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03




「大分肉が戻ってきたようですね。これなら、もう倒れる心配もないでしょう。引き続き運動させて、3食きっちり食べさせてくださいね」

医者にあたるグライフは、その男の身体の隅々を調べた後、そう笑顔で言い放った。

カルが海から連れてきた人間の男を、城に住まうようにさせて、ひと月がたった。最初こそ物を食べる事すら拒否していた男も、口移しをするぞと脅せば段々と食らうようになり、今ではカルが1人で食事を与えている。スプーンにのせてあげると食べる!と笑顔で報告してくるカルは実に愛らしい。さすが、我が自慢の息子だ。

生き物を育てさせるのは正解かもしれない。例えそれが人間の男でも、あそこまで大人しければ大丈夫だろう、自分の目に狂いはなかった!そう、過去の英断を自画自讃する。

「はーい!にゃーにゃー僕がんばったー?偉いー?」
「はいはい、カルもよく頑張りましたね、偉い偉い」
「うわーい!グライフにほめられちったにゃー」
「カルの"にゃー"は中々抜けませんねぇ」
「僕の"にゃー"はいいのー!かわいいからいいのー!」
「……とんでもない親バカがいたもんですね。しばらくしたら、使わないように教授して差し上げますね」

何か酷い事を言われたような気もしたが、気付かぬふりをした。そうだ、カルのにゃーはかわいいから良い、だのに勿体無い。

「…………」
「カル?どうしました?元気なお返事はないんですかー?」
「は、はーい……にゃ」

カルも、グライフの教授というものの怖さを知っているらしい。さすが我が息子、その歳で年功序列を理解している。父は嬉しい。

「ささ、部屋に戻ってください、カルはお勉強の時間ですよ」
「えーーーー……」
「魔王様、彼を部屋へ。また飛び降りないように見張っててください」
「ああ」

この城で一番の古株であるグライフは何でも知っている。祖父の代からこの城を見てきたと言うのだから、私よりも何倍も歳である。それなのに、彼の見た目は一切変わることなく今までを生きている。そう、グライフは力こそ無いものの博識で彼の知らない事などない、彼はこの世にも珍しい不死種だ。我ら魔族の長寿とは違い、本当に不死なのだ。だからこそ、グライフにしか出来ないことも多かった。


私はグライフに言われたように、男を部屋へ誘導する。1人で歩けるようになったのもつい最近で、治り切らなかった左足を引きずり、フラフラと自分の横を歩く。顔は下を向くばかりで、前を見ているかどうかさえ疑問だ。いつもこれだ。人間、ましてや国王というのは、果たしてこういう生き物だっただろうか。

背に手を当て、歩くのを補助するが、それでも足取りはふらついていた。そうやって10分も歩いただろうか。まだ半分も来ていない。いつもは、これはカルの役目で、私はその様子を微笑ましく眺めているだけなのだがーー自分がやるとなると酷くイライラしてしまう。グライフ曰く、私はせっかちらしかった。

「遅い!」
「!」

とうとう、私は耐え切れなくなり、男を肩に担ぎ上げた。一方の男は、声もなく驚いた様子で、手が私の背を叩き抗議していた。知るか。

そのまま、男のーーというよりカルの寝室へと連れて行った。追加で隣に置かせたベッドはカルのものより小さかったが、男の身体を収めるのに十分だった。

ぼんっとベッドに投げ落とせば、面白い具合に男の身体が跳ねた。そのまま揺れが落ち着けば、仰向けで天井を見あげて動かない。いつもこんな様子で、拾って来てから変わる様子がない。男が自ら動く姿は見たことがない。喋らないし、言われなければ動かない。変化に乏しいとはこういうことをいうのか。酷くつまらない。

だが、目に見えて変わった事もある。男の体力だ。最初は自分で水すら飲めず、身体中が痣だらけで足は両方とも折れていた。磔にでもあったのか、縛られた痕と、鞭打ちの痕すら身体中に残っていた。

人間の知識がそれ程ない自分でも分かる。男は、王でありながら罰を受け、流刑にあったのだ。何があったかは知らないが、人間は、随分と同族に野蛮な事をすると、様子を見ていて不快な気分にすらなった。

そんな男の傷も癒え、すっかり健康な身体になってきた。最近は自ら食器を使うし、ゆっくりだが歩いて移動もできるようになってきた。そんな男の様子をじっくりと見るようになって、最近気づいた事がある。それは、男のズバ抜けた容姿の美しさだ。最初こそ、骸骨のような身体で落ち窪んだ目には幽霊のような雰囲気すら漂っていたが、健康に近づいた今では、精巧に作られた観賞用の人形のようであるのだ。相変わらず、目に生気が宿る気配はないが、それを除けば、とびきりの代物であることがわかる。傾国揃いの魔族、とよく言われるが、それでも男は抜きん出ているのだ。カルの目は鋭い、と再び息子の凄さを実感する。


全く動かない男がつまらなくなり、私は行動を起こして見ることにした。悪戯でもすれば、何か反応を起こすかもしれない。水を飲ませた時もそうだったのだ、口移しの時に私の舌を追ってくるものだからついーーゴニョゴニョと自分に言い訳をしながら、男の服をつまみ上げてヘッドに凭れさせた。何だろうかと、男はじっと自分を見ている。

そうして私も、男の座るベッドに靴のまま乗り上げ、男の顔を覗き込む。じっと左目を覗き込めば、ブルーに透き通った目が、サッと逸らされた。少しだけムッとするが、この私の美しさに驚いただけ、と自分を納得させる。片手で、伸びきった金髪をかきあげれば、傷ついた右目が現れた。潰されたというより、眼球ごと抉り出されたと言ってよいだろう、窪んだそこを触れども、空間を隠す瞼に触れるだけだった。それにしても、この右目は見苦しい。ただ潰されただけの方が何倍も良かっただろうに、と皮だけになったそこをさわさわとなぞる。ピクリと、微かに顔が逃げを打った。この折角の容姿が、勿体無い。

ああそうだ、義眼でも作れば違うだろうか。突然、そんな思いつきに至り、ス、と手に魔力を込める。何もない所から結晶を創り出すなど容易い。丸く丸く、ちょうど良いサイズの黒水晶を精製する。ギョッとしたような男の視線が心地よかった。

「動くなよ」

言いながら、出来上がった水晶を口に含んで顔を固定する。逃げを打つ男を抑えて瞼を抉じ開け、目にそれを入れていく。最初から目の中に創れば良かっただろうが……それでは面白くない。暴れることを忘れたのか、男の身体はガチガチに緊張している。そんなんでは力が入って痛かろうに。他人事のような感想を胸に、しばらくくるくると入れた水晶を舌で回した。魔力で定着させる前に、馴染ませる。

「いっ、つぅ……」

思わず、といった声が聞こえて、少しだけ私の気が済む。瞼を舐めあげながら、力を注ぎ込む。しばらくののち、男はすっかり大人しくなった。目の筋肉が水晶を掴み定着したのだろう。痛みも消えたはずだ。これで、目は見えずともその容姿を崩す事はない。ふん、と満足した所で私は口を離す。そしてふと、男を見やればなんと。左目が涙ぐんでいるではないか。それほど痛かったのか、何とも、そそられるではないかーー否違うざまぁない。

誤魔化すようにニヤリと笑い、もっとやってやろうという気分で行動を開始する。男の表情が崩れた事がこんなにスッキリするなんて。そんな事を胸に、次はと服に手をかけた。






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