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02



騒がしい、と俺が異変に気付いたのは睡眠を妨害されて起き上がったその時だった。


普段のこの時間、連中がガヤガヤと集まってくる間、大抵俺は別室で寝ているのだ。皆がいるだだっ広い空間を見渡せる、事務所のような個室。そこで、俺はひとり悠々と簡易ベッドに寝そべる。気まぐれに起き上がって、ぼんやりと喧嘩のような騒ぎを眺めている時もあるのだが、寝ている事が多い。だらしがない、そういう人間も居るかもしれないが、そういう人間は、この場にお呼びではない。眠りを邪魔する者は誰であろうと排除する。それが俺だ。

しかしこの日に限っては、やけに騒がしかった。それこそ、ガラス一枚を隔てた俺の部屋にも、外の怒鳴り声が届く程。そこまで騒がれては、寝ているどころではない。騒ぎの原因を追い出さなければならない。

俺は渋々ながら簡易ベッドから起き上がりガラスの外を見る。この廃工場のど真ん中で本気の喧嘩でもしているのか、誰かが殴り飛ばされる様子が見えた。思わず舌打ちが飛び出る。

時々いるのだ。
こうやって、興味本意で俺に喧嘩を売ってくる連中が。逃げても追ってくるものだから、相手はする。何かと理由をつけてやって来る物好きも、喧嘩番長だのと時代遅れなものを気取っている者も、手は抜かない。過去に、しつこく何度も乗り込んできた人間がいたのだが。余りにも鬱陶しくて、キレた俺がかなり、それこそ病院送りにする位にはやり過ぎた事があった。しかも、そういう人間に限って、うっかりヤバい所と繋がりを持っていたりするのである。結果として、かつてない面倒事を呼び起こす事となってしまった。幸いにも、自称下僕や仕事関係の人にちょろっと手伝って貰い事なきを得たのであるが。……その協力者達すら褒美をくれだの何だのと騒ぎ出し、更にまた一悶着、あって……最終的に落ち着くまで馬鹿みたいに時間がかかったのだ。あり得ない。たかだか喧嘩にここまで疲れる思いをするなんて考えてもいなかった。

そういう一連の出来事は記憶に新しく。そう放置すら問題を運んでくる事を経験から学んだ俺には、喧嘩から逃げるという選択肢が残されてはいないのだ。何ともやり切れない。いっそ逃亡してここから去ってしまおうかと、何度考えた事だろう。だが今はまだ、それを実行する事は出来ないのである。

そうしてとうとう覚悟を決めると、俺はゆっくりと起き上がる。幼稚な悪足掻きで、それこそ何十秒もかけてベッドから立ち上がると、個室の外へ繋がる扉に手をかけた。

ドアノブを回し微かに開いただけでも、騒がしい音はきんきんと耳に響いた。思わず、顔をしかめる。

「うるせ……」
「!」

ゆっくりと開いていくドアの前で、ただ小さく呟いたつもりであったのに、その次の瞬間には全員が動きを止めた。そして何故か、ざわめきも瞬く間に霧散した。

そういう状況に驚いたのは寧ろこちらの方だというのに、しぃんと静まり返った周囲に、苛立ちを覚える。

「…………」

自称幹部達が難しい顔をしているのが目に入るの。そんな顔をしたって、彼らに非など在るわけがないのに。俺は、足取りも重く当事者達の元へ歩いて行った。

「何の騒ぎだ?」
「……――あの、サガラさん、実は……、」
「アンタがここのリーダーか?」
「ちょっ、勝手に何を――」
「俺と勝負しろ!」

俺が声をかければ、ちっさいサルのような男がしゃしゃり出てくる。小綺麗な顔に金髪というその姿に見覚えはない。ランランと輝く目の奥で、待ちきれないといった興奮の色が窺える。ああそうだ、この猿は喧嘩屋だ。相手がどう思うかも構わず突っ走り、勝手に熱くなる勘違い野郎。過去に万年低血圧と言われたような俺とは全く正反対の性質で、最も俺が苦手とする人間だ。放っておけば、それこそ性懲りも無く喧嘩を挑むような、そういう厄介さを持っている。早々にそれを感じ取った俺は、ならばと話を進める。完膚無きまでに叩きのめして、2度とそういう気を起こさせない。それしかない。

「……分かった。お前が負けたら二度とここに近づ――」
「ちょっと待て純也(ジュンヤ)!何勝手に飛び出してんだよ!」

が、突然現れたもう一人の男に言葉を阻まれる。話を遮ってくれた人物を探し振り返れば、そこに見えたのは、俺と同じ程の背丈をした銀髪の男前。さっきから、なんでこんなのがほいほいと出てくるのだろうか。無性にやるせない気持ちなって、俺はイライラと髪をかきむしる。俺と同じく、短気な周囲の連中もまた、薄ら気色ばむのが分かった。そんな俺達の気を知ってか知らずか、二人の話はどんどんヒートアップしてゆく。

「何だよ、別にいいじゃんか。どこで何したって俺の勝手だろ!?俺だってガキじゃねぇんだからテメェの面倒くらいテメェで見られる!」
「バッカ、そういう問題じゃねぇんだよ!純也に何かあれば俺が奴らにこき下ろされるんだって!いい加減分かれよ……」
「だっ、て、俺聞いたんだよ、こいつらのチームがここら辺一体を暴れまわってるって……!一般人にも手ぇ出したって」
「……また正義ごっこかよ。……分かった、もうお前がやるってんなら俺がやる」
「なっ……!何言ってんだ、俺がヤるって決めたんだから俺が最後まで……」
「お前が傷つくのは見たくない」
「お、俺だって――!」
「……なぁ、分かっただろ?俺らはお互い傷ついて欲しくないんだ……だから、勝手に先走るな。お前が行くなら俺も一緒に付いてく。だから黙って行くな」
「翔(カケル)……」

何が何やら分からぬままに、勝手に一段落したらしい彼らは、なぜだろう、俺達の目の前で互いに抱き合いだした。ポカンとする周囲無視して、どこか怪しげな雰囲気を醸し出す彼らに、俺は盛大に溜息を吐く。何のために俺は部屋から出てきたのだろうか。

しかし、奴らのやりとりで一通り状況は読めた。俺の知らぬ間に勝手をやった自称仲間達のやんちゃ諸々を止めさせるため、チームのボスらしい俺に決闘を挑んだと。そんな片割れの無茶を止める為に銀髪はやって来て、仲の再確認という茶番劇を目の前でやってのけた、と。一気に気分は地の底だ。また俺は、自分の身に覚えのない誰かの尻拭いをさせられるのだ。酷い脱力感に襲われて、それと同時に決心する。やらかした奴を絶対探し出してやる。こんなもののために俺は睡眠を邪魔されて、部屋から引っ張り出されたのだ。唯で済ませるか。

そんな事すら考えながら、放って置かれているのを良い事に、くるりと回れ右をする。このまま部屋に戻り惰眠を貪ろう。そんな事を考えていた。

「あっ!おい、お前何帰ろうとしてんだよ!俺との勝負はどうした!受けるって言っただろ!」

結局見つかってしまって、俺の思惑は失敗する。何でもかんでも自分の良いようになると思うな。そんな愚痴すら飛び出しそうになる。勝負を受けるとは言ったものの、相手を放ったのはそちら側。気まぐれな人間だってずるい人間だって居るのだから、目の前の事象に集中しないのは感心しない。そんな風に自分に好いように解釈しながら、俺は振り返る事もせずに足を進めた。







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