元の身体に逆戻りである。

「そろそろ白状したらどうです?魔王様、彼に無理強いしませんでした?」
「そ、そんなことはないぞ!」
「バックバージン奪ったりしてませんか?」
「し、していないぞ!」
「……やっぱり無理矢理したんですか」
「ちがう未遂だ!」
「ああ未遂ですか、ではやはりなにかしたんですね、私に正直に答えてください」

グライフの話に載せられ、思わずぽろりと漏らしてしまった。いやそれよりも、グライフに私がまるで強姦魔であるかのように思われていた事が遺憾だったのだ。この策士め。

「嵌めたな!」
「あなたこそ、この私に嘘をつこうとしましたね?」
「や、いや、その、それはだなーー」
「で、実際彼に何をしたんですか?ようやく健康体になってきた所だったのに……」

ずっと生きてきたグライフに口で敵うはずもなく、私は思わず口を噤む。あの時の話をするのは、少し憚られる気がした。それでも、グライフはニコニコと見つめてくる。これこそ、無言の圧力。逆らえば一体どうなることやら。この圧力に耐えられる者はこの城に居るだろうか、否、居られるはずもない!

ぽつりぽつり、男から聞いた人間の国の話を、私はグライフに聞かせた。話が進むに従い、段々とグライフの眉間に皺が濃くなっていった。

「なるほど、あなたは傷心中の者の傷を抉ったわけですね」
「えぐるなどーー」

相変わらず、厳しい言葉を的確に選ぶグライフはやはりこの城最強である。口答えすればする程墓穴を掘られる。そして後々、不本意な私の噂が城中に広まっているのである。強ち間違いでもないような噂だから、否定しようにも強く出られない。城の誰もが、グライフの言う事は全て真実だと信じ切っている、だからこそーー想像しただけでも恐ろしい。

「で?他には、本当に突っ込んではないんですか?」
「し、しつこいぞグライフ!そこまでしていないぞ!」
「そこまでって、どこまでならしたんですか?奥方に似た美しい者を、あなたが放っておけるはずないでしょう」
「やはり似ていると思うか?」

中々納得しないグライフに辟易しながらも、咄嗟に出た愛妻の話題に私はドキリとする。そう、あの男は亡くした妻に良く似ているのだ。色彩は正反対でありながら、纏うオーラや表情、仕草、あの人に良く似ているのだ。私が、私から妻を奪った人間の世話を、苦に思わないのもそのせいかと思う。しばし、しんみりと考えてしまう。妻ーーミシェルが、私を見兼ねて彼と引き合わせてくれたのだろうかと柄にもなく思いすらしてしまう。

だが、たとえこういう話題が出たとしてもグライフの詰問には容赦がない。

「ええ、とても。で、実際のところどうなんです?」

私を笑顔で見つめながらも、その顔には言わなければ仕置、と書かれている。小さな頃からの刷り込みとは恐ろしい。私は仕方なく、その日の事を打ち明ける事にした。

「ーー舐めただけだ」
「舐めた?ナニをーーケツを?」
「ケツでもナニでもない!首だ首!しかし何という汚い言葉をーー!」

グライフは時々分からない。そういう事を平気で言ったりする事もあれば、その時の流行を追って若者のような格好をしていたりする。若作りだと言ったら絞められたのは、嫌な思い出だが。本人曰く、好奇心旺盛なのだそうだ。

「失敬……取り乱しました。それは兎も角、病み上がりのか弱い人間を襲うなど……」
「別に襲った訳では……」
「あなたの事です、きっと問い詰めようとして脅しでもしたのでしょう。彼は人間ですから」

人間。そうだ、あれは人間だ。自分は、反抗しない人間をペットとして飼っているだけ。だから、傷を抉ろうが傷つけようが、これっぽっちも抵抗はなかったのだ。そうやって改めて認識すれば、なにやらモヤモヤとした気分が腹の底から湧き上がってくるような気がする。何だろうか、得体の知れないこの気分は。無意識に腹を擦れば、グライフは目ざとく指摘してくる。

「全く……、気分でも悪いんですか?」
「いや、」

そうだ、その通り、気分は優れない。だが、体調が悪いという訳でもなく、ただ単にペットの生い立ちに感情移入してしまっているような。

「ーーまぁ、彼の気持ちが収まるまで待つのが良いとは思いますが」

グライフは再び医者の顔で、真剣に話し始める。きっともう、解決策も私の心の内も分かってしまったのだろう。グライフは頭が良い。何でも知っている。

「あんな風になっているんです、何か気掛かりな事でもあるのでしょう。いっそ、ひとつくらい願いを聞いてやれば気が収まるかもしれませんね」

ふうと溜息を吐くように言い放てば、グライフは詰問もこれで終わりだと、私を部屋から追い出した。1人廊下に立たされた私は、腹を擦りながら溜息を吐く。

あのペットに感情移入していると、グライフに暗に言われたような気がする。願いを聞いてやれば気が収まるーーそれは一体、誰の気が収まるというのか?きっとグライフは分かってしまったのだろう、自分ですらわからないこの腹の底を。スッキリするために一緒に出て来たはずだったが。分かりそうで分からない自分の感情が、腹の底でぐるぐると渦巻いていた。





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