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02
「ほれほれ、早くつめろデカブツ、ボンが待っとるし」
「…………」
「あん?何か文句でもあんのか?早くしろっつってんだよ!ほら、ニーチャンもつめるつめる!早くしないとイタズラしちゃうぞー」
結局、あの場で捕まった俺は、公衆の面前で暴力沙汰を起こすわけにもいかず。話をするだけだとのたまう男たちを疑いながらも、こうして大人しく着いてきた訳ではあるが。
黒塗りの、いかにもなリムジンに、デカイ男ばかり3人。窮屈ではないが、とても居心地が悪い。これは冗談ではない。軽く下見のつもりが、イキナリの首領(ドン)とのご対面である。笑えない。何と説明すればよいか。確実に、自分が偵察に来た敵だか何かと思われるに決まっている。まずは敵ではないと分かってもらう必要がある。あの男の依頼であることは伏せて、遠回しに抗争の状況を調べていると。これ以外に、良い方法があるとは思えない。何を話のタネに使うか、自分はそんな事を考えるのに手一杯だったのだが。
「ほれ、着いた着いたー」
着くのが早すぎた、ものの5分で到着してしまったのだ。対策もままならない。この状況では、その人物の目の前に出たら頭が真っ白になりそうだ。そもそも、自分はどちらかといえば人と話をするのが苦手な方であるし、人前で演説なんて以ての外。不安ばかりが募る。
そして、俺の嫌な予感というものは当たるもので。車を使うような距離もなく、しかしわざわざ車で連れて来られたそこは。今日1日で何度も遠くから眺めた大きな屋敷。今俺は、その門扉の前まできている。そう、九十九一族の本宅だった。そうだ、依頼人の依頼、その件だ。
まさかここまで悪運が強いとは、と自分の運の悪さをひたすらに恨んだ。かなり緊張しながら、それを気付かれないように顔に力をこめる。それだけで表情が分かりにくく、そして、強面に拍車がかかる。そもそも、外出時にサングラスをかけるようになったのだって、タチバナの人を殺してそうな睨みに興奮するだとか何とか申告された時に、色んな意味でショックを受けたからであるのだ。人生最大とも言えるピンチの今、自分はこの武器を最大限利用しなければならないのだ。
「……わーオニーサンちょー恐い顔してる……興奮するからヤメテー」
「!?」
どこかで聞いたことのあるようなセリフに、俺は思わず男を見上げた。言わずもがな、軟派なお喋りの方だ。彼は、巨大な屋敷の入り口にどっしりと構えられた門扉に手をかけて、こちらを振り返った所だった。そんなセリフに一瞬、自分の思考が読まれたのかとすら思った。正に同じセリフを言い放った、かの男を見るような目で思わず見上げれば。
「ちょっとその顔ヤメテ、俺変態みたいじゃん……ただボンの八つ当たりのせいでソッチに目覚めちゃっただけだもん。俺だけじゃないしー、ウチってそういう奴ばっかりだしー」
「!」
あまりのショックに思わず後ずさってしまった。だが、その行動のせいで、俺は後ろで控えていた無口の男に追突しバランスを崩す。上体が前に傾き、驚くまま、反射的に右足を前に出した。
だが、その足が着地する前に、身体が後ろから支えられた。そうして気がつけば、俺は背後の男に抱き込まれていたのだった。190cmはありそうな、筋肉隆々の体格。俺なんか軽く支えられるという訳である。しかし、咄嗟の事で何が起こったのかと状況が分からぬまま、俺は1人で目を白黒させる。そうして、次の瞬間には、目の前の男が突然叫び出したのである。
「ちょっとーー!そいつは俺が先に見つけたんだから、俺が最初だかんな!お前はお呼びでないのー」
突然の事に目を白黒させるが、あれよと言う間に、何やら当人抜きでやり取りが行われてるらしい。状況が状況なだけに、会話の内容が全く理解出来ないでいる。
良い加減、上半身を抱きとめる右手を離してはくれないだろうか、そんな意味を込めて男の腕を離そうと足掻いてみる。が、ビクともしない。暑苦しい。
「はぁ?なにその顔ーー!自分は手伝ってやったんだーみたいな……!そもそもお前、最初は乗り気じゃなかったじゃん!だーかーら、それは俺の獲物なんだって!」
あのトイレでも思ったが、このぶっとい筋肉は伊達ではないらしい。脱出を早々に諦め、軟派の方との口論をボーッと眺め始めた。口論といっても、軟派の方が一方的にまくし立てるだけで、無口の方は相変わらず無口だ。これで会話がてきているのが不思議な程、喋らなかった。しかしこの2人、何を言い争っているのだろうか。俺にはそれだけが疑問だった。
そのまま、五分程たっただろうか。例の2人は未だ不思議な言い争いを続けている。さすがに、この状況が嫌になってきた。イライラとしながら、どうやって腕を外すか、今はそればかりを考えていた。そんな時だった。突然、乱入者が現れた。
「玄関先でやかましいわこのバカ共が!」
微かに開かれていた門扉から突然、人が出てきた。その彼は門から顔を出したかと思えば、口喧嘩の当事者たちの顔面目掛けて、拳を振り上げたのだった。一瞬で、件の2人は悶えるようにその場に伏せった。かくして、俺はあの大男の拘束から逃れられたのではあるが。
「全く懲りもせず毎回毎回……あ?何だてめぇは、こいつらに連れて来られたんか?」
逃れた先には再び、慄く程の爆弾が待ち構えていたのだった。それに気付いた瞬間、俺は呼吸を忘れたのである。
ジロジロ、下から睨めつけるように俺を見上げるその顔には深く刻まれた眉間の皺。整いすぎたその顔に張り付いて主張するそれは、表情の冷淡さを際立たせる。
「おい、あんた名前は?こいつらの前で何やらかしたんだ?それとも、本物のあちらさんの人間だっつーんじゃないだろうな?」
見慣れていたはずの顔が、他人行儀で問うてくる。顔を間近で見つめられ、次第に自分の顔が引きつっていくのが分かる。冷静になれと言い聞かせるも、冷や汗が滲んだ。
「そんなビビッててもーー」
何を言われるか構えていると。突然、彼は言いかけた口を開けたまま、突然俺を凝視し始めた。何だ、と一歩後ろに下がれば、同時に右腕を掴まれる。逃げなければと、そう思っていても、極度の緊張状態にあった俺ははそれ以上動くことが出来ないでいた。
「キョースケ」
久々に呼ばれた懐かしい呼び名に俺は酷く動揺して。クラクラする頭で辛うじて呟いた。
「ダイちゃん」
自ら墓穴を掘ったことに気付くはずもなく。右腕が捕らえられた状態で、俺と彼ーー九十九大輝(ツクモ ダイキ)は、2年ぶりの再会を果たしたのであった。
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