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02



2人きり、初めてあのひとに心を許したその日、彼は優しい笑みで僕にこう言ったのだ。
『ショー、俺がダメになったらお前が俺をーーーてくれるか?』
優しく僕を撫でながら、それでもどこか哀愁を漂わせていた。その時感じた漠然とした恐怖に、僕はただ無言で、そのひとを思い切り抱きしめたのだった。




この僕の咆哮は、そのひとを目掛けて。

鋭く伸びた爪を叩きつける。間一髪、避けた彼は腕を伝い僕の顔面を蹴り上げた。何度目か分からない酷い痛みに目が眩む。彼は確かに戦士だった。だが僕は、ここで絶対に負けてはいけない。どんなに苦しくても痛くても、これだけは、この約束だけは守らなければならない。

そんな僕の隙をつき、勇者とお供目掛けて剣をつきたてようとする彼。僕は咄嗟に、彼を片手で吹き飛ばした。これも、もう何回繰り返しただろうか。今度こそ強く地面に叩きつけられて、彼はげほげほと血を吐く。僕はクラクラとする頭をぶるりと振って、彼の動きをじっと見つめた。残念ながら、この巨体を動かすだけの体力は、残り少なかった。

血を沢山吐きながら、それでも彼はゆらりと起き上がった。きっと腕どころか、体中の骨が折れている。彼の内蔵を突き破っているかもしれない。きっと身体を動かすどころか、呼吸をするのだって辛いはずだ。それなのに。彼は、震える身体で剣を構えると、再び勇者目掛けて襲いかかってきた。


もう、お願いだから止めてくれ。僕はほとんど懇願しながら、飛び込んでくる彼の身体に、今度こそ、己の牙を突き立てた。


肉を突き破る牙の感触がひどく生々しい。
じわりじわり、暖かいそれが流れ出る内に、彼から体力を、体温を奪っていく。
口を離せば、彼はまるで人形のように地に崩れ落ちた。僕はそれを、彼が消えていく様を、ただジッと見つめた。そしてそんな時だった。仰向けに、血にまみれた彼は、僕を見上げながら満面の笑みを浮かべて。

ありがとう、愛してるよ

彼は最期になる言葉を漏らしたのだ。その時の彼の表情は、完全にそのひと自身のものだった。

その瞬間、僕は決壊した。
シュルシュルと青白い風に包まれながら、ちいさな人間の姿に戻っていく。その時既に、僕の顔は涙でくしゃくしゃで、それでも這いつくばって、血まみれの彼を抱きしめる。僕の人の姿を見て、息を呑む声を聞いた気がした。

僕は彼を、人で無くなっていく彼を抱きしめながら、色々な事を考えた。会長と転入生のせいでこの世界に飛ばされた時のこと。独り弾かれた世界でひとりぼっちの龍に出会ったこと。僕を拾ってくれた彼のこと。僕を愛してくれた彼のこと。壊れていく彼の精神のこと。彼が本当は悪党だっていうこと。そしてーー彼が僕を拾った理由のこと。

彼は、僕に全部隠していたけれど、僕はきっと、全部知っていた。分かってしまったのだ。彼は、僕に殺される事を望んでいた。

「き、さま……よくも、よくもーー!」

その時だった。
突然、一部始終を見ていたその少年が、大声で叫びながら僕目掛けて襲ってきた。

彼の全てを信じて、彼を心から慕っていた少年。僕は心底彼に同情し、同時にその素直さを心から憎いと思った。疑いを抱いていた僕とは違って、少年は心底、彼を信じていた。

僕は向かってくる少年を睨みあげ、唸り声と共に力を振り絞って雷を呼び出した。龍の姿である時ほどの威力はないが、ただの人間を瀕死にする威力くらいはある。それを分かっていて、僕は威嚇した。バチバチと音をたてて、周囲に電気が走る。それに少年は怖気づいたのか。僕から数メートル離れた所で、剣を振り上げた状態の止まって動かなくなった。そのまま震えだしたかと思えば、剣を投げ捨て雄叫びをあげ、訳の分からない言葉を口走りながらその場から逃走したのだった。そうだ、それでいい。今の僕には、加減なんて到底出来そうになかった。

「キザキショウ」

その時不意に、ゆっくり近づく足音と共に懐かしい名前が聞こえてきた。この声の主はーー、見なくても分かる。彼の声だ。僕は懐かしさを覚えながら、冷たくなったひとを一頻り抱きしめて、夢見心地に目を瞑った。

心の中の彼は、今も笑顔だ。

「お前もこっちに、飛ばされていたのか」
「…………」
「あのドラゴンはお前か」
「…………」
「……俺たちを守るために、そいつを裏切ったのかーー?」
「それは違うよ」

僕は会長と呼ばれていた彼の言葉に、すかさず反論した。裏切りではない。僕はそう信じたかったのだ。会長は、突然顔を上げた僕を驚いたように見据えた。相変わらず、凛々しくて美しい。会長であったこの人の輝きは、どんなに姿が薄汚れようとも、失われることはない。

「なんだ、喋れるじゃないか。ーーそれが違うなら、どうして」
「ーー約束したから」
「約束?」
「そう、約束ーー僕を受け入れてくれたから、」

とっくに力の抜けた身体を未だ強く抱きしめ、僕は彼をじっと見つめる。遠くを見据えているかのような、彼の透き通ったエメラルドグリーン。僕はその色を目に焼き付けるようにジッと見つめてから、瞼をそっと下ろした。まるで眠っているかのよう。口にまとわりついている紅い血液を、僕はこの手でそっと拭う。

虚しい。彼のいない世界は酷く空虚だ。

「これからお前、どうするんだ?」
「……わかんないよ。でも、僕は僕のしたいようにする」
「!?あ、おい!どこへ行く!」

僕はふと思い立って、彼をその腕に抱いたまま再びドラゴンの姿になった。そうして、周囲が止める中、僕はゆっくりと空へと飛び上がった。目的地は、あそこしかない。彼と僕とが、初めて出会ったあの荒野。侘しいボロ小屋へと。






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