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05



先王の残した遺恨は、国に多大なる被害を与えた。内政は混乱し、財政は縮み、国勢は衰える一方だった。なぜそんな誤ちを、父は犯したのだろうか。疑う事を知らなかった父ーー。

そういう情勢の中、己は戴冠した。愚王の後を建て直してくれ、そういう国民からの思いは、ひしひしと伝わってきた。

かつて、人間界いち栄えた我が国の国力は地に落ち、他国に蝕まれる形で領土を縮小していった。そういう状況をどうにかするべく、己はひたすらに制度を見直していった。元々先王達についていた大臣達は、伝統に則れと己の政策をことごとく拒んできたが、そんな戯言に付き合っている暇など残されているはずもなかった。次々と新たな勅諭を発布し、金の流れ、商いの制度、軍事の建て直し、他国との貿易制度、軍事協定等々、できることは全てやった。

そうしてようやく、最後の国との和平条約を結び、1年ぶりに国へ帰った所で。己は捕らえられたのだ。何も分からない状態で地下で拷問を受け、ひと月ぶりに地上へ戻った所で。全てを悟った。この国の公認魔術師、ミッシャ=マクシミリアンに、謀られたのだ。

己が外交に他国を歴訪していた間、ミッシャは策を企て国民を扇動し、混乱の中自ら国王の座に着いたのだ。そうして、己に判決は下され、流刑として海に流された。


「ーーこれが全てだ。……疑わなかった俺が悪い。まるで、先王と同じだ」

吐き出すように全てを話せば、再び暗い思考に火がつく。あの時自分はなぜそうしなかったのだろう、あの時こうしていれば。そういう後悔の繰り返しなのだ。だから、この話はしたくなかった。

「何だ、おまえしっかり喋れるではないか」
「……当たり前だ」
「で、その右目は拷問の時にやられたのか?」
「いや、……これはミッシャに」
「その魔術師がか?なぜそのような事を?」
「俺の右目には魔力が宿っていた。隠していたから、誰も気づいてはいなかったが……ミッシャにだけは気付かれてしまった」
「魔力を宿した右目か。魔力を使えぬようにと、いうわけか」
「……恐らく。だが、ミッシャはーー」

思わず口を噤んだ。忘れようと、必死で思い出すまいと、そう足掻いていた事だった。あれほど、ミッシャは父と親しげに言葉を交わしていたというのに、なぜあんな暴挙に出たのか。あんなに優しくしてくれたのに。考えれば考える程最悪の答えを導き出してしまいそうで。そうだ、これではまるで、ミッシャが最初からーー

「何だ、先を話せ」
「……ミッシャには、他の目的も、あって、俺の目の前で、」
「?」
「喰らって見せた、」
「何を」
「右目を」

段々、悪い方へと考えが行き始める。妹は、叔母は、叔父は、無事でいるだろうか、生きているだろうか、己のせいで死んでしまったあの大臣達はきちんと弔ってもらえただろうか、そんな事ばかりが頭をよぎる。自分はのうのうとこの地で生かされている。だがきっと、城の人間は、ミッシャに抑圧され、それでも何とか精一杯生きているのだろう。それもみんな、己のせいだ。

「その男、正気か?」
「わからない。だが誰も、咎められなかった。逆らえば、その場で殺された」
「…………」
「俺の魔力を喰らう前から、ミッシャは力が強すぎた……己の最大の失策は、ミッシャの影に気付かず、魔力を喰らわれたことだ。益々あの男の力は強くなった。抵抗した第二位の術者もあの場で、殺された。最早国には、彼以上の術者はいない。もう、誰にも止められない……国はもう、終わりだーー」

そう、それが己の罪の最たるところ。独裁者へと成り上がったミッシャは、恐怖政治を敷き、国民を騙し続けている。そんな国の繁栄は、幻にすぎない、幻はすぐに壊れる。
そして、国は間も無く滅びる。内側から脆くも崩れていく。

もう、それ以上話してはいられなかった。きっとこうしている間に、ひとりまたひとり、国民に隠され処刑され、国はミッシャの傀儡と成り行く。

頭を抱えて俯き目を閉じた。そうして目の前に浮かぶのは、己を庇った人々の死体の山、処刑時の断末魔、妹の泣きじゃくる声、国民からの罵声。もう、これ以上は耐えられない。

涙こそ流れはしなかったが、悔しさと恐ろしさに身体が震える。

「もういい、寝ていろ……」

ほとんど声は聞こえなかったが、急に身体から力が抜けるように睡魔が襲ってきた。眠い、だが、眠ってはいけないような気がする。

「いっそ殺してくれーー」

意識の落ちる間際のつぶやきは、誰かに届いただろうか。





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