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色褪せる追懐


僕には生前の記憶がない。

え?言葉が間違っているって?
違う違う、これで合っている。だって僕は、

一度死んでいるんだから。
















僕の住んでいる所は、人里離れた山奥にある。滅多に人が寄り付かないような山奥。最近では、化け物が出る恐ろしい山だと、麓の村では大層恐れられているようだった。村人は、よっぽどの理由がない限り足を踏み入れないようになったらしくて、元々少なかった人通りは、全くと言っていい程なくなってしまった。隣街への良好な近道であるのにと、残念にも思う。

だが時々、この山奥にも人がわざわざやってくる事もある。理由は追い追い話すとして、僕は毎度、それが大層嬉しくて仕方が無いのだ。何せ、こんな僕と話をしてくれるのは、その彼らくらいなものなのだから。

意地悪な人が来て、何も情報をくれずに罵りながら去って行く事もあるけれど、大抵の人はきちんと僕の話を聞いてくれる。それだけで僕は、とても満足なんだ。けれども、あまり長々と話をしてしまうと、来てくれた人が後でお上に怒られてしまうのだという。現代社会は今も大変なんだなぁと、僕はしみじみと思うのである。

「成る程!世の中は移り変わりが激しいのう。ついこの前までは、軍国主義を突っ走っていたと聞く。随分と大人しくなったものじゃ」
「……」
「おい術者、お主の派閥はどこぞになるのじゃ?陰陽道かの?修験道かの?」
「密教……」
「ほうほう、今時珍しいのう。若いのに術式も達者じゃ!そのうち大物になるじゃろ、このわしのようにの!わしを倒すことができれば、お前さんはこの世で最も強い術者になろうよ。何せ、あの国家公認の陰陽師でさえわしには敵わなんだ」

ワハハハハ、そう笑ながら一通り話を終えると僕は十分に満足をして、迷惑そうに話を聞いていた男を家に返した。

もうお分かりだろうか。
僕は見ての通り、山の白鬼と言われる僕は、人間の言う化け物だ。つまりは、退治されるべき妖怪の類である。

術合戦がない時には、始終1人でいるものだからついつい戦い後の話が長くなってしまう。それはもう、盛大に我が一番だと自負する術者の鼻を明かした後であるから、すこぶる機嫌が良い。

こうして、また一人退治屋を退治した僕は、次が来るまで何年も、1人で居ることになるのだ。この広い山で、誰にも邪魔をされることなく。



生前ーーつまり、僕が人間であった頃は、今とは全く逆の、妖怪退治屋をやっていたというのだから驚きだ。しかも、希代の天才とさえ言われていたらしいのだから、自分ながらあいた口が塞がらない。普通、退治屋をやるような人間が鬼なんかになるはずがない。何者よりも自らを律する事に長けた人間が、欲望の塊である鬼なんかに成れるはずがないのだ。

ではなぜ、この僕がこんな状況に陥ってしまったのだろう?

「何だか、またすぐに終わっちゃったなぁ……次は何年後に来るのかな、もっと強いのおらんのかなぁ」

はあぁぁぁ、深くため息を吐いて、僕はほんの少し項垂れながらとぼとぼと山中を歩いた。ここ数年、山を訪れる退治屋が増えてきていた。巷では、どうやらようやく僕の噂が段々と広まってきているらしかった。もちろん、かつての天才術者だった僕がそこいらの退治屋にヤられるわけがないのだが、人がやってくるというのは、この場から動けない僕にとってとてもありがたい話だ。

『お前は餌じゃの。面白い事を呼び込むためには欠かさん』

かつて僕の記憶を綺麗さっぱり消して、鬼にしてくれやがったあの化け物は、ニタリと笑いながらそう言い放ったのだった。今思い出しても腹立たしい。だが、過去に奴を倒すことのできなかった僕に、奴の眷族である鬼にされてしまった僕に、奴をどうこうする力なんてあるはずがなかった。

死ぬこともできず、抗うこともできず、僕は淋しさに蝕まれながら今日も生きている。伸びきった髪はもうそろそろ、身長と同じくらいになるようだった。



そんな退屈な日々を過ごす僕の目の前に、ある日突然彼は現れた。世にも美しい、妖怪を喰らう妖怪。

「噂の白鬼はアンタか?」
「なんじゃ、妖怪がわしに何の用かの?」

僕は面食らって小首を傾げながら男を見上げた。随分と身長の高い男は洋装を身にまとっていて、随分と人間臭かった。妖怪なんぞが互いに関心を持つ事は、まずあり得ないはずで、僕は、その人間臭い妖怪が訪ねてくるような理由に全く見当もつかなかった。

ただーー、随分と凛々しい出で立ちの妖怪に、素直に見惚れる。この国のものでありながら人間の着る洋装が随分と似合っていて、まるで違和感を感じなかった。髪だってツヤツヤした黒髪で、無造作ながらそれが妙にキまっている。チビで髪は伸びきってボサボサで、標準の和装すら大きすぎる僕とは大違いだ。
天は不公平だ。

つらつら、そんな事を考えている間も、妖怪の男は何やら真剣な眼差しで僕を見てくるだけで、中々口を開こうとはしない。何故喋らんのか。

そのまましばらくの間、男の言葉を待ってみたが、相変わらずだった。痺れを切らした僕は、少し棘のある風に呼びかけた。別に僕が短気なわけではない。男がボサっとしてるせいだ。

「なんじゃ、いい加減喋らんのか?用がないならーー」

言うが早いか、男の側から離れようと、身体を逆方向へ向けようとしたその時。男はようやく口を開いた。絞り出したような声だった。

「×××××?」

その男のたったの一言で、僕は言葉を失った。聞き覚えのある響き。それを聞くのは、僕が再び生まれた時以来だった。身体を元に戻して、僕は男を見る。訝しむような顔をしていた。

「今、何てーー」
「×××××?」

確認する必要はなかったのだと思う。しっかりと、僕の耳には届いていたのだから。けれど僕は、信じられないような気分で。

「っーーなんで、僕の名前……」
「っ、やっぱりか!見つけた!ようやく、見つけた!」

驚愕に固まる僕は、駆け寄ってきた男に抱き寄せられて、混乱しながらされるがままだった。



(悪辣より純真の方が悪辣に相応しいと思うの)






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