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06



その荒々しい声は、人気の少ない校舎裏の方から聞こえてくる。

「てっめぇ……!このっ、観念しやがれ!」
「ヤダ!離せハゲ!」
「いってぇっ!この野郎っ!ハゲじゃねぇ!」

そんな会話を、奏斗と男達はしばらく繰り返していた。5人がかりで奏斗をその場から引きずりだそうとするのだが、何分上手くいかない。今まで全くの無抵抗であった奏斗が、全力で拒否し出したのだ、奏夜様に待てと言われたという、そんな理由で。

抵抗する奏斗の力は、もちろん普通の人間よりもあるのは当たり前の事ではあるのだが、一見ひょろっと見える奏斗の体格のせいで普通の人間は騙されてしまう。だが本来、狗と呼ばれる彼らは、なにもかもが人間を超越しているのが、当たり前な人種なのである、頭の良さは別として。であるからして、奏斗が抵抗を始めた時点で、彼らに勝ち目はないも同然であるのだった。

「ちょっと、何遊んでるの……!」
「そんな奴、簡単に伸せるでしょう!?」
「何言ってんだよっ、俺らだってマジでやってんだって!」
「そうっすよ……いってぇ!クッソ、何なんだよイキナリ!」

端から見れば、ふざけているかのように、簡単にあしらわれているように見える。だが、実行犯である彼らは嘘をついてはいない。彼らの言っている事は、本当である。だが、それを指示する側が見抜けるはずがなく。キンキンと響くような金切り声で怒り出す。

使えない下僕の無様な様を見せられて、しかも言い訳をされた。完璧を求めたプライドの高そうな人間が、そういう失態を目にして冷静でいられるはずがなく。激高する彼らは、まだ気がついていない。彼らがここへ来てから既に10分以上経っている事を、そして、なぜわざわざ奏斗を別の場所へ連れていこうとしたのかを。

そうして時間はあっという間に過ぎ去り、襲撃者達の恐れている事態は刻一刻と近付いている。比喩ではなく、物理的な意味で、それの癇癪はゆっくりとその場に歩み寄っていた。

それに手を出される事が何よりも嫌いで、コトが起きてから益々そのケの強くなった彼は、落ち着き払っている外面とは裏腹に、内側ではグツグツと憤怒を煮たぎらせていた。動き出せば恐らく、決着には数分とかからないだろう。

「もういい、捕まえるのは諦める。だからいっそこの場でボロボロにーー」
「ねぇちょっと君たち、あんたらは一体何をしているのかなー……?」
「!?」
「ヨルーッ!」
『!』

突然、襲撃者の左手側から声が響いて来た。一斉にそちらを向くと、冷たい笑みを見せる榊原奏夜の姿があった。そして、その姿を逸早く発見したの奏斗は、途端に奏夜めがけて走り出した。と、同時に、3人程が数メートル吹っ飛んだ。地面からゆっくりと、傷だらけで起き上がる彼らは、目を白黒させる。何が起こったのかすら分からないようだった。
奏斗はもちろん、それに気付きもしない。

「ヨルー……」
「はいはい、怖かったね、よしよし」

駆け寄ったかと思えば奏夜に抱きつき、首筋に額を押しつける。そのままグリグリと頭を横に振れば、完全なる犬。一同、口をあんぐり開けたまま、その光景を見た。誰だあれは。表情豊かな様が一番、彼らを驚かせていたのだった。

「あんた等、どこの奴?僕の可愛い狗を虐めてくれちゃったみたいで……」
「っ……!」

驚いている場合ではなかった、そう気付く頃には、すでに目の前には、悪魔の微笑みが姿を現しているのだった。彼の、ゆっくりとした言葉尻を下げるような言い方に、息を呑んだのは誰だったか。顔だけが笑っている様はまるで、笑う能面で自らの感情を覆い隠しているかのようだった。その異常事態に、周囲の空気は段々と冷えていく。誰かが、怖気に肩を摩る。

「僕は僕のモノに手を出される事が何よりも嫌いだ、だからかわいい狗を追いやった老いぼれは始末したし内偵を見つけ出しては洗いざらい吐かせたし協力者は僕に仇なした事実を死ぬ程後悔させてやった。
……例えばそれが女子供だろうと一般人だろうと老いぼれの残滓だろうと容赦しなかったよーーそうだ、ねぇ奏斗、奏斗の身体の傷はその連中にやられたの?」

主人の感情を察してか、奏斗は奏夜に抱きついたままビクリと肩を震わせた。奏夜は、何の感慨もなく優しい手付きで、奏斗の頭をなでて落ち着かせる。渋る奏斗に、早く口を開けと急いているのだ。それに逆らえるはずもない奏斗は、ゆっくりとした動作で言葉を紡ぐ。

「半分はそうだけど、半分は違う」
「へぇ……?じゃあ、もう半分は誰がヤッたっていうの?奏斗、正直に言いなさい」
「うぅぅー……」

渋々と、口を開いた奏斗の言葉を聞き、奏夜は益々不気味な笑みを深める。そして、命令によって先を促された奏斗は、言葉を濁す。例え言いたくなくても、奏斗に逆らう権利などないのだから抵抗しても同じだ。

奏斗は奏夜がどういう人物なのかを知っている。だからこそ、無意味であっても抵抗せずにはいられない。奏斗は、極端な平和主義者であるのだから。

無意味な抵抗に焦れた奏夜によって、耳元に息を吹き掛けられてようやく、奏斗は観念したように小さな声で呟くように答えた。

「…………せーとかい、かいちょ」
『!』
「まさかアレが直接手をだしたとは……呆れた」

奏夜はほんの少し眉をひそめると、ため息を吐いた。彼の言う生徒会会長と、奏夜は多少の顔見知りであった。親しい訳ではないが、親の仕事上会う事が多かった。実を言うと、奏夜は彼が苦手であり、彼に対しては嫌悪感を抱いていたのだ。

「まぁ……、アイツは後でシメればいっか。それより、先ずは目先の事。――さぁて、どう仕置きしてやろうか……」
『!?』

ニヤリと笑い、奏斗に向けていた視線を犯人達にやる。途端、彼らは息を呑みジリジリと逃げるように後退する。たったの1人の人間なのに、奏夜の存在が恐ろしく感じられた。

「ねぇ奏斗?どうしたい?」

甘い猫撫で声で、奏斗に意見を請う。奏斗はその声に反応するように、埋めたまま、首を横に振りだした。それを見て、奏夜はひとり苦笑した。そうして、奏夜は奏斗の耳元で、まるで恋人に囁くかのように優しくそっと、言葉を紡いだ。

「カナ、僕だって君がこういうの嫌いだって知ってるんだ。だけど、物事には嫌でもやらなきゃならない事がある。僕だって、カナがいない間に嫌でもやらなきゃならなかった事が沢山あったんだ。何事にも我慢が必要。それともカナは、キライな事は僕にやらせて自分は好きなことをやるって言うの?」
「っそれはダメ!」
「そう?……それじゃあカナ、僕の命令には従わなきゃね。僕がやってもいいんだけど、それはカナが嫌なんでしょう?だからね、カナ、目の前の彼らを潰そうか――」

そう、言い終わるが早いか。奏斗の中で、何かが弾けた。

ゆっくりと立ち上がり背を伸ばす姿を見て奏夜は感慨に耽り。犯人達は言い知れぬ恐怖を感じたのか、我先にと足掻き始める。逃さない、ギロリと獲物を捉えた目は最早奏斗ではなく。散り散りになった犯人達を、背後から。






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