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07



死屍累々。そんな言葉が似合う状況を作り上げたのは、言わずもがな奏斗だ。

敵を容赦無く殴り棄て、たった一匹だけ残した生徒の目の前に、目の据わった奏斗が立っている。かの生徒はガタガタと震え、閉じられない目からは絶えず涙が零れ落ちる。奏夜はそんな光景を目にして、一人、興奮に背を震わせていた。

平和主義者で、他人を殴る事さえ躊躇する奏斗が、自分(奏夜)の事となれば人が変わったように他人を粉砕していくのだ。その光景を目にする度、奏夜は際限ない暗い悦びと、ゾクゾクする感覚を覚える。奏夜にとって、自分だけに忠実な奏斗だけが唯一であり、パートナーだった。

だからこそ、奏夜は自分と奏斗を引き離そうとする者が、再びでも現れたならば、誰であろうと文字通りに抹殺する覚悟でいた。もう二度と、離れる事は許さない。離す事も許さない。
奏夜は、自分に誓いを立てた。

「ひっ……!」

そんな情けない悲鳴に、奏夜の意識は現実に引き戻された。最後の一匹を仕留めたのだろうか、奏夜はそんな予想を持って目の前を見る。だが、途端に奏夜は目を見開いた。何を、と思う間もなく、奏斗はなぜか目の前に居たちびっこの首を片手で鷲掴みにして、その目から流れる涙を舌でベロリと拭っていたのだ。唖然とする奏夜に気付く事なく、奏斗は威嚇しながら生徒に向かって言い放つ。感情の籠らない冷たい声だった。

「次は無い。今の誓い、忘れるなよ」
「っ!」

必死でコクコクと頷くちびっこの涙は、その時既に止まっていて。しかもそれだけではない。かの生徒の顔は、真っ赤に染まっているではないか。心なしか恐怖に染まっていたはずのその目に、別の感情が灯っているようにも見える。奏夜は、それを見て激しい怒りを感じた。

あの男は自分のモノ、誰にも渡さない、自分以外の特別など許さない、特別な感情を向ける事も許さない、アレは、自分のものだと。

奏夜は、思うと同時に奏斗に向かって歩き出した。脅しを終えて、ホッとした様子で立ち上がった奏斗の元へ。奏斗を熱の籠ったような目で見るアレの元へ。奏夜は、完全に理性を失っていた。

「カナ」
「ん、なぁに……っ!」

いつものように名前を読んで、いつものように振り返った奏斗の口を、自分のソレで塞ぐ。驚く奏斗の頭を押さえ付けて、戸惑う事もなく舌を入れて、見せ付けるようにその口内を荒らす。苦し気に眉を寄せる奏斗を目に、茹で蛸のように真っ赤になりながら、自分達の様子を見ているソレを横目に、奏夜は厭らしく笑った。

耳を犯すクチュリという水音と、苦し気に吐息を漏らしながら口付けに応える奏斗の様子に興奮を煽られる。その光景を見ている人がいるなんて、そんな事さえ気にせず口付けは続く。

そうやって、自分達の世界に入っている二人。特に奏夜の行動は益々エスカレートしていく。奏斗の腕の辺りでさ迷っていた奏夜の手が、奏斗の赤いネクタイにかかっる。素早く解かれたネクタイは空に放り投げられ、一つ一つ、水色のYシャツのボタンを外していく。









「そんな所で盛るな」

そんな、咎めるような低い声が聞こえてきたのは、奏夜と奏斗がちょうど本気になり始めた時だった。行為を中断せずを得ない状況に、奏夜は不機嫌そうに顔を歪め、奏斗は残念そうに口を尖らせた。奏斗は、奏夜によって服装を乱され、ブレザーもシャツもボタンが全開だった。包帯で巻かれた奏斗の体が多少顕になっている。奏夜こそ大して乱してはいなかったが、際立つ色香が他者を刺激している。

そして、そんな二人の様子を見て、声をかけた風紀委員こと長瀬(ナガセ)は呆れたようなため息を吐き出した。無理もない。中庭で喧嘩をしているとの通報を受け、急いで現場に駆けつけたのはいい。しかし状況を見るに、何が起こったのか、予測すら難しい。

生徒は何人も気絶しているし、かろうじて地面にヘタリ込む唯一の生存者は顔を真っ赤にして片手で顔を覆っているし、なぜかその手の隙間から赤い液体を垂らしている。長瀬には全くもって理解できなかった。

倒れている生徒達を見るに、一連の加害者であろう二人は、校内でも有名な人物だ。片や人気急上昇中の編入生、片や、校内一不幸な運命を辿っている嫌われ者。何がどうなってそんな二人が学校の中庭のど真ん中、しかも生徒が見ている中でコトに及ぼうとしているのか。

長瀬には、そんな公開プレイに及ぼうとしていた二人の気持ちが理解できなかった。否、どちらが下なのか、様子から見て背の高い方が下のようだが本当の所はどうなのか、聞いてはみたい。だがソレとコレとは別、変態は部屋に戻って出てくるな。いっそ、長瀬は罵ってやりたかった。

「……どうしてこんな状況になったか、事情を聞きたい。意識のある奴らは風紀委員室に来てほしい」

茶色に染まった頭を少しかきながら、長瀬は呆れたような声音で言い放つ。その言葉に、例の二人は嫌そうな顔で服装の乱れを直し、生き残りの生徒は顔を押さえたままコクコクと、若干怯えたように応えた。

それを見てから、長瀬は携帯を取り出して仲間と養護教諭を現場に呼ぶと、嫌々ながら例の二人の元へ歩いて行った。

「そこの二人、学生証を出せ」
「え、何で?僕ら被害者ですよ?僕の可愛い奏斗を酷い目に逢わせたのはアチラですから。多少は多めに見て下さい、風紀サン。ほら見てこの怪我!」
「ちょっ!」

奏夜はつっけんどんに言い放つと、証拠とばかりに奏斗のブレザーとYシャツの裾を纏めて捲りあげた。奏斗は驚きに声を上げるが、抵抗はない。腹に巻かれた包帯と、肩にかけて未だ薄らと残る青痣。長瀬は、その身体に付けられた傷や痣を見て、顔をしかめた。報告すら受けていなかった。

「……どうして風紀に報告しなかった」
「ん?だって、アンタらに言っても無駄でしょう?」
「……何だと?」
「だってさぁ、アンタらのトップは腑抜けてるし、親衛隊どころか生徒会まで関わってるんだし」
「!――生徒会、」

奏夜の反抗的な態度に顔をしかめる一方で、長瀬は驚きに瞑目する。まさかと思ったのだ。あれ程親衛隊のやり方を毛嫌いしている彼等が、親衛隊の真似事のような事をするなどと。想像すらしていなかった。

「え、何、アンタそんな事も知らなかったの?ヤッパリ何の役にも立ってないじゃん」
「……っ!だが風紀は、桐生奏斗の制裁に圧力はかけていたはずだ。ハメを外すような事はさせないよう監視もさせていた」
「監視?そんなものされてなかったらしいじゃん――僕さ、聞いちゃったんだよねぇ。風紀委員長が監視役に、自分がやるからイイって言ってたらしいよ。しかも、誰にも漏らすなって指示してたんだって……笑っちゃうよねぇ」

クスクスと笑い声を漏らす奏夜の目は、笑ってはいない、長瀬を射ぬくように目を細めた目には、明らかな殺気をも覗かせる。普通の生徒だとは思えないようなその様子に、長瀬は怯んだ。それと同時に、風紀トップの裏切りともとれる行動にショックを受けていた。
おまけに、目の前の生徒は怒りを露わにしている。長瀬は、彼から感じる恐ろしい程の威圧感と、揺らぐトップへの信頼にひとり戦いた。

そして結局、長瀬は何もできぬまま、自分達を嘲笑い去って行く姿をただ呆然と見送った。呼び出した委員と教員の到着を待ちながら、彼は何者だと、そんな問いをただひたすらに頭で繰り返した。






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