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01



世界はいつだって不条理だ。


僕は生まれてからこの方、幸福であったことがない。家は裕福だったし、両親の仲も悪くない、学校もそれなりに優秀な所だった。

けれど、僕は独りだった。





敵に向かって咆哮を上げる。巨体に生えた翼を広げて空中へ舞った。時折、敵の雷撃や火柱が僕の身体を掠めるけれど、当たってはやらない。空中を右往左往しながら攻撃を避けて、相手の出方を伺う。味方を守る事だって忘れなかった。

「ショー、その調子だ!奴らに、悪徳国家に裁きをーー」

あのひとの声が聞こえる。
大きく口を開けて力を貯める。咆哮と共にそれを思い切り吐き出せば、青白い閃光と共に地が裂けて敵がめちゃくちゃに吹き飛ぶ。そのいちげきで、ほとんどの敵が地に伏せった。他の連中も、僕に怖気付いたのかジリジリと後退していく。

それを見計らい、威嚇しながらゆっくりゆっくりと味方の前に降り立つ。地鳴りと共に地に足を付けた。そして、そんな時だった。

「待て!ーーもうそれ以上、悪さはさせない!」

どこからともなく声が聞こえたかと思えば、僕よりもふた周りは小さい翼竜の背に乗り、少年と思わしき2人組が降りてきた。何だ、と一斉に皆が空を見上げた。

竜の背に乗り、空を軽々駆けるその人間達は、どこかで見たことのある顔で。双方、腰には立派な剣を携えていた。

「俺たちが来たからには、お前達を許さない!ここで終わりだ!」
「ヒカリ、気をつけろよ」
「もちろん!援護してくれよな!」
「ああ」

構える味方たちを背に、僕は酷く動揺する。それでも、空中の相手に対する威嚇だけは忘れなかった。

「あれが噂の、勇者とお供……各地で反乱軍が破れているのはあいつらのせいか……ショーが負ける事はないと思うが……油断はするなよ」

あのひとがこそりと僕につぶやく。動揺は、悟られないように必死で押し隠した。コクリ、何時ものように頷き、伏せていた上体を上へと持ち上げる。翼を大きく広げて、あの人間達を見据えた。

記憶の隅に、過去の出来事が蘇る。すっかり頭から消えていた。人間であったあの頃の記憶。ああダメだ、これを思い出してはいけない。思いながら、僕は咆哮と共に地を飛び立った。



ーー呆れ顔で僕を見据える彼は、少しだけ優しい顔で僕に問いかけるのだ。『お前、何の為に俺の親衛隊なんかに入ったんだ』その一言にきょとんとしながらも、そう聞かれた理由が分からなくて僕は目を泳がせる。キラキラと輝く彼が優しくて、酷く眩しかった。ーー



猛スピードで、小さな標的目掛けて突進する。軽々と避けられて、代わりに魔術で反撃される。雷と炎の混じる、ビームのような攻撃だった。予想以上のスピードに避けきれず、背に掠める。微かに、僕自身の鮮血が舞った。自分の名前を叫ぶあのひとの声が耳に届いた。


ーーその日は運が一際悪くて、僕は親衛隊の人達の制裁に出くわしてしまった。それだけでも最悪なのに、それはちょうど風紀が駆け付けたところで、何もしていない僕が疑いを持たれてしまった。
『お前ら親衛隊のせいで、リヒトがーー!』
そういうその子は、関係の無い僕を思い切り睨み付けた挙句に、突進してきた。運動神経なんかない僕は受け身も取れずに、地面に思い切り激突したのだ。自業自得だと笑う一行の中、不思議と彼だけは、優しくも僕に手を差し伸べたのだった。ーー



背の痛みなど気にもならない。僕は必死で、気持ちを抑えながら大口を開ける。エネルギーを中に散々溜め込み、四方に散るように吐き出した。

「ぐっ……!」

そのうちの一本が、翼竜と1人を掠め、一瞬バランスを崩した。それを見計らった僕は、再び連中に突進する。


ーーケラケラと笑う彼がとても珍しくて、僕はまん丸と目を開けて凝視した。この保健室には僕と彼しかいない。ある種、幸せすぎる瞬間だった。『お前、親衛隊に入る必要なんかなかっただろうが』その一言に、僕は少しだけ動揺したのだった。ーー


「ぐあぁー!」
「っ!?」

僕の体当たりをまともに食らった彼らは、悲鳴を上げながら翼竜と共に地面に叩きつけられた。呻き声が胸を指す。僕は今、心を鬼にする。


ーーその日は一対一、僕に到底勝ち目などある訳がなかったが、その場に居合わせてしまった不幸がさらに追い打ちをかける。
『お前は俺が成敗してやる!』
言い放ったその子は、酷く憎々しげに僕を見下ろしてくる。これは、あの顔は。どちらが成敗される立場になるのか分かったものではない。僕は背筋がゾッとするような恐怖に襲われて、思わずその場から逃げ出した。部屋に。寮に逃げなければ。殺される。必死だった。ーー




「うらぁあぁぁ!」

勇者の叫び声と共に振り下ろされる剣の切っ先は、僕の背中だった。そして僕は酷い激痛に襲われてクラクラ、頭を振って痛みに耐える。身体を左右に激しく振り、僕はヤツを振り落とそうと抵抗するが、中々しぶとい。僕は耐えられなくなり、大きく翼を広げ空を目指す。だが、その時だった。剣が抜け、男が僕から飛び降りた瞬間に、巨大な火柱が足元から噴き上がって来たのだった。熱い、痛い、苦しい。僕はどうしようもなくなり、めちゃくちゃに力を解放する。四散する光線を吐き、翼を使い風を巻き上げ、雷雲を呼び暴風雨を巻き起こす。余りの苦しみに、無我夢中だった。

散々に暴れまわり、ふと気がついた時には、僕の周りに立ち上がるものは居なくなっていた。伏せったまま気を失っているのか、はたまた隠れているのか。状況が掴めなかった。

ゼェゼェと、息を乱しながら味方を確認する。微かに動く気配がある。あのひとは目を開けて、僕を見つめている。けれど。その目に、既に理性はなかった。ゆらり、彼は自らの剣を片手に立ち上がる。そのひとの目からは、正気そのものがごっそりと抜け落ちていた。ふらふらとしながら、しかし目的を持って歩くその姿は、まるで生ける屍。僕はそのその姿に、戦慄した。

このひとのこの姿を見たのは、これで3度目だ。1度目は僕が殺されそうになったその時。2度目はこのひとの隠し子が無惨に殺された事を知った時。そして、今。こうなったこのひとを止められる者などいない。このひとは反乱軍の首領だ、かれの横に出る者はいない。そして、こうなってしまったら、目的の人物を殺すまで決して止まらない。

恐怖に慄きながら、僕は正気をうしなったあのひとの様子を窺う。一歩一歩、ゆらりと進む先にいる者は誰だ。僕は震えた。


ーー保健室で傷の手当てをしてもらっている内に、僕は恥ずかしながら友達のいない事実を彼に打ち明けた。それを聞いて、彼は目をまん丸に丸めて。そうして、なんでもないような口調で言い放ったのだ。
『俺は、お前みたいなやつ好きだけどなーー』
今度は僕が目を丸めて驚く番だった。口がポカンと空いてしまったのを、ひとしきり彼に笑われながら、僕は赤くなった顔を隠すために必死で俯いた。ーー




「どけーー」

ゆらり、どす黒い感情渦巻くあのひとの目の前に僕は立ちふさがった。勇者と従者目掛けて、剣振り下ろそうとしたその攻撃を妨害したのは、僕の硬い前足だった。様子を見守っていた仲間は、僕の突然の行動に驚愕している。

「なんの、つもりだ」

そう、僕に彼を殺せるはずなんかなかったのだ。かろうじて意識を取り戻した彼は、頭から血を流しながら僕に問いかけて来た。驚いている様子が手に取るように分かる。それくらい、昔の僕は彼をずっと見ていたから。

グルグル、今の僕の言葉を理解できるはずもないが、あなたを殺させないとそう、ゆっくりと答えたのだった。かつて焦がれたその声が、僕に向いている。実に、2年ぶりの声だった。






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